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序章
09 女の子のつらさ。
しおりを挟むネマさんは、ギルドで最も人気な受付嬢である。
桃色かかった白金髪とブルーアイは、女の子にとって一番憧れの容姿らしく、ギルドの受付嬢達にちやほやされていた。もちろん、ギルドマスターもサブマスターも、贔屓しているわけではないが「うちで一番!」と思っているそうだ。
冒険者達にも人気で、笑顔に癒されると話しているところを何度か耳にしたことがある。
美少女の笑顔は、素晴らしい。私も同感である。
冒険者はついつい、ネマさんの窓口に並び、大行列を作り出す。
それでもネマさんは、笑顔で仕事をテキパキとこなすのだ。出来る美少女なのである。
「だからね、ブロンズランクの冒険者達が困ってるんだって」
「そうなんだぁ……」
ネマさんはオレの一個歳上だけど、敬語はいらないと言われたので、敬語はなしで普段通りに話していた。
接客する相手がいなくなった隙に隣同士になった私とお喋りをする。
話の内容は、ブロンズランクの魔獣が激減して、稼ぎが減っていると新人冒険者が多く愚痴を漏らしているとのことだ。
不定期に魔獣の出没が減少するあとは、まるで貯めていたように多く出没することがあるのだけれど、きっとそれだと思われるとネマさんは新人冒険者達に話したという。
……あれ。もしかしなくても、魔獣の激減の原因、私じゃない?
毎日のように、じゃんじゃんと狩ってしまっている私が、新人冒険者の獲物を横取りしてしまっているのかもしれない。それじゃあ、新人冒険者が食うのに困ってしまう。
でもかと言って、シルバーランクの森をソロで彷徨くのはあまりにも危険だ。精霊が二体ついていても。しかし、新人冒険者が……。
んー。どうしたものか。
一回だけ、シルバーランクのエリアを行ってみて、まずそうならブロンズランクのエリアに戻るとしよう。
ルーヴァには、相談しなかった。絶対に止められるからだ。
とはいえ、同行するローズとリーデに言わないわけにはいかない。
「今日はシルバーランクの方の覗いてみよう。ソロで戦うときついところだけれど、危ないならブロンズランクの方に戻るよ。引き締めていこう」
「わかったなの!」
「任せてー」
シルバーランクのエリアは、簡単に言えばブロンズランクのエリアの奥である。
踏み入れる前から、ナイフ二つを両手に握り締めて構えた。
「狼の匂いがするのー!」
「狼かぁーやべーな」
シルバーランクの森に足を踏み入れるなり、リーデが匂いを嗅ぎつける。方角を指さないのは、複数いるからだろう。
シルバーランクの狼と言えば、灰色の狼の群れがいるはずだ。
パーティー組んでいた時は楽に仕留められたが、やっぱりソロはしんどい気がする。
「ローズ、万が一の時は魔法使ってくれ」
「了解なの!」
後ろを任せるローズには、後ろを狙って飛びかかってきた狼を燃やしてもらおう。
「リーデは、オレの死角をカバーしてくれ」
「はーい!」
指示しているうちに、囲まれた。
予想通り、灰色の狼達だ。視線を走らせてザッと数を確認。八匹か。
ギラついた紫の瞳。血に飢えた牙が並ぶ口。獰猛そのものの姿。
飛びかかると同時に、私はローズの精霊魔法を発動させる。
前方の狼に強烈な水鉄砲をぶつけては、左右から飛びつく狼の喉を切り裂く。前に転がり込めば、立っていた場所に、二匹の狼が降り立つ。その二匹が、すぐに私を追いかけてきた。
「後ろ!」
リーデの声。もう二匹が後ろに回っているようだ。
じゃあ残りの一匹は?
「上も!!」
前後に、上か。一瞬で終わらせてやる!
「爆ぜろ!!」
上の狼に、雷のように素早い火の塊をぶつけた。
そして、一斉に飛びかかってきた狼達の喉元を、回転して切り裂く。火の粉と水飛沫が同時に散った。
濃厚な紫の煙が噴出して、狼の姿の代わりに、魔石がボトボトと落ちる。
「クンクン……もういないのー」
「そっか」
リーデが鼻をヒクヒクさせて報告してくれるけれど、私は念のため、周囲を見渡す。ローズが魔石を拾い始めた。
「あー!! やっぱりノークスだ!」
そこに響いたのは、シャロンさんの声。
「聞き覚えのある雷みたいな爆発の音、ノークスの魔法でしょ? ていうかソロなのになんでここにいるの!?」
「レベル1のくせにシルバーランクのエリアでソロってんじゃねーよ!!」
「ブロンズエリアに引き返さないと、タイリースさんにチクるぞ!」
振り返れば、ウォンさんのパーティーがいた。
「すぐ引き返すので、チクらないでください!」
「まさかお前、レベルアップを狙ってシルバーランクのソロをしてるんじゃないだろうな!? 無理だよせ! レベルアップまであと三年はかかるって!」
ウォンさんがゲラゲラと笑う。
むーっとむくれる。
「そんな浅はかな考えはしてませんから!」
「さっさと戻れ、ノークス。奥に行きたいならパーティーを見付けろ」
笑いながら、エイブさんが手をしっしっと振った。
「ソロになった原因、オレらだけどな」とウィルさんが溢す。
確かに!
「私達は、もうそろそろレベル2になるかもね」
なんてシャロンさんは冗談交じりに、気取った風に言う。
「ほら、帰った帰った!」
「帰りますよー!」
四人揃って、しっしっと手を振るから、魔石を拾って森を引き返す。
すると、リーデが右肩に顎を乗せた。
「ねーノークスー」
「何? リーデ」
「ルーヴァに秘密にしたいのー? 魔石の換金する時、バレるよー?」
「あっ……」
いつもルーヴァに換金をしてもらっている。魔石を一目で見抜くルーヴァに、嘘は通用しない。
「素直に怒られよう……」
「わたちも一緒に怒られるよ」
「ありがとー、リーデ」
すりすりと頬擦りをした。もこもこでもふもふだ。
同じシャンプーを使っているから、くるくるの毛を仄かにグリーンアップルの匂いがした。
「ローズもなの! ローズも一緒なの!」
左頬にローズが、頭を突っ込む。柔らかな頭である。
うん。一緒に怒られよう。
ブロンズランクのエリアで、軽く狩ってから、早めにギルドに出勤した。
「こんにちは! 皆さん!」
「あれ、ノークスくん、早いね」
「ええ、まぁ」
それぞれから挨拶が返ってくる。
いつも通りだと思ったけれど、ふと異変に気付く。
ネマさんの声だけが、聞こえてこない。
笑みを向けられたけれど、すぐに消えてしまう。
「……?」
首を傾げた私の目の前に、見知らぬ二人が立った。
「こんにちは! ノークスさんですね?」
「こんにちは! カランって言います!」
「クランって言います!」
「あっ。新人さんだっけ? ノークスです。よろしくお願いします」
ルーヴァから新人を採用出来たと聞いていたことを思い出す。
新人冒険者でもあって、双子の少年。私の一個下だという。
赤茶髪のショート。瓜二つな顔。
「ノークスさんはレベル3でデビューしたって本当ですか?」
「ボク達はレベル1でデビューしたんですけど、冒険者業でイマイチ稼げなくて」
「だからギルド受付で働くことにしました!」
「ノークス兄さんって呼んでいいですか?」
「ノークス兄さん!!」
元気な双子という印象を抱いた。
ノークス兄さんか。それは嬉しい。
「兄さん呼びは嬉しいけど、職場だから先輩って呼んだ方が相応しいと思うよ」
「「ノークス先輩!」」
「カランくんとクランくん。オレはレベル3デビューしたノークス先輩です!」
キリッと格好つけてみた。
そんな元気な新人双子の教え係は、メリッサさんとエルアさんが担当。
私ではだめなのかと質問していたけれど、私は換金の仕事しか出来ないと伝えておく。あとで、いっぱい会話したい。
そう思いながら、更衣室で着替えた。
午後になって、討伐終わりの冒険者達や街の人が換金に来たので、その対応をする。
でもすぐに隣の窓口に立つネマさんの様子が変だと気付く。
何度かお腹をさすっては、カウンターに手をついて、立つこと自体つらそう。顔色も少し悪いように見える。それでも笑顔で耐えている様子。
「………………!」
ハッとする。具合が悪いのに言い出せずにいるのは、もしかして女の子のあれかもしれない。
いや、でも待てよ。単にお腹の調子が悪いってだけかもしれない。
生理だって決め付けてはいけないだろう。
美少女だもの。お腹を下したなんて、言うことは、ハードルが高めなのかもしれない。
それに私は異性だ。女の子に向かって生理かなんて聞いたら、セクハラである。私なら、セクハラで訴えるだろう。
さりげなく早退を促してみようかな。
考えている間に、隣でネマさんが、カクンと崩れた。
冒険者業で鍛え抜いたおかげで、反射的に受け止めることに成功。
「大丈夫? ネマさん」
「あ、はいっ。大丈夫……」
力なく笑みを浮かべる顔は、やっぱりつらそうだ。
全然大丈夫じゃなさそう。
「早退しよう、ネマさん」
「えっ?」
「ルーヴァ。ネマさんの代わりをやってあげてくれないかな? 体調悪いから、早退の許可もらってくる」
休憩中のルーヴァに、頼む。
いきなり倒れかけたものだから、ギルドの皆の注目を浴びている。
「ネマちゃん、大丈夫?」
「大丈夫ですか?」
心配の眼差しにネマさんがまた虚勢を張る前に、横抱きに抱え上げた。
いわゆる、お姫様抱っこである。
「わわっ!」
「あっ! ギルドマスター。ネマさんは無理をしているので、早退の許可をください」
ちょうど普段は二階で仕事をしているギルドマスターが降りてきたので、許可を求める。
「え? そうなのか。気付いてやれなくてすまんな、ネマちゃん」
「あっ、いえ、そんな……っ!」
私に抱えられたネマさんは、痛むのかお腹を押さえた。
「皆さん、すみません! ネマさんを家まで送るので、抜けさせていただきます! カバーをお願いします!」
ネマさんが「そこまでしなくても!」と断りそうだったので、更衣室から出てきてからまた抱えて、半ば強引にギルド会館を皆に任せて飛び出した。双子が目を輝かせていた気がする。なんだろう。
冒険者達の視線が突き刺さる。人気な受付嬢をお姫様抱っこしているからだろう。あとで呼び出されるかもな。
ネマさんの家は、前に買い物に付き合った時に送ったから知っている。
アパートで一人暮らしなのだという。
「ノークスくん……ここまでありがとう。重かったでしょ?」
「全然! いいから、ネマさんは横になって。それとも横になるのもつらい?」
家にまで上がらせてもらったのは、ネマさんが重症に思えたから。
ベッドに下ろしたネマさんは、目を見開くと顔を赤らめた。
「なんでわかったの? その……生理だって……」
とても小さな声でボソリ。
やっぱり重い生理痛だったのか。
わかりますとも。私も前世は生理痛重い系女子でした。
なんて言えるわけがなかったので、ここは母の話をすることにする。
「お母さんがわりと重い方で、同じ感じにお腹さすってたからもしかしてって思ったんだ。冒険者業を休むほどだったな。お父さんと一緒に看病してたよ。ココアある? よくお父さんが買ってきてお母さんに飲ませてあげてたんだ。ココアがあればいいんだけど……」
女の子の一人暮らしらしい部屋だ。可愛いクッションやぬいぐるみが置いてある。シングルベッドの隣には、ドレッサーはピンク色。
「ないな……」
「とにかく温めてみよう? 白湯でいいかな。いくらかは楽になると思うよ」
コップをキッチンから借りて、水を出して火に包んでから、コップに注いだ。
「ありがとう……ノークスくん」
「いいんだよ」
気持ちわかる、とは言えないか。
「女の子ってつらいよね」
そう言っておくことにした。
生理痛から解放された私は、少年になれてよかったのかもしれない。
「……ノークスくんは、優しいね」
「そうかな? 普通だと思うけど」
「とっても優しいよ! ありがとう! もう戻って? 私は少し楽になったから」
頬が紅潮しているのは、白湯を飲んだせいかな?
あったまったならいいか。笑顔が虚勢には見えないので、大丈夫そうだ。
「明日もつらかったら休んだ方がいいよ?」
「うん、無理はしないよ」
「じゃあゆっくり休んでね、ネマさん。あっ! 戸締りもしっかりしてね! 一人暮らしなんだから!」
「あはは、うん、ちゃんとするよ」
笑いを溢す姿を確認した私は、ネマさんの家をあとにして、ギルド会館に戻った。
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