405 / 587
第五章
陣痛
しおりを挟む「ぅおおおお!! ふぁ、ファイトォォ!! いっぱーーーッ、あ゛ーーーぃた、痛い!! ファイト一発しても痛いものは痛いーー!!」
リビングで痛みにもがき、もんどりうつ私。
残念ながら誰も帰ってくる気配なし。
この痛みって、陣痛ってやつ? いや、まだ8ヶ月ですけど!? 出産は“とつきとおか”って言うじゃないか!! まさか早産!?
どうしよう…と痛むお腹を押さえて蒼白になる。
出産経験が皆無の私は不安しかないのだ。
こうなったら…ッ
ラグマットの上でゴロゴロしていたが、決意した。
助けを求めよう!!
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
ルーベンス視点
集中して書類を捌く。この作業をはじめて9時間…そろそろ終わろうかと、眉間の辺りを摘まんでマッサージしていると、
「イタタタターーーー!!」
静かな執務室に、突然奇声が上がったのだ。
「なんなのだね、一体…」
どうせミヤビ殿が転移してきたのだろうと見れば、やはり想像通りで、しかし、床に転がったまま起き上がろうとしないのだ。
「ミヤビ殿…?」
「ぃた…ッ うぅ…お腹、痛いです…っ」
それを聞いた私は驚き、すぐさま駆け寄った。
ふくれた腹を触ると、かなり張っているようだった。
「いつから痛みがあるのかね」
「ぅ……さっきから…っ」
「ふむ…陣痛ならばいずれ痛みが引くだろうが…すぐに医師と第3師団長を呼ぶ。待っていなさい」
ミヤビ殿をソファに運び、外に居る者に声を掛ける。
「出産には早いだろうが、神王ともなると人間とは違うのかもしれんしな…」
「ぅ~~ッ」
額に浮かぶ玉のような汗をハンカチで拭ってやっていると、少し痛みが落ち着いてきたのか、きつく閉じていた瞳を薄く開いたのが見えた。
「痛みが引いたかね?」
私の言葉に頷くミヤビ殿は、少し楽になったのか身体を起こして、「突然すみませんでした。家に誰も居なくて…急に痛みだしたからびっくりして…」と謝るので、家に誰も居ないとはどういう事だとこちらが驚いたのだ。
「ミヤビ殿、神王様である貴女のそばに、使用人が誰も居ないとはどういう事だね」
「え?」
「いくらつがいの本能で他を寄せ付けたくはないといっても、留守にするならば使用人を置いておくのが常識。まして君は妊娠しているのだ」
「あ、いや~…」
いつもはトモコやショコラが家に居るのだと言うが、彼女らは友人で使用人ではないだろうと言えば、頷いて、使用人…? と首を傾げるので呆れた。
もしかしたら本当に世話人が居ないのだろうか…?
「ミヤビ!!!!」
バチバチと雷のような音と光を散らし、またも突然私の部屋に転移してきた者が……。
「第3師団長、君はノックをして扉から入ってくる事は出来んのかね」
「るせぇ!! それよりミヤビは!?」
「今は痛みも治まっている。陣痛だろう」
「陣…!? ミヤビ!! 大丈夫か!? 産まれるのか!? ど、どうすりゃ…っ そうだっ医者!! すぐ医者に連れてってやるからな!!」
ミヤビ殿の姿を見つけ、駆け寄った第3師団長は目に見えて狼狽えている。
「初めての出産でパニックになる気持ちは分からんでもないが、医師はもうここに呼んであるので向かう必要はない。それよりも、神王様の出産は人間と同じように考えても良いのかね?」
それに、妊婦を家に一人にするとはどういう事だと募れば、師団長は慌てて神獣様の名前を叫び出したのだ。
「ヴェリウス!!!! すぐルーテル宰相の執務室に来てくれ!! ガキが産まれそうなんだ!!」
刹那、私の執務室の温度が急に下がり、美しい氷の結晶が舞ったかと思うと、
『ミヤビ様!! 御子が産まれそうとは誠ですか!?』
また増えた…。
「ルーベンスさんは陣痛だって…」
不安そうに私を見るミヤビ殿は、第3師団長の腕の中に大切そうに閉じ込められている。
『ルーベンスよ、誠か!?』
「医師に診せてはおりませんので断言は出来ませんが」
『ふむ…昼に診た時は多少活発化していたが、問題はなかったはず…』
神獣様が唸っているが、どうやら自らミヤビ殿の診察をしているらしい。
『ミヤビ様、失礼致します』
前足をミヤビ殿の腹の上に置くと、その前足が青白く光る。
魔力…いや、神力を流して腹の中を診ているのか…。
『ふむ…確かに御子が今にも出てきそうな程御子の神力が活性化されております…』
「じゃあ、あの痛みは陣痛? でも陣痛って破水してからくるものじゃ…??」
やはり出産間近のようだ。
ミヤビ殿は初めての出産に戸惑いが隠せないようだが、しかし、神獣様も初めてなのだろう。一見冷静そうに見えるが、戸惑いが見え隠れしている。
「ミヤビ殿、陣痛や破水の順番は人それぞれなのだよ」
「へぇ、さすがルーベンスさん!!」
痛みが引き、余裕が出たのだろう。いつもの笑顔を見せてくる。
「神獣様。神王様の御出産は人間と同じ方法なのですか? それとも…」
『…ミヤビ様の“器”自体は人の構造と変わりはないが、魂は神王様のそれである。正直こんな事は初めてなのでな……わからぬのだ。
しかし、神の出産も人と変わりないが、出産する時は神域からは出る事はない』
「…出産時は力が弱まるから危険という事でしょうか?」
『神の場合はな。ミヤビ様にそれが当てはまるとは思えぬが…』
どうやら手探り状態のようだ。
どう考えても私の執務室から移動した方が良い気がするのだが。
「神王様の神域に助産師はいらっしゃるのですか?」
ミヤビ殿には世話人すらいないような状態だと推測される。もしや助産師など居ないのではないかと確認すれば、神獣様は居ると答えられた。
それならば何故…?
「ミヤビ殿、何故助産師の所へ行かず、私の執務室に来たのだね」
「え? 助産師?? だって私の知り合いではルーベンスさんが一番出産の知識があるし、頼りになるから」
「待て。君はもしかして君専用の助産師が居る事を知らなかったのか」
ミヤビ殿の反応に、まさか…と聞けば、そのまさかのようだった。
「第3師団長! 妊婦に世話人を付けないどころか、助産師の存在も知らせんとはッ 君はつがいを殺す気でいるのか!?」
「はぁ!? んなわけあるか!! ミヤビの世話は俺が居ない時はヴェリウス、トモコ、ショコラが見ている!! 助産師は出産まで必要ねぇんだから、ミヤビにどこにいるか言う必要はねぇだろ」
「必要ないわけがないだろう!! 助産師は、妊婦に出産の知識を与えたり、悩みの相談を受けたりしてくれる存在でもあるのだ!! 出産間近のミヤビ殿の知識がここまで乏しいなど有り得ぬ事だぞ!!」
妊娠、出産に関する知識が無い状態は、どれ程不安だっただろうか。その不安がお腹の子供や母体を危険にさらす事もあるのだと第3師団長を叱れば、彼は意気消沈し、蒼白になっていた。
「とにかく、すぐにその助産師の元へ」
32
お気に入りに追加
2,570
あなたにおすすめの小説
婚約破棄されて辺境へ追放されました。でもステータスがほぼMAXだったので平気です!スローライフを楽しむぞっ♪
naturalsoft
恋愛
シオン・スカーレット公爵令嬢は転生者であった。夢だった剣と魔法の世界に転生し、剣の鍛錬と魔法の鍛錬と勉強をずっとしており、攻略者の好感度を上げなかったため、婚約破棄されました。
「あれ?ここって乙女ゲーの世界だったの?」
まっ、いいかっ!
持ち前の能天気さとポジティブ思考で、辺境へ追放されても元気に頑張って生きてます!

前世では美人が原因で傾国の悪役令嬢と断罪された私、今世では喪女を目指します!
鳥柄ささみ
恋愛
美人になんて、生まれたくなかった……!
前世で絶世の美女として生まれ、その見た目で国王に好かれてしまったのが運の尽き。
正妃に嫌われ、私は国を傾けた悪女とレッテルを貼られて処刑されてしまった。
そして、気づけば違う世界に転生!
けれど、なんとこの世界でも私は絶世の美女として生まれてしまったのだ!
私は前世の経験を生かし、今世こそは目立たず、人目にもつかない喪女になろうと引きこもり生活をして平穏な人生を手に入れようと試みていたのだが、なぜか世界有数の魔法学校で陽キャがいっぱいいるはずのNMA(ノーマ)から招待状が来て……?
前世の教訓から喪女生活を目指していたはずの主人公クラリスが、トラウマを抱えながらも奮闘し、四苦八苦しながら魔法学園で成長する異世界恋愛ファンタジー!
※第15回恋愛大賞にエントリーしてます!
開催中はポチッと投票してもらえると嬉しいです!
よろしくお願いします!!
皇帝の番~2度目の人生謳歌します!~
saku
恋愛
竜人族が治める国で、生まれたルミエールは前世の記憶を持っていた。
前世では、一国の姫として生まれた。両親に愛されずに育った。
国が戦で負けた後、敵だった竜人に自分の番だと言われ。遠く離れたこの国へと連れてこられ、婚約したのだ……。
自分に優しく接してくれる婚約者を、直ぐに大好きになった。その婚約者は、竜人族が治めている帝国の皇帝だった。
幸せな日々が続くと思っていたある日、婚約者である皇帝と一人の令嬢との密会を噂で知ってしまい、裏切られた悲しさでどんどんと痩せ細り死んでしまった……。
自分が死んでしまった後、婚約者である皇帝は何十年もの間深い眠りについていると知った。
前世の記憶を持っているルミエールが、皇帝が眠っている王都に足を踏み入れた時、止まっていた歯車が動き出す……。
※小説家になろう様でも公開しています

今日結婚した夫から2年経ったら出ていけと言われました
四折 柊
恋愛
子爵令嬢であるコーデリアは高位貴族である公爵家から是非にと望まれ結婚した。美しくもなく身分の低い自分が何故? 理由は分からないが自分にひどい扱いをする実家を出て幸せになれるかもしれないと淡い期待を抱く。ところがそこには思惑があり……。公爵は本当に愛する女性を妻にするためにコーデリアを利用したのだ。夫となった男は言った。「お前と本当の夫婦になるつもりはない。2年後には公爵邸から国外へ出ていってもらう。そして二度と戻ってくるな」と。(いいんですか? それは私にとって……ご褒美です!)

疲れきった退職前女教師がある日突然、異世界のどうしようもない貴族令嬢に転生。こっちの世界でも子供たちの幸せは第一優先です!
ミミリン
恋愛
小学校教師として長年勤めた独身の皐月(さつき)。
退職間近で突然異世界に転生してしまった。転生先では醜いどうしようもない貴族令嬢リリア・アルバになっていた!
私を陥れようとする兄から逃れ、
不器用な大人たちに助けられ、少しずつ現世とのギャップを埋め合わせる。
逃れた先で出会った訳ありの美青年は何かとからかってくるけど、気がついたら成長して私を支えてくれる大切な男性になっていた。こ、これは恋?
異世界で繰り広げられるそれぞれの奮闘ストーリー。
この世界で新たに自分の人生を切り開けるか!?

悪役令嬢?いま忙しいので後でやります
みおな
恋愛
転生したその世界は、かつて自分がゲームクリエーターとして作成した乙女ゲームの世界だった!
しかも、すべての愛を詰め込んだヒロインではなく、悪役令嬢?
私はヒロイン推しなんです。悪役令嬢?忙しいので、後にしてください。

3年前にも召喚された聖女ですが、仕事を終えたので早く帰らせてもらえますか?
せいめ
恋愛
女子大生の莉奈は、高校生だった頃に異世界に聖女として召喚されたことがある。
大量に発生した魔物の討伐と、国に強力な結界を張った後、聖女の仕事を無事に終えた莉奈。
親しくなった仲間達に引き留められて、別れは辛かったが、元の世界でやりたい事があるからと日本に戻ってきた。
「だって私は、受験の為に今まで頑張ってきたの。いい大学に入って、そこそこの企業に就職するのが夢だったんだから。治安が良くて、美味しい物が沢山ある日本の方が最高よ。」
その後、無事に大学生になった莉奈はまた召喚されてしまう。
召喚されたのは、高校生の時に召喚された異世界の国と同じであった。しかし、あの時から3年しか経ってないはずなのに、こっちの世界では150年も経っていた。
「聖女も2回目だから、さっさと仕事を終わらせて、早く帰らないとね!」
今回は無事に帰れるのか…?
ご都合主義です。
誤字脱字お許しください。

好きな人に『その気持ちが迷惑だ』と言われたので、姿を消します【完結済み】
皇 翼
恋愛
「正直、貴女のその気持ちは迷惑なのですよ……この場だから言いますが、既に想い人が居るんです。諦めて頂けませんか?」
「っ――――!!」
「賢い貴女の事だ。地位も身分も財力も何もかもが貴女にとっては高嶺の花だと元々分かっていたのでしょう?そんな感情を持っているだけ時間が無駄だと思いませんか?」
クロエの気持ちなどお構いなしに、言葉は続けられる。既に想い人がいる。気持ちが迷惑。諦めろ。時間の無駄。彼は止まらず話し続ける。彼が口を開く度に、まるで弾丸のように心を抉っていった。
******
・執筆時間空けてしまった間に途中過程が気に食わなくなったので、設定などを少し変えて改稿しています。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる