18 / 27
第1章
17
しおりを挟むー 俺が貴族連中に何て言われているか、知ってるか? ー
“公に出来ない程醜く、不出来な人間”
“次期王に相応しくない王子”
“呪われた王太子”
ー だそうだ。…なぁ、この噂利用出来ると思わねぇか ー
そう言って不敵に笑ったシンは妖艶で、ウィキの心は鷲掴みにされたものだ。
ローブを脱ぎ、一歩、また一歩と、王族の控え室から会場に繋がる通路をゆっくり進む。
先程まで怪訝な表情をしていた騎士達はすでに鼻から血を噴き出して床に倒れている。
騎士団長はその光景を王の傍らでチラリと見遣り顔色を悪くさせた。
今のシンを直視してはならないと、シンの足元を見ながら思ったのだ。
しかし、その足元すらも美しいと見惚れてしまいそうになるのはどうなのか。
会場に続く通路からは、王族席に座っている家族の横顔がよく見える。
シンはそんな事を思いながら通路を進み、家族のすぐ傍へとやって来た。
分厚いカーテンの向こう側はすでに盛り上がっているパーティー会場である。
父親…王の挨拶を耳に入れながら時を待つ。
これで自由になれるのだと。
美しい愛息が側まで来ている事に気付いたエモルトは、挨拶を終えて意気揚々と言った。
「では、王太子を紹介しよう。シン、こちらへ……っ」
息子の晴れ姿をここで初めて直視したエモルトは、しまった!! と今さらながらに後悔した。
何せシンは美の女神の生まれ変わり。
15歳と成長した彼は、年齢も相俟って少年と青年の間のなんとも危うい色気を醸し出し、神々が心血そそいで創りあげたと言わんばかりの美貌に益々磨きがかかっていたからだ。
中性的で繊細、触れれば消えてしまうのではないかという儚さ。それがパーティーの装いで言葉に出来ない程美しくなっていた。
その姿はある意味凶器と言えよう。
実際にはゴリラのような握力と鬼のような剣技を持ち、水、氷魔法を得意とする最強の男なのだが、見た目からは全く想像も出来ない。
エモルトに呼ばれゆっくりと、しかし威風堂々と王族席に現れたシンの姿に会場の人々は息を飲んだ。
「皆様に公の場で初めてお目にかかれた事、嬉しく思います」
あまりにも美しい声に、姿に、動作に、その一瞬で陥落した者が殆どであった。
ドミノ倒しのように次々と人々が倒れていく様は、王族席から見ると滑稽で、城の者からしてみれば血の気の引く事態だったろう。
助けに入る騎士ですらも倒れていくのだから。
しかしそんな事には慣れっこのシンである。動揺する事もなく、その麗しい微笑みのまま淡々と挨拶を続けている。
その様子に、会場側から見ていたウィキとチュウは心の中で爆笑していた。
とはいえ、今のシンを直視してしまうと、その爆笑する事態に自身が陥っていたしまうので勿体ないが顔までは見ないように頑張っているのだ。
挨拶は続く。が、ここでその麗しい笑顔が曇った。
誰もが胸を痛め、しかし魅力してしまう悲しみを帯びた表情で、シンは語りだしたのである。
「ーー…皆様がご存知の通り、私は表にも出てこれぬ人間。そしてこのように姿を現せば今のような惨事を起こしてしまう……。
私の噂は存じております。王太子でありながら今まで存在を明らかにされず、不信感が皆様の中に燻っている事、そしてローブを被ってでしか存在出来ぬ己……私は確かに王太子には相応しくないのでしょう……」
憂いを帯びたその美しさにまた一人、陥落し鼻血を噴いて倒れた。
「ですから私はここで、陛下と王妃様、そして皆様に宣言致します。“私、シン・ドールは、王位継承権を放棄する”ことを!!」
高々にした宣言は国王と王妃を驚愕させる事となる。
晴々とした表情で阿鼻叫喚の地獄絵図の中、堂々と言い切ったシンを誰一人直視出来る者などいなかった。
誰もが鼻血を垂らし、9割の者が失神、残り1割はシンの親族と友人知人という状況ではあったが、公の場での“王位継承権放棄”という宣言を例え国王であっても取り消す事は不可能だったのだ。
誰も覚えていなかったとしても。
これでやっと自由になれる。
シンの思いはただ一つであった。
◇◇◇
「ーー…ッ何という事だ!! まさかシンが王位継承権の放棄をあの場で宣言するとは……ッ」
「してやられたなぁ」
焦燥と苛立ちにかられるエモルトとは反対に、ニヤニヤと笑うリマイン。エモルトはそれを見て怒鳴り声を上げた。
「お前は……ッこうなる事を予測していたのか!?」
「そんな事はねぇが、シンが旅に出たいと思っていた事はお前も含め知ってただろ」
「だからこそのパーティーだったのだろう!」
シンが自分の元を旅立ってしまわないように、今日ここで王太子として知らしめる為のパーティーだったのだと歯軋りする友人に、リマインは溜め息を吐いた。
「お前がそんな考えだからシンはああするしかなかったんだろうよ」
「私が、悪かったのか……?」
呆然と呟くエモルトに、リマインはもう一度深く息を吐き言った。
「お前は息子を側に起きたい為に、その息子の夢を潰そうとしたんだ」
「っ私は、シンの幸せを考えて……っ」
「バカかてめぇは。息子をガッチガチに束縛して、夢も諦めさせて、何が幸せだ」
「ッ……」
「旅ぐれぇさせりゃ良かったんだよ。てめぇだって冒険者やってたじゃねぇか。それをウダウダと理由なんぞ付けて息子を縛りやがって。これは全部、てめぇの身から出た錆びだろうが」
リマインの言葉に返す言葉もなく項垂れたエモルトは、今とても後悔していた。
「そうだな……私は、何て事をしてしまったんだ」
シンは、容姿も抜群に良く頭も良い。王としてのカリスマも、強さも間違いなくある人物だ。どこを取っても完璧。
エモルトが次期王にと望む気持ちも分かるし、手放したくないのも分かる。
今回の事でシンの信奉者が増える事も間違いないが、後の祭りだ。
リマインはそんな事を思いながら、項垂れ憔悴する親友を見てまた溜め息を吐いたのだ。
9割が鼻血を噴いて失神した前代未聞のパーティーは、結局中止となった。
高級絨毯は血に染まり、ホラーの様相を呈した会場からは担架で運びだされる人の渋滞が出来、王宮の客室はフル稼働しそれは大変な騒ぎであった。
一時は集団毒殺事件か!? とまで噂されたが、倒れた者が皆生きていた事と、幸せそうな寝顔であった事、その後のシンへの心酔ぶりにそんな噂はかき消えたのだった。
そうして新たな噂が広まる。
“ノワール国の王太子は美の女神の生まれ変わり”
“一度目にすれば虜になる”
“世界一の美しさを持つ王子だ”
と。
44
お気に入りに追加
423
あなたにおすすめの小説
前世で八十年。今世で二十年。合わせて百年分の人生経験を基に二週目の人生を頑張ります
京衛武百十
ファンタジー
俺の名前は阿久津安斗仁王(あくつあんとにお)。いわゆるキラキラした名前のおかげで散々苦労もしたが、それでも人並みに幸せな家庭を築こうと仕事に精を出して精を出して精を出して頑張ってまあそんなに経済的に困るようなことはなかったはずだった。なのに、女房も娘も俺のことなんかちっとも敬ってくれなくて、俺が出張中に娘は結婚式を上げるわ、定年を迎えたら離婚を切り出されれるわで、一人寂しく老後を過ごし、2086年4月、俺は施設で職員だけに看取られながら人生を終えた。本当に空しい人生だった。
なのに俺は、気付いたら五歳の子供になっていた。いや、正確に言うと、五歳の時に危うく死に掛けて、その弾みで思い出したんだ。<前世の記憶>ってやつを。
今世の名前も<アントニオ>だったものの、幸い、そこは中世ヨーロッパ風の世界だったこともあって、アントニオという名もそんなに突拍子もないものじゃなかったことで、俺は今度こそ<普通の幸せ>を掴もうと心に決めたんだ。
しかし、二週目の人生も取り敢えず平穏無事に二十歳になるまで過ごせたものの、何の因果か俺の暮らしていた村が戦争に巻き込まれて家族とは離れ離れ。俺は難民として流浪の身に。しかも、俺と同じ難民として戦火を逃れてきた八歳の女の子<リーネ>と行動を共にすることに。
今世では結婚はまだだったものの、一応、前世では結婚もして子供もいたから何とかなるかと思ったら、俺は育児を女房に任せっきりでほとんど何も知らなかったことに愕然とする。
とは言え、前世で八十年。今世で二十年。合わせて百年分の人生経験を基に、何とかしようと思ったのだった。
異世界で神様になってたらしい私のズボラライフ
トール
恋愛
会社帰り、駅までの道程を歩いていたはずの北野 雅(36)は、いつの間にか森の中に佇んでいた。困惑して家に帰りたいと願った雅の前に現れたのはなんと実家を模した家で!?
自身が願った事が現実になる能力を手に入れた雅が望んだのは冒険ではなく、“森に引きこもって生きる! ”だった。
果たして雅は独りで生きていけるのか!?
実は神様になっていたズボラ女と、それに巻き込まれる人々(神々)とのドタバタラブ? コメディ。
※この作品は「小説家になろう」でも掲載しています
45歳のおっさん、異世界召喚に巻き込まれる
よっしぃ
ファンタジー
2月26日から29日現在まで4日間、アルファポリスのファンタジー部門1位達成!感謝です!
小説家になろうでも10位獲得しました!
そして、カクヨムでもランクイン中です!
●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●
スキルを強奪する為に異世界召喚を実行した欲望まみれの権力者から逃げるおっさん。
いつものように電車通勤をしていたわけだが、気が付けばまさかの異世界召喚に巻き込まれる。
欲望者から逃げ切って反撃をするか、隠れて地味に暮らすか・・・・
●●●●●●●●●●●●●●●
小説家になろうで執筆中の作品です。
アルファポリス、、カクヨムでも公開中です。
現在見直し作業中です。
変換ミス、打ちミス等が多い作品です。申し訳ありません。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
女性が全く生まれない世界とか嘘ですよね?
青海 兎稀
恋愛
ただの一般人である主人公・ユヅキは、知らぬうちに全く知らない街の中にいた。ここがどこだかも分からず、ただ当てもなく歩いていた時、誰かにぶつかってしまい、そのまま意識を失う。
そして、意識を取り戻し、助けてくれたイケメンにこの世界には全く女性がいないことを知らされる。
そんなユヅキの逆ハーレムのお話。
大和型戦艦、異世界に転移する。
焼飯学生
ファンタジー
第二次世界大戦が起きなかった世界。大日本帝国は仮想敵国を定め、軍事力を中心に強化を行っていた。ある日、大日本帝国海軍は、大和型戦艦四隻による大規模な演習と言う名目で、太平洋沖合にて、演習を行うことに決定。大和、武蔵、信濃、紀伊の四隻は、横須賀海軍基地で補給したのち出港。しかし、移動の途中で濃霧が発生し、レーダーやソナーが使えなくなり、更に信濃と紀伊とは通信が途絶してしまう。孤立した大和と武蔵は濃霧を突き進み、太平洋にはないはずの、未知の島に辿り着いた。
※ この作品は私が書きたいと思い、書き進めている作品です。文章がおかしかったり、不明瞭な点、あるいは不快な思いをさせてしまう可能性がございます。できる限りそのような事態が起こらないよう気をつけていますが、何卒ご了承賜りますよう、お願い申し上げます。
女性の少ない異世界に生まれ変わったら
Azuki
恋愛
高校に登校している途中、道路に飛び出した子供を助ける形でトラックに轢かれてそのまま意識を失った私。
目を覚ますと、私はベッドに寝ていて、目の前にも周りにもイケメン、イケメン、イケメンだらけーーー!?
なんと私は幼女に生まれ変わっており、しかもお嬢様だった!!
ーーやった〜!勝ち組人生来た〜〜〜!!!
そう、心の中で思いっきり歓喜していた私だけど、この世界はとんでもない世界で・・・!?
これは、女性が圧倒的に少ない異世界に転生した私が、家族や周りから溺愛されながら様々な問題を解決して、更に溺愛されていく物語。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる