170 / 387
第二部 第2章
319.梅干し
しおりを挟む「ノア様が無事戻ってこられて、良うございました」
「ったぁにょ!」
ノアが、つわりで食欲のないわたくしの為に、皇帝陛下に美味しいものを作ってくれるよう頼みに行って、邸から居なくなってしまった事件から数分、わたくしの腕の中ですやすやと寝息をたてるノアを優しい瞳で見つめる女性から、安堵の溜め息とともに、声を掛けられた。
ぺーちゃんもマディソンの腕の中で、よかったねと言っている気がする。
「ええ。マディソンが言ってくれたように妖精も、そしてイーニアス殿下もそばにいてくださったようですし、何より皇帝陛下に会いに行ったようでしたから、陛下がきちんと保護して、すぐに連絡も入れてくださったから安心しましたわ」
女性の名前はマディソン。ウォルトのお母様で、タウンハウスの優秀な侍女長でもある。
わたくしも、タウンハウスに行くと毎回とてもお世話になっている、頼もしい女性だ。
ウォルトの母親という事は、50代後半から60代前半くらいだと思うのだけど、とても溌剌としていて、若く見えますわ。
「ノア様はとても素晴らしいお力をお持ちですが、そのお力も一歩間違えると大変な事になりかねません。今回の事は、起こるべくして起こった事。ノア様にとっては良いお勉強となった事と存じます」
そんな彼女が何故領地の邸に居るのかというと、妊娠発覚後にテオ様が呼び寄せ、先程領地の邸に到着したからなのだ。
こちらへ到着したばかりで、ノア失踪事件に巻き込んでしまい申し訳なかったわ。などと思いつつも、頼もしい侍女に来てもらえた事は、わたくしの安心感を増すところでもあった。
「そうね。ノアは賢い子ですもの。きちんと学んで次に活かす事が出来ますわ。わたくし、その点は心配しておりませんのよ」
心配なのは、妖精たちの方なのよね……。アオもすごく反省しているようだけど、どうしても自分たちの興味あるものを優先してしまうのは、妖精の性よね。
精霊のウィルのようにもう少し理性を持って行動してもらいたいのだけど。
「ノア様は、奥様がお母様で幸せでございますね」
「え?」
マディソンは優しく微笑み、わたくしとノアを見て言った。
「奥様、私は本日より、奥様とノア様のお世話をさせていただきますので、よろしくお願いいたします」
「あ、ええ。頼りにしておりますわ」
「早速ですが、医師を呼んでおりますので、診察を受けていただきます」
「? わたくし、どこも何ともありませんわよ……??」
マディソンの言葉に驚き、元気ですわと返事をすれば、「奥様、お食事も満足にできていないご様子で、さらにお邸を駆け回り、ノア様を抱き上げていらっしゃいますね」とものすごく静かにお説教されたのよ。
「まずは医師の診察を受けていただき、ノア様がお持ちになった料理で、口に出来そうなものを召し上がってください。幸い、こちらを作った料理人は、妊婦の事をよくご存知の方のようですので、吐きづわりの奥様でも口に出来そうなものがあるのではないかと思います」
やっぱり親子ですわね。ウォルトに話し方も諭し方もよく似ておりますわ……。
「はい……」
ノアをベッドに寝かせ、ムーア先生の診察を受けた後(何ともなかった)、ノアがわたくしの為に皇帝陛下からいただいてきたお料理が机に置かれる。
匂いの抑えられたお料理が少量ずつ、九つに区切られた漆塗りのような箱に入れられ、何だか和食のような趣きにドキリとする。
「見た目も美しいですし、ジンジャーを使ったお料理もございますよ。ジンジャーは吐きづわりの症状も抑えてくれると言われておりますから、こちらから召し上がられるとよろしいかと思います」
さすがマディソン。出産経験があるだけに、よく知っておりますのね。
「いただきますわね」
一つ一つが大きなスプーン一杯分くらいの量なのだが、フォークで恐る恐るすくって口へ入れる。
「……あら、美味しいですわ」
「それはようございました」
こちらも、と薄い赤みがかったソースのかかっているものを食べた瞬間、衝撃が走った。
「こ、これは……っ」
「奥様、無理そうであれば、こちらに吐いてしまって大丈夫ですので……」
「う、うぅ……っ、梅干しですわー!!」
「あの、奥様……?」
この味……このソースに使われているのは、間違いなく梅干しですわ!
まさか陛下が梅干しを手に入れているなんて!!
「マディソン、わたくしこのお料理なら、少量でしたら食べられそうですわ!」
「それはよろしゅうございました。ノア様もお喜びになるかと思います」
結局、食べる事が出来たのは、9種類のおかずの内、3種類だったが、皇帝陛下にはお礼をお伝えした時にレシピを教えていただいたので、うちのシェフにはそれを伝え作ってもらっている。
ちなみに梅干しは、皇宮にある、皇帝陛下が子供の頃に居た宮のお庭に梅の木(白加賀)が生えているらしく、陛下はその実を色々と調理して甘い梅干しや、すっぱい梅干しなど作り出していたらしい。
皇帝陛下は、恐らく梅干しをこの世界で初めて作り出した人ではないのか、と驚きが隠せない。
もちろん、梅干しも分けていただけましたわ。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
~ おまけ ~
「おかぁさま、わたち、おやくにたてた?」
「っ……もちろんよ! ノアが陛下からお料理をいただいてきてくれたから、お母様はこうしてお食事出来るようになりましたのよ」
「よかったの!」
胸を張る息子を抱きしめると、ノアは嬉しそうに小さなおててで抱き返してくるのよ。
「ノア、ありがとう」
「はい! おかぁさま、おげんき、なってうれちぃ!」
わたくしの息子はそう言って、満面の笑みを浮かべたのだった。
「ぺぇちゃ、ぅめ、たぁ、りゅ!」
「おかぁさま、ぺーちゃん、うめ、たべたいって」
「え!? ぺーちゃん、梅干しはすっぱいですのよ」
「ぺぇちゃ、じょびゅ!」
「だいじょぶよって、いってるの」
「じゃあ、塩抜きしたものを少しだけ、ね」
「ぁーい」
この後、塩抜きした梅干しを少量食べたぺーちゃんは、大量のよだれと共に飛び上がったのよ。まるで猫のように。
「にゅ、にゃー!!」
「しゅっぱーい、っていってるのよ」
2,650
お気に入りに追加
33,288
あなたにおすすめの小説
継母の心得 〜 番外編 〜
トール
恋愛
継母の心得の番外編のみを投稿しています。
【本編第一部完結済、2023/10/1〜第二部スタート☆書籍化 2024/11/22ノベル5巻、コミックス1巻同時刊行予定】
婚約者に毒を飲まされた私から【毒を分解しました】と聞こえてきました。え?
こん
恋愛
成人パーティーに参加した私は言われのない罪で婚約者に問い詰められ、遂には毒殺をしようとしたと疑われる。
「あくまでシラを切るつもりだな。だが、これもお前がこれを飲めばわかる話だ。これを飲め!」
そう言って婚約者は毒の入ったグラスを渡す。渡された私は躊躇なくグラスを一気に煽る。味は普通だ。しかし、飲んでから30秒経ったあたりで苦しくなり初め、もう無理かも知れないと思った時だった。
【毒を検知しました】
「え?」
私から感情のない声がし、しまいには毒を分解してしまった。私が驚いている所に友達の魔法使いが駆けつける。
※なろう様で掲載した作品を少し変えたものです
愛された側妃と、愛されなかった正妃
編端みどり
恋愛
隣国から嫁いだ正妃は、夫に全く相手にされない。
夫が愛しているのは、美人で妖艶な側妃だけ。
連れて来た使用人はいつの間にか入れ替えられ、味方がいなくなり、全てを諦めていた正妃は、ある日側妃に子が産まれたと知った。自分の子として育てろと無茶振りをした国王と違い、産まれたばかりの赤ん坊は可愛らしかった。
正妃は、子育てを通じて強く逞しくなり、夫を切り捨てると決めた。
※カクヨムさんにも掲載中
※ 『※』があるところは、血の流れるシーンがあります
※センシティブな表現があります。血縁を重視している世界観のためです。このような考え方を肯定するものではありません。不快な表現があればご指摘下さい。
【完結】私はいてもいなくても同じなのですね ~三人姉妹の中でハズレの私~
紺青
恋愛
マルティナはスコールズ伯爵家の三姉妹の中でハズレの存在だ。才媛で美人な姉と愛嬌があり可愛い妹に挟まれた地味で不器用な次女として、家族の世話やフォローに振り回される生活を送っている。そんな自分を諦めて受け入れているマルティナの前に、マルティナの思い込みや常識を覆す存在が現れて―――家族にめぐまれなかったマルティナが、強引だけど優しいブラッドリーと出会って、少しずつ成長し、別離を経て、再生していく物語。
※三章まで上げて落とされる鬱展開続きます。
※因果応報はありますが、痛快爽快なざまぁはありません。
※なろうにも掲載しています。
素直になるのが遅すぎた
gacchi
恋愛
王女はいらだっていた。幼馴染の公爵令息シャルルに。婚約者の子爵令嬢ローズマリーを侮辱し続けておきながら、実は大好きだとぬかす大馬鹿に。いい加減にしないと後悔するわよ、そう何度言っただろう。その忠告を聞かなかったことで、シャルルは後悔し続けることになる。
(完)妹の子供を養女にしたら・・・・・・
青空一夏
恋愛
私はダーシー・オークリー女伯爵。愛する夫との間に子供はいない。なんとかできるように努力はしてきたがどうやら私の身体に原因があるようだった。
「養女を迎えようと思うわ・・・・・・」
私の言葉に夫は私の妹のアイリスのお腹の子どもがいいと言う。私達はその産まれてきた子供を養女に迎えたが・・・・・・
異世界中世ヨーロッパ風のゆるふわ設定。ざまぁ。魔獣がいる世界。
婚約者の側室に嫌がらせされたので逃げてみました。
アトラス
恋愛
公爵令嬢のリリア・カーテノイドは婚約者である王太子殿下が側室を持ったことを知らされる。側室となったガーネット子爵令嬢は殿下の寵愛を盾にリリアに度重なる嫌がらせをしていた。
いやになったリリアは王城からの逃亡を決意する。
だがその途端に、王太子殿下の態度が豹変して・・・
「いつわたしが婚約破棄すると言った?」
私に飽きたんじゃなかったんですか!?
……………………………
6月8日、HOTランキング1位にランクインしました。たくさんの方々に読んで頂き、大変嬉しく思っています。お気に入り、しおりありがとうございます。とても励みになっています。今後ともどうぞよろしくお願いします!
【完結】私は死んだ。だからわたしは笑うことにした。
彩華(あやはな)
恋愛
最後に見たのは恋人の手をとる婚約者の姿。私はそれを見ながら階段から落ちた。
目を覚ましたわたしは変わった。見舞いにも来ない両親にー。婚約者にもー。わたしは私の為に彼らをやり込める。わたしは・・・私の為に、笑う。
過去1ヶ月以内にレジーナの小説・漫画を1話以上レンタルしている
と、レジーナのすべての番外編を読むことができます。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる
本作については削除予定があるため、新規のレンタルはできません。
番外編を閲覧することが出来ません。
過去1ヶ月以内にレジーナの小説・漫画を1話以上レンタルしている
と、レジーナのすべての番外編を読むことができます。
このユーザをミュートしますか?
※ミュートすると該当ユーザの「小説・投稿漫画・感想・コメント」が非表示になります。ミュートしたことは相手にはわかりません。またいつでもミュート解除できます。
※一部ミュート対象外の箇所がございます。ミュートの対象範囲についての詳細はヘルプにてご確認ください。
※ミュートしてもお気に入りやしおりは解除されません。既にお気に入りやしおりを使用している場合はすべて解除してからミュートを行うようにしてください。