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第1章

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ドール家の現当主、エモルト・ドールは自身の美しい息子について考えていた。

あの日、エモルトとその妻オデッドの1日で一番楽しみにしていた家族揃っての晩餐は、執務室に飛び込んで来た侍女頭によってなくなってしまったが、話の内容に心臓が止まるかと思う程驚いた事を、友人である薬師の男への手紙を綴りながら思い出していたのだ。

息子、シンは生まれた時から全ての神に愛されているのではないかというほど美しく、聡明であった。
そんな彼が“予知夢”を見たというのだ。
しかもその内容は、ドール家の…いや、この国の今後を左右する夢であった。

侍女頭から話を聞いたエモルトは、すぐに妻を連れ立って息子の部屋へと駆け付けた。
シンはその麗しいかんばせを苦し気に歪ませ、宝石のような瞳をしっとりと濡らせてエモルト達にすがりつき、夢で見た内容を話したのだ。

エモルトの妻、オデッドはそんな息子を抱き締め「何という事なのでしょう…っ」と内容に嘆き、シンを慰めていた。

そんな2人の姿を見てエモルトは天を仰いだ。
ここ数十年の王家の悪政で民は疲弊し、貴族だとて食っていく事もままならない程である。

王家と同等の権位があると言われているドール家とて、数ばかりを増やす馬鹿な王族共を止める事も出来ずにいるのだ。しかも、美しい者をこよなく愛するという性癖から、妻や子を守っていくのにもそろそろ限界であった。
妻は自身の伴侶であるので、ドール家の権力をフル活用して今まで守り抜く事が出来ていたが、息子に関してはいつ奪われるのかと気が気ではなかった。
だから子が生まれた事も隠し続けていたのだ。

それももう終いだと、息子の予知夢を信じたエモルトは、今まで密かに準備してきた独立を、“ノブラン国”へと高らかに宣言したのである。

それに続いたのがドール家と親しくしていた貴族達である。勿論民もどんどんドール家や、独立に賛同した者の領地へと移住してきていた。
“ノブラン国”が廃れるのも時間の問題だろう。

エモルトは改めて思うのだ。
我が息子は、この国を救う為に全能神様より遣わされた、“美の女神の生まれ変わり”なのだと。


今までの経緯を手紙に綴り、封蝋をすると執事へと手渡したエモルトは、手紙の送り先である薬師の男を思う。

昔からの友人である薬師の男は2年前、王に兄夫婦を殺され、その子供を引き取ったと聞く。
彼の者の兄夫婦もまた、エモルトの友人であった。

独立の準備を始めたのはそれが切っ掛けといえよう。

手紙を出したのは、近況報告と、彼らを迎える為であった。
心優しい友人は、困った人を見ると助けずにはいられない性格をしている。さらに旅好きで一ヶ所には留まれない、奉仕の精神と自由奔放さに長けている人間であったので独身を貫いていたのだが、兄夫婦の子を引き取った今はそうそう自由にはいかないだろう。
奴の生活力の無い事が心配事の一つでもあった。

薬師としての腕はこの世界でもトップレベルである。
最近息子が薬学に興味を持った事もあり、ならばと呼び寄せる事にしたのだ。


そんな経緯を経て、ひと月後にやってきたエモルトの友人、薬師のリマイン・テーラとウィキ・テーラはシンと出会う事となるのだが、この出会いがシンの運命の歯車にどう影響するかは、まだ定かではない。


◇◇◇


シンは現在酷く困惑していた。
自分の予知夢を見たという芝居で、ドール家とその他の貴族がノブラン国から独立してしまったのはまぁいいだろう。

しかし、この状況は何だ。
とさっきからすれ違う使用人の態度に戸惑っているのだ。

何故かというと皆が皆、シンの姿を見た途端に顔を真っ赤にして叫び(ここまでは通常)、膝をついて拝みだすのである。
「ありがたや、ありがたや」という声まで聞こえてくるので困惑して当然だろう。

そうなると顔を引きつらせて足早に去ってしまうのがシンである。シンでなくともそうなるのだろうが。

「一体何だっていうんだ…」

独立してからは、屋敷の中であれば自由に歩き回れるようになったというのに、これではおちおち部屋から出る事も出来ない。と、屋敷の誰もいない隅っこで落ち込んでいれば、

「貴方が“美の女神様の生まれ変わり”って噂の子?」

と声をかけられたのだ。

鈴を鳴らすような声とはまさにこの事だと言わんばかりの、可愛らしい声に驚き振り返ると、そこにはとんでもない美少女が立っていた。

「っっわぁ! 本当に天使様…っううん、女神様のように綺麗なのね!!」

頬を薔薇色に染め、驚きと興奮に溢れた笑顔を見せるのは…“チュウ・カーン”。“白黒の城”にでてくるメインキャラクターの一人であった。


「それはこっちのセリフだ」とシンが反論して、口説いているような状況を作り出してしまうまで、後数秒。
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