5 / 7
『初恋の女の子』⑤婚約披露宴
しおりを挟む「お前が変なことを言うからだ!」
ディソンは、アンジュを庇う。
騙されている初恋の王子への情けなさが募る。空しくて、苛立つ。
くわんくわんとする感覚に倒れまいと、テーブルに手をついたまま、メアリーンはうっぷんを晴らすために酔いの勢いで明かしてしまった。
もう後には引けないのだから。吹っ切れた。
「ではどうして、ディソン殿下の記憶が曖昧になっていると周囲が気付いたか、知っておりますか?」
「それは医者が」
「医者には私が相談したから、記憶が曖昧になっていることが発覚したのですよ。他でもない、私との記憶が曖昧になっていると気付いたから。『初恋の女の子』と『政略結婚の婚約者』が、別になっていて驚きましたわ」
あんなに躊躇していたのに、一度口にしてしまえば、本当に簡単だ。
「でたらめを言うな! なら何故そう言わなかったんだ! 一度だってそんなこと言わなかっただろう!」
「殿下が追い出した医者に、混乱させて倒れさせてはいけないから、と自然に思い出すことを待つように言われていたのです。あの医者は、慎重でしたでしょう?」
「……!!」
ディソンは顔を強張らせた。慎重に治療してくれようとした医者があまりにも『初恋の女の子』を思い出させることに消極的だったから追い出したが、それならメアリーンが言っていることは辻褄が合う。
メアリーン本人が、ディソンの記憶と不一致になっていたから、記憶が曖昧になっていると気付いて、発覚したのだ、と。
だが、認めたくない。
認められない。
嫌な汗が背中を伝う。
「”想いが強すぎて、高熱のショックで曖昧になってしまった”なんて医者が言うから、いつかは思い出してくれると願って、理想ばかりが高くなる『初恋の女の子』になろうと必死でした……結局、思い出してはくれませんでしたね。きっと消えてしまったのでしょう」
メアリーンは、俯いて儚く笑う。
ディソンは激しく動揺して、息を詰まらせた。
「嘘よ! わたくしはっ! わたくしが、殿下の『初恋の女の子』なのです!」
そこに震えるか細い声を張り上げたのは、アンジュだ。
ディソンは安堵したが、アンジュも必死だった。
そうであるべきだ。二人にとって、そうでなくては困るのだ。
それはメアリーンにとって、許しがたいことだった。
アンジュの嘘は、怒りが抑えきれない。
「お茶会を抜け出して、王城の庭園の茂みの中でこっそり隠れて二人でクッキーを食べました! 分け合ったのはハート型のクッキーでしたの!」
「……それ。以前、ディソン殿下の『初恋の女の子』を匂わせた令嬢も知っていたエピソードです。いえ、最早、ディソン殿下の有名な『初恋の女の子』との思い出エピソードですよね」
冷めた目でメアリーンは容赦なく指摘した。
「だからって違うとは」
「殿下、覚えていますか? そのクッキーが二色だったことを。プレーンとチョコレート味だったので」
「えっ……あ、ああ。覚えている」
普段なら言葉を遮ったことを無礼だと怒りたかったが、ディソンは問いかけに気が逸れる。
クッキーの色なら、覚えている。ただ分け合った女の子の顔を思い出せないだけ。
「殿下はチョコレートの方が美味しいからと、そちらから”食べて”と言いました。覚えていますか?」
「……」
覚えている。『初恋の女の子』だけが知るその話を、メアリーンが知っていることに驚きが隠せないディソン。
そして、隣を見た。
『初恋の女の子』のはずのアンジュは、何も答えない。真っ青な顔を引きつらせているだけ。
「『初恋の女の子』のエピソードで聞いたことないので、覚えていないのかもしれませんが……異国の民族衣装を見せてくれたことがあります。私は興奮のあまり紅茶を零して台無しにしてしまいましたね。あの民族衣装は、何色か、覚えていますか?」
「! あ、あれは……覚えている。覚えているよな? アンジュ」
これは『初恋の女の子』とのエピソードだ。
ディソンはアンジュに答えてもらいたくて尋ねた。
知りもしないのに答えようと必死に足掻くアンジュは、異国の民族衣装として有名な藍色の着物を思い浮かべて「藍色ですわ!」と答えた。ディソンの絶望した顔を見て、アンジュは間違いだと悟った。
「金色です。王族の贈り物ですから、特別に金色の着物を贈られたのだとディソン殿下は自慢してくれたのに、私は台無しにしてしまったのです。殿下が隠してくれると言ったので、お咎めは受けませんでした」
「…………」
「……」
ディソンもアンジュも、絶句する。
否定が出来ない。紛れもなく『初恋の女の子』が、メアリーンだということを。
凍り付くこの場の空気の中、一瞬か数秒かの沈黙のあと。
「――――なんで言ってくれなかったんだ!!!」
ディソンの責め立てる声が轟いた。
嘘をついたアンジュではなく、打ち明けてくれなかったメアリーンの方を責め立てることを選んだのが運の尽き。
「言えないようにしたのは、あなたじゃないですか!」
メアリーンは声を上げた。
まさか声を上げられるとは思わなかったディソンは怯んだ。アンジュも、びくりと震えて身を縮めた。
友人達は、息をひそめる。
水を持って戻ってきたアルリックは、飛び出そうとして思い留まった。ここまで来てしまったのなら、もう何もかも吐き出させた方が、メアリーンのためだと思えたからだ。
秘密に押し潰されるのは、メアリーンじゃなくていい。メアリーンであってはいけないのだ。
アルリックはそう思い、見守った。
535
お気に入りに追加
1,387
あなたにおすすめの小説

婚約者を友人に奪われて~婚約破棄後の公爵令嬢~
tartan321
恋愛
成績優秀な公爵令嬢ソフィアは、婚約相手である王子のカリエスの面倒を見ていた。
ある日、級友であるリリーがソフィアの元を訪れて……。

すれ違う思い、私と貴方の恋の行方…
アズやっこ
恋愛
私には婚約者がいる。
婚約者には役目がある。
例え、私との時間が取れなくても、
例え、一人で夜会に行く事になっても、
例え、貴方が彼女を愛していても、
私は貴方を愛してる。
❈ 作者独自の世界観です。
❈ 女性視点、男性視点があります。
❈ ふんわりとした設定なので温かい目でお願いします。

姉が私の婚約者と仲良くしていて、婚約者の方にまでお邪魔虫のようにされていましたが、全員が勘違いしていたようです
珠宮さくら
恋愛
オーガスタ・プレストンは、婚約者している子息が自分の姉とばかり仲良くしているのにイライラしていた。
だが、それはお互い様となっていて、婚約者も、姉も、それぞれがイライラしていたり、邪魔だと思っていた。
そこにとんでもない勘違いが起こっているとは思いもしなかった。
どうして別れるのかと聞かれても。お気の毒な旦那さま、まさかとは思いますが、あなたのようなクズが女性に愛されると信じていらっしゃるのですか?
石河 翠
恋愛
主人公のモニカは、既婚者にばかり声をかけるはしたない女性として有名だ。愛人稼業をしているだとか、天然の毒婦だとか、聞こえてくるのは下品な噂ばかり。社交界での評判も地に落ちている。
ある日モニカは、溺愛のあまり茶会や夜会に妻を一切参加させないことで有名な愛妻家の男性に声をかける。おしどり夫婦の愛の巣に押しかけたモニカは、そこで虐げられている女性を発見する。
彼女が愛妻家として評判の男性の奥方だと気がついたモニカは、彼女を毎日お茶に誘うようになり……。
八方塞がりな状況で抵抗する力を失っていた孤独なヒロインと、彼女に手を差し伸べ広い世界に連れ出したしたたかな年下ヒーローのお話。
ハッピーエンドです。
この作品は他サイトにも投稿しております。
扉絵は写真ACよりチョコラテさまの作品(写真ID24694748)をお借りしています。
【短編】旦那様、2年後に消えますので、その日まで恩返しをさせてください
あさぎかな@電子書籍二作目発売中
恋愛
「二年後には消えますので、ベネディック様。どうかその日まで、いつかの恩返しをさせてください」
「恩? 私と君は初対面だったはず」
「そうかもしれませんが、そうではないのかもしれません」
「意味がわからない──が、これでアルフの、弟の奇病も治るのならいいだろう」
奇病を癒すため魔法都市、最後の薬師フェリーネはベネディック・バルテルスと契約結婚を持ちかける。
彼女の目的は遺産目当てや、玉の輿ではなく──?

【完結】溺愛婚約者の裏の顔 ~そろそろ婚約破棄してくれませんか~
瀬里
恋愛
(なろうの異世界恋愛ジャンルで日刊7位頂きました)
ニナには、幼い頃からの婚約者がいる。
3歳年下のティーノ様だ。
本人に「お前が行き遅れになった頃に終わりだ」と宣言されるような、典型的な「婚約破棄前提の格差婚約」だ。
行き遅れになる前に何とか婚約破棄できないかと頑張ってはみるが、うまくいかず、最近ではもうそれもいいか、と半ばあきらめている。
なぜなら、現在16歳のティーノ様は、匂いたつような色香と初々しさとを併せ持つ、美青年へと成長してしまったのだ。おまけに人前では、誰もがうらやむような溺愛ぶりだ。それが偽物だったとしても、こんな風に夢を見させてもらえる体験なんて、そうそうできやしない。
もちろん人前でだけで、裏ではひどいものだけど。
そんな中、第三王女殿下が、ティーノ様をお気に召したらしいという噂が飛び込んできて、あきらめかけていた婚約破棄がかなうかもしれないと、ニナは行動を起こすことにするのだが――。
全7話の短編です 完結確約です。

【完結】愛くるしい彼女。
たまこ
恋愛
侯爵令嬢のキャロラインは、所謂悪役令嬢のような容姿と性格で、人から敬遠されてばかり。唯一心を許していた幼馴染のロビンとの婚約話が持ち上がり、大喜びしたのも束の間「この話は無かったことに。」とバッサリ断られてしまう。失意の中、第二王子にアプローチを受けるが、何故かいつもロビンが現れて•••。
2023.3.15
HOTランキング35位/24hランキング63位
ありがとうございました!
私達、政略結婚ですから。
黎
恋愛
オルヒデーエは、来月ザイデルバスト王子との結婚を控えていた。しかし2年前に王宮に来て以来、王子とはろくに会わず話もしない。一方で1年前現れたレディ・トゥルペは、王子に指輪を贈られ、二人きりで会ってもいる。王子に自分達の関係性を問いただすも「政略結婚だが」と知らん顔、レディ・トゥルペも、オルヒデーエに向かって「政略結婚ですから」としたり顔。半年前からは、レディ・トゥルペに数々の嫌がらせをしたという噂まで流れていた。
それが罪状として読み上げられる中、オルヒデーエは王子との数少ない思い出を振り返り、その処断を待つ。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる