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第二部 第1章
192.ノア、初めての庶民街
しおりを挟む「あの、ディバイン公爵夫人……っ、ほ、本当に、私の家にお越しになるのですか!?」
女性……お名前をコーラさんというのだけど、を半ば無理矢理馬車に乗せ、庶民街へと出発する。
赤ちゃんは馬車に驚いて泣きじゃくっていたが、揺れが心地良くなったのか、今はお母さんの腕の中で寝息をたてていた。
「ご迷惑はおかけしませんわ。庶民の暮らしを、特にお子様を育てている家庭の状況を知りたいのです」
「で、ですが、私たちは貴族様をおもてなし出来るような所に住んでいませんっ」
公爵夫人と公子様に、不快な思いをさせてしまうと思います! と断言している女性は、わたくしが庶民よりも庶民らしい暮らしをしていたことを知らないようだ。
「息子は庶民街に行くのは初めてですが、わたくしは何度も足を運んでおりますわよ」
帝都の庶民街にも、おもちゃの宝箱の支店を作る計画が進行中ですの。
「わたち、はじめていくのよ! たのちみね」
『アオ、イッタコトアル!!』
『チロモ、イッタコトアルノ~』
ノアは楽しそうにニコニコと笑い、アオとチロは馬車の中を飛び回る。たまに赤ちゃんのほっぺに頬ずりしては、『プニプニー!!』と喜んでいる妖精たちは、赤ちゃんや幼児の真っ白な魂を好むのだそう。
それを正妖精に聞いた時は、だからいつもノアやイーニアス殿下のそばに妖精がいるのね。と納得したものだ。
「私は罰せられたりしないでしょうか!?」
「どうしてそんな考えに至りましたの!?」
突然女性が青い顔をしてそんなことを言うものだから、とっさにツッコんでしまいましたわ。
「高貴な身分の方を……しかも女神様と評判のディバイン公爵様の奥様と、後継者である公子様を庶民街に連れて来てしまうなんて、私は公爵様に罰せられたりするのではないでしょうか!?」
「何を馬鹿なことを言い出しますの。わたくしの旦那様がそんな愚かなことをするはずありませんでしょう。それに、半ば無理矢理ついてきたのはわたくしですのよ」
というか、その女神っていう呼び方は何なのですか?
「おとぅさま、たみ? たいしぇちゅ、ちてるのよ」
「そうね、ノア。お父様は領民も帝国の民たちもとても大切に思っておりますわ」
「おかぁさま、いちばんたいしぇちゅ! わたち、もーっと、おかぁさま、たいしぇちゅ!」
「まぁっ、ノアったら嬉しいことを言ってくれますのね!」
わたくしもノアが大切よ! と抱きしめると、「くしゅぐったーい」とケタケタ笑い声を上げていましたわ。
「仲がよろしいのですね……。私も、この子とお二人のように仲の良い親子になりたいです」
「あら、今でも十分仲良し親子ですわよね。だって、生まれてからずっと、片時も離さず育ててきたのでしょう。切羽詰まった状態も、そうでなければ陥りませんもの」
「あなたが大切よ」「大好きよ」って、赤ちゃんを見る女性の目がそう言っておりますわ。そうして赤ちゃんも、
「ほら、見てちょうだい。わたくしが抱っこしていた時に比べて、この安心しきった顔。お母さんが絶対守ってくれるって信じ切っておりますのね」
「っ……」
女性は今にも泣きそうな顔で、赤ちゃんを見つめた。
「あかちゃん、おかぁさま、しゅきってちてるの」
「あら、本当。小さなおててで、ぎゅっとお洋服を掴んでいますわ」
「はなれたく、ないの!」
ノアの言葉に、コーラさんは泣き笑いをして、愛おしそうに赤ちゃんを抱きしめたのだ。
「奥様、庶民街に到着しました」
ミランダの言葉にノアが窓の外を見る。「ひと、いっぱいね!」と、貴族街より通りを行き交う人々の多さに驚いていた。
コーラさんのお家に案内してもらい、馬車を降りると、人が集まって来るではないか。
どうやらコーラさんのお宅は集合住宅のようなのだけど、その周りに人だかりが出来て、ご迷惑をおかけしているようですわ。
「まぁ、コーラさん、彼らはこちらの集合住宅の方たちですの?」
「え、いえ、多分馬車を追いかけて来た人々ではないかと……」
困った顔を向けるコーラさんに申し訳なく思っていると、そこへ、
「コーラちゃん? この騒ぎは一体なに……? ヒッ! 貴族様の馬車!?」
「あ、デリラさん、こんにちは」
「こ、コーラちゃ……ヒィィッ、き、貴族様!?」
コーラさんより少し年上の、30歳前後の女性が集合住宅内から出て来て、コーラさんに話しかけ、わたくしたちの馬車を見てぎょっとした後、わたくしと目が合い腰を抜かしたのだ。
「何で貴族様と一緒に!?」と口をパクパクさせるデリラさんと言う方に、もしかしてこの女性が、たまに挨拶を交わす、子育て経験のある女性だろうか。と思いつく。
「ごきげんよう。コーラさん、もしかしてこの方が?」
「はい。子育て経験のある、お隣のデリラさんです」
「こ、コーラちゃん!?」
苦笑いをするコーラさんに、紹介されたデリラさんは戸惑った声を上げたのだ。
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