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第二部 第2章
280.脱出 〜 ぺーちゃん視点 〜
しおりを挟むぺーちゃん視点
ノアがそっと、布と藁ごと樽の蓋を持ち上げる。子供には重いだろうに、ノアはぷるぷるしながら少し蓋をずらすと、背伸びをした。
「どうちよ……でられないの」
樽の縁に手は届く。だが、外に出られるほどの身長も、腕の力もない幼子には、大きな樽は難関だった。
「にょあ……」
「……ぺーちゃん、だいじょぶよ。わたし、できるの」
布と藁を足の下にやると、その上に立ち、もう一度樽の縁に手を伸ばす。少しだけ嵩増しされたから、さっきよりは頭が半分、樽から出ている。これなら、ノアだけなら外に出られる!
「ぺーちゃん、わたし、たるかりゃでたら、おててのばすの。ちゅかまって」
「ぁーい!」
さすがノアだ。
樽の外に這い上がると、他の樽が並んでいたのだろう。その上に上がって、私の入れられた樽の中に手を伸ばした。
「ぺーちゃん、たっちして、おててちゅかんで」
「ぁーい」
返事はしたものの、藁の上という事もあり、不安定で立ち上がれない。
「にゃ……っ、ん~! にゃ!!」
だ、ダメだ……。それに、立っても手が掴めないかもしれない。
「にょあ、ぺぇちゃ……めぇ……」
「ぺーちゃん、あきりゃめちゃ、め。わたし、いいこと、おもいちゅいたの」
「にょあ?」
「ぺーちゃん、くさのなか、もぐってて」
ノアは樽を覗き込んで、にっこり笑うと、私の入った樽の縁を掴んだまま、隣の樽から飛び降りたのだ。
まさか、幼児がこの大きな樽を倒そうとしているのか!? もし下敷きになったりすれば、私しか入っていないとしても、樽の重さで大怪我では済まない!
「にょあ!」
グラッと大きく揺れ、そのまま樽が倒れ……ん? 衝撃がこない……? 大きな音もない。
「ぺーちゃん、うまくいったのよ」
完全に横に倒れたわけではないが、少しだけ角度を付けて倒れている樽から、また覗き込んできたノアは、私を引っ張り外へと出してくれた 。
「ぺーちゃん、だいじょぶだった?」
「にゃ!」
何とか外へ出た私が見たものは、樽の側面、地面に触れている部分だけが氷漬けにされていた光景だった。
氷の台座に横倒しに乗ったような状態の樽に、これはノアの魔法か、と目を擦る。
ノアはすでに魔法が使えるのか!?
「かぜのまほーと、こーりのまほー、ちゅかったのよ」
そうか……っ、樽が倒れた時に衝撃がこなかったのは、風の魔法でクッションを作り出し、転がっていかなかったのは、氷で固定したからか。
あの一瞬で、そんな事が出来るのか……!? 末恐ろしいな。
「ぺーちゃん、あるけりゅ?」
「にゃ!」
「じゃあ、おててちゅないで、にげるのよ」
「ぁい!」
そうだ。とにかく、今は脱出する事だけを考えよう。
たくさんある樽の間をぬって、荷台から降りる。もちろん下りる時にノアに抱っこしてもらった。落ちそうになって怖かったが、ノアは風の魔法も使えから、怪我はしないだろうと身体を預けた。
幼くてもノアはやっぱり英雄ノアだ。しっかり私を抱っこして、下ろしてくれた。
「ぺーちゃん、こっち、ちといないのよ」
明かりもなく、薄っすらと木々や道が見える程度だ。真っ暗で、どこに何があるのかわからない中、ノアは見えているかのようにずんずん進んで行く。
「にょあ、ぺぇちゃ、こぁい……」
暗い所は苦手だ。何だかあの先の闇から、沢山の黒い影がて招いているような、そんな恐怖を感じる。
夜は怖い。嫌な事を思い出すから。
「ぺーちゃん、わたし、だっこちてあげる」
「にょあ……」
よいちょ、と抱っこしてくれて、よたよた歩き出すノアに、申し訳なく思いながら、その首に必死で掴まる。
「大変だ!! ガキが消えました!」
「何だと!?」
すぐ後ろから男たちの慌てる声が聞こえて、心臓が早鐘を打つ。
馬車から少ししか離れていないのに、もう気付かれた。
すぐに見つかるかもしれない!
「にょあ……」
「だいじょぶ。わたし、まもりゅ。できるのよ」
ノアは自分に言い聞かせるようにそう呟いて、私を木の影に隠すと一人、男たちに向かって行ったんだ。
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