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押し掛け女房ってこういうこと?

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無言で睨み合う事5秒。先に口を開いたのはオッサンだった。

「テメェは俺に、あんな魔物共がウヨウヨしている場所へもう一度行けって言ってんのか。あ゛ぁ゛?」

やはりヤクザである。

立ち上がったオッサンはその2メートルを超えた図体で、道端でやり合うヤンキーのごとく人を下から見てこようとしている。しかし身長差が40センチ以上あるのでそれ以上首を曲げると負傷するぞ。

「その魔物がウヨウヨしている森に、自分からやってきてよく言うよ。仕方ない……。魔物避けの御守りをあげよう。勇者よさらばじゃ」
「勇者じゃねぇし、まだ帰らねぇよ。でも御守りは有り難くもらっとくわ」

ちゃっかりと、今能力で出した御守りを受け取ったオッサンは、首を片手で押さえていた。やはり負傷したようだ。

「……さらばじゃ冒険者よ」
「言い直しても帰らねぇよ。後、冒険者でもねぇ」

なんと! どうみても冒険者なオッサンは冒険者ではなかったのだ。ショックである。勇者はナイだろうと思っていたが、冒険者でもないとすると……ハッ

「まさか宿屋の主人か!!!」
「ちげぇよ!!どっからそんな発想が出てきたんだっ」

外国の方からツッコミを頂いた。貴重な体験である。
しかし面倒事の匂いがするこのオッサンにはさっさとお帰り願いたい。

「決めた。しばらくここで厄介になるわ。テメェきちんと世話しろよ」
「あんたはどこぞの王族か。自己中にも程があるわ。帰れって言ってんでしょ」

オッサンは私の言い分を無視すると、さも自分の家のようにウチに入っていった。
え? 本当に王族デスカ? 王家の一族じゃなくて、キングな暴走族の方ね。

「勝手に人の家に入るな!! ああっ 靴は脱いでェェ!!」

オッサンを追いかけ家の中に駆け込んだのだが、玄関にはすでにオッサンは居らず、土足のまま我が家へと入り込んでいた。
綺麗になれ綺麗になれと念じながらリビングへと向かえば、暴走キング様はソファにドカリと座って寛いでいるではないか。

「茶ぁ出せ。茶ぁ」

図々しい事山の如し。異世界って怖い所だよおとっつぁん!

2本の鞘に入った剣を自身の横に置いて足を拡げている様は、まるでこの家の主様のようだ。

ってバカヤロー。主は私だ。

「お茶飲んだら帰れ」

おもてなし精神の根付く日本人たる由縁だろうか、ものすごく嫌だが客人にはお茶を出してしまう。お茶請けまで出してしまう自分が憎い。
ちなみにお茶は安いティーバッグの紅茶だ。

「帰らねぇよ。世話になるって言ってんだろうが。つーかマズ。何だこのくそマズイ茶は」

と言いながらしっかりお茶請けまで完食しているオッサンに殺意がわく。

心の中で奴の後頭部に飛び蹴りしてやったわ!

回し蹴りにしようと思ったけど足の長さの関係でジャンピングキックを選択しました。

「……オメェここに1人で住んでんのか?」

心の中でボコボコにしてやったオッサンが、リビングを興味深そうに観察しながら聞いてくるので、そうだと頷いた。

「世捨て人か」

図星をつかれるって結構腹が立つんだね。

心の中でオッサンに頭突きをくらわした。お腹を抑えてもんどりうつ様を思い浮かべながら。

放っておいてくれ、結構快適に暮らしてるんだ。と伝えれば胡乱な目を向けられる。

え? 私こんな目を向けられる生活してんの?

「快適ねぇ……」

完食したお茶請けに目を落とし、小さな声でつぶやいたオッサンは何かを考えるように黙りこんだ。

急に静かになられても困るんだけど……。こっちがそわそわしてしまう。

オッサンが静かになったからか、久々に人に出会った事で浮き足立っていた頭が少し冷静になったのだろうか。さっきまで感じなかった匂いが鼻についた。

臭い。

このオッサン、何日もお風呂に入っていないような強烈な匂いを放っているのだ。さらにそこに香水だろうか、匂いが重なり大変な事になっている。
ヤバイ。鼻が曲がる。

そろりと距離をとると、オッサンが顔を上げて訝しげに見てきた。
仕方ない。正直に言おう。どうせこのオッサンに嫌われても、私にデメリットはないのだ。

「オッサン臭い」

いや、おじ様臭がすると言いたいわけではない。誤解しないでもらいたい。世の中のおじ様が皆臭いと言っているわけではないのだ。このオッサンのお風呂に入っていないような匂いと、香水の匂いが混ざり合って臭いと言いたいだけなのだ。
って、私は一体誰に言い訳してるのだろう。

「あ゛ぁ゛?」

不快に顔を歪めて凄んできやがった!! やっぱりこの人職業ヤクザだ。間違いない。

「アナタ毎日お風呂に入ってマスカ?ものすごく異臭を放ってマスヨ」

よし。オブラートに包んで言えた。

しかしオッサンの歪んだ顔は変わらなかった。

「風呂だぁ? んなもん貴族でも一部にしか浸透してねぇ贅沢品だろうが。何言ってんだテメェ」

マジで?

という事は、目の前のオッサンは生まれてからずっとお風呂に入った事がないと!?

「っ汚な!!」
「テメェさっきから失礼すぎやしねぇか?」

それはこっちのセリフだ。我が物顔で命の恩人様の家に上がり込んだあげく、お茶を要求してマズイと文句を言う。オッサンと私どっちが失礼かといえば……、どっちもどっちだった!!

とにかく、今すぐお風呂に入ってもらいたい。でないとウチのソファに臭いが染み込んでしまうではないかっ

私はオッサンをソファから立ち上がらせ、家の裏へと追いたてた。

この2年の間に能力を活用し、家の裏に温泉を作っていたのである。

雨に濡れずに行けるよう、裏戸を開けると屋根付きの渡り廊下が温泉まで続いている。脱衣所は勿論、洗い場も設置した天然かけ流し温泉なのだ。しかも、常に清潔な状態であるよう念じているのでいつでもピカピカという楽々温泉!

そういえば家にもそんな魔法(?)をかけてあるので汚れても綺麗になるんだった。

今思い出したわ~。オッサンには悪い事をしたな。

まぁいい。臭いものは臭いのだ。我が家自慢の温泉を堪能するといい。
クククッと心の中で悪どい笑い方をしつつオッサンを脱衣所に連れ込んだ。

お風呂が一部にしか浸透していないという事は、シャンプーやボディソープも使い方がわからないだろうと使い方を説明し、ついでにシャワーの説明もした後、タオルとオッサンの着替えを能力で出し、脱衣所を後にする。

こうしてオッサンがお風呂に入っている間、念の為綺麗にしたソファに座って、ふと気付く。

私の能力は心の中で念じても叶うのに、オッサンを心の中でボコボコにしても現実には何事もなかった。何故だろうか?
本当にボコボコにするとマズイと、私自身がストッパーをかけたのだろうか?? 

この能力、2年経ってもわからない事が結構あるようだ。
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