18 / 187
その他
番外編 〜 練習しましょう 〜 イザベル出産間近
しおりを挟むイザベル視点
「わたくし、テオ様にお願いがあるのです」
わたくしの言葉に、夫は一見無表情に、だが口の端を微かに上げ、わたくしを抱きしめながら言ったのだ。
「君の願いなら何でも叶えよう」
「では、パパママ教室の練習に付き合ってくださいませ!」
「ん……?」
子育て支援センターで行う、パパママに向けた赤ちゃんの知識を勉強するパパママ教室。
もうすぐ出産するわたくしも、ぜひ夫に、一緒に勉強をしてほしいと考え、パパママ教室で教える事を練習したいとお誘いした次第なのだ。
「子育て支援センターで講師をするのは、ベルではないだろう?」
「何を仰っていますの。その講師陣に何をどう教えるのかを伝えるのはわたくしですのよ」
「そうは言っても、君は妊婦なんだぞ。無理をするのは看過出来ん」
腕まくりをしながらぶつぶつ言うテオ様に、「坊っちゃま、往生際が悪うございますよ」とマディソンからの注意が入った事で、分が悪くなる。
「さぁテオ様、今から赤ちゃんをお風呂に入れる練習を、わたくしと一緒にいたしましょう!」
旦那様とこういう練習ができるだなんて、幸せですわ!
「それはいいのだが、赤ん坊はいないだろう? どうするんだ」
「本物の赤ちゃんで練習はさすがに出来ませんので、この赤ちゃん人形を使用しますわ!」
新素材でリアルに作った人形、“エンジェルドール”をミランダから受け取り、テオ様にお見せすると、あまりのリアルさにびくっとするのでフフッと笑い声がもれてしまう。
「本当の赤ちゃんのようでしょう。お人形作家の先生が作ってくださいましたのよ。素晴らしい出来ですの!」
「あ、ああ……まるで生きているようだな」
引いてますわね。
「テオ様、このエンジェルドールは男女の二人がおりますの。ですので、テオ様は男の子を、わたくしは女の子をお風呂に入れてみましょう。もちろん講師はマディソンですわ」
「……」
あらあら、お顔が強張っておりますわ。
「この子が生まれたら、テオ様とお風呂に入れてあげたいのです。おむつも変えたいですし、お世話をたくさんしたいですわ」
「使用人がいるというのに、自分でやるつもりなのか」
「もちろん使用人に助けてもらいながらお世話をしますのよ。だって子育てってきっと大変ですもの。周りに助けてもらいながら、あなたのように素敵な大人に育てていきたいですわ」
「ベル……っ、ああ。私も出来る限りの事をしよう。君の望みは全て叶えると約束したしな」
「フフッ、叶えてくださいましね。テオ様」
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
テオバルド視点
私の妻はなんと可愛い女性なのだろうか。愛おしすぎて心臓がもたない。
こんな笑顔を見せられたら、望みを何でも叶えたくなってしまうではないか。
「奥様、お上手ですよ。もしかして経験がございますか?」
「実は一度だけ、友人の子供をお風呂に入れるのをお手伝いした事があるのですわ」
「そうでしたか。ですから手際がよろしいのですね。……坊っちゃまは……、身体が固まっておりますね。それに、赤ちゃんの頭を握り潰す気でございますか? 頭が縦に伸びておりますよ」
くっ、赤ん坊の頭が小さすぎて、力の加減が……っ
「坊っちゃま、力を抜いてください。頭から首にかけてを支えるようにして、手の枕を作って上げるのです。絶対に頭を握ってはいけません」
手の枕……こうか?
「テオ様、とてもお上手ですわ!」
妻に褒められると嬉しいものだな。
「───では、次はオムツ替えです。こちらはスライム生地を使用した新たなオムツという事で、私も初めて扱うものです。使用方法は奥様に教えていただいてもよろしいでしょうか」
「ええ。このオムツはスライムを加工した生地なのですが、肌を清潔に保ってくれる効果と、保湿効果、そして防臭効果がございますの」
スライムを生地にするという、普通では思いつかないような発想で、画期的なものを作ってしまった妻は、嬉しそうにマディソンへ説明している。
自分がどれほどのものを開発してしまったのか、自覚していないのだろう。
新素材にレール馬車、スライム生地、どれ一つとっても革命が起きるものだというのに……。
影によれば、ベルを拐おうとする虫が湧いているらしい。
ベル付きの影を増やしてはいるが、心配でならない。
「一瞬で水分を吸収してくれるので、最大で3日オムツ替えをしなくても清潔に使ってもらえるのですけれど、大きいものが出てしまった場合、水分はなくなりますが、その……残骸がオムツに残ってしまいますの。ですからそれだけは処理しなくてはなりませんのよ」
私にも以前説明してくれた事を言い終えると、ノアも時折する、自慢気な顔をする。それが愛らしく、抱きしめたくなるのだ。
「奥様、これはとても画期的でございますね。なんと素晴らしいのでしょうか」
いつも冷静なマディソンは、口を押さえてほんの少し興奮している。
「そうでしょう。スライムはすごいのですわ!」
すごいのは君だろう。
「この生地で作ったオムツには二種類ありますの。テープタイプとパンツタイプで、このテープタイプはねんねの赤ちゃんに、パンツタイプははいはいできるようになった赤ちゃん用に作りましたのよ。まずこちらのテープタイプは……このように赤ちゃんのおしりの下に敷いて───」
慣れた手付きで人形にオムツを履かせるベルに見惚れていれば、
「坊っちゃま、見惚れてしまうのはわかりますが、オムツ替えをしっかり出来るようにならなければ、奥様に呆れられてしまいますよ」
マディソンから辛辣な言葉を投げつけられたのだ。
「わかっている」と答えたものの、人形では出来るが、実際の赤子だと自信はない。
しかし、ベルの頼みだからな……。
「やってやれぬ事はない」
「まぁっ、テオ様素敵ですわ!」
愛妻に声援を送られながらのオムツ替えも、悪くない。
1,781
お気に入りに追加
8,395
あなたにおすすめの小説

愛された側妃と、愛されなかった正妃
編端みどり
恋愛
隣国から嫁いだ正妃は、夫に全く相手にされない。
夫が愛しているのは、美人で妖艶な側妃だけ。
連れて来た使用人はいつの間にか入れ替えられ、味方がいなくなり、全てを諦めていた正妃は、ある日側妃に子が産まれたと知った。自分の子として育てろと無茶振りをした国王と違い、産まれたばかりの赤ん坊は可愛らしかった。
正妃は、子育てを通じて強く逞しくなり、夫を切り捨てると決めた。
※カクヨムさんにも掲載中
※ 『※』があるところは、血の流れるシーンがあります
※センシティブな表現があります。血縁を重視している世界観のためです。このような考え方を肯定するものではありません。不快な表現があればご指摘下さい。
若奥様は緑の手 ~ お世話した花壇が聖域化してました。嫁入り先でめいっぱい役立てます!
古森真朝
恋愛
意地悪な遠縁のおばの邸で暮らすユーフェミアは、ある日いきなり『明後日に輿入れが決まったから荷物をまとめろ』と言い渡される。いろいろ思うところはありつつ、これは邸から出て自立するチャンス!と大急ぎで支度して出立することに。嫁入り道具兼手土産として、唯一の財産でもある裏庭の花壇(四畳サイズ)を『持参』したのだが――実はこのプチ庭園、長年手塩にかけた彼女の魔力によって、神域霊域レベルのレア植物生息地となっていた。
そうとは知らないまま、輿入れ初日にボロボロになって帰ってきた結婚相手・クライヴを救ったのを皮切りに、彼の実家エヴァンス邸、勤め先である王城、さらにお世話になっている賢者様が司る大神殿と、次々に起こる事件を『あ、それならありますよ!』とプチ庭園でしれっと解決していくユーフェミア。果たして嫁ぎ先で平穏を手に入れられるのか。そして根っから世話好きで、何くれとなく構ってくれるクライヴVS自立したい甘えベタの若奥様の勝負の行方は?
*カクヨム様で先行掲載しております

夫の隠し子を見付けたので、溺愛してみた。
辺野夏子
恋愛
セファイア王国王女アリエノールは八歳の時、王命を受けエメレット伯爵家に嫁いだ。それから十年、ずっと仮面夫婦のままだ。アリエノールは先天性の病のため、残りの寿命はあとわずか。日々を穏やかに過ごしているけれど、このままでは生きた証がないまま短い命を散らしてしまう。そんなある日、アリエノールの元に一人の子供が現れた。夫であるカシウスに生き写しな見た目の子供は「この家の子供になりにきた」と宣言する。これは夫の隠し子に間違いないと、アリエノールは継母としてその子を育てることにするのだが……堅物で不器用な夫と、余命わずかで卑屈になっていた妻がお互いの真実に気が付くまでの話。

夫の色のドレスを着るのをやめた結果、夫が我慢をやめてしまいました
氷雨そら
恋愛
夫の色のドレスは私には似合わない。
ある夜会、夫と一緒にいたのは夫の愛人だという噂が流れている令嬢だった。彼女は夫の瞳の色のドレスを私とは違い完璧に着こなしていた。噂が事実なのだと確信した私は、もう夫の色のドレスは着ないことに決めた。
小説家になろう様にも掲載中です
私が死んで満足ですか?
マチバリ
恋愛
王太子に婚約破棄を告げられた伯爵令嬢ロロナが死んだ。
ある者は面倒な婚約破棄の手続きをせずに済んだと安堵し、ある者はずっと欲しかった物が手に入ると喜んだ。
全てが上手くおさまると思っていた彼らだったが、ロロナの死が与えた影響はあまりに大きかった。
書籍化にともない本編を引き下げいたしました

転生先が意地悪な王妃でした。うちの子が可愛いので今日から優しいママになります! ~陛下、もしかして一緒に遊びたいのですか?
朱音ゆうひ
恋愛
転生したら、我が子に冷たくする酷い王妃になってしまった!
「お母様、謝るわ。お母様、今日から変わる。あなたを一生懸命愛して、優しくして、幸せにするからね……っ」
王子を抱きしめて誓った私は、その日から愛情をたっぷりと注ぐ。
不仲だった夫(国王)は、そんな私と息子にそわそわと近づいてくる。
もしかして一緒に遊びたいのですか、あなた?
他サイトにも掲載しています( https://ncode.syosetu.com/n5296ig/)
[完結]いらない子と思われていた令嬢は・・・・・・
青空一夏
恋愛
私は両親の目には映らない。それは妹が生まれてから、ずっとだ。弟が生まれてからは、もう私は存在しない。
婚約者は妹を選び、両親は当然のようにそれを喜ぶ。
「取られる方が悪いんじゃないの? 魅力がないほうが負け」
妹の言葉を肯定する家族達。
そうですか・・・・・・私は邪魔者ですよね、だから私はいなくなります。
※以前投稿していたものを引き下げ、大幅に改稿したものになります。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる