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死にそうなのはお前じゃない。私だ!
しおりを挟む吐き気がする。
部屋の中を一歩進む度に、足の裏にぬるりとした液体がまとわりつき、鉄の匂いが鼻をつく。
部屋の隅に転がる大きな塊が目に入った時から、今までうるさい位にドクドクいっていた私の心臓が、鼓動を止めたように何も聞こえなくなった。
深淵の森とこの部屋とを繋げた扉から漏れる光で、床の液体が赤黒く光る。足の裏も、パンツの裾も、歩く度に赤く染まっていく。
大きな塊は、そんな赤黒い溜まりの中心に在った。
「…ロード」
ひきつるような喉の奥から絞りだした、この世界で唯一知っている人の名に、その塊はぴくりと反応した。
「み…やび…」
消え入りそうな掠れた声で私を呼び、俯いていた顔を上げたのは…ロードだった。
「ゆめ、か…?」
たったひと月、会わなかった期間はそれだけなのに、目の前のロードはやつれ、傷だらけのうえ目は虚ろで、まるで別人のようだった。
「ああ…夢でもいい。会いたかった…っ」
意識が朦朧としているのか、夢だと勘違いしているロードに近付き手を伸ばす。
「ミヤビ…お前に触れてぇ…」
ロードの言葉に唇を噛む。
「…けど、これじゃあ触れる事も出来ねぇな…夢なら、腕ぐれぇ生やしてくれりゃあいいのによぉ…」
眉を下げて力なく笑うロードの両腕は、無くなっていた。
「…ばかロード」
所々血で固まった髪を撫でると、「神王様も最後の最期にゃ粋な夢を見させてくれるじゃねぇか」と目を細める。そんな様子に、胸が締め付けられた。
彼は、自身がもう長くはないと思っている。
腕からの出血量は確かに致死量に達しているし、いつ失血死してもおかしくない。
見ればわかる程、足元には血の溜まりが出来ていた。
ショック状態に陥っていないのが不思議な位だ。
「……私は、何にも出来ないズボラ女だけどさ…」
35過ぎても誰かに頼りっぱなしのダメな女だけど。
「ミヤビ…?」
いつまでも人に甘えてばかりな奴だけど。
でも、
「何でも出来る神様になってたらしいんだよね」
自分でも悪役だと思う位不敵な笑みを浮かべて、欠損部位の修復と増血、身体機能の回復等を願った。
私の言葉に戸惑っていたロードは、目を見開き自身の腕で私に触れた。
「…やっぱり良い夢だな。腕が生えやがった」
ニヤリと笑うこのオッサンに突然腰を抱かれ引き寄せられたものだから、プロレス技でもかけられるんじゃないかと不安に襲われる。
ロードの腕は丸太並に太いのだ。
「ミヤビ…最期に見たのがオメェの夢だなんて、こんな嬉しい事はねぇよ」
まだ夢だと思っているのか、そんな事を言って腕に力を込めてくるので腰が破壊されそうだ。オッサンより私の方が最期になりそうだから離してほしい。切実に。
「どうせなら、《ロード大好き!愛してる~》って言ってくれねぇかな。ついでに口づけとかしてもらえると心置き無く逝ける…いや、それはそれで逆に死ねねぇな」
すみませーん。誰か警察呼んでもらっていいですか?このエロゴリラ今すぐ豚箱へ放り込んでもらうんで。
「夢ならせめてベッド出てこねぇか?色々ヤるにしても床だとミヤビの肌に傷が…「正気に戻れェェェ!!!そして助けてヴェリえもーん!!」」
『ヴェリえもんって誰ですか。私の名はヴェリウスですよ。ミヤビ様』
雅はヴェリえもんの召喚に成功した。
中型犬の大きさで現れたヴェリウスは、元の大きさだと扉を潜れなかったのだろう。せっかく威嚇の為に元に戻っていたのに、結局小さくならざるを得なかった我が家のペット様は若干機嫌が悪そうだ。
「ヴェリえもん!このオッサンが離れる道具を早く出してよーっ」
『ヴェリウスです。道具、ですか?あの…喰い殺してはダメでしょうか?』
ヴェリえもんは真面目すぎて冗談が通じない上、物騒だった。
「…おい、ヴェリエモンってなぁ誰だ? あ゛ぁ゛?」
ギブ!ギブ!!
骨がメキメキいってるからァァァ!!
ヴェリウスの名前を呼んだら、ロードが何故かヤクザに変貌した。さっきまでの、死にかけだったあのしおらしさはどこへやったのか。
『ヴェリエモンではなくヴェリウスです。ところで…いい加減ミヤビ様を離せよ。小僧』
鼻の頭にシワを寄せ、牙を見せつけながらロードに対面したヴェリウスと、ばか力で腰を砕きそうなロードとの間で私は死にそうになっていた。
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