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魔物のしもべの紹介②
しおりを挟む「喉乾いた、何か食べたいわ」
エレンノアの言葉に、反応したのは幼い声。
「は~い!」
「今行きまぁす!」
10歳ほどの年齢の半ズボンの少年二人が、トレイを頭の上で持って、軽い足取りでエレンノアの元へ駆け寄った。
運ばれたのは、スカイブルーの髪の少年が果汁の炭酸水と、青い髪の少年が葡萄。
炭酸水のグラスを持って一口飲んだエレンノアに、隣のカーティスが葡萄を一粒もぎ取ると、それをエレンノアの口元に運んだ。パクリ、とエレンノアは彼の指先から、その葡萄一粒を食べた。
グッと、奥歯を噛み締めるデーベンは、カーティスを睨みつけた。
それを見返したカーティスは、これ見よがしにその指先をペロッと舐める。
カァアッとなるデーベン。
「この子達もカーティスの同類、悪魔です。血統は違うので、悪魔の王族ではありませんが、人間でいえば貴族ではありますね」
「こう見えて強いよー! エレンノア様の力になるもん!」
「どう見ても、ただのクソガキ」
「ああー! そういうこと言う! 吸血魔は黙っててよ!」
「うっせー、チービチービ」
吸血魔のユーリとリーユが悪態をつくと、子どもらしくムキになる少年達。
そのじゃれ合いを穏やかに眺めるエレンノアは、また一粒、カーティスの手から葡萄を食べた。
「エレンノア様! あの吸血魔双子が意地悪言う!」
ついにエレンノアの腰に腕を巻き付いて泣きつく少年二人。
「どぉーでもいいけど、吸血魔って呼び方、ホントよくないよな? なぁーんか、血を吸いまくっている響きにしか聞こえないよな?」
「オレ達、全然吸ってないのにねー? エレンノア様がもっと血をくれるっていうなら、吸血魔にもなるけど♡」
泣きついている少年達なんてさして気にしていないように、自分達の呼び方の話を振るリーユ。ユーリはこてんとリーユの肩に頭を乗せると、ペロリと舌なめずりをエレンノアに見せつけた。
「なッ! エレンノアの血を吸うだと!? ふざけるな! エレンノアをなんだと思っているんだ!!」
ゾッとして、思わず噛みついたデーベンを、ギロッと睨んだのは吸血魔双子だけじゃない。エレンノアの腰に絡みつく少年二人もだ。ギョッと震え上がった。
「てめーこそ、エレンノア様をなんだと思ってんだよ? いつまで呼び捨てにしてんだ。てめーは婚約者っていう特権を破棄してんだから、せめて嬢か様をつけやがれよ。礼儀も知らねーのかよ、クソ王子が」
ユーリは牙をむき出しにした激怒の表情で言い放つ。
「至高の方であるエレンノア様の婚約者であることを光栄にも気付かず、愚かにも破棄しやがって」
「だから、僕達はずっと前からこんなダメな王子を消しちゃおうって言ってたのに……クソ野郎め」
10歳前後の少年達に嫌悪をむき出しに吐き捨てられた軽蔑の言葉。その睨みとともに鋭いものだった。
「仕方なく婚約してやったエレンノア様が、暇潰しとして楽しんでなかったら、すぐにでも僕達が嵌めてやってたよ。ケッ」
「婚約者として拘束しておいて、最後には幼馴染の女ごときに転ばされるとか、王子としても男としても、無能にもほどがあるだろ。ケッ」
先程の無邪気っぷりが嘘のような険悪な悪態。グサッと刺さる胸をデーベンは、押さえる。
「オーディ、アーディ」
スカイブルーの髪の少年のオーディと、青い髪の少年アーディを、微笑んで呼んだエレンノア。
パッと無垢な少年の笑みに戻って寄り添う二人は、なあに? と見上げる。
「私、もっと果物食べたいわ」
「わかったぁ」
「すぐに持ってきまぁす」
従順な子犬のように、トレイを持って、食事のテーブルに駆けていく悪魔少年達。もちろん、貴族達は自ら道を開けて、避けた。
「では、今回の婚約破棄に元凶である冤罪を明らかにしましょう」
そう話を戻したのは、ミスティスだ。
「ことの発端は、デーベン殿下への初恋を諦めきれなかったシェリー・ベリーバー公爵令嬢ですね。幼馴染というデーベン殿下に身近にいるポジションを利用し、我が主エレンノア様が嫉妬をして嫌がらせしていると嘘の主張をしました。デーベン殿下はそれを信じ、今日は公衆の面前で婚約破棄を突き付けた、と」
「ち、が……う」
シェリーが首を振って弱々しい声で否定するが、ミスティスは聞こえていない様子。
「先に言ったように、エレンノア様が嫌がらせをした事実はございません。そちらのティートリー公爵令息が虚偽の証拠を集めていたようですが、全てはそこに座っている令嬢達がでっち上げたものです。シェリー・ベリーバー公爵令嬢を突き飛ばして、罵った現場を見たという証言。真っ赤な嘘です。エレンノア様ならば、人に見られずとも突き飛ばせますから、その犯行は非効率的。エレンノア様が仕立て屋の予約を奪ったことも、またありません。仕立て屋がエレンノア様を優先した事実はあります。仕立て屋側も、伯爵位の令嬢達よりも、辺境伯爵位であり王子殿下の婚約者を優先するのも無理もない話。しかし、王子殿下の婚約者というよりも、エレンノア様自身だからこそ優先したようなものです。美しいエレンノア様に着てもらいたいと思う職人がいるのも仕方がないこと故、それをエレンノア様の嫌がらせと言うのは無理矢理すぎます」
淡々と事実だけを述べるミスティス。
ポカンと見上げたデーベンは身を縮めて震えているシェリーを見たあと、同じく床の上に座り込む羽目になっている令嬢達を見た。
「おい。なんとか言えよ。てめーらの話なんだよ」
「ミイラになるまで吸い尽くすぞ!」
「ひぎぃい!!」
リーユとユーリが軽く脅せば、震え上がった令嬢達の口が軽くなる。
「申し訳ございません! 嘘です! 嘘ですがッ! シェリー嬢と殿下のためだったんです!」
「そうです! ごめんなさい! ごめんなさい!」
「嘘ですごべんなさいっ!」
カタカタ震えながら、涙ながらに謝罪をする令嬢達。
「シェリー嬢が慕う殿下がっ、エレンノア嬢に素っ気なくされていると……! 割り込んで婚約した関係だから、本来婚約するはずだったシェリー嬢と殿下のために!!」
「な、んだ、とっ!」
涙しながら白状する令嬢達から、鋭い視線をシェリーに戻すデーベン。
「つまり。エレンノア嬢にあまりにも素っ気なくされるから、弱気になって愚痴を聞かせた幼馴染のシェリー嬢にそれを見事に利用されたわけですね。横恋慕による婚約者の略奪が動機。異論はありますか?」
淡々と事実を述べるだけのミスティスは、一応といった風に、シェリーに声をかけた。
「ちがう……」
ぽつりと零すシェリーは、エレンノアを力を込めてキッと睨んだ。
「横恋慕でも略奪愛でもない! わたくしだったの! 殿下の婚約者になるのはわたくしだったのに! ぽっと出の辺境伯の令嬢が割り込んだ! 最初からわたくしだったのよ! 殿下の婚約者は!!」
その声は、金切り声に近かった。追い込まれて自棄になり、喚き散らして、高位貴族の淑女とはかけ離れている姿。
大半が呆然と眺めている中、マイペースに、ケーキを果汁ジュースで流し込んだエレンノアは、口を開く。
「私が割り込んだなんて、失礼ね。王家が勝手に決めた婚約よ。仕方なく付き合ってあげただけ。最初に言ったように、『魔王』の力が強すぎる私を『勇者』の末裔の殿下が監視と制御をするために設けられた関係なの。責任ある貴族ともなれば、そういう政略結婚はあることだと諦めていたけれど、私も初めから国王夫妻には言っておいたのよ? デーベン殿下では、この役目は力不足だって。現に、あなた如きに騙されて、婚約破棄をするほどに愚かだしね」
敬語も使うことなくエレンノアが語ることに、息を呑むデーベン。冷や汗を垂らす。
「現を抜かして、本来の役目を果たせないなら、せいぜい私に役に立ってもらいましょう」
ヒュッと喉を鳴らして、身体を強張わせた。エレンノアの琥珀色の瞳に見下ろされて、指一本動かしにくい。
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