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第二部 第2章
350.枢機卿の過去1 〜 枢機卿視点 〜
しおりを挟むウィーヌス・ウラヌ・ディオネ枢機卿視点
教会内部に作った隠し部屋は、三部屋に別れている。一つ目はダミー部屋で、見つかっても何もない部屋に見えるように。二つ目は多目的室。そのどれもに鍵が必要で、一つは書庫の本棚のとある本に隠されており、一つは目の前にいる女性と、私だけが持っている。
枢機卿になってからすぐ、この隠し部屋を作った。
「この子供が、聖女で間違いありませんか?」
女性に抱き上げられた子供は、何も理解出来ていないのか、私を見てきょとんとしている。
オリヴァーと共にいたあの子供。この子供は間違いなく聖女だ。ついに聖女を手に入れた。この子供の加護と力、そして神殿の鍵があれば……っ
「よくやりましたね。ルネ」
女性の名前を呼べば、彼女は目をうるませた。
「……これで、……を……っ」
「ええ。後は鍵を手に入れるだけです」
例の部屋の鍵は、神殿内の宝物庫に保管されているという。それさえあれば、やっと……
「すぐにでも出発しますよ」
「はい。あっ、少しお待ちください。せっかくなので、あの人の顔を見ておきたいのです」
ルネは、すぐにでも迷宮へ潜りたいと考えていた私を止め、あの人の顔を見たいと、懇願する。
「……そうですか。それは、きっと『彼女』も喜びます」
それもそのはずだ。ルネの言う人間は、三つ目の部屋にいる。そしてこの部屋の鍵は、私しか持ってはいないのだから。
「ありがとうございます。ウィーヌス様」
鍵を取り出し、三つ目の部屋の扉を開けると、冷気が全身を刺す。寒さで身体が硬くなるが、ルネは気にせず部屋の中へ入った。
「ちゅめたぃ……」
「ルネ、聖女をこちらへ」
寒さで震えだした聖女を預かると、上着で包む。聖女は目を見開き私を見ていたが、泣きわめいたりもせず大人しくしていた。
「姉さん……っ」
目の前には、氷の世界が広がり、吐く息は白く染まる。
天井や壁には厚い霜付着し、床は凍りついて硬い。氷の上を歩いているようだ。
この冷気の正体は、部屋の中央に鎮座する、氷で出来た棺にあった。
氷の棺の中には、氷の魔石という非常に珍しい石を取り付けてある。この部屋の温度は北部の冬よりも低いだろう。
「姉さん、もうすぐだからね……っ」
棺の中には、『彼女』が眠っている───
◆◆◆
「……ス、ウィーヌス!」
アカデミーの敷地内にある今は使われていない旧校舎には、日当たりの良い静かな場所があり、そこは私のお気に入りだった。いつも休憩時間はここで過ごしているのだが、その日は暖かい陽気に、ついウトウトして眠ってしまったのだ。
せっかく気持ち良く微睡んでいたというのに、幼馴染みの声に、夢から覚める。
「ん……ポレット? どうしたのですか、怒ったような顔をして。そんな顔をしていると、眉間のシワが取れなくなりますよ……」
「ムキーッ、あ、あなたねぇ! せっかく次の授業に遅刻しないよう迎えに来てあげた、優しいわたしに向かって、よくもそんな事が言えるわ!」
「授業……。ああ、そういえば……、今日の剣術の授業は試合形式で行うのでしたね」
まったく。文官になる為にアカデミーに来たというのに、なぜここに来てまで剣術を習わなければならないのか。
私の実家であるディオネ家は辺境伯家だ。
辺境伯家とは聞こえがいいが、辺境という場所柄、隣国との小さな諍いも少なくない環境にあり、代々当主は騎士団長の地位を賜るほど、武に重きを置いていた。
そんな家に、女性のような男が生まれてしまい、父は大層困惑したらしい。なにしろ、どんなに鍛えても筋肉がつくどころか、そこらの女性よりも細く、外見は祖母に似た女顔。
強さこそが全ての家では、私は異質だった。
だからこそ、文官になる為に帝都のアカデミーに入ったというのに、ここでも剣術は貴族の嗜みなどと……こんなルールを設けたのはどこの脳筋だと言いたい。
そんな家族にすら邪険にされる私に、このお節介な幼馴染みが、アカデミーまで付いてきたのだ。領地に残っていれば兄の婚約者になれただろうに。
「別に迎えに来なくても良かったんですよ。ポレット」
「はぁ!? ウィーヌス、まさかあなた、サボる気だったとか言わないよね!?」
「まぁ、サボれるなら、サボりたいですね」
「剣技の授業の単位が足りてないっていうのに、よくもそんな事が言えたものだよね!? 恐ろしい子!」
ポレット、白目剥いているけど大丈夫?
「もうっ、とにかく授業にはちゃんと参加するの!」
「はぁ……面倒です」
「面倒っていわにゃい!」
「噛んでますよ。ポレット」
「ぅ、うにゃー! 笑いたければ笑えば良いでしょ!」
「ハハハ……」
「その乾いた笑いが腹立つー!」
何だかんだ、私はこのお節介で面白い幼馴染みが、嫌いじゃないんだ。
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