初恋の人が『初恋の女の子』に夢中で婚約破棄までしたので、彼の真の『初恋の女の子』である私は受け入れて、辺境伯令息の甘い優しさに癒されます。

三月べに

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『初恋の女の子』②メアリーン視点

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 次の学園の登園日。
 ディソン殿下は早速、馬車から降りた隣国の王女をエスコートしたため、生徒達は騒然とした。
 ついに、私を堂々と蔑ろにした、と騒ぎになって、友人達に問い詰められたから「私はもうあの方の婚約者じゃないわ」と言うしかない。
 実際には、お父様も王城や神殿へ行って婚約破棄の手続きを終えようとしているところで、まだ成立はしていないのだけどね。まぁ、誤差か。

 そこに駆け込んだのは、一人の男子生徒。

「メアリーン嬢! そのっ、殿下がっ……」

 黒髪と水色の瞳の少年。ジャックス辺境伯のご子息、アルリック様。
 顔色が悪いし、私に殿下のことを尋ねに来たということは、婚約者の私にはしないエスコートをしたと理由でも尋ねたかったのだろう。でも言葉を詰まらせるから、聞きづらい。私を気遣う眼差し。

「……殿下は、『理想の初恋の女の子』と再婚約するそうですわ」
「っ……」

 苦しそうに歪むアルリック様は、困惑で水色の瞳を揺らす。

 彼は、知っている。
 きっと、薄々気付いているだろう。

 私は、彼にポロッとヒントを零してしまったから……。

「メアリーン嬢。それなら、婚約の打診をしてもいいだろうか?」
「えっ?」

 驚いて目を真ん丸にしてしまった。
 アルリック様は、周囲も気にせず、その場で跪いてしまう。
 私の手を取ると、祈るように両手を包み込んだ。

「君を苦しみから連れ去りたい。僕のところで、癒すから」

 真剣に頼み込む瞳を見つめ返して、その言葉の意味をしっかりと受け止める。
 辺境伯の跡取りであるアルリック様は、この心無い噂話をする王都から連れ出して、辺境伯領で私を癒してくれると言う意味。
 そこには紛れもなく、私への想いがある。
 いつからだったのかはわからない。それは互いの話をしてみないといけないだろう。

「わかりました。婚約の打診に来てください。前向きに検討をしますので」
「……ああ! ありがとう!」

 パッと目を輝かせるアルリック様は、嬉しそうな笑みを零した。
 守ってくれていた友人達は温かい言葉をかけてくれて、祝福モード。
 他のクラスメイトも、好奇の視線を送ってきた。

 そういうことで、ディソン殿下と隣国の王女のビッグカップル誕生と、捨てられた元婚約者の私が辺境伯の跡取りに拾われたという話題の二つで、盛り上がった。


 ディソン殿下との婚約が綺麗に清算されたあとすぐに、お父様は時間を作ってくれて、婚約の打診をしたアルリック様を屋敷へ招いた。母と兄も同席して、アルリック様と対面。
 挨拶もそこそこに、アルリック様は、私への想いを語ってくれた。

「学園に入学してから知り合いましたが、友人として過ごしていくうちに、メアリーン嬢に惹かれていきました。でも、婚約者がいたので封じるつもりでした。……ですが、こうなったのならば、自分はメアリーン嬢に辺境伯領へ来ていただきたい。王都から連れ出した先で、守って癒したいのです。だから婚約を申し込みに来ました」

 あらかじめ、アルリック様には家族がどこまで知っているかを確認された。
 あのことは家族は知らない。でも、婚約者なのに蔑ろにされて嫌な目に遭っていたことは知っている。
 だからこそ、私を王都から連れ出したいことも、守って癒したいという気持ちを強く伝えてくれた。

 家族も、重く頷く。散々嫌な視線に晒された私は、王都に居続けるよりも辺境伯卿に嫁ぐ方がいいのではないかと考える。ここには、元婚約者がいるのだ。
 家族は私の初恋を知っているから、元婚約者が他の女性と寄り添う姿を見るのも酷。

「メアリーンを想って、辺境伯へ嫁ぐ提案をしてくれるのはありがたい。こちらとしては願ってもいない縁だが……やはり、メアリーンの意思に委ねたいと思う」

 父は、そう告げた。
 私に注目が集まる。

「……」

 一度俯いた私は。

「少し、二人で話をさせていただいてもよろしいでしょうか?」

 顔を上げてから、そう問う。

 父が頷いて、母が肩を撫でて励ましてくれるので、立ち上がって、アルリック様を庭園へ案内した。

 まだ冬で、肌寒い季節。花は少ない。

「……誰も知らないの?」

 案内の途中、足を止めたアルリック様を振り返る。
 彼から切り出した。


「ご家族も、友人も、誰一人……知らないの? ――――メアリーン嬢なんだよね? ディソン殿下の『初恋の女の子』は」


 痛ましそうに水色の瞳で見つめて、アルリック様は確かめる。
 私は冷たい風に撫でられたハニーブラウン色の髪を耳にかけた。


「はい。ディソン殿下が語る『初恋の女の子』のエピソードの相手は……私です」


 私がディソン殿下の忘れられた『初恋の女の子』だ。
 口にすると胸が痛み、そこを押さえた。

「一人だけ、知っている方がいました。今は他国で街医者を務めているそうです。元は、王城の医者でしたが……ディソン殿下の不興を買って追い出されてしまいました。記憶に関して慎重に診てくださっていた医者です。私が相談したところ、”無理に思い出させない方がいい”と仰って……」

 肩にかけたショールを整えて、続ける。

「ディソン殿下が記憶をなくした高熱は……本当は、そんな後遺症が起きた事例が今までなくて。だから、医者も、失った記憶に関して、慎重に扱っていたのです。むやみに刺激をして、下手な症状を起こさせないために。混乱して倒れてしまってはいけませんからね。患者は王子殿下。慎重にもなります」

 目を伏せた。
 慎重にならずにはいられない。理解はしているのだ。

「……ディソン殿下の記憶が曖昧になっていると気付いて、医者に知らせたのは私です。もっと早くに気付ければ、変わっていたのかもしれませんね……。殿下のためにも様子見が決まって、自然に思い出すことを待ちました。その医者は殿下に”無理に思い出さなくてもいい”と言ったことで、彼の逆鱗に触れて追い出されてしまったとのことです。そこから『初恋の女の子』探しが、始まりました。私は……」

 つらくて、言葉が詰まってしまう。

「私は、その頃にはもう、殿下が美化している『初恋の女の子』と比較されて……貶されて…………言い出せなくなってしまっていたのです」
「……メアリーン嬢」

 声が震えるから、情けなくて笑ってしまった。

「殿下は曖昧になってしまった記憶を美化して…………メアリーン嬢が、その『初恋の女の子』だと、ずっと気付かずにあなたを?」

 初めて打ち明けたから、その初めての痛みに震えてしまう。
 コクコクと頷いた。


 彼にポロッと言ってしまったのは、二年生の夏だ。
 パーティー会場のバルコニーで、”また『初恋の女の子』だったら”……と責め立てられた。バルコニーの下には、偶然居合わせたアルリック様がいて、目が合ったから、自嘲を零したのだ。

『殿下は酷いな。何故そんなにあなたと比べるのか……。記憶も曖昧だそうじゃないか』
『あんなに美化したら、すぐ隣にいても見つかるわけがないのに……』
『! それって……?』

 慌てて、微笑みで誤魔化した。
 アルリック様は察してくれて、知らないフリを続けてくれたのだ。


「医者は”想いが強すぎて、高熱のショックで曖昧になってしまった”という説を言っていました。だからいつかは自力で思い出すだろうって……。でも時間が過ぎるにつれて、私との思い出は、完全に私と切り離されてしまって……私は、私のはずの殿下の語る『初恋の女の子』になろうと、必死でしたっ」

 はらはらと、涙が零れた。

「それが彼の理想だと言うなら、そうならなければいけないから……。だから、打ち明けるよりも、認めてもらおうと必死で……でも、どんなに頑張っても認めてもらえなくてっ。前にも『初恋の女の子』を匂わす令嬢が殿下に近寄ったから、騙そうとしていることは罪だと追い払ったら……私は責められてしまいっ……。今回は隣国の王族との婚姻となってしまえば……もうっ……もう、私には手に負えなくてっ……手遅れですっ」
「メアリーン嬢……」
「私との婚約も、建前だと言って政略結婚だと強引に結んだものです……予め、双方に有益な提案を用意したのです。だから……新しい婚約も、同じように、すでに国同士の利益のある……契約が、っ」

 ポロポロと涙を落とす私に、歩み寄ったアルリック様は、取り出したハンカチを頬に当てて涙を優しく拭ってくれた。

「もう、だめでした……頑張ったけど……頑張ろうとしたけれどっ」
「……うん。頑張ったね、メアリーン嬢。ディソン殿下の理想になろうと、努力した。騙そうとした令嬢も追い払った。でも、それをディソン殿下は踏みにじって、国同士の婚姻を結び付けた。頑張ったよ、メアリーン嬢」
「ううっ……!」

 嗚咽が零れる。塞がらない傷に優しく触れてくれても、痛い。傷は痛い。

「どうしましょっ……! 嘘で、王子と王女が婚姻にっ……! 私のせいですか? 私が早く打ち明けなかったから!」
「違うよ、メアリーン嬢。嘘をついた方が悪い。その嘘がきっかけだとしても、国同士の婚姻を成立させたのは殿下だ。責任はないよ。君は悪くない」

 アルリック様は、優しい言葉をかける。欲しい言葉だった。
 私は悪くない、と。
 この人なら、きっと。私の傷を癒してくれる。そう思えた。

 懸命に涙を拭ってくれるハンカチを持つ手を持って、自分の頬に押し当てた。

「アルリック様……私は本当にアルリック様の元に行ってもよろしいのですか?」

 アルリック様は、ハッと息を呑んだ。

「癒していただけますか? あなたにすがりついてもよろしいのですか?」
「――ああ、もちろんだよ。僕が連れ去るから、安心して身を委ねて?」

 熱を灯した潤んだ瞳で、私の頬を撫でる大きな手に、私は頬擦りした。

「絶対に――――君を守るから」

 両手で包み込む温もりが優しい。
 私は優しい優しいアルリック様にすがりつくことにした。
 連れ出すと約束したアルリック様の元に行く。

 家族にはそう、答えを伝えることにした。



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