初恋の人が『初恋の女の子』に夢中で婚約破棄までしたので、彼の真の『初恋の女の子』である私は受け入れて、辺境伯令息の甘い優しさに癒されます。

三月べに

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『初恋の女の子』⑥婚約披露宴

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「曖昧で美化した記憶の『初恋の女の子』と比べて、貶し続けて! 挙句、医者を追い出した! 今更名乗り出ても、あなたは本当に信じたのですか!?」
「っ!!」

 ポロッと、メアリーンの瞳から涙が零れた。

「優しくあれ、可愛くあれ! 気遣いが足りない! 何度も『初恋の女の子』ならって! 他でもない私に向かって! あなたは罵ってきたじゃないですか! 曖昧な思い出だけを大切にして、私を貶し続けたのはあなたじゃないですか!!」

 ひゅっと、喉を鳴らすディソン。冷や水を浴びた気分だ。

 涙をポロポロと落とす元婚約者に、どんな言葉を放ったか。
 ディソンは都合よく思い出せないでいた。無意識の拒絶反応だ。

 長年恋焦がれた本人を、傷つけていた事実を受け止め切れない。

「大人ぶって、政略的利益があるって両家を説き伏せたことを忘れたのは、あなたです!」
「あっ……」

 酷く枯れた喉から声が漏れるディソンの頭に、過る記憶があった。
 大人ぶって見栄を張った。恋心からじゃない。政略的利益のある婚約だと主張した。
 その相手はやはりぼやけていて思い出せないが、婚約をしたというなら、間違いない。
 メアリーン、ただ一人しかありえない。

 ずっと執着していた『初恋の女の子』は、メアリーンだ。

「なんで嘘を公表したのですか! アンジュ王女殿下! 事実は違うと知っていながら、何も悪くない顔して! こうしていつかは明るみになるとは思いもしなかったのですか!?」

 やはりアンジュに怒りが収まらないメアリーン。
 婚約披露宴で、嘘を公表したことが許せない。

「他人の思い出を奪って! 欺いて! あなたの立場でなんてことをしたのですか!」
「――っ!!」

 びくりと肩を震え上がらせるアンジュは、ただ震えるだけ。
 こんなに長い時間が経っても現れない『初恋の女の子』なら、成り代われると思った。
 当然、こうして本物が現れるなんて思いもしなかったのだ。
 アンジュはこちらを見ているであろうディソンと顔を合わせられず、俯いた。

「今度は大人ぶった理由の政略結婚だと言い訳では済みません。取り返しのつかない王族同士の政略結婚です。絶対に誓いは守ってください」
「ッ! そ、そんなッ! メアリーン!」

 ディソンは青ざめて、制止の声を絞り出す。
 確かにアンジュとの婚姻は取り消さないと誓わされた。仮令『初恋の女の子』ではなくとも、覆さないと。しかし、話が違う。他でもないメアリーンが『初恋の女の子』だったのに、それは違うじゃないか。
 伸ばそうとした手は、届かない。

 頭を押さえてふらつくメアリーンを、サッと支えたのはもう十分だと判断したアルリックだ。

 今更ながら、ディソンはメアリーンがアルリックと婚約をしていることを思い出して、ズキンと胸を痛めた。

「ほら、メアリーン。水を飲んで」
「んっ」

 水を飲ませると、アルリックはグラスをテーブルに置くと、メアリーンを抱え上げる。

「もう十分だ、メアリーン。帰ろう」
「ん……」

 顔を火照らせたメアリーンは瞼を閉じて、自分を横抱きにしたアルリックの肩に顔を埋めた。

「ま、待て! アルリック!」
「我が婚約者は酔い潰れてしまいました。御前を失礼してもよろしいですよね?」
「っ!」

「「……!!」」

 アルリックの声は穏やかに聞こえてはいるが、圧がある。
 そして、その眼差しはディソンとアンジュを鋭く責めるものだった。

 アルリックは、知っているのだ。
 ディソンの『初恋の女の子』だと知っていて、婚約した。
 忽ち、真っ赤になるディソンだったが、口が裂けても、”返せ”とは言えない。言う資格がないのだ。

 メアリーンには非がない。

 そう威圧するアルリックは、こちらの許可を得ることなく会釈して、メアリーンを抱えて去った。

 残されたのは、ディソンとアンジュ。
 そして、戸惑い通しで傍観するしかなかった友人達だ。

 真実を知ってしまった。
 ディソンの『初恋の女の子』は、アンジュではなく、メアリーンだと。
 ディソンが『初恋の女の子』と比べて、婚約者のメアリーンを貶していたことは何度も目にしてきた。
 一友人として、許せることではない。だからといって、王族同士の有益な婚約に異議も唱えない。

「……わたくしも、失礼いたしますわ。ご婚約、おめでとうございます」
「……オレも。ご婚約、おめでとうございます。ディソン殿下、アンジュ殿下」
「自分も帰ります。改めて、ご婚約、お祝い申し上げます」

 爵位が高い順から、次々と頭を下げて形式上、伝えなくてはならない祝福の言葉を伝えた。仮令、それが望まれていなくとも、だ。
 今宵は、婚約を祝う宴の場だったのだから。

 最後にテラスに残されたのは、ディソンとアンジュ。

 微動だにしないディソンの反応は怖いが、いつまでも立ち尽くしてはいられない。まだパーティーの最中。戻らなければ。
 アンジュは恐る恐るとディソンに手を伸ばした。

「あの、ディソン」
「触るな!!」
「!!」

 バシッと振り払われる手。忌々しそうに睨まれて、アンジュは心臓を握り潰されるような思いをした。
 ディソンもアンジュを置き去りにして去る。

 アンジュは崩れ落ちる。あんなに優しく触れて笑いかけてくれたディソンの、あの目に怯えた。

 しかし、嘘をついて嫁ぐことにした代償は、まだ始まったばかりだ。



 帰りの馬車の中で、メアリーンは呻いた。

「やってしまった……!」

 すっかり酔いが覚めたメアリーンは、激しい後悔に襲われて猛反省しているところだ。

「しょうがない。君は何も悪くないよ」
「……アルリックはいつまで私を膝の上に乗せているのかしら?」
「よしよし」

 馬車に乗り込んでもアルリックはメアリーンを放すことなく、膝の上で横に座らせたまま。ニコニコしたまま、頭を撫でてあやす。

「いいんだよ、メアリーン。君は事実を口にしただけだよ。気を負うことはない。嘘をついた王女殿下が悪いし、初恋云々以前に国の利益のための婚姻になると発表したのは王子殿下だ。本物がメアリーンだとわかっても、誓い通り、覆さないよ」

 アルリックはあえて、王女殿下や王子殿下と他人行儀に口にする。

「メアリーンは何も悪くない」

 メアリーンに非はないと、全否定する。
 メアリーン一人が秘密に押し潰されるくらいなら、暴露してしまった方がいい。仮令、それがあの二人の関係を破綻させるとしても、だ。
 未来の国王夫妻がどうなっても構わない。
 アルリックが大事なのは、この腕にいるメアリーンだけなのだから。

 ちゅ、と頬にキスをすると、酔いとは違う火照りで顔を赤くして俯くメアリーン。

 それを愛おしげに見つめるアルリックは、ほつれた髪を耳にかけてやってから口を開く。

「メアリーン。もう連れ去ってしまっていいかい?」

 メアリーンは顔を上げた。

「え?」
「ちゃんと祝福している姿勢は示せた……もう十分だろう。卒業資格はもらってあるし、卒業式に出ることなく、我が辺境伯領に行こう」

 正直のところ、アルリックも不安である。
 本物がメアリーンだと知ったディソンがどう出るか。宣誓はしていても、メアリーンに迫るかもしれない。
 もしも、メアリーンが許してしまったら?
 もしも、メアリーンが復縁を望んだら?
 それは恐ろしい。

 じっと見つめ合ってメアリーンはその不安を見抜くと、アルリックに寄り添った。

 自分を甘やかして癒そうとしてくれるアルリックを選ぶ。
 悪くはないのだと何度も優しく言い聞かせてくれるアルリックを。

「……じゃあ、連れ去ってもらおうかな」
「! ……メアリーン」

 連れ去ってもいいと言ってくれる。
 自分を選んでくれる。
 心から安堵したアルリックは、抱き締めると額に口付けをした。それから瞼や目尻にも。

「いっぱい泣いたね。よく頑張った」
「うん……」
「メアリーンの家に一泊したら、荷物はあとで送ってもらって、辺境伯領へ出発しよう」
「え!? そんな早く!?」

 流石に早すぎないかとギョッと顔を上げたメアリーンの鼻にちゅっとキスをして、爽やかな笑顔でアルリックは言い切った。

「うん。メアリーンを連れ去る」

 有言実行。
 アルリックは、自分の領地へと婚約者を連れ去り、そこで癒してあげることにしたのだ。


 その決断は正しかった。

 卒業式やそのあとのパーティーなら、メアリーンに会えると思っていたディソンは、すでにアルリックが連れ去ったあとだと知り、絶望した。

 あれから何度も何度も悔やんでいる。
 未だに初恋のメアリーンを鮮明に思い出せないが、徐々に言い放ってしまった言葉の数々が思い浮かんできてしまい、後悔に溺れそうなほど息が詰まりそうになっていた。

――――『初恋の女の子』ならば、癒すような笑顔を見せてくれただろう。
――――『初恋の女の子』なら、もっと華やかにドレスを着こなすだろう。
――――『初恋の女の子』となら、もっと会話が盛り上がったはずだ。

 なんて愚かな不満だったろうか。
 本人に向かって、愚かにも程がある。
 曖昧なせいで、美化していた。しすぎた。
 想いだけが暴走して、『政略結婚の婚約者』としか認識していないメアリーンを傷付けた。
 健気にも比べる度に変わろうとしてくれたのに。
 ディソンは『初恋の女の子じゃない』と思い込んで苛立ちをぶつけていたのだ。

 なんてことをしてしまったのか。

 他でもない。大切な、大切な『初恋の女の子』なのに。
 自分は傷つけ続けてしまったのだ。

「っ……! ああ、メアリーン……! メアリーン! すまない! すまない!! 許してくれ!」

 会って謝りたくても、メアリーンは遠い辺境伯領へ行ってしまった。
 卒業と同時に立太子したディソンに、辺境伯領へ行く暇などない。さらには、結婚式がある。
 本当ならば、メアリーンとする予定として組まれたスケジュールだということを思い出して、さらに絶望を感じた。

「メアリーン……! メアリーン! オレのメアリーン!」

 醜い執着が荊のような後悔となって蝕んだ。




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