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第1章

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真新しいブーツに、動きやすさを重視した服、腰には愛用の剣を差し頑丈なローブを被る。
嵩張る荷物は“アイテムボックス”といわれる空間魔法の一種である収納ボックスに入れているので持ち物といえば頑丈で軽い素材で出来たバッグ一つ。

残念ながら物語のように無限に入る収納とはいかないようで、シンのアイテムボックスの容量は限りがあり、10畳の広さがある倉庫程度であった。
それでも食料や洋服、テントや寝袋等必要な物を収納してもまだいくらかのスペースは残っているので十分すぎる程なのだが。
勿論状態保存が出来る優れものである。

何とも“チート”な身体だと改めて思う。

ちなみにそんなチートなシンではあるが、使用出来る魔法は水と氷、土、そして空間魔法の一種であるアイテムボックスと浄化魔法のみであった。
どうやら魔法にも相性というものがあるらしい。
土と空間魔法についてはそこまで得意ではないし、浄化魔法といっても汚れを綺麗にする程度のいわば生活魔法である。
旅に役立ちそうだという理由だけでひたすら練習し、やっと習得できたのだ。

シンが魔法で最も相性が良かったらのは水と氷で、これらは生活魔法程度から攻撃魔法まで使いこなせるようになっていた。



さて、そんな旅の準備万端であるシンだが、見ての通り本日晴れの日を迎えた。
成人の日ではない。それはもう済んだ事だ。
そうではなく、今日はシンの新たな第一歩。フラグ回収からの旅立ちの日なのである!!

「清々しい朝だ」
「いや、外は土砂降りだけど? 清々しくはないよね??」

ザーザーと降る雨も、今のシンには晴天にしか感じられない。
何故なら、やっと王になるというフラグを叩き折りこの国から旅立つ事が出来るからだ。

「やっと自由になれる」
「もしもーし、シンちゃん聞いてる~?」

死亡フラグからの解放は、シンをハイにさせる。
傍で同じように旅仕度を終えたウィキの存在を感じられなくさせる程に。

「ちょっとォォ!? 無視なの!? オレここにいるよーー!? 無視は止めて!!」

涙目で懸命に視界に入ろうとするウィキは構ってちゃんな犬のようであった。

「うるせぇ。俺は今自由に浸ってんだから邪魔すんな」
「それオレを無視してでもやりたい事ォォ!?」
「ぎゃあぎゃあ騒ぐんじゃねぇよ」

ウィキのアフロの感触を確かめるように頭を叩けば余計騒ぎ出す。シンはいつもの事だとうんざりしながらも「行くぞ」と二人部屋を出たのだ。



「とうとうか…」

寂しそうなけれどどこか嬉しそうな顔をしてウィキとシンの姿を見るリマインに、二人は「ありがとうございました!!」と頭を下げた。
せんせいとして、父親として。

ウィキにとっては勿論だが、王宮と公爵邸で父親と離れて暮らしていたシンにとっては、ずっと傍にいたリマインはもう一人の父親と言っても過言ではない存在だった。

今や騎士団をも凌ぐ剣の腕も、王太子とは思えぬ口の悪さも、そして最高の薬師としての知識も、全てリマインから貰ったものなのだ。

そして今日、シンとウィキはそんな大きな存在から旅立とうとしている。
それはさながら、巣立ちする雛鳥のごとく。

「お前らなら大丈夫だ。エモルトばかは俺が何とかしてやっから、オメェらは自分の事だけ考えて世界を見てくりゃいい。
行って来い。んで一回りも二回りも成長して帰って来い」

リマインの言葉にちょっぴり瞳が潤んだが、二人は必死に我慢した。男だから。
それに門出に涙は似合わない。

「「はいッッ」」


暗雲立ち込める土砂降りの中、公爵邸の前に横付けされていたチュウの父親が用意してくれていた馬車に乗り込めば、そこには幼馴染チュウの姿が在った。

「おはよう二人とも!」

まさか本当についてくる気かとチュウを見れば、明らかに冒険者仕様の服を着用している。

「約束通りね。シン、ここにある荷物全部アイテムボックスに入れといてよね」

と荷台に詰め込まれた大量の荷物を指差された。
シンは黙ってアイテムボックスへとそれを収納していく。彼女に逆らうとかなり面倒な事になりかねない。

「お前さぁ、本当に来たの? 空気読めよ。ここはオレとシンを二人で行かせるとこだろうが」
「アンタ達を二人きりにさせるわけないでしょ。純粋で綺麗な私のシンをアンタに汚させないわ」
「テメェふざけんなよ。シンはもうオレのシンだから。両思いだからね」
「妄想も甚だしいわ」

コソコソ言い争うウィキとチュウの声はシンには届かない。
彼は馬車の荷台に座り、自分が暮らしてきた屋敷や、回りの景色を瞳に映していた。まるで溢さず記録しておこうというように。

「ウィキ、シン、チュウ」

馬車の外から声を掛けられ、喧嘩していた二人もシンも顔を出す。
そこに居たのはリマイン、チュウの父親、そしてエモルトとオデッド、それにシンの弟であるスティーヴンだった。

「…父上、母上…スティーヴンまで」

母親の腕の中で泣きじゃくっているスティーヴンを涙目であやしながらシンを見つめ、「シン、身体には気を付けるのよ」と優しいく声を掛けてくる母に頷くシン。

「やーっにいしゃますてぃーのしょばいてーーっ」
「スティーヴン…」

暴れて母の腕の中から抜け出したスティーヴンが馬車へと駆け寄ってくるので、シンはヒラリ馬車から飛び降りた。

「危ねぇだろ」

まだ動いていない馬車とはいえ幼子が近づくのは危険な行為といえる。

「にいしゃま~っいかなぁで!!」
「スティーヴン…ごめんな」

可愛い弟を抱き締め、母の腕の中へ返そうと両親の居る場所へ行けば父母に抱き締められたのだ。
突然の事に驚いたシンだったが、暫くは大人しくされるがままでいた。

「どこに居ても、お前が私達の息子である事に変わりはない」
「いってらっしゃい。私達の愛しい子」


こうして各々の親に見送られながら、3人は旅に出たのである。
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