継母の心得

トール

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第二部 第3章

423.ぺぇちゃ、みょ!

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空が白み始めたばかりの早朝、昨日と同じリュックに、スニーカー、タンブラーを携えたノアと、ファンタジー冒険アニメに出てくる冒険者のような格好に、大人用のリュックを片方の肩に掛けたテオ様を玄関でお見送りする。

ぺーちゃんはまだ布団の中ですやすや眠っており、起きる気配すらない。

「イーニアス殿下が迎えに来て、一度皇城に行くのでしたよね?」
「ああ。そろそろ来るはずだ」

先程までは眠そうにしていたノアも、眠気が吹き飛んだのか、ワクワクとイーニアス殿下を待つ。その様子を見ながらテオ様に確認しているが、わたくしはとても眠い。

「ノア、わたしが、きたぞ」
「アスでんか!」

元気な声だが、いつもよりも声を押さえた気遣いで、一人転移して来たイーニアス殿下から始まる、いつものお決まりのやり取りは、二人の中での絶対やるべき事だ。毎回可愛すぎるので、大歓迎である。

「こうしゃく、イザベルふじん、そうちょうに、しつれいする」
「イーニアス殿下、わざわざご足労いただき感謝いたします」
「殿下、おはようございます。お一人でお越しになられましたの?」

てっきり皇帝陛下とお越しになると思っていたのだけど、お姿が何処にも見えませんわ。

「うむ。ちちうえが、ねぼうをしてしまい、いまはしたくちゅうで、じかんが、さしせまったので、わたしだけできたのだ」

皇帝陛下……

「殿下、陛下は置いて行きましょう」
「え、ちちうえを、おいていくのか……?」

おそらくはテオ様の冗談に、イーニアス殿下は不安そうに目を潤ませている。

無表情だから本気だと思われてしまいますのよ。

「イーニアス殿下、冗談ですので、本気になさらないでくださいまし」
「じょうだん……そうか。よかった」
「夫が申し訳ありませんわ」

あまりにもかわいそうだったので、失礼だとは思ったが、頭を撫で安心させる。

「アスでんか、ネロおじさま、いっちょよ」
「うむ! ちちうえも、いっしょだ!」

ノアも慰めてあげておりますのね。優しい子ですわ。

「では、いくのだ」
「はい!」

まぁ、もう出発ですのね……。

「ベル、行ってくる」
「お気をつけて、いってらっしゃいませ。ノアの事、お願いいたしますわ」
「ああ。君も、くれぐれも無理はしないように」
「テオ様、見送られる方が言う事ではなくてよ」

そのセリフ、そっくりお返ししますわ。

「おかぁさま、わたち、ちゅよく、なってくりゅ!」

ノアはノアで、修行に出る物語の主人公みたいなセリフを言っているし……。

「怪我をしないように気をつけながら、強くなりますのよ」
「はい!」

自分でもよくわからない事を言っているとは思うが、怪我をしてほしくないし、強くなるという気持ちも否定したくはないので、こんな声掛けをしてしまった。
息子は気にしていないようで、元気に返事をし、ついに冒険の旅へと出発したのだ。

「行ってしまいましたわ……」
「奥様~、私は最強の旦那様と一緒のノア様よりも、ぺーちゃん様が目覚めた後が心配です」

カミラがそう言って、心配そうに寝室のある方向を見るので、そうよね……と、幸せそうにぷぅぷぅ眠るぺーちゃんの寝顔を思い出す。

起きて、ノアがもう出発したと知ったら、泣いてしまうかもしれませんわね。


◇◇◇


~ 数時間後 ~

「かぁちゃっ」

子猫のロンパースに、蜂の転倒防止リュックという格好で、わたくしの所へやって来るぺーちゃんに、まぁっ、とっても可愛いわ、と抱き上げようとしたのだが……

「にょあ! ぺぇちゃ、にょあ!」

ノアを探し始めたではないか。

「奥様、ぺーちゃん様は、ノア様と一緒に神殿へ行くのだと、お気に入りのロンパースに着替えて準備万端なのです」

マディソンがぺーちゃんの後ろで背筋を伸ばし立つ姿は、さすが公爵家の侍女長だ、と感心させられる姿勢の良さだ。
苦笑いで教えてくれる様子は、孫を溺愛するおばあちゃんそのものだが。

「かぁちゃ、にょあ?」
「ぺーちゃん……、ノアはもうお出かけしてしまったのよ」
「!? ぺぇちゃ、みょ!」

ぺーちゃんはショックを受けたという表情で、自分も行くのだと走り出す……が、赤ちゃんなので、走っているつもりというか、よちよちと廊下を歩いてるようにしか見えない。
転びそうで、周りが皆、いつ助けに行こうかと窺っているのがまた滑稽だ。

「ぺーちゃん、お持ちなさい。焔神殿に行きたいのなら、またクレオ大司教がお越しになった時、連れて行ってもらいましょう?」
「かぁちゃ、ちぁー! ぺぇちゃ、にょあっ」

これは……ノアと一緒がいいと言っておりますわね。

「困りましたわ……」

焔神殿はまだしも、水と風の神殿に連れて行くわけにもいきませんし。

「ぅえ……っ、にょあ~!」

とうとう泣き出してしまったぺーちゃんを抱っこして、背中をとんとんしながら、どうしましょう……と、今頃冒険を楽しんでいるであろう、夫も息子を思うのだった。

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