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第1章

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太田 一美オオタ ヒトミはトラックにひかれて死んだはずだった。
しかしどういうわけか、真っ黒に染まった筈の意識は驚くほどクリアで、自身の目の前には見たこともない美男美女が寄り添いあって、語りかけてくるのだ。

しかも小さな子供に話し掛けるような口調で。

可笑しい、と思った一美ヒトミは、トラックにひかれた後の記憶を必死で思い出そうとした。
すると太田 一美オオタ ヒトミではなく、違う人物の記憶が頭の中に流れ込んできたのだ。

(私は…違う、ボクの名前は、“シン・ドール”。ドール家の長男で、目の前に居る人達はボクのお父様とお母様だ)

一美ヒトミは全てを思い出した。“シン・ドール”として生まれた自身の前世が、太田 一美オオタ ヒトミというオタクの喪女であった事を。



どうしてこうなった!?

5才児の小さな両手を床につき、四つん這いになって地の果てまで落ち込んだ。勿論両親が居なくなってからだ。

確かに“シン・ドール”を救いたいと死ぬ間際まで思っていたが、本人になりたいとは欠片も思っていなかった。どうせこの世界に転生するなら“シン・ドール”の嫁になりたかったのだ!!

と、涙をながしながら小さな手を床に叩きつける。
一目惚れしたアニメのキャラクターに生まれ変わってしまった一美ヒトミは、その日1日部屋に閉じこもって泣いていた。



“シン・ドール”は、アニメ界でもトップレベルの美貌を持つといわれていたキャラクターである。
そんな麗しいかんばせの幼児が、涙に濡れた瞳でもって大人を見上げれば、大抵の人間は魅了される事だろう。

つまり、今目の前で鼻血を吹き出して倒れた侍女は、“シン・ドール”の魅力に殺られたというわけである。

この不幸な出来事は起こるべくして起こったと言ってもいい。

ドール家の麗しい坊っちゃんが部屋に閉じこもって出てこないとなれば、様子を見にやってくるのが侍女の勤めである。彼女も麗しい坊っちゃんを心配してやって来た侍女の1人だった。

「ちょっ、誰か!? 血がっ 誰か来て!!」

麗しの坊っちゃんの悲痛な叫び声を聞き付けた執事と侍女頭は、鼻血を噴き出して倒れている侍女と、真っ青になってそばに座り込み、止血をしている(鼻をティッシュで押さえている)絶世の美幼児を見た瞬間悲鳴をあげそうになった。




櫛でとかしてもないのに、指に絡まりもせずサラサラと流れる艶やかな黒髪は襟足の長さに切り揃えられ、少し長めの前髪の奥には、美しく輝く翡翠の瞳が見え隠れする。睫毛は長くたっぷりある為か大きな瞳は伏し目がちに見えて幼児にもかかわらず、色気のようなものを感じるのだ。小さな鼻はスッと通っていて、その下には桜色をした唇。そして白磁のような肌。シミはおろか、ホクロ一つない。
誰もが振り返り、息を飲む程に美しいそれはまさに魔性。

“絶世の美貌を持つ幼児”とはシン・ドールの為にある言葉だった。

シンの父母は息子のあまりの美貌に、このままでは拐かされてしまうのではと危機感を抱き、人に会わせる事を拒んだ。
世話係の侍女すら少数の上、必要以上の接触をさせる事はなかったのだ。

侍女頭のマリーヌは、今回の侍女もダメだったかと密かに嘆息し、麗しの坊っちゃんを部屋へとお連れしたのだ。
あの侍女は洗濯係へと回そうと思いながら。

ここまで徹底するのには理由がある。
この国、“ノブラン国”の王は好色で、美しいものをこよなく愛する性格であった。例えそれが忠臣の伴侶であってもだ。
幾度となく臣下の妻を奪い、側室に添える暴挙を繰り返すクズ。それがこの国の王であった為、シンの父母はシンを隠し続けたのだ。
よって、この国でドール家に子が産まれたのを知る者は少ない。




散々泣いていた一美ヒトミは、メイドが倒れた件で頭が冷え、シン・ドールがこの先辿るであろう運命を思い出していた。

まず、シンが6才の時にドール家の力を恐れた国王によってお家断絶、一族郎党処刑される。

それを思い出した刹那、自身の現在の年に絶望した。
何しろ、6才の誕生日はだったのだから。
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