継母の心得

トール

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4巻

4-3

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 ムーア先生は何度も解毒薬を作っているからか、どんどん作るスピードが速くなっていますわね。
 王子たちは今後も毒を盛られる可能性があると思うのだけれど、どうなさるのかしら。
 などと、頭の片隅で考えていたら、テオ様が「蓄積する毒なので、念のため解毒薬を何度か飲んでもらう必要がある。今後は定期的にお送りします」って、お二人が不安にならないよう、上手に誤魔化していたのよね。さすがテオ様ですわ。

「お二人がご無事でよかったですわ」
「これまで見たどんな毒よりも毒々しい解毒薬を見た時は、ディバイン公爵を疑いましたが……」

 でしょうね。わたくしですら、本当に解毒薬か疑いましたもの。

「命を救っていただき感謝します」

 ユニヴァ王子は、とげを抜かれた薔薇のようにただ美しく微笑む。
 それを見たテオ様がわたくしを抱き寄せ、「私の妻に色目を使うな」と睨んだ。

「心配せずとも、色目など使っていない。ディバイン公爵、君は奥方のこととなると人が変わるな」
「ユニヴァ王子にだけは言われたくないことだな」

 まぁ、お二人ともすっかり仲良しになりましたわね。

『ブラコンと愛妻家、どっちがまともなんだろうね?』
『ドッチモダメー!』
『ドッチモ、キケン!!』

 妖精たち、テオ様に怒られますわよ。

「そうだ! 女神、公爵領のお食事、『おもちゃの宝箱』、そして『いるみねーしょんの街路樹』、どれもとても素晴らしかったです!! 公爵領のレストランはどこもレベルが高いですが、特にカレー専門店! あれはもう……っ、それに、見たこともないおもちゃの数々……っ」

 ジェラルド王太子が嬉しそうに熱弁をふるっている。
 自分だけでなく兄であるユニヴァ王子までもが知らぬうちに毒を呑んでいたことにショックを受けていたものの……すぐにどうこうなるわけではないことに加え、解毒薬もあるということで安心したのだろう。
 しっかりディバイン公爵領を観光したジェラルド王太子は、『おもちゃの宝箱』で大量のおもちゃを購入していた。

「お褒めいただき光栄でございますわ」
「あのっ、我が国で研究・開発されたあるものを、この度グランニッシュ帝国への友好の証としてお贈りしたのです。それで、ディバイン公爵夫人にも是非お渡ししたいと思い持ってきているのですが、よかったら、受け取っていただけないでしょうか!」

 ぷにぷにのほっぺを揺らしながら、それでも王子の気品をもってキラキラの笑みを浮かべるジェラルド王太子。
 好奇心旺盛な彼がディバイン公爵領内で注目していたものは、全てわたくしのイチオシばかり。ぽわぽわおっとりに見えて、実はかなりの目利きだ。
 そんな彼が言う、リッシュグルス国で開発されたものとは一体なんだろうか。
 期待が高まる。

「リッシュグルス国で研究されていたものなのですか?」

 はしたないけれど、興味津々で聞いてしまったわ。

「はい! 我が国では、羊皮紙や植物の繊維を編んだものではなく、もっと安価に大量生産できる『紙』の研究をおこなっていまして、やっと完成にこぎつけたんです!! 商品化の目処めどが立ちましたので、こちらを是非女神の生み出されるおもちゃに使用していただけたらと思い、持ってきました」

『紙』ですって!?
 ジェラルド王太子の従者が、トレーにA4用紙ほどの大きさの紙の束をのせて、うやうやしく前に出てくる。
 少し黄味がかっていて、植物の繊維らしきものが見えるし、日本のものに比べて少し厚みもあるが、これは紛うことなき『紙』ですわ!! しかも和紙!
 羊皮紙やパピルス紙のようなものしかなかったこの世界に、ついに和紙が誕生したのだ。

「まぁっ、なんて素晴らしいのかしら!!」

 これがあれば、絵本ももっと大量に、安価に作れますわ! それにトランプや折り紙、他にも色々作れますわよ!!

「紙の革命ですわ! このまま研究が進めばもっと薄く綺麗な紙も作れますわね。友好国がこんな素晴らしい研究に熱心に取り組んでいるだなんて、未来は明るいですわ!!」

 ついテンションが上がり、テオ様の腕の中ではしゃいでしまった。

「ほう……、ディバイン公爵夫人は『紙』の価値を理解できるのですね」

 ユニヴァ王子が意外そうにわたくしを見る。

「もちろんですわ!! 紙は文字や絵を書くだけでなく……、ちょっと一枚よろしいですか?」

 トレーから一枚紙をいただき正方形に整えると、紙風船を作る。

「このように、おもちゃを生み出すこともできますのよ」

 ぽんっ、ぽんっ、と掌で紙風船を転がしていると、ユニヴァ王子もテオ様も、呆然とこちらを見ているではないか。

「……? どうかなさいましたか?」

 なにかございまして? と首を傾げていた時だ。

「す、すごい!! ディバイン公爵夫人、あなたはなんてすごい方なんでしょうか!!」

 つぶらな瞳をキラキラさせて、わたくしの掌にある紙風船を凝視ぎょうしし、ジェラルド王太子が声を上げた。

「――? すごいのは、リッシュグルス国ですわ」
「いえ、夫人の手はおもちゃを自在に生み出す魔法の手です!! まさかこのペラペラの紙一枚で、そのように素晴らしいものを作り出すなんて……っ。やっぱり女神だ!」


 王太子の反応に困りテオ様を見上げると、テオ様まで大きく頷いているではないか。
 ただの折紙ですわよ!?

「ディバイン公爵夫人、是非我が国の『紙』を使って子供たちのためにおもちゃを作ってください!! リッシュグルス国は、女神に優先的に紙を融通ゆうずういたします!!」

 そんな大事なことをここで決めていいのですか!? って、いいわけありませんわよね。
 紙を融通ゆうずうすると言われかなり嬉しかったが、冷静になって考えると、隣国との貿易を、まつりごとたずさわっていない一般人であるわたくしが、勝手におこなうわけにはいかないわ。

「とても光栄なことですが、わたくしが勝手に、お受けしますとは言えませんし、ジェラルド王太子殿下も、国のことをそのように簡単に決めてしまうのはよろしくないのでは?」

 たとえ王太子であっても、国王や大臣、国の重鎮たちと相談して決める事柄だもの。

「大丈夫です! 女神のことは父上……、国王や大臣も知っていますし、『新たな紙』は国家事業としてグランニッシュ帝国と貿易の話を進めているところです! ネロウディアス陛下にもいいお返事をいただきましたし、女神が我が国の『紙』を使用しておもちゃを作ってくだされば、リッシュグルス国としては得しかありません!」

 とまくしたてられ、あまりの勢いに一歩下がってしまった。

「ジェラルド、落ち着きなさい。ディバイン公爵夫人が困っているじゃないか」
「あっ、女神、すみません! 僕、つい興奮してしまって……。兄上も止めてくれてありがとうございます」

 真っ白なほっぺたが、ピンクに染まって美味しそうなことになっているジェラルド王太子だけど、わたくしの一存ではなんとも言えませんし……

「ベル、グランニッシュ帝国の法律に反していなければ、一商人が他国と品物の取引をおこなっても問題はない」

 ここで夫の助言があり、それならば……と返事をしようとしたところで待ったがかかる。

「だが、リッシュグルス国の新たな紙と、君の発想はあわせると大事件に発展しそうでもある。だから、この件は私に任せてもらえないだろうか」

 テオ様が優しく聞いてくださったので、大きく頷く。

「はい。テオ様にお任せしますわ」

 旦那様なら、悪いようにはなさらないもの。

「ああ。ベルが喜んだ顔を私に見せてくれるよう、頑張るつもりだ」
「まぁ……、テオ様ったら」

 わたくしの夫は、なんて優しい方なのかしら、などと心の中で惚気のろけてみる。

『ねぇねぇ、ベル! その紙で作ったおもちゃ、もう一回作ってよ!』
『アカ、オボエタ。デキル!』
『アオ、ワカンナーイ!!』

 妖精たち、それはあとでね。もうちょっと空気読まないと、テオ様の優しいお顔が能面みたいになっちゃうでしょ。
 その後、テオ様は妖精通信を駆使して、陛下や皇后様と話し合い(電話会議みたいになっていたわ)、王子たちの滞在最終日だというのに、その会議で部屋から出てきませんでしたのよ。
 ジェラルド王太子はテオ様とあまりお話しできなかった、と若干残念がっていたけれど、紙の話は上手くまとまったようで、ほくほくと満足そうなお顔で、お国へ帰っていった。

「まだ第一王子の件もありますのに、お二人は大丈夫でしょうか……」
「それならば問題ないだろう」

 お見送りのあと、心配のあまり呟いたわたくしの言葉を、テオ様が拾う。

「随分自信を持っていらっしゃいますのね」
「すぐにわかる――」



   SIDE リッシュグルス王国 ジェラルド王太子


 ガタゴトと揺れる馬車の中、久々の故郷の街並みを感慨深く眺める。
 やっぱりリッシュグルス国は美しい国だ。

「兄上、リッシュグルスへ戻ってきましたね!」

 リッシュグルスは山や広大な森に囲まれた自然豊かな国だ。
 林業が盛んで、木々を加工し、上質な家具などを輸出していたが、グランニッシュ帝国とは違い、鉱石の採掘量は少なく、国力がとぼしかった。
 どうにか新たな産業を、と皆で試行錯誤した結果、今までにない紙を作り出すことに成功したのだ。
 その功績もあって僕が立太子することになった。王太子として表立って仕事ができるようになり、製紙事業に力を入れられるのはよかったんだけど……
 立太子した頃から、頻繁に暗殺者を差し向けられるようになったんだ。第一王子である兄上の仕業だとわかっていたけれど、証拠がないため、なにもできなかった。
 そんな時、僕の立太子を報せるためにグランニッシュ帝国におもむくことになった。
 僕は以前からグランニッシュ帝国のディバイン公爵領で生まれた『子供向けおもちゃ』というものの大ファンだった。特に絵本が好きだ。こんな絶好の機会は逃せない。絶対開発者であるディバイン公爵夫人に会うんだ!
 そう心に決め、ユニヴァ兄上に無理を言って、憧れの女神に会うため、わざわざディバイン公爵領に寄ったのだけど、最初はすごく警戒された。
 そりゃあ、いきなり他国の王子が自領にやってきて警戒しない人はいないんだけどさ。ちょっとへこんじゃったよ。
 でもおかげで新作おもちゃや絵本を手に入れられたし、紙に関してもいい宣伝ができたと思う。
 グランニッシュ帝国でリッシュグルス国の紙の認知度を上げるには、女神に広告塔になってもらうのが最適だったから。

「ジェラルド、体調がいいようだな」

 城に向かう馬車の中、ユニヴァ兄上が柔和な微笑みを浮かべて僕の頭を撫でる。

「兄上、僕はもう子供ではありませんよ!」

 もうおじさんと言ってもいい年なのに、兄上の中では、まだ子供のままのようだ。

「ハハッ、そうだな。お前がよりよい為政者いせいしゃになるために努力し、大きく成長したことはわかっている。だけど、私のあとをよちよちついて回るお前も、まだ鮮明に覚えているから」
「何十年前の話ですか!」

 まったく、兄上は僕が好きすぎるから……早く結婚して、その感情を自分の子供に向ければいいんだけどな……

「ディバイン公爵領に行ってよかった」

 最初は行くのを反対していた兄上も、女神の素晴らしさを理解し、そのうえディバイン公爵という新たな友を得た。

「そうですね。女神や公爵とも仲良くなれましたし、黒蝶花こくちょうかの毒のことも教えてもらい、治療までしてもらえました。この御恩は忘れません」

 本当に、公爵家の人々は命の恩人だ。

「ジェラルド王太子万歳!」
「ユニヴァ王子ぃ! こっち向いてぇ!!」

 窓の外には、手を振る王都の人々。僕ら王族を慕い、親しみを持って接してくれる。なのに、兄上は……第一王子は、この民たちを戦争の道具にしようとしている。

「ジェラルド王太子、ユニヴァ王子、お帰りなさい!」
「待っていましたよ! お帰りなさい!」

 その明るい笑顔に、決意を強くする。

「兄上、僕は王になります」

 民の幸せそうな笑顔を、誰にも奪わせはしない。



   SIDE リッシュグルス王国 第一王子


 窓もカーテンも閉めきった薄暗い部屋の中、力の入らぬ手をなんとか動かす。だが、指先が震え、腕は上げることもままならぬ。以前よりマシになったとはいえ、それは僅かだ。
 どうして私だけがこのような目にあわねばならない。

「王太子殿下がグランニッシュ帝国からご帰還されたそうだ!」
「なんでも、正式に友好条約を結び、国交を樹立なさったのだとか」
「さすがジェラルド王太子殿下よ! 立太子された途端に功績を立てるとは、なんと喜ばしい!」

 私の部屋の前とわかっていながら騒ぎ立てる連中も、私が喉の渇きを覚えていることに気付かぬ無能な使用人も、このような身体に産んだ両親も憎くてたまらない。私がこんなに苦しんでいるというのに、誰も見舞いにすら来ないのだ。

「はやく……」

 どうして私だけが痛く苦しい思いをせねばならない。

「はやく、なおせ……っ」

 どうして無能な弟がこんなに称賛される。あいつは、ただ健康だというだけで私から王太子の座を奪ったというのに。

「私が……、王太子、だ……っ」

 私こそが、次期国王に相応ふさわしいのに、何故それがわからない。

「こんな身体でさえ、なければ……」

 風もないのに、蝋燭ろうそくの火が揺れ、掻き消えると暗闇から奴が現れる。

『――使用人どもはお前をさげすんでいるぞ。両親はお前をお荷物だと思っている。弟たちはお前を邪魔者扱いし、殺そうとしているのだ。臣下たちはお前を無能な王子だとわらっている。グランニッシュ帝国の者たちも皆、リッシュグルス国の第一王子はいらない存在だと噂しているぞ』

 私がいらない存在だと……、私が、嘲笑されているだと……っ。
 ならば、王になったあかつきには馬鹿にした奴らを全員……全員、この手でほうむってくれる……っ。

「いつ治る……? この身体は、いつ治るのだ……っ」

 暗闇に向かって叫ぶと、音もたてずに近づいてくるのは最近雇った医者と名乗る怪しい男だ。

「言っただろう。お前の病はすぐに治るわけではない」
「この……、無能な医者が!」
「俺がいなければ、お前はとっくに死んでいた。それにもかかわらず、俺を無能扱いか」

 医者如きが偉そうに。だが、この男が来てから以前よりも体調がマシになったのは本当だ。
 前はしゃべることさえ難しい状態だったからな。

「……言いすぎたようだ。だが……、ジェラルドが、戻ってきてしまった」

 グランニッシュ帝国で死んでくれればいいものを。

「事故と見せかけ殺そうと、馬車に……細工をしたのでは、なかったのか」

 以前から懇意にしている、金さえ出せばなんでもしてくれる犯罪組織。奴らは一体なにをしている!

「どうやらユニヴァ第二王子が気付き、馬車を乗り換えたようだ。念のため用意していた暗殺者も、全員奴が撃退したようだぞ」

 ユニヴァめ……っ、暗殺者を送っても、毒を盛っても、全てあれが邪魔をする!

「『黒蝶花こくちょうかの毒』は、飲んだのだろう?」
「ああ」

 であれば、いずれ死ぬだろう。だが、遅効性の毒では何年かかるかわからない。ジェラルドを確実に殺すには、やはり暗殺する方が手っ取り早い。

「遅効性の毒では心もとない。お前があの『化け物』を使って二人を始末しろ」

 医者の影がうごめき、ケラケラと気色の悪い声を上げる。

「対価を差し出せ」

 そう、この化け物どもになにかを願う時は、必ず対価を支払わなくてはならない。病を治す対価は、こうして医者として取り立てることだった。『黒蝶花こくちょうかの毒』を飲ませた対価は金。暗殺者の手配も金だった。ならば今度も……

「金をやろう」
「いいや。俺直々に殺すことを依頼するのならば、相応の対価でなければならない」
【ヒヒヒッ、たとえばそう……グランニッシュ帝国との戦争を早める、とかなぁ】

 医者のものではない、影から聞こえてくる声は、何もかも暗黒に引きずり込むような、底知れぬ不安感を与える。
 帝国との戦争だと。計画してはいたが、それを早めろというのか。なるほど……

「それはいい……。ジェラルドとユニヴァさえいなければ、老いぼれた父を殺し、すぐ王になれる。その後は、他国と秘密裏に同盟を組み、帝国に攻め入れば、お前たちに対価を払ったことになるだろう――」



   SIDE イーニアス


「それでは、前回の続きからお話しいたしましょう」
「うむ。よろしくおねがいします。クリシュナせんせい」

 きょうのじゅぎょうは、ていこくし。わたしがいちばんすきな、おべんきょうなのだ!

「――初代皇帝アントニヌス様は、周辺諸国が侵攻してくることにいち早く気付き、戦争の準備をしました。しかし資源が豊富とはいえ、当時はとても小さな国でしたから、周辺諸国から一斉に侵攻されるとひとたまりもありません」

 ひとたまりも、ないのか……。むむっ、ひとたまりもない、とはどういういみだろうか……あとでじしょをひいてみよう。

「イーニアス殿下、このようにどうしようもない状況を、アントニヌス帝はどう解決に導いたと思われますか?」
「うぬ……、しゅうへんしょこくの、こくおうに、せんそうはたくさんぎせいしゃをだすから、だめなことだと、おはなししたのだ!」


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