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19 幻獣の願い。
しおりを挟む荷馬車には、昼と夜と朝の一日分の食料を念のために積んであった。
それを細身の彼は、半分も平らげてしまったのだ。
黒い衣服だから細身に感じる。ぜひとも一度抱きつかせてもらい、その腰の細さを確認させてもらいたいものだと、立ち尽くしつつ私は思った。
地下にいたセドリックとリクとランスロットは、無事だ。
ちゃんとセドリックの許可を得て、食事を与えた。怪我をしていないとわかり、セドリックは胸を撫で下ろして蹲る。相当心配かけてしまったようだ。
そんなセドリックの肩を、ポンポンと撫でておいた。
「聖女? もうそんな時期になったのか」
もぐもぐと咀嚼する黒い幻獣の彼は、ガーゴイルが城を支配していたことも知らなかったらしい。私達が彼を見付けた経緯を話した。
「うん。私はその聖女の召喚に巻き込まれた一般人。花奈だよ」
「我は幻獣の……レイヴだ」
ゴクリと飲み込み、少し間を空けて、彼は名乗ってくれる。
「名を言うのも、久しぶりだ……」
「……ごめんなさい、レイヴ。人間があなたをあんな目に遭わせてしまって、本当にごめんなさい」
「……名を呼ばれるのもまた久しぶりだ。しかし、貴様が謝ることないだろう? 謝罪をするなら、あの伯爵だ。それか、責任を持って王から謝罪してもらいたいものだな」
食べ終えて、レイヴは雄弁に話した。
王様に謝罪を求める、か。この国の伯爵が監禁したのだから、当然だろう。
「同じ人間として許せないの。だから、謝らせて。私が謝りたいだけ。ごめんね」
私がそうしたいだけで、レイヴはちっとも救われないか。
それこそ王様から謝罪やお詫びをしてもらわなくては、気もすまないだろう。
「……」
じっとレイヴが私を見つめたあと、手を伸ばして私の髪に触れた。
「あ、この髪は生まれつきじゃなくて、巻き込まれて召喚された代償らしいよ」
「……我は貴様達に救われたが、貴様は救われないのだな」
「え? ああ……」
元の世界に戻れないことも知っているようだ。
「気にしてない。魔法が好きなので、魔法のあるこの世界が気に入っているの」
私はそう微笑んだ。
「レイヴは帰りたいところ、あるの?」
「……まぁ、な」
「じゃあそっちに帰ってから、シーヴァ国の城に来る?」
「……いや。そのままシーヴァ国の王に謝罪をもらう」
「では、先にあなたが来ることを知らせていただきますね。お前達、先に帰って陛下にお伝えしろ」
レイヴは先に謝ってほしいみたい。
セドリックが低姿勢で接すると、部下に命令を下した。
その部下を見送ると、レイヴが私の袖を掴んで引っ張る。
「我を救ってくれて、ありがとう」
「! ……どういたしまして」
感謝してくれていることが嬉しくて、笑みを溢す。
「撫でてもいい?」
「……許そう」
ちょうど荷馬車に腰掛けているレイヴの頭は、撫でるにはいい位置にある。許可も出たから、そっと頭に手を置いた。黒い髪は人間のそれ。ふわふわしていた。
どんな仕組みなのかと、翼に触れて耳を探してみる。
あ、耳穴があった。ここから聴いているのね。
羽毛が、もふもふ。真っ黒な羽根だから、その先を指で撫でた。
もふもふふふっ。
「楽しいか?」
「うん。楽しい」
もうまんべんなく触ってしまう。
だって頭に鳥の翼が生えてるんだよ? 動くんだよ?
不思議じゃん。魔法の世界大好き!
頭わしゃわしゃしたくなるこの気持ちわかる?
もうムギュッと抱き締めてあげたい。
「そうだ。聖女様に会ってみたら? 聖女様にこうしてもらったら癒されるかもしれないよ」
亜豆ちゃんがもふもふが好きかどうかは聞いたことないけれど、もふもふが嫌いな人間はいないだろう。聖女効果で、監禁されていた心の傷が癒えるといいなと思い、言ってみた。
「そんな力、聖女にはないと思うぞ」
「ないかもしれないけれど、温もりって癒しのパワーもあるから、聖女様だと効果覿面かも!」
「温もり、ね……」
両手ですりすりと翼の付け根をマッサージするように撫でる。
そうすれば気持ちよさそうに、レイヴは目を閉じた。
「おい」
鋭い声が聞こえたかと思えば、ちょっと威圧的なノットが立っている。
まだ獅子の姿だったものだから、少しばかり怖い顔に見えた。
ああでも、猫科ならどんな顔も素敵だと私は思うよ。
「いつまでじゃれているつもりだ」
「許される限り、ですが?」
「いい加減にしろ」
両手首を掴まれて、レイヴから離された。
「ハナさんってば、チャレンジャー。獣人と幻獣に挟まれても、ケロッとしてるー」
離れたところにしゃがみこむランスロットに笑われる。
笑うことかしら?
「こら、ノット! か弱いハナ様を乱暴に扱うなよ!」
セドリックが釘をさした。
「か弱い? こいつのどこがか弱いんだ。強いだろうが」
ノットは私の手首を掴んだまま言い返す。
「確かにハナ様はお前との手合わせで凄まじい魔法攻撃を見せたが、か弱くその上病弱なんだぞ」
セドリックはまだ私をか弱く病弱な女性と認識しているのか。
そうだよね、色気王・弟殿下にノックダウンしたあれを、病弱故だと捉えたのだろう。
「病弱、ねぇ?」
ノットはあやしみいぶかるような眼差しを向けてきた。
元気溌剌だって知っているから、それが一致しないのだろう。
とりあえず私は放してーと手を振った。やっと放してもらえる。
「あ、ノットさんも、もふもふしてほしいのですか? ならじゃれましょう!」
「……は?」
冷たい声が返ってきた。ツーンとそっぽを向いて、私から離れてしまう。
そんな猫科っぽい反応も好き!!
ランスロットは、またケタケタと笑った。
「あーハナさんは見てて面白いわー」
目尻に涙まで浮かべて笑うランスロット。
そうなのかな。笑わせているつもりのない私は首を傾げた。
今度はレイヴに掴まれて、触れと言わんばかりに頭に置かれたので両手でもふもふさせてもらう。鳥のもふもふもなかなかである。
「レイヴ。もう一つの姿の方も触らせてほしいな」
「許してやろう」
頼んでみれば、意外にもあっさりと許可が出た。
「ハナ様それは危険では」
そうセドリックが言いかけたけれど、バサバサと羽ばたくような羽根と風の音に掻き消されてしまう。荷馬車の前に、翼を持つ巨大な黒豹が現れた。
よし、もふもふタイム!
腕を伸ばせば、レイヴ自ら顔を近付けてくれたので抱き締める。短い毛並みも、なかなかの触り心地。
頬擦りしていれば、レイヴがゴロゴロと喉を鳴らした。
大きな猫にじゃれられているみたい! 至福!
「ハナ様。そろそろ帰りましょう」
暫く経って、セドリックにそう言われて、ハッと我に返る。
「そうですね。そろそろ帰りましょうか」
のほほんの笑みを貼り付けて、私は頷く。
レイヴには人の姿に戻ってもらう。よくよく見てみれば、足は猫科のそれだった。かわゆい。
そんなレイヴと荷馬車に揺られて、ゲートに向かう。
どこか寂しげに森を眺めていたことに、私は気付いたけれど理由を問わなかった。
ゲートを潜って城に戻ったら、すぐに王様のいる玉座の間に通される。
セドリックがレイヴと共に玉座の元に歩み、私はノット達と一緒に壁際に控えた。軽く俯いても、一部始終を見守る。
「我が国民の過ち、誠に申し訳ない。現国王である私が謝罪しよう。だが、それだけではそなたの傷は癒えぬであろう。本当に申し訳ない、すまない、幻獣レイヴよ」
玉座から降りて、頭を下げる王様。
誠実に対応をしていることが伝わる。
「……」
レイヴは無言だった。私の立ち位置だとちょうど背中しか見えないが、きっと厳しい表情で王様を見据えているに違いない。
「何か、我々人間がしてやれることはないだろうか?」
「……一つ、ある」
頭を上げた王様に、レイヴは口を開いて言い放つ。
「願いを叶えてもらおう」
「その願いとは?」
どんな願いをされるのか。少し空気が張り詰めたのを感じた。
注目が集まる中、レイヴが動く。黒い袖からはみ出た手で指差したのはーーーー私。
「アレが欲しい」
……はい?
指差しているのは、間違いなく私だった。
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