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第二部 第2章
317.帝都よりマディソンが参りました 〜 ???視点/マディソン視点 〜
しおりを挟む???視点
近くで見てはっきりした。他の人間とは明らかに違う。あれはやはり……
「フローレンスといったか……間違いない。まだ子供だけれど、ついに聖女が現れた」
机に置かれた古い日誌。それを手に取り、もう何度も読んだページを開くと、文字を目で追う。癖のある字で綴られた文は、私の先祖のものだ。
「『グランニッシュ帝国の皇城地下に、神獣を祀る神殿に通ずる道があり、神の加護を持つ者のみが、たどり着ける場所である』……ディバイン公爵家は、代々当主一族にだけ授かる風と水の神の加護がある。だからこそあの子供が必要なのに……」
だが、公子の誘拐はディバイン公爵のいない隙を狙ったというのに、どういうわけか邪魔をされた……。影をまいた事は確認出来ている。にも関わらず、公子の居場所がわかっていたかのような行動……、まさか、公爵の仲間に追跡の特異魔法の使い手がいるのだろうか? だとすると、可能性があるのは、誘拐の直前に共にいた数人……
「ディバイン公爵夫人、侍女と護衛……」
ディバイン公爵は能力のあるものは貴賤を問わず重用するという。あの公爵が妻にした女性であれば、何らかの特殊な能力を持っていてもおかしくはない。
公子を狙うとなれば、それらの者と引き離す必要が出てくるが、
「聖女ならば、神の加護を持っているはずだ」
それなら、聖女を手に入れれば、わざわざリスクを侵してまで公子を狙う必要はない。しかも教皇派を黙らせる事も可能だ。
「一石二鳥とはこの事か。ふふっ、聖女を我が手に───」
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
タウンハウス侍女長、マディソン視点
「あぁ……っ、何という事でしょうか……!」
「侍女長、領地の邸で何かあったのですか!?」
手の中の手紙を握り締め、息が止まって倒れそうになる私を、他の侍女が支えて不安そうに見つめている。
けれど、私の胸は高鳴り、それどころではない。
「こんな……っ、こんな嬉しい事はありません!!」
『妻が懐妊した。領地の邸に戻り、妻の世話をしてもらいたい。信頼できるのはマディソン、貴女だけだ。妻を助けてやってほしい』
テオバルド坊っちゃまから、早馬でこのような手紙が届いたのは、つい先程の事でした。
「奥様が、ご懐妊……っ」
何という吉報でしょうか! イザベル様が、坊っちゃまのお子を妊娠されたというのですか!!
あの女性嫌いな坊っちゃまが……っ
「えぇ!? 侍女長っ、それは本当ですか!?」
「私はすぐに領地へと参ります。私と交代するように、領地から侍女長が来ますから、あなたたちは領地の侍女長の言う事をよく聞いて、今まで通り仕事に励んでください」
「っはい! マディソン侍女長、イザベル奥様をよろしくお願いします!」
タウンハウスにお越しになった時には、この子がミランダと共に奥様のお世話をしているからか、まるで我が事のように頭を下げていますね。良い心がけです。
「もちろんです。奥様がご懐妊された事は、まだ皆には黙っていましょう」
安定期に入るまでは、どこの家でも一部の使用人以外には黙っている事がマナーですからね。
「はい。畏まりました」
部下の返事を聞いてから、私は早速荷造りを始めました。
息子のウォルトが結婚する事なく、このまま孫の顔を見ずに死ぬのだと思っていましたが、こんなに喜ばしい事が私の残り少ない人生に起こるとは……っ、神様、ありがとうございます。
それからすぐ、坊っちゃまが私の為に用意してくださいました馬車に乗り込み、タウンハウスを後にします。
護衛も付けて下さったようで、馬車と並走して馬が走っている姿が窓から見えました。
「この馬車は、最新型の馬車のようですね……。振動も少なくて、音も静かで、お尻も痛くなりません」
新型馬車も、奥様がご考案されたと聞きました。
本当に、坊っちゃまは素晴らしい奥様をもらいましたね。
結婚当初のエスコートをしない姿を見た時は、どうなるかと思っておりましたが、イザベル奥様は素晴らしい方ですから、坊っちゃまが惹かれていく事は想像がついておりましたよ。
坊っちゃまからの手紙を眺めながら、頬が綻んでくるのを引き締めます。
少し前、ノア様が赤ちゃん返りをしてしまったと騒動になっておりましたが、新しいご家族が誕生しましたら、ディバイン公爵家はどんなに騒がしくなるのでしょうか。楽しみで仕方ありません。
イザベル奥様は、悪阻はあるのでしょうか。吐きづわりや食べづわり、色々ありますから、まずはお食事と体調の管理をしっかりしなくてはいけませんね。
そのような事をつらつらと考えつつ、私が奥様にしてあげられる事をメモしていきます。
「そういえば、坊っちゃまも奥様もノア様も、妖精様が見えるのでしたよね……」
そのような事が教会に知られでもしたら大変ですから、使用人は領地もタウンハウスも含め、皆が魔法契約を致しましたが……、奥様のお子様も、『聖者』なのでしょうか。聖者は血筋ではないと聞きますが、ディバイン公爵家のご家族は皆様後天的に見えるようになったという事ですし、可能性は高いかもしれませんね。
その辺りも気を付けなくてはならないでしょう。
「それにしても、今日は何て素敵な日なのでしょうか」
御者に出来るだけ急いでもらってから5日後、やっと着いた領地のお邸は、想像とは違い騒然としていました。
「何かあったのですか?」
「え、侍女長!?」
すぐに顔見知りの使用人を捕まえ、話を聞くと、何と言う事でしょうか! ノア様のお姿が邸のどこにもないというではありませんか。
これは一大事です。
すぐさま心配されているであろう奥様をお探ししました。
「ノアっ、何処なの!? お返事をしてちょうだい!! ノア!!」
真っ青になってノア様を必死に探されている奥様を発見した時、心臓が止まるかと思いました。
今にも倒れてしまいそうではありませんか!
「ミランダ! 奥様をお部屋にお連れしなさい。奥様、ノア様はご無事です。妖精様も付いておりますし、何より坊っちゃまのお子です。誰にも傷つける事など出来ません。ですから、少し落ち着いてくださいませ」
「……マディソン」
私の顔を見た奥様は、安堵されたのか、ほんの少しだけお顔のお色も戻ってまいりました。
それからすぐでした。
皇帝陛下より、ノア様を保護したとご連絡があったようで、奥様は良かったと泣いておられました。
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「しんち……、わたち、おかぁさまのきち!」
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「はい!」
「ふふっ、ノア様はきっと、坊っちゃま……お父様よりも、立派な大人に成長なさいますよ」
坊っちゃまのご両親は、とても厳格な方達でしたが、イザベル奥様のお陰でディバイン公爵家は随分と様変わりいたしました。
ノア様も将来はきっと、ご令嬢が放っておかない素敵な男性に成長される事でしょう。
坊っちゃま。かけがえのない方と出会ったのでございますね。私の夫も、坊っちゃまの幸せな様子を草葉の陰で喜んでいる事でしょう。
「さぁ、ノア様。お夕食に参りましょう。たくさん食べて、お父様よりも大きく成長してくださいませ」
「はい!」
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