15 / 186
その他
番外編 〜 お願い、氷の大公様 〜 イザベル妊娠発覚前
しおりを挟むわたくしの夫は、“氷の大公”と呼ばれ、見たものを凍らすとまで言われた怜悧冷徹な公爵閣下である。
パーティーに出席すれば、その美しさ見たさに人混みが2つに割れ、レッドカーペットでも歩いているようにスター街道が出来るのだ。
若い女性どころか、男女も年齢も関係なく、誰もが見惚れる超絶美形。それがテオ様である。
ほら、今日も群がる御婦人の瞳はとろけ、夫の瞳はどんどん温度を失い冷え冷えとしていく。
今日のようなパーティーは、テオ様もあまり参加なさらないのだけれど、ビスマルク侯爵の招待では仕方ありませんわね。
「テオ様、辛いようであれば、バルコニーで休憩いたしましょう」
「……ああ」
「大丈夫ですわ。わたくしが女性を近づけさせませんから」
「ククッ、随分頼もしい妻だな」
「もちろんですわ。夫を守るのは妻の務めですもの」
「私の妻は世界一素敵な女性だ」
「まぁ……、恥ずかしいですわよ」
本当は、周りの御婦人を守る為でもあるのですが、それは言わないでおきますわ。
「ディバイン公爵!」
するとそこへ、溌剌としたご老人が声をかけて来たのだ。
「ビスマルク侯爵。本日は招待いただきありがとうございます」
「ディバイン公爵にお越しいただけ、光栄です」
ビスマルク侯爵は、あの黒蝶花事件の被害者の方だ。
結構なお年を召していたので危うかったが、解毒剤で助かった。しかしそれだけでなく、黒蝶花の解毒剤は、実は聖水以上に体力が回復するようで、以前よりも元気になられたのだ。
「ディバイン公爵夫人も、増々お美しくなられましたね」
好々爺である侯爵は、とてもお口の上手い方で、会えばこのように褒めてくださるジェントルですのよ。
「まぁ、ビスマルク侯爵はお口が上手でいらっしゃいますわ」
「私は正直なのです。本当の事を言っているだけですよ」
とおどけたようにウィンクして冗談を言うそのノリが、海外っぽいわ、とつい日本人感覚になってしまう。
「しかし、ディバイン公爵は変わられましたね。昔はパーティーに参加をしても、周りを睨み付け、寄せ付けず、すぐに帰ってしまわれていましたが……」
テオ様、あなたビスマルク侯爵のパーティーでもそんな調子でしたの!?
それは……よく社交界でやっていけましたわね。
バツが悪いのか、黙ってしまったテオ様を見て。ますます笑みを深める侯爵に、わたくしもフフッと笑いが漏れてしまいましたわ。
「ディバイン公爵夫人、あなたが閣下に嫁いでくださって良かった。……閣下がお小さい時から心配しておりましたから」
と、子供を見るような目をテオ様に向けられる侯爵は、きっとテオ様にとってはお父様のような、おじい様のような、そんな方だったのね。
「ビスマルク侯爵……、夫の事はもう心配いりませんわ。これからは、わたくしがそばでお支えいたしますもの」
「ベル……っ」
テオ様が感動したようにわたくしを見つめ、ビスマルク侯爵はそんな私たちに頷いたのだ。
「ではお二人とも、パーティーを楽しんでいってください」
暫くお話をした後、そう言って他の方への挨拶の為に行ってしまった侯爵を見送ると、テオ様はわたくしの腰を抱き寄せ、バルコニーへと向かったのだ。
その間、ブリザードのような視線を周りに向けていたのには苦笑いしか出なかったけれど、それをいつもの事だといった様子の御婦人方の神経もなかなか図太いと感心してしまった。
ブリザードの視線も含めて、テオ様の魅了なのだと、いつか語ってくれた皇后様の顔が思い浮かびましたわ。
「氷の大公様は、相変わらずおモテになりますのね」
バルコニーに出てそう言うと、テオ様は何を思ったのか「? ベル、まさかヤキモチか……」などと仰るので瞳をパチパチと開閉してしまいましたわ。
「御婦人の、テオ様への反応でヤキモチをやいていたら、わたくし毎日ヤキモチをやいていないといけなくなりますわ」
「そうか……」
ちょっと残念がっているのは、ヤキモチをやいてほしいって事かしら。
「ほんの少しは、やいているかもしれませんわね」
「ベル……」
まぁ、嬉しそうですわ。
「氷の大公様は、わたくしの前では、氷もどこかへいってしまいますのね」
クスクス笑いながら頭を撫でてしまったのは、その表情がノアにそっくりだったからだ。
「愛する妻の前だぞ。その他と同じなわけがないだろう」
テオ様の美貌は、間近で見ると心臓に悪い。
怜悧冷徹はどこにいったのか、蕩けたアイスブルーの瞳は、宝石のように煌めいている。
「テオ様、この先も、長生きしてくださいましね」
ビスマルク侯爵のように、元気に長生きしていたたきたいわ。
「……私はまだ年寄りではないぞ」
「もちろんですわよ。ただ、あなたとノアと、出来るだけ長く一緒にいたいと思いましたのよ」
「……そうだな。明日からはトレーニングメニューを増やすか……」
「やり過ぎると逆効果ですのよ」
「なんだと……!?」
こんなとりとめのない会話も、楽しいものだわ。
どうかこの幸せが続きますように。神様にではなく、わたくしの氷の大公様に願う事にいたしましょう。
お願いしますわね! テオ様。
2,486
お気に入りに追加
9,451
あなたにおすすめの小説

「お幸せに」と微笑んだ悪役令嬢は、二度と戻らなかった。
パリパリかぷちーの
恋愛
王太子から婚約破棄を告げられたその日、
クラリーチェ=ヴァレンティナは微笑んでこう言った。
「どうか、お幸せに」──そして姿を消した。
完璧すぎる令嬢。誰にも本心を明かさなかった彼女が、
“何も持たずに”去ったその先にあったものとは。
これは誰かのために生きることをやめ、
「私自身の幸せ」を選びなおした、
ひとりの元・悪役令嬢の再生と静かな愛の物語。

断罪前に“悪役"令嬢は、姿を消した。
パリパリかぷちーの
恋愛
高貴な公爵令嬢ティアラ。
将来の王妃候補とされてきたが、ある日、学園で「悪役令嬢」と呼ばれるようになり、理不尽な噂に追いつめられる。
平民出身のヒロインに嫉妬して、陥れようとしている。
根も葉もない悪評が広まる中、ティアラは学園から姿を消してしまう。
その突然の失踪に、大騒ぎ。

皆さん勘違いなさっているようですが、この家の当主はわたしです。
和泉 凪紗
恋愛
侯爵家の後継者であるリアーネは父親に呼びされる。
「次期当主はエリザベスにしようと思う」
父親は腹違いの姉であるエリザベスを次期当主に指名してきた。理由はリアーネの婚約者であるリンハルトがエリザベスと結婚するから。
リンハルトは侯爵家に婿に入ることになっていた。
「エリザベスとリンハルト殿が一緒になりたいそうだ。エリザベスはちょうど適齢期だし、二人が思い合っているなら結婚させたい。急に婚約者がいなくなってリアーネも不安だろうが、適齢期までまだ時間はある。お前にふさわしい結婚相手を見つけるから安心しなさい。エリザベスの結婚が決まったのだ。こんなにめでたいことはないだろう?」
破談になってめでたいことなんてないと思いますけど?
婚約破棄になるのは構いませんが、この家を渡すつもりはありません。

夫の色のドレスを着るのをやめた結果、夫が我慢をやめてしまいました
氷雨そら
恋愛
夫の色のドレスは私には似合わない。
ある夜会、夫と一緒にいたのは夫の愛人だという噂が流れている令嬢だった。彼女は夫の瞳の色のドレスを私とは違い完璧に着こなしていた。噂が事実なのだと確信した私は、もう夫の色のドレスは着ないことに決めた。
小説家になろう様にも掲載中です

愛された側妃と、愛されなかった正妃
編端みどり
恋愛
隣国から嫁いだ正妃は、夫に全く相手にされない。
夫が愛しているのは、美人で妖艶な側妃だけ。
連れて来た使用人はいつの間にか入れ替えられ、味方がいなくなり、全てを諦めていた正妃は、ある日側妃に子が産まれたと知った。自分の子として育てろと無茶振りをした国王と違い、産まれたばかりの赤ん坊は可愛らしかった。
正妃は、子育てを通じて強く逞しくなり、夫を切り捨てると決めた。
※カクヨムさんにも掲載中
※ 『※』があるところは、血の流れるシーンがあります
※センシティブな表現があります。血縁を重視している世界観のためです。このような考え方を肯定するものではありません。不快な表現があればご指摘下さい。

不貞の子を身籠ったと夫に追い出されました。生まれた子供は『精霊のいとし子』のようです。
桧山 紗綺
恋愛
【完結】嫁いで5年。子供を身籠ったら追い出されました。不貞なんてしていないと言っても聞く耳をもちません。生まれた子は間違いなく夫の子です。夫の子……ですが。 私、離婚された方が良いのではないでしょうか。
戻ってきた実家で子供たちと幸せに暮らしていきます。
『精霊のいとし子』と呼ばれる存在を授かった主人公の、可愛い子供たちとの暮らしと新しい恋とか愛とかのお話です。
※※番外編も完結しました。番外編は色々な視点で書いてます。
時系列も結構バラバラに本編の間の話や本編後の色々な出来事を書きました。
一通り主人公の周りの視点で書けたかな、と。
番外編の方が本編よりも長いです。
気がついたら10万文字を超えていました。
随分と長くなりましたが、お付き合いくださってありがとうございました!

婚約破棄された令嬢が記憶を消され、それを望んだ王子は後悔することになりました
kieiku
恋愛
「では、記憶消去の魔法を執行します」
王子に婚約破棄された公爵令嬢は、王子妃教育の知識を消し去るため、10歳以降の記憶を奪われることになった。そして記憶を失い、退行した令嬢の言葉が王子を後悔に突き落とす。
私が死んで満足ですか?
マチバリ
恋愛
王太子に婚約破棄を告げられた伯爵令嬢ロロナが死んだ。
ある者は面倒な婚約破棄の手続きをせずに済んだと安堵し、ある者はずっと欲しかった物が手に入ると喜んだ。
全てが上手くおさまると思っていた彼らだったが、ロロナの死が与えた影響はあまりに大きかった。
書籍化にともない本編を引き下げいたしました
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる