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『初恋の女の子』⑤婚約披露宴
しおりを挟む「お前が変なことを言うからだ!」
ディソンは、アンジュを庇う。
騙されている初恋の王子への情けなさが募る。空しくて、苛立つ。
くわんくわんとする感覚に倒れまいと、テーブルに手をついたまま、メアリーンはうっぷんを晴らすために酔いの勢いで明かしてしまった。
もう後には引けないのだから。吹っ切れた。
「ではどうして、ディソン殿下の記憶が曖昧になっていると周囲が気付いたか、知っておりますか?」
「それは医者が」
「医者には私が相談したから、記憶が曖昧になっていることが発覚したのですよ。他でもない、私との記憶が曖昧になっていると気付いたから。『初恋の女の子』と『政略結婚の婚約者』が、別になっていて驚きましたわ」
あんなに躊躇していたのに、一度口にしてしまえば、本当に簡単だ。
「でたらめを言うな! なら何故そう言わなかったんだ! 一度だってそんなこと言わなかっただろう!」
「殿下が追い出した医者に、混乱させて倒れさせてはいけないから、と自然に思い出すことを待つように言われていたのです。あの医者は、慎重でしたでしょう?」
「……!!」
ディソンは顔を強張らせた。慎重に治療してくれようとした医者があまりにも『初恋の女の子』を思い出させることに消極的だったから追い出したが、それならメアリーンが言っていることは辻褄が合う。
メアリーン本人が、ディソンの記憶と不一致になっていたから、記憶が曖昧になっていると気付いて、発覚したのだ、と。
だが、認めたくない。
認められない。
嫌な汗が背中を伝う。
「”想いが強すぎて、高熱のショックで曖昧になってしまった”なんて医者が言うから、いつかは思い出してくれると願って、理想ばかりが高くなる『初恋の女の子』になろうと必死でした……結局、思い出してはくれませんでしたね。きっと消えてしまったのでしょう」
メアリーンは、俯いて儚く笑う。
ディソンは激しく動揺して、息を詰まらせた。
「嘘よ! わたくしはっ! わたくしが、殿下の『初恋の女の子』なのです!」
そこに震えるか細い声を張り上げたのは、アンジュだ。
ディソンは安堵したが、アンジュも必死だった。
そうであるべきだ。二人にとって、そうでなくては困るのだ。
それはメアリーンにとって、許しがたいことだった。
アンジュの嘘は、怒りが抑えきれない。
「お茶会を抜け出して、王城の庭園の茂みの中でこっそり隠れて二人でクッキーを食べました! 分け合ったのはハート型のクッキーでしたの!」
「……それ。以前、ディソン殿下の『初恋の女の子』を匂わせた令嬢も知っていたエピソードです。いえ、最早、ディソン殿下の有名な『初恋の女の子』との思い出エピソードですよね」
冷めた目でメアリーンは容赦なく指摘した。
「だからって違うとは」
「殿下、覚えていますか? そのクッキーが二色だったことを。プレーンとチョコレート味だったので」
「えっ……あ、ああ。覚えている」
普段なら言葉を遮ったことを無礼だと怒りたかったが、ディソンは問いかけに気が逸れる。
クッキーの色なら、覚えている。ただ分け合った女の子の顔を思い出せないだけ。
「殿下はチョコレートの方が美味しいからと、そちらから”食べて”と言いました。覚えていますか?」
「……」
覚えている。『初恋の女の子』だけが知るその話を、メアリーンが知っていることに驚きが隠せないディソン。
そして、隣を見た。
『初恋の女の子』のはずのアンジュは、何も答えない。真っ青な顔を引きつらせているだけ。
「『初恋の女の子』のエピソードで聞いたことないので、覚えていないのかもしれませんが……異国の民族衣装を見せてくれたことがあります。私は興奮のあまり紅茶を零して台無しにしてしまいましたね。あの民族衣装は、何色か、覚えていますか?」
「! あ、あれは……覚えている。覚えているよな? アンジュ」
これは『初恋の女の子』とのエピソードだ。
ディソンはアンジュに答えてもらいたくて尋ねた。
知りもしないのに答えようと必死に足掻くアンジュは、異国の民族衣装として有名な藍色の着物を思い浮かべて「藍色ですわ!」と答えた。ディソンの絶望した顔を見て、アンジュは間違いだと悟った。
「金色です。王族の贈り物ですから、特別に金色の着物を贈られたのだとディソン殿下は自慢してくれたのに、私は台無しにしてしまったのです。殿下が隠してくれると言ったので、お咎めは受けませんでした」
「…………」
「……」
ディソンもアンジュも、絶句する。
否定が出来ない。紛れもなく『初恋の女の子』が、メアリーンだということを。
凍り付くこの場の空気の中、一瞬か数秒かの沈黙のあと。
「――――なんで言ってくれなかったんだ!!!」
ディソンの責め立てる声が轟いた。
嘘をついたアンジュではなく、打ち明けてくれなかったメアリーンの方を責め立てることを選んだのが運の尽き。
「言えないようにしたのは、あなたじゃないですか!」
メアリーンは声を上げた。
まさか声を上げられるとは思わなかったディソンは怯んだ。アンジュも、びくりと震えて身を縮めた。
友人達は、息をひそめる。
水を持って戻ってきたアルリックは、飛び出そうとして思い留まった。ここまで来てしまったのなら、もう何もかも吐き出させた方が、メアリーンのためだと思えたからだ。
秘密に押し潰されるのは、メアリーンじゃなくていい。メアリーンであってはいけないのだ。
アルリックはそう思い、見守った。
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