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第二部 第2章
290.ノアの小さな葛藤
しおりを挟む地球で言えば聖職者が着るアルバというのかしら、あの足首まである白くて長いワンピースのようなものに似た、聖職者らしい、けれど薄手のアウターにも見える、金ボタンが付いた前開きの服、その上から同じ白いマントを羽織った、ほっそりした好々爺。
この人が大司教……。確かに品のあるお顔立ちと振る舞い、そして権謀術数渦巻く場所で生きてきた人が出す独特の雰囲気。大司教と言われれば納得出来るが……。
「ぅりぇお……」
目をうるうるさせ、手を伸ばすぺーちゃん。
この子は、大司教のお孫さんだったのね。
「お初にお目にかかります。わたくし、テオバルドの妻、イザベル・ドーラ・ディバインと申しますわ。この子は息子の、」
「おはちゅに、おめに、かかります。でぃばいんこうしゃくけ、ちゃくなん、ノア・きんばりぃ・でぃばいん、です」
まぁっ、スラスラと自己紹介出来るようになってきて! ノアったら天才ですわ!
「はい、お初にお目にかかります。ディバイン公爵夫人、公子様。私はクレオと申します。帝都の教会で大司教などと呼ばれておりますが、ただの爺ですのでそのように畏まる必要はございませんぞ」
ニコニコと優しい笑みを見せるが、大司教ってそんなフレンドリーに接する事の出来る方ではございませんわよね!? 教皇、枢機卿に続く、教会のNo.3ですもの。
「公子様、フェリクスのお世話をしてくださっていたのですね。ありがとうございます」
「ふぇり、くちゅ?」
「ホホッ、公子様が抱っこしている赤ちゃんの名前ですな」
「? このこ、ぺーちゃんよ?」
「ほっ? ぺーちゃん、ですか」
「しょうです! ぺーちゃん」
あらあら、ノアったらぺーちゃんの本名に戸惑ってしまっておりますのね。まぁ、ノアの気持ちもわかりますけれど。ぺーちゃんの本名がフェリクスだったとは思いもしませんでしたもの。てっきりペーターや、ペが付く名前なのだと思っておりましたわ。
「ぅりぇお、ぺぇちゃ」
「ふむふむ。なるほど。フェリクスが公子様に、ぺーちゃんだと教えて差し上げたようですな」
「はい!」
クレオ大司教、ぺーちゃんの言葉がわかりますの!?
「でしたら、ぺーちゃんで間違いない。フェリクス、いえ、ぺーちゃんが、公子様に大変お世話になったようですから、お礼を言わせてください」
「ぺーちゃんね、わたしの、おとぉと、です。だから、だいじょぶです」
「そうでしたか。フェリ……ぺーちゃんを、弟のように可愛がってくださったのですね」
穏やかな優しい声でノアとお話してくれる大司教に、ノアはあっという間に懐いてしまいましたの。
何となく、わたくしのお父様に空気が似ているのも要因なのかもしれない。
だけど何故、帝都からディバイン公爵領にお越しになったのかしら? しかもお孫さんを連れて……。それに、親御さんの姿も見えませんわ。
「ディバイン公爵夫人、フェリクスには父母はおりません」
「ぇ、あ……、そうでしたの……」
クレオ大司教はわたくしの考えている事がわかったようで、先回りして教えてくださったのですけれど、わたくし、不躾な視線を送ってしまったのかしら……。
「申し訳ございませんわ……」
「ほ? 何を謝られることがありましょうか」
「でもわたくし、不躾な視線を送ってしまったようで……」
「おやおや、そのような事はありませんぞ。こちらこそ誤解させてしまいましたな」
大司教は穏やかな笑みを絶やさないので、つい、こちらの口元も綻んでしまいましたのよ。
「フェリクスや、そろそろこちらにおいで。公子様がお疲れのようですぞ」
「にゃ……にょあ」
「わたし、だいじょぶよ」
ノアはぺーちゃんを離したがらず、クレオ大司教はおやおやと、困ったように眉尻を下げた。
「ノア、ぺーもお前と同じように、家族の元へ帰りたいと思っているはずだ」
そこへテオ様が諭すように声を掛ければ、ノアはテオ様を見て目を潤ませると、腕の中にいるぺーちゃんを見た。
「……ぺーちゃん……」
「にょあ……ぁい、あちょ!」
ぺーちゃんは、ノアのほっぺにペタっと小さなおててをくっつけると、何かを呟いたのだ。
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