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序章
04 精霊、その二。
しおりを挟む翌日は、ローズにベッドを作ってあげた。
冒険者業のあとに、編みかごを購入。そのかごの中に、私の枕の羽毛を少し分けてあげて、ハンカチをかければベッド。あとはリリンさんが作ってくれたミニ枕を添えれば、小さな精霊のベッドが完成だ。
それを私のベッドの横にあるサイドテーブルにスペースを確保して置いてあげた。
ローズは大喜び。早速、その日に使ってくれた。
ソロで戦う日々はローズのおかげで、ほとんど戦闘に専念出来るので、かなりスムーズに討伐出来たと自負している。
日課になった朝早くからのギルド会館で依頼選びをしていたら、気付いた。
「あれ? すみませーん。これ間違ってませんか?」
「どうしたなの?」
ローズが首を傾げるから、教えた。
「この依頼、多分ブロンズランクじゃない」
呼び付けた受付の女性にも指を差して、確認してもらう。
馬車並みに大きな猪型の魔獣モースは、確かに頑張れば一人で討伐出来るだろうけれど、モースには子どものような猪型の魔獣が何匹かつきもの。ブロンズランクの冒険者には荷が重い。
シルバーランクのジョーさんが一人で討伐したと自慢げに話していたことを、覚えていたのだ。
「本当ですね! これはシルバーランクの依頼……! 誰が間違えたんだろう。申し訳ありません。報告してくださり、ありがとうございました!」
受付の女性は、茶髪のボブヘアーだ。それを揺らして、深々と頭を下げた。
「いえ、ブロンズランクの冒険者が受け取る前でよかったです」
下手したら死んでしまうような間違いだけれど、なんとか免れたから私は笑ってすませる。
その依頼を回収したのを見届けたあと、依頼選びをしていたら、叱り付ける声がギルド会館に響いた。
ギルドマスターが、間違えて配置した人を叱っているのだろうか。
ここのギルドマスターは、屈強な男性だ。筋肉モリモリで、厳つい太眉。自身も冒険者のゴールドランクのレベル1だと聞いたことがある。
でも見てみれば、その屈強な男の姿はなかった。
窓口の向こうで怒っていたのは、ルーヴァと言う名の精霊。
間違えたのは、男性らしい。まだ私とそう年齢が離れていなさそうな少年だけれど、眼鏡をかけて大人びている。たまにルーヴァと一緒にいるところを見たから、多分彼が契約者なのだろう。
精霊のお叱りに対して、露骨に鬱陶しそうな表情をする少年。
「自分が重大な間違いをしたとわからないのですか!?」
ルーヴァは、真剣に怒っていた。
反省の色を見せるならまだしも、少年は激怒している理由を理解していない様子。
やがて、ギルドマスターが来た。ルーヴァを宥めると少年を厳重注意をして、仕事に戻らせる。
私も今日の依頼をダグに入れて、今日の冒険者業をこなした。
ギルドに報告をしに戻れば、窓口にルーヴァを見付ける。
だから、今朝のことを尋ねてみた。
「ああ、あなたが間違いに気付いてくださったのですね。おかげで大惨事は免れました。ありがとうございます」
「ううん、いいんですよ。でも大丈夫だったの? 契約者と仲良くないみたいだけど……」
「……最初は生真面目な少年だったのですがね……」
ルーヴァはそれだけを返すと、今日の依頼分と換金分のお金を出してくれる。
最初は気が合ったのに、今はギクシャクしているのだろうか。
「オレ達もいつか喧嘩しちゃうのかな」
ちょっと心配になって、帰り道でぼやいた。
「喧嘩しても大丈夫なの! ノークスから離れないなの!」
「ふふ、ありがとう。ローズ」
ローズは元気に励ましてくれたので、笑みを零してお礼を伝える。
それから暫くして、ようやくソロこと初心者エリアでの討伐は卒業となった。残念ながら、私と同じブロンズランクの冒険者は『ドムステイワズ』にはいない。つまり私が現状は下っ端。私と同い年はいなくて、皆が歳上の熟練者。
団体に属していない新人冒険者とパーティーを組むことも考えたけれど、シルバーランクの魔獣討伐に連れてってくれるというから、ひょいひょいついていった。
これまた厳しいと思い知る。
ランクが違うだけで、かなり強いと感じた。
ブロンズランクの魔獣は、一方的に狩っていただけ。
シルバーランクの魔獣とは、まさに戦いって感じだ。
接近戦の私は、なんとか足を崩したり、精霊魔法で注意を引き付けたりして、仕留めるのはシルバーランクのメンバーに任せた。
そうして、私はボロボロになった。他のメンバーは余裕そう。
そんな身体に鞭打って、換金をしてもらう。下っ端なので、当然。
シルバーランクのお姉さん、シャロンさんと一緒だ。
並んだ窓口にいたのは、ルーヴァの契約者の少年だった。
ルーヴァと同じく接客スマイルはなし。気にしない。
私はぐったりとカウンターに突っ伏して換金を待った。
ローズは「なんでボロボロのノークスにやらせるなの!?」とプンスカ怒ってくれたので、シャロンさんと私は宥めた。ランク上の魔獣と対峙して死なないのは、メンバーのおかげでもある。
「以上です」
「ありがとうー……って、あれ? ちょっと足りません?」
「……鑑定にケチつけるつもりですか?」
「いやそうじゃなくて、本当に足りないように思えるんですけど……」
ありがとうございますと言いかけて、提示された金額に首を傾げた。
眼鏡の奥から不快そうな目付きを向けられても、とりあえずもう一度鑑定させてもらう。嫌々そうに鑑定をする少年だったけれど、魔石の重さを測り直した少年は目を丸めた。
「……こちらの間違いでした。すみません」
「あ、いいんです」
どうやら少年が見誤ったようだ。
ちらりと名札を見れば、ジションと書かれてあった。
正しい金額をもらった私は『ドムステイワズ』の家に向かって歩いた。
「なんなの! 全然謝ってる顔じゃなかったなの!」
「ほんとよね」
「うんー」
ローズとシャロンさんが怒るのも無理ない。ジションは間違いを見抜かれて、完全に不機嫌そうな表情をしていた。こっちは死にものぐるいで働いたのだから、誤差は勘弁してほしい。
疲れているからといって、見逃さずにいてよかった。発覚したら、私の頭に拳骨が落とされるところだ。
冒険者になってから、半年後。
私は晴れて、シルバーランクに昇格した。
それも、魔法の水晶玉の鑑定の結果だ。
盛大にお祝いされて、もみくちゃにされた翌日、シルバーランクの魔獣を自分で仕留めることに成功した。足を切りつけてバランスを崩すことが精一杯だったのに、ランクアップの効果は絶大だ。
それでも、下っ端は下っ端。シルバーランクになっても、換金を任された。
でもブロンズランクの時よりも、全然体力は余っている感じ。
換金の分け前をもらったら、リリンさん達の食事をたらふく食べて、銭湯に行こうとローズと話していた。
その間、ジションに換算。また提示された金額が少ないと感じた。
「……あの」
「……なんですか?」
またかよって、目をされる。
「また少ないと思うんですけど」
「……」
無言の威圧。早く今の金額を持って帰れ。と言いたげ。
「どうしたのですか?」
そこでルーヴァが来た。
「あなたの契約者が、ちゃんと仕事をしないなの!」
ローズがそう文句を言ったものだから、ギョッとしてしまう。
いやそんなクレームを入れるつもりはないんだけど!
「もう一回、換算してほしいってお願いをしているところなんですが……」
ローズをそっと両手で包み、私はルーヴァに言う。
ルーヴァは「わかりました」とジションを押し退けるように窓口に立つと、魔石を測り直してくれた。
「ジション。君が提示した額が少なかったようだが?」
「……」
「君は本当に。いい加減にしてくださいよ」
「……ああもういいっ! こんな口煩い精霊なんか! お前とは契約破棄だ!!」
ジションがいきなり契約破棄を言い出したものだから、仰天した。
え? わ、私のせい? 私のせいかな!?
「ギルドも、もう辞めてやる!」
「え、えっ、えっ?」
「それはギルドマスターに言ってください。冒険者ノークスさん、これが正式な金額です。受け取ってください」
「あ、は、はい」
ルーヴァが差し出すトレイにきっちり乗せられた硬貨を受け取った。
大丈夫かと問おうとしたら、目の前の窓口が閉じる。
全然、大丈夫じゃなさそう。
それでも私に出来ることはなさそうだから、ローズと家路についた。
翌朝。シルバーランクのメンバーについていって依頼を選んでいたところに、浮遊して近付いてきたルーヴァが声をかけてきた。
「冒険者ノークスさん」
「あ、ルーヴァさん。大丈夫でした? 昨日は……」
「無事、契約関係を解消しました」
「そうですか、無事……えっ!?」
契約関係が解消されてしまったことを、無事と言っていいのだろうか。
精霊との契約も一生ものではない。互いの合意があれば契約破棄は可能。
もちろん、精霊から得た魔法は、消えて使えなくなる。
「なんか、オレのせいでごめん?」
「ノークスさんが謝ることではありません。この一年で、彼は次第に変わってしまったのです。始めは生真面目な性格のいい少年でしたが……仕事態度も徐々に悪くなってしまって……それで換算も雑になってしまいました。すみません」
ペコッとルーヴァが頭を下げた。
「ルーヴァが謝ることでもないんじゃないかな?」
首を傾げると、ルーヴァは顔を上げる。
「ノークスさんに頼むのも、虫がいい話ですが……どうか私と契約していただけませんか?」
「へっ!?」
私は素っ頓狂な声を出してしまった。
「なんでオレ!? オレ、ローズと契約しているし……」
「そうよなの! ノークスはあたしの契約者なの!」
「精霊は一体としか契約出来ないわけではありません」
確かに、精霊と契約は、必ずしも一人一体というわけではない。
でも私は一体以上の精霊と契約している人の話を聞いたことがなかった。
ローズは私の顔にべったりと貼り付く。
「だったら私と!!」
「いいやオレと契約しないか!?」
「オレの方がいいと思うぞ!!」
聞いていたシャロンさんを含むメンバー達が、自分と契約しないかとこぞって持ちかけた。
「失礼。私はノークスさんに申し込んでいますので、ノークスさんの返事をお聞かせください」
他のメンバーの持ちかけを考えることなく、ルーヴァは片眼鏡をくいっと上げて私の返事を待つ。
「え? なんでオレ?」
「ノークスさんは、三回もギルドの間違いを指摘しました。正せる人間のノークスさんがいいのです」
「そんな……正せる人間ってほどのものでは……」
「謙遜なさらず、どうか検討してください。私の水の魔法を手に入れれば、冒険者業も捗り悪い話ではないかと」
単に給料が足りないと二回指摘し、違うランクの仕事が目の前にあったと報告しただけのこと。
「ぜひ、ノークスさんと契約をしたいのです」
水色のつり目が、見据えてきた。
真剣に考えた結果なのだろう。
「ギルドの仕事を続けさせてもらうことが条件ですが……。必要とあらば、冒険者業もお手伝いします」
「んー……わかった。その条件を呑むよ。契約しよう、ルーヴァ」
精霊は契約者の魔力をもらう必要がある。主食だ。
少しくらい分ける余裕もあるだろう。
こうして頼まれているのだ。応えてやりたいと思った。
メンバーから残念がる声が上がる。ごめんね。
「ありがとうございます。それでは新しい名前をつけてください」
「え? もう名前ついてるのに?」
「心機一転変えてもいいでしょう。新しく契約をするのですから」
ルーヴァは変えたがるけれど、せっかくの名前だ。
例え喧嘩別れした相手からもらった名前だとしても、名前は大抵一生付き合っていくもの。ギルドにも働き続けるのだし、仕事仲間が困るだろう。
「ルーヴァはルーヴァだよ。上書きってことで、これからもルーヴァって名前を使っていこう。友だちや仕事仲間も、ルーヴァの名前を覚えているんだしさ」
「……そうですね」
そう説得をすれば、ルーヴァも頷いた。
「では、ルーヴァはノークスと契約をします」
「ノークスはルーヴァと契約する!」
小さな手の人差し指が、差し出される。
私も指をちょんとつけて、魔力の交換をした。
ぱくんとルーヴァは私の魔力を食べる。
するとカッと光った。水色の光に包まれる。一回り大きくなったルーヴァは、ビシッと黒い燕尾服を着て浮いていた。見た目はあまり変わらない。
「改めてよろしくね、ルーヴァ」
「はい。よろしくお願いします、ノークス」
ルーヴァは、紳士的に一礼した。
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