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第二章
西の山へ
しおりを挟む消えてしまったヴェリウスを呆然と見送り、隣のショコラを見る。
「主様…」
普段見ることのないヴェリウスを見たせいか、不安気に見上げてくるショコラの手を握ると決心する。
「西の山に、行ってくるよ」
ショコラも何か嫌な予感がしたのだろう。言葉が出てこずふるふると首を横に振っている。
それでも行く事を決めた私は彼女を連れて本宅へ戻り、ステテコからジーパンへと着替えた。
勿論ステテコの方が楽だが、山で動き回るかもしれない事を見込みジーパンを選んだ。腰には長袖のシャツを巻き、スニーカーを履いて準備は万端だ。何かを忘れたとしても願えば出てくるので大丈夫だろう。
ショコラを家の中に置いて、玄関から外へ出る。
そして空に向かって叫んだ。
「ちょっと出掛けてくるからねーーーー!!!!」
黒い点になっているロードとマカロンに伝え、これでよしと西の山に繋げた移動扉を目の前に出す。
いざ、西の山へ!
扉を開けたその時だったーー…
「主様あぁぁ!!」
「うぐぅ!!」
ショコラのタックルと共に扉をくぐった私は、そのまま山の斜面をショコラと共に転がり落ちたのだ。
「ぎゃあぁぁぁぁ!!!!」
「うぇ~???」
うぇ~? じゃねエェェェェ!!!! これ下手すると死ぬ…っ
ゴロゴロと転がり目を回しながらそう思った瞬間、ガッと音がして背中に石のようなものが当たった。と思ったら上にポーンと跳ね上がり、地面が消えた。
「崖ェェェェ!!!?」
私、今空を飛んでます。
「主様っ捕まってください!!」
「ふぇ?」
ズズズーー…
ショコラの周りの空気が震え、身体が巨大化していく。ボコボコと皮膚から出っ張りが出てきて全体が凹凸感のあるものに変化していき、皮膚が水色に変わっていく。
顔は鼻と口が犬のように前にぐぐっと出て、口の端から見えた牙が鋭く尖りギラリと光る。
怖っ!!!!
可愛いショコラがまさかの妖怪に!?
刹那、バサァッと現れた巨大な翼に目を奪われーー…
気付けば私はドラゴン化したショコラの背中に乗っていた。
《主様っお怪我はないですか!?》
「え…あ、うん。怪我をしないよう常に結界張ってるから大丈夫…」
バッサバサッサと翼を動かし空を舞うショコラに呆気にとられながら真下を見れば、抜き身の状態で空の上にいる事態に気を失いそうになった。
ガバッとショコラの背に全身で捕まり、落ちないようにへばりつけば、潰れたカエルのような自分に悲しくなる。が、飛行機のように周りに壁もなければ、絶叫マシンのようにベルトで固定されてもいない。こんな危険な所で平然としていられる人の気がしれない。
願えば絶対落ちないと分かっていても怖いのだ。
「ショコラちゃ~ん! 地上に降りてェェ!!」
耐えられなくなり叫べば、首を傾げたショコラはすぐに低空飛行となり、素直な良い子で良かったと心の底から安堵した。
地面まで後10メートルという所まできた時にやっと潰れたカエルから騎手へと体勢を変える事が出来たのだが、
「ーー…ほぅ、私はつくづく運が良い。ドラゴンは奴らの獲物だったはずが、幻獣に続き目の前に現れるとはな」
ゾクッとする程の低音が耳に届き、目の前が赤に染まった。
ギャアアァァァァァーーッッ
絶叫が鼓膜を揺さぶり、地面へと投げ出される。
勿論結界のおかげで傷ひとつない。それなのに私の身体は血だらけとなっていた。
「う、ショ…ショコラ…?」
慌てて立ち上がり振り返ると、首から血を流して地面に倒れ伏したショコラに、剣を突き立てんとする男の姿をとらえた。
「っ何…、ウチの子に…っ何してんだコラァァァ!!!!」
怒りで脳が沸騰するとはよくいうが、まさにそれ位頭に血が上り、手のひらの皮が破れる程力一杯手拳を握ると、思いっきり前へと突き出した。
空手の正拳突きだ。
ドンッ
とんでもない大きさの和太鼓をバチで思いっきり叩いたような音が響き、空気が振動した。
ドゴンッッ
次に出たのは何かがぶつかる鈍い音で、すぐ後にスドドドドドッッとバキバキバキィという音が同時に聞こえてきた。
そう。私は衝撃波のようなものを拳から繰り出し男をぶっ飛ばしたのだ。
邪魔者が消えたのですぐショコラに駆け寄って怪我を治す。
何事もなかったかのように首の斬り傷がなくなり、キョトンとして立ち上がったショコラの姿に涙が滲んだ。
「ショコラ…もう大丈夫だよ。痛かったね…っ」
傷があった場所をそっと撫でれば、きゅうぅと鳴いて目を細めるので首に抱きつき、生きている事を実感する。
《主様ぁ、ありがとうございます~》
すり寄ってきたショコラを更に強く抱き締めれば、嬉しそうに尻尾を振り、周りの木々を薙ぎ倒すのでこらこらと止めた。
《つい嬉しくて…ごめんなさい》
「こっちこそ怪我をさせてごめんね。もう傷付けさせないから」
50メートル先までの木々がバッキバキに折れ曲がり、綺麗な直線を描く道のようになったソコへ目を移し、その先を睨む。
折れた木々の一番奥からゆらりと立ち上がった男は、フラフラと二、三歩進むとピタリと止まり顔を上げた。
目と目が合う。
次の瞬間、
ドンー…ッ
男の足下がボコッと抉れ、土埃が舞ったと思えば…目の前に剣の刃が迫っていた。
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