93 / 385
第二部 第1章
242.ノアと算数
しおりを挟むデルベ伯爵夫人の話題を出した途端、テオ様からは「君が関わる事ではない」とシャットアウトされてしまいましたの。
テオ様からしてみれば、襲撃者まで雇ってわたくしを誘拐か殺害かしようとした者に、関わってほしくないようですが、だからこそ気になるのというものですわ。
「テオ様、わたくしは狙われた本人ですのよ。デルベ伯爵夫人が今どうしているのか、テオ様が彼女をどうする気なのか、知っておく必要があると思いますの」
「ベル……、私は君には穏やかに、笑って過ごしてもらいたいと思っている」
「何も知らされないまま、笑ってなど過ごせませんわ」
目隠しされたままでは、本当には笑えませんもの。それに……
「わたくしたちは夫婦でしょう。夫にだけ、大変な思いをさせるわけにはまいりませんわ」
「……まったく、君には勝てないな」
困ったような顔で苦笑いをする夫は、どことなく嬉しそうでもあった。
「旦那様、あのことを奥様にもお伝えしておきますか?」
「……本当は、気がすすまないが……」
ウォルトの言葉に、デルベ伯爵家に関する何かが分かったのだと理解したわたくしは、テオ様に「教えてくださいまし!」と身を乗り出しましたのよ。
「奥様、旦那様より、デルベ前伯爵夫妻の事はお聞きになっていると思います」
「ええ。テオ様のご両親と同時期に亡くなられたと伺っておりますわ」
「はい。詳しく調査した結果、デルベ前伯爵夫妻は……自害されておりました」
え……
「事故や、殺人ではなく……自害、ですの?」
「はい。デルベ前伯爵夫妻は、自ら毒を飲み、自害なされたそうです」
ど、どういう事ですの……? テオ様のご両親が亡くなった同時期に、自害……?
「どうやら、私の両親が亡くなってすぐに、後を追うように逝ったらしい」
「後を追うようにって……、まさかテオ様は、後追い自殺をしたとお考えなのですか───!?」
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
あまりにも重い事実を知ってしまい、執務室から出た後も、先ほどの話が頭の中をぐるぐるしていた。
「奥様、大丈夫ですか? 顔色が悪いようですが……」
ミランダが心配そうにわたくしを見ている。
ミランダには心配をかけてばかりだわ……。襲撃に関しても巻き込んでしまいましたし、申し訳ないですわ。
「ええ、大丈夫よ。心配をかけてしまってごめんなさいね」
「お部屋でお休みになられた方がよろしいかと思います」
「少し気分が沈んでしまっただけですの。大丈夫。ノアの顔を見れば、気分も上がりますわ」
今は部屋で休むよりも、可愛い息子の顔を見たいと訴えれば、ミランダは少し思案した後、「かしこまりました」と付いてきてくれたのだ。
「りんごが三つあります。一つはノア様が、もう一つはネズミさんが食べてしまいました。さて、残りはいくつありますか?」
「はい! ねじゅみさん、ちぃさいの。おのこち、ちてます。だから、ひとつと、ねじゅみさんの、おのこちです!」
「あの、ノア様……ネズミさんは全部食べたものとしてお考えください」
「ねじゅみさん、おのこち、ちてない?」
か、可愛い!! なんですの!? ネズミさんのお残しって……っ、算数の授業で、文章の背景まで考えられるウチの子、天才じゃないかしら!
「では、違う問題をお出しします。ノア様のお好きなパンケーキが五つあります。ノア様はその内の一つをお母様に差し上げました。お母様はそのパンケーキを半分ノア様に切ってくださいました。そして、残りを召し上がったのです。さて、ノア様の目の前には、いくつパンケーキがあるでしょうか」
「わたち、しゅふれパンケーキ、だぁいしゅき!」
問題を出されたのに、ノアはスフレパンケーキが大好きだと笑みを見せる。それに対して教師も頬が緩んでいるのは仕方ない事だろう。
「おかぁさま、わたちにはんぶん、しゅふれパンケーキくれたのね……だから、はんぶん、あるの。しょれで、いちゅちゅ、しゅふれパンケーキあったのよ……あっ、よっちゅと、はんぶん、です!」
まぁ! ノアはやっぱり天才ですわ! まさか4歳で算数の文章問題を解くなんて!
算数の授業を楽しそうに受けている息子を、扉のそばで見守っていると、先ほどの事が嘘のように気分が向上してきたではないか。
やっぱりノアは、わたくしの癒やしですわ。
「では、次は展開図についてのお勉強をいたしましょう」
展開図!? え、4歳の子に展開図!?
教師の言葉に、ついミランダを振り返る。が、ミランダは当たり前のように何も言わず、姿勢を正して立っている。カミラを見ると、カミラも当然のようにノアを見守っている。
この世界では、4歳で展開図を習うのが普通なのかしら?
いえ、でも前世でも、5歳くらいの子が展開図を切って貼って組立てておりましたわね……。
こうして、ちょっと高度な算数の授業に驚きが隠せないまま、授業風景を眺めて癒やされたのだった。
3,355
お気に入りに追加
32,636
あなたにおすすめの小説
継母の心得 〜 番外編 〜
トール
恋愛
継母の心得の番外編のみを投稿しています。
【本編第一部完結済、2023/10/1〜第二部スタート☆書籍化 2024/11/22ノベル5巻、コミックス1巻同時刊行予定】
王子を身籠りました
青の雀
恋愛
婚約者である王太子から、毒を盛って殺そうとした冤罪をかけられ収監されるが、その時すでに王太子の子供を身籠っていたセレンティー。
王太子に黙って、出産するも子供の容姿が王家特有の金髪金眼だった。
再び、王太子が毒を盛られ、死にかけた時、我が子と対面するが…というお話。
離婚する両親のどちらと暮らすか……娘が選んだのは夫の方だった。
しゃーりん
恋愛
夫の愛人に子供ができた。夫は私と離婚して愛人と再婚したいという。
私たち夫婦には娘が1人。
愛人との再婚に娘は邪魔になるかもしれないと思い、自分と一緒に連れ出すつもりだった。
だけど娘が選んだのは夫の方だった。
失意のまま実家に戻り、再婚した私が数年後に耳にしたのは、娘が冷遇されているのではないかという話。
事実ならば娘を引き取りたいと思い、元夫の家を訪れた。
再び娘が選ぶのは父か母か?というお話です。
【短編】赤ちゃんが生まれたら殺されるようです
白崎りか
恋愛
もうすぐ、赤ちゃんが生まれる。
誕生を祝いに、領地から父の辺境伯が訪ねてくるのを心待ちにしているアリシア。
でも、夫と赤髪メイドのメリッサが口づけを交わしているのを見てしまう。
「なぜ、メリッサもお腹に赤ちゃんがいるの!?」
アリシアは夫の愛を疑う。
小説家になろう様にも投稿しています。
【完結】家族にサヨナラ。皆様ゴキゲンヨウ。
くま
恋愛
「すまない、アデライトを愛してしまった」
「ソフィア、私の事許してくれるわよね?」
いきなり婚約破棄をする婚約者と、それが当たり前だと言い張る姉。そしてその事を家族は姉達を責めない。
「病弱なアデライトに譲ってあげなさい」と……
私は昔から家族からは二番目扱いをされていた。いや、二番目どころでもなかった。私だって、兄や姉、妹達のように愛されたかった……だけど、いつも優先されるのは他のキョウダイばかり……我慢ばかりの毎日。
「マカロン家の長男であり次期当主のジェイコブをきちんと、敬い立てなさい」
「はい、お父様、お母様」
「長女のアデライトは体が弱いのですよ。ソフィア、貴女がきちんと長女の代わりに動くのですよ」
「……はい」
「妹のアメリーはまだ幼い。お前は我慢しなさい。下の子を面倒見るのは当然なのだから」
「はい、わかりました」
パーティー、私の誕生日、どれも私だけのなんてなかった。親はいつも私以外のキョウダイばかり、
兄も姉や妹ばかり構ってばかり。姉は病弱だからと言い私に八つ当たりするばかり。妹は我儘放題。
誰も私の言葉を聞いてくれない。
誰も私を見てくれない。
そして婚約者だったオスカー様もその一人だ。病弱な姉を守ってあげたいと婚約破棄してすぐに姉と婚約をした。家族は姉を祝福していた。私に一言も…慰めもせず。
ある日、熱にうなされ誰もお見舞いにきてくれなかった時、前世を思い出す。前世の私は家族と仲良くもしており、色々と明るい性格の持ち主さん。
「……なんか、馬鹿みたいだわ!」
もう、我慢もやめよう!家族の前で良い子になるのはもうやめる!
ふるゆわ設定です。
※家族という呪縛から解き放たれ自分自身を見つめ、好きな事を見つけだすソフィアを応援して下さい!
※ざまあ話とか読むのは好きだけど書くとなると難しいので…読者様が望むような結末に納得いかないかもしれません。🙇♀️でも頑張るます。それでもよければ、どうぞ!
追加文
番外編も現在進行中です。こちらはまた別な主人公です。
皆さん勘違いなさっているようですが、この家の当主はわたしです。
和泉 凪紗
恋愛
侯爵家の後継者であるリアーネは父親に呼びされる。
「次期当主はエリザベスにしようと思う」
父親は腹違いの姉であるエリザベスを次期当主に指名してきた。理由はリアーネの婚約者であるリンハルトがエリザベスと結婚するから。
リンハルトは侯爵家に婿に入ることになっていた。
「エリザベスとリンハルト殿が一緒になりたいそうだ。エリザベスはちょうど適齢期だし、二人が思い合っているなら結婚させたい。急に婚約者がいなくなってリアーネも不安だろうが、適齢期までまだ時間はある。お前にふさわしい結婚相手を見つけるから安心しなさい。エリザベスの結婚が決まったのだ。こんなにめでたいことはないだろう?」
破談になってめでたいことなんてないと思いますけど?
婚約破棄になるのは構いませんが、この家を渡すつもりはありません。
アリシアの恋は終わったのです【完結】
ことりちゃん
恋愛
昼休みの廊下で、アリシアはずっとずっと大好きだったマークから、いきなり頬を引っ叩かれた。
その瞬間、アリシアの恋は終わりを迎えた。
そこから長年の虚しい片想いに別れを告げ、新しい道へと歩き出すアリシア。
反対に、後になってアリシアの想いに触れ、遅すぎる行動に出るマーク。
案外吹っ切れて楽しく過ごす女子と、どうしようもなく後悔する残念な男子のお話です。
ーーーーー
12話で完結します。
よろしくお願いします(´∀`)
意地を張っていたら6年もたってしまいました
Hkei
恋愛
「セドリック様が悪いのですわ!」
「そうか?」
婚約者である私の誕生日パーティーで他の令嬢ばかり褒めて、そんなに私のことが嫌いですか!
「もう…セドリック様なんて大嫌いです!!」
その後意地を張っていたら6年もたってしまっていた二人の話。
過去1ヶ月以内にレジーナの小説・漫画を1話以上レンタルしている
と、レジーナのすべての番外編を読むことができます。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる
本作については削除予定があるため、新規のレンタルはできません。
番外編を閲覧することが出来ません。
過去1ヶ月以内にレジーナの小説・漫画を1話以上レンタルしている
と、レジーナのすべての番外編を読むことができます。
このユーザをミュートしますか?
※ミュートすると該当ユーザの「小説・投稿漫画・感想・コメント」が非表示になります。ミュートしたことは相手にはわかりません。またいつでもミュート解除できます。
※一部ミュート対象外の箇所がございます。ミュートの対象範囲についての詳細はヘルプにてご確認ください。
※ミュートしてもお気に入りやしおりは解除されません。既にお気に入りやしおりを使用している場合はすべて解除してからミュートを行うようにしてください。