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◇6 暴君に懐かれました。

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 夕食前には余裕を持って帰してもらった。
 転移魔法で帰ってもよかったけれど、貸してもらった馬車のふかふか座席がいい。
 タルタルーガ伯爵家に帰ると、ピニャータの金切り声が上がった。

「お母様達に何したのよッ!!!」

 鬼の形相のピニャータにそう問い詰められても、謁見の間から会っていないので知らない。

「なんの話?」
「とぼけないで!! 一体どんな手を使ったのよ!! この忌み嫌われっ子!! ふしだら娘!!」

 きぃーきぃー喚くから慌てて叔父夫妻が飛んできて、ピニャータの口を塞いだ。

「だめだ! そんなことを言ってはいけないんだ! ピニャータ!!」
「あたくし達は大丈夫だから!!」

 そう必死に宥める二人は、今朝会った時より、かなり老け込んだ様子だった。
 何があったのやら。
 涙目で睨みつけるピニャータは納得いかないと喚き散らしたが、他言無用を約束されているのか、叔父夫妻は最後までハッキリとは言わなかった。
 なんで私が悪者みたいな扱いなんだろうね。

 いつもは使用人達と同じ食事を部屋で食べていたのに、今日は出来たてのご馳走が運ばれた。これも私の出生を知った効果だろうか。


 一日の休日のあと。いつものように転移魔法で登校すると、教室前で待ち構えていた令嬢に呼び止められた。

「あなた、城へ呼ばれたんですって? まさか、皇子殿下の婚約者に選ばれたんじゃないでしょうね?」

 扇子で口元を隠して目をすがめて品定めする令嬢は、確か侯爵令嬢だったはず。結構有力な侯爵家の。
 髪の毛が細かくカールしているゴージャスな金髪。
 登城したことは別に秘密にすることではないが、まさか実の弟の婚約者に選ばれたのではないかと勘繰られるとは、複雑な気持ちである。

「いいえ、そんなことはございません」

 キッパリと答えておく。
 しかし、十歳差もあるのに、婚約者か。この侯爵令嬢は、五歳の皇子狙いなのかしら。

「本当ですの?」
「はい。皇子殿下にはお会いしておりません」
「……ふぅん」

 じとりとまだ疑いの眼差しを向けてくる侯爵令嬢。

「ではどうして登城したのかしら?」
「はあ、皇帝陛下と皇妃様と謁見しました」
「……それだけ?」
「皇帝陛下と皇妃様とお会いした以上に私が口にすべきことはございません」

 話した内容なんて、親しいわけでもない侯爵令嬢に明かす筋合いはない。
 それが気に入らないようで、侯爵令嬢は目を吊り上げた。
 取り巻きも険悪なムード。その肩越しから、こちらを覗くピニャータの姿を見付ける。

「いいこと? おこがましくも皇子殿下の婚約者の座につこうと思わないことね!」
「考えたこともありません。これからもないでしょう」

 だって同じ父親を持つ弟だもの。婚約者には、逆立ちしたってならないわよ。

「余裕綽々のつもり!? 伯爵令嬢風情が!」

 私の余裕の態度が気に障ってしょうがないらしい侯爵令嬢。被害妄想甚だしい。

「君に皇子殿下の婚約者について決める権限なんてないでしょ」
「!!」

 その落ち着き払った声に反応して振り返ると、純黒の黒髪と紫色の瞳を持つ少年が歩み寄ってきた。
 ギルヴァルド・ヴェレッタ公爵令息。
 侯爵令嬢は固まったし、取り巻きからは小さく悲鳴が聞こえた。

「侯爵令嬢風情が、何をほざいているの? 何様?」
「っ……!」

 冷ややかに見据えるヴェレッタ公爵令息に、侯爵令嬢は顔を真っ赤にした。

「わざわざ十歳離れた令嬢を選ぶより、もっと歳の近い令嬢がいるんだから、そっちから選ばれるでしょ。皇子殿下だって年増は要らないだろうしね。もしも選ぶとしても、優秀成績のレティツィア・タルタルーガ伯爵令嬢の方が釣り合っているじゃないか。皇子殿下はバカは嫌いだからね。それすらも考えが及ばないんだから、君は当然除外だよ」

 チクチクと突き刺すヴェレッタ公爵令息。
 十代にして年増呼ばわりされて、絶句する侯爵令嬢は、さらには私の方が成績が上だと言われて、プルプルと震え出した。
「し、失礼いたします!!」と、やがて逃げ出してしまう。

 今気づいたけれど、ヴェレッタ公爵令息は、謹慎処分が明けたのか。

「レティツィア・タルタルーガ伯爵令嬢」
「はい。ヴェレッタ公爵令息、ご機嫌よう」
「……ふぅん。普通に挨拶をするんだ?」

 挨拶以外に何をするんだろう。
 ずいっと顔を寄せてきて、目を細めて見てくるヴェレッタ公爵令息。

「君にはぜひとも聞きたいことがあるんだ」

 にこりと微笑むのに、笑っていない紫色の瞳は鋭利にギラついている。


「僕を手綱で絞め殺すって言ってたけど、その前にどうやって僕に手綱をつけるんだい?」


 おや。そんな発言を根に持っていたのか、この人。
 思わず、明後日の方向に視線をやる。
 ゴゴゴッと圧を放つヴェレッタ公爵令息。

「昼休み、手合わせね」
「嫌ですよ……」

 ビシッと指差されたけれど、それに応える筋合いがない。

「ふぅん? じゃあいいよ。君が応えるまで、君の従兄をいたぶるから」

 ああん?
 嘲笑を浮かべるヴェレッタ公爵令息とバチバチと睨み合っていると、教員がやってきて私を教室へ押し込み、ヴェレッタ公爵令息を追い払った。

 結局、従兄のルシオを人質にとられたので、私は手合わせの申し込みに応える。
 だって、ルシオは彼と同じ学年だし。危害が加えられやすいもん。

 ちゃんと教員の許可をもらえば、手合わせの勝負は稽古場で許される。さもないと処罰を受けるからね。
 ジャッチするのは、あの皇帝陛下の手の者の男性教員だ。
 何度も「怪我をするようなら止めますからね!?」としつこく言ってくる辺り、やはり過保護な監視役である。

 生意気な暴君には、力関係を叩き込もうということで、私は全力で物質量でねじ伏せた。
 押し返すヴェレッタ公爵令息だったが、私は生まれて間もなくから魔法を使っていた超人である。並外れた魔力を赤子から鍛えて膨れ上がらせてきたのだ。一つ違いの年上なら、魔力量は圧勝している自信しかない。
 全力抵抗で魔法をぶつけ返しても膝をついたところで、ジャッチで私の勝利を告げられた。

「私の勝ちですね、ヴェレッタ先輩」
「……」

 悔しそうに顔を歪ませたヴェレッタ公爵令息は、ギラギラに目を光らせていた。こわ。
 なまじ顔が整っているだけあって、こわ。
 それでも私はしれっとした涼しい顔で、ルシオとランチをとりに行った。


 しかし、その翌日も手合わせの申し込みが来てしまった……。

 私がまた勝つと、何故か一緒にランチをとる流れになってしまったのだった。
 なんでだ……。

「ヴェレッタ先輩。なんで一緒に食べるんですか?」
「は? 何? 嫌なの? 暴れるよ?」
「子どもなんですか???」

 何この暴君。子どもじゃん。
 ルシオがものすごく嫌そうな顔をしたけれど、多分私も同じ顔をした。

 そんな感じで、その週から新たに暴れん坊公爵令息と一戦してから、ランチを一緒にとる習慣が出来上がってしまった。


 ちなみに、その週末はまた登城するようにとお呼ばれしていたので、また城に行った。
 その日は、皇妃様も一緒に談話室に居て、私と皇帝陛下のチェス戦を観戦した。
 こうして、私と、実の父親と、その本妻の三人の不可思議な交流が始まってしまったのだった。

 本当になんでだ。

「ヴェレッタ公爵令息に絡まれているそうじゃないか、レティツィア」
「いえ、絡まれていると言うより……懐かれました」
「なつかれた……」

 駒を置きながら尋ねた皇帝陛下は、ポカンと口をあんぐりと開けてしまう。
 皇妃様は、肩を震わせている。

「はい。ところ構わず噛みつくような狂犬が懐いたような感じですね」
「ギル坊は狂犬なのね、うふふっ!」

 皇妃様、愉快そうだ。

「そ、そうか……。毎日手合わせして負かしているとか」
「はい。単純な力勝負なら、私の方が魔力量が圧倒的上なので、私が勝ちます」
「その言い方では、他の勝負なら負けると聞こえるが? チェックメイト」
「うぐ……。私には経験値が少ないので……戦いにおいてはヴェレッタ先輩の方が有利に戦い方を知っているはずです。なので、彼がその気になれば私から一勝を勝ち取るなんて容易いでしょう」

 目敏い彼なら、私の隙をついて勝利を収めるのも簡単だろうけれど、今のところ純粋な力比べばかりをしてくる。わざとだと思うけれど、なんだろう。純粋な力比べで勝ちたいとか?
 また皇帝陛下にチェスで負けた……。

「経験値か……」
「はい。聞くところによれば、治安騎士団を総指揮しているヴェレッタ公爵様にしごかれているとか。そんな彼なら戦略次第で私を倒せないわけがないでしょう。私は反射的に防御を魔法展開して、反撃しているだけにすぎませんから」
「あらあら、レティツィア。先週、あなた、魔法対決大会では優勝出来るって断言してなかった?」
「それも難しくなるかと。ヴェレッタ先輩に手の内を見られているので」

 魔法技術大会は、レベルの高い魔法を見せつけながら一対一の勝負をする大会だ。
 もしかしたら、ヴェレッタ先輩は私を攻略するために毎日手合わせをしているのかもしれない。

「それなら、魔塔の魔法使いでも魔法騎士団でも、好きな手練れと手合わせする時間を設けてやるぞ?」

 キランと目を光らせる皇帝陛下の思わぬ提案。
 え。なんでそんな高待遇なの。

「いえ、ヴェレッタ先輩が何か対策を講じても、それを乗り越えて、優勝してみせます」
「……そうか」

 そんな対策に、自力で対抗したい。優勝の自信を無くしたわけでないのだから。
 何も言わなかったけれど、チェスでもう一勝負始める。

「そうだわ。息子が会いたいそうよ。あとで会っていって」
「…………」

 今思い出したと皇妃様が、皇子殿下が会いたいと伝えてきたから、ポロッと持っていたポーンをテーブルの上に落としてしまった。

 予告なしに、腹違いの弟と面会することになってしまった……。


 
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