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その他
番外編 〜 車大工の親方の場合 〜
しおりを挟む車大工親方視点
ディバイン公爵夫人のアイデアを形にする。
そりゃあもう、我々職人にとってもっとも過酷で、もっとも楽しく、充実感のある事だ。
そして、あのお人から頼まれるっちゅうことは、一人前の証。
「親方……、こりゃあすげぇもん、作っちまいやしたね……っ」
「おう。この工房は、馬車の革命っちゅう歴史に残るようなすげぇ事に、関わる事ができたんだ……」
変形する馬車を前に、わしらは半ば呆然と眺めていた。
「すげぇ……、もう、すげぇしか言えねぇ……っ、俺、こんなすげぇ仕事に携われて、本当に良かった……っ」
わしもあのお人に声をかけてもらって、本当に良かった。接点を作ってくれたイフにゃ、感謝せにゃならんな。
「おいおい、こりゃまだ序の口だ。この変形する馬車は、これからもっと進化する。わしらはまだ屋根の部分や御者席、中の棚ももっと良くできるはずだ」
「親方……っ、そうッスね! ここで終わっちゃ、奥様にがっかりされちまいますもんね!」
「そうだ。わしら職人は、これで完璧だと思っちゃいかん。常に、まだやれる事があるはずだと探し続けるのが一流の職人っちゅうもんだ」
「はい!」
それに気付かせてくれたんは、あのお人かもしれん。
おんなじような毎日を送っていたつまらねぇ人生が、面白くなってきよった!
「よっしゃ! ここからはより、使いやすく改造して、奥様をあっと驚かせてやらにゃならん!」
「はい!!」
9割方完成した新型を、今度はわしらが今出来る精一杯の技術と知識でより高度なもんへと変えていく。
車輪の動きの滑らかさ、フォルムの美しさ、乗り心地。奥様が大喜びするようなもんを作れたら、わしらは最高の職人と胸を張って言えるはずだ。
「親方、想像以上のものをありがとう存じますわ! さすが一流の職人ですわね!」
「想像以上っちゅうのが、わしらにゃ一番嬉しい言葉ですよって」
完成した新型馬車を見た奥様は、手を叩いて大喜びしてくださった。わしも弟子たちも、その素直な姿に笑みが漏れ、普段ではありえんようなほのぼのした空気が作業場を包んだ。
奥様が工房にやって来たその日の夜、ディバイン公爵家の使いだと男がやって来て、新型馬車に関するもんは絶対外部にもらしちゃいかんと注意されたが、わしはもらす気なんぞ毛頭ないもんで、弟子にも詳しい作り方は教えちゃおらんと話をした。
わしは貴族様のように政治の事はよぉわからんけども、これだけはわかる。この馬車は、悪い奴に知られちまうと、世の中が滅茶苦茶になってしまう危険なもんだ。
「ディバイン公爵家は、この馬車をおかしな事に利用したりはいたしません」
そう約束してくれた使者様に、わしは言った。
「ディバイン公爵家の奥様なら信用しとりますよって、あんたらのその言葉、信じさせてもらいます」
その翌日、商工会議所に呼び出され、行ってみるとそこには、驚く事に公爵様御本人がいらっしゃったからおったまげた!
公爵様と秘密保持契約というのを交わし、わしはベル商会を通しての取引以外には、絶対馬車を売らんと約束した。
どうやらベル商会は、この新型を悪い事には使わせんよう契約をしてからでないと売らん、と魔法契約する者のみに販売を始めたらしい。
だから正直、新型の売上にゃ期待しとらんかったが、魔法契約してでも手に入れたいと思った貴族の多い事。
商会はとんでもねぇやり手だったようで、どんどん注文が入ってきて、予約が見た事もない数になっちょった。
そのうち、人も増えて、馬車のデザインだけを手掛ける専門部署が出来て、そんでもってレール馬車っちゅうもんまで作りだして、気付いたらイフんとこまではいかんが、馬車といえばわしの工房……いや、わしの会社だと、なんかしらんが……ぶ、ブランド? みたいなんが出来とった。
「代表! 代表が自ら現場で仕事しちまうと、威厳がねぇです!」
「馬鹿野郎! わしは職人だっ、職人が現場で仕事せんと、どこで仕事するっちゅうんだ」
「しっかしおやか……代表、今じゃウチは他に並ぶもんもいねぇ大企業で……」
「親方でいい。お前も副なんとかっちゅう役職になっちまってから腕が鈍っとるんじゃないか。偶には、こうして馬車を作ったらいい」
「親方……っ、そうッスね!」
そういやぁ、イフもよく現場に出とるって言っとった。
所詮わしらは骨の髄まで職人だ。どんだけ偉うなろうが、変わらんもんはある。
「よっしゃ! 奥様を仰天させるような馬車、作るぞ!」
「はい!!」
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