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1.異世界に転生しました

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『お前のような身分の者が殿下に相手にされると思っているのか』

『高位貴族に近付き寵を得ようなど、浅ましい女だ』

『まるで娼婦だな』



「ほんっとこいつムカつくわ」

オタク友達のマキちゃんがイライラしながらゲーム機の画面に向かって呟く。またいつもの乙女ゲームをしているのだろう。

確かヒロインが、なんとかっていう男爵の元恋人が産んだ娘で、男爵家に引き取られて貴族が通う学園に入学後、珍しい聖魔法の使い手と発覚。攻略対象の男の子達と魔物と戦いながら絆を深めていくっていう、どこにでもありそうな内容の乙女ゲームだったよね。

“貴方色に染められて”とかいうダサいタイトルと、ありきたりな内容であまり人気はないみたいだけど。

「お前なんなの? これBLゲームじゃないんだけど。王子大好きか!? オリバー王子の取り巻きですらない、乙女ゲームにあるまじき顔したモブが、なんでこんなに絡んでくんだよ! もしや私が好きなのか!? お前みたいなブサモブ好きになるかバーカっ」

マキちゃん……毎回絡んでくるモブA君になんて大人げない。こらこら、ゲーム機投げようとしないの。

「もう! 由利~っ このブサモブなんとかしてよ~」
「運営に言ってくれ。それにそのモブ君ゲームの前半で退学になるんでしょ」
「そうだけどさ~。新しいストーリーいく度に毎回毎回絡んでくるんだもん!! 嫌になるよ~。悪役令嬢よりうぜぇ!」
「でもその子、口は悪いけど言う事は正しいと思うんだよね」
「何でよ!?」
「だってこのヒロイン、男爵の娘っていっても婚外子で元平民でしょ? しかも男爵って貴族の中では下の方の身分だよ。婚約者がいる高位貴族の子息に近付いてるって常識外れの行動だし、傍から見ると逆ハーレムを築いているよね。そりゃあ注意されるよ。なんならこのA君は良識のある貴族で、相当お人好しなんだと思うな」

だってヒロインと攻略対象者達に問題を起こさせないよう立ち回ってるって事だもんね。

「た、確かに……いやいや、でも聖魔法使えるのはヒロインだけだから王子とも結婚できる立場だよね!?」
「うーん、聖魔法は珍しいから王侯貴族は手に入れたいと思うだろうけど、わざわざ婚約者の家といざこざ起こしてまで手に入れる価値があるのかな? だって高位貴族の婚約者は高位貴族でしょ? 婚約破棄なんてデメリットしかない事する位なら、ヒロインを愛人や側室にって選択をすると思うよ」
「げぇ~。じゃあこのキュンなスチルも、キザったらしいセリフも、愛人にする為!?」

やる気失せた~! とゲーム機を投げ出したマキちゃんは、ベッドに大の字になってぐちぐち言っている。

25過ぎても純粋だね。

「マキちゃん、乙女ゲームも良いけど、このアニメも面白いよ~」
「やだよ。由利の見るアニメってバトルってばっかですぐ人死ぬじゃん。私は恋愛ものが良いの!」
「乙女ゲームだって魔物と戦うでしょ? 同じようなもんだよ。バトルアニメも楽しいから」
「乙女ゲームはバトルメインじゃないから! 大体さぁ、もしもよ。もしも自分が死んで転生したとするよ? そしたら乙女ゲームに転生した方が平和に生きれるじゃん」
「え~。もし攻略対象者の婚約者に転生したら昼ドラみたいな目にあうよ?」
「それは嫌」

そんな25歳の会話とも思えないアホな話をしたせいなのか、友人宅からの帰り道に駅の階段から足を滑らせ、気付いたら乙女ゲームの世界に転生していた。いや、マジで。



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私、高橋由利(25)アニメオタクは、階段から落ちた後意識を失い、目覚めたらヴェルサイユ宮殿か! といわんばかりの豪華絢爛な部屋に転がっていた。まるで赤ちゃんのような小さな手足をバタつかせて。

事実赤ん坊だったのだけど、その事に気付いた時は本当にパニックになった。暫くして状況を把握し、自分が転生した事を知る。

良し悪しはともかく、前世の記憶はしっかり残っており、ここが異世界だという事にはすぐ気が付いた。
聞いた事もない言葉に、周りの服装が中世ヨーロッパ風のドレスやメイド服、顔もヨーロッパのそれ。恐らく世界観も中世ヨーロッパなのだろうと推測する。そして何より、魔道具という前世にはないものが存在した事。それが決定打だった。生活水準は前世とそう変わりない。前世の電化製品の代わりに魔道具があると思えば分かりやすいだろう。つまり、この世界は科学技術が発達していた前世と同等に魔導技術が発達した世界であった。

そんな世界のクラウス公爵という貴族家に、待望の長子として生まれたのがこの私、ユーリ・クラウスだ。



驚きの転生から早5年を迎え、現在5歳の幼女である。

「ユーリちゃんは今日も絶世の美人さんねぇ」

ほぅ、と艶めかしいため息をつくこの女性は、今世の母ソフィアだ。つい今しがた部屋にやって来たと思ったら、お膝の上に乗せられて顔を覗き込まれている。とても1児の母とは思えない若々しさだが、外国人顔が主流のこの世界で、なぜか平凡な日本人顔なのだ。

「さ、ユーリちゃん。お着替えしましょうね~」

私の顔を眺める事に飽きたのか、膝から下ろしそう言った母を死んだ目で見る。母が私のほっぺをムニムニしながら促すのは、本日3度目のお着替えタイム。

そう、3・度・目。

我が家では朝昼晩と食前に衣装替えが行われる。それというのも、我がクラウス公爵家には腐るほどお金があるからだ。
公爵という身分から分かるように、王侯貴族全て含め上から2番目に偉い。1番は勿論王族だ。
そして商才があったのか、代々手広く商売をして大成をおさめ、国内外から寝ていてもお金が入ってくるのだそう。王族ですら逆らえない権力と財力を併せ持っているという噂を、少し前メイド達の休憩室で耳にした。

「お嬢様の美しさは繊細な硝子細工のようですね。品があって可憐ですわ」
「本当に天使様のよう」
「いえ、美の女神様です!」
「ウチの子は妖精よ」

お着替えの最中にメイド達と母が、恥ずかしいくらい容姿を褒めている事で分かるように、前世モブ中のモブだった私の容姿は、今世では美貌を持って生まれ………………るわけないだろう。所詮、平凡顔は生まれ変わっても平凡顔にしか生まれないのだ。魂にまで平たい地味顔が刻まれているに違いない。

今世の私の容姿といえば、サラふわのプラチナブロンドの髪、雪のように白く透明感のある肌にはシミやホクロなどなく、陶器のようにツルツルで、触るとマシュマロのように柔らかい。瞳は深いブルーのような、紫のような不思議な色合いで、まるで星空を閉じ込めた宝石のようだと言われている。

ここまでは良い。ここまでは。問題は顔の造形だ。

小さめの鼻に薄くも厚くもない桜色の唇。かろうじて奥二重の細い目。全体的に凹凸の乏しい、日本人の代表のような顔を持って生まれたのが私だ。

この特徴の無い平たい顔に、ファンタジーな色を併せ持つ違和感、半端ない。

それなのにどうして、周りがこんなにも讃えるのか。

初めは雇い主のお嬢様だから、ヨイショしているのだと思っていたのだが、どうも本気で言っている事に気が付いた。そして、この世界の恐ろしい真実に辿り着いたのだ。

実はこの世界、『日本人顔が至上とされる世界』だった。

色の美醜は前世の感覚と同じだが、顔は外国人顔より平たい日本人顔が好まれる。世界の8割は外国人顔だが、目が細かったり、鼻が低かったり、日本人とのハーフっぽい人が多い気がする。前世の美人と呼ばれる部類は、こちらでは不細工にあたるらしいが、日本人顔の美人はまぁまぁの美人という認識に変わる。最上級の美人とされるのは、日本人顔の中でもモブ中のモブ顔だ。

つまり、この私である。

前世、今世ともに変わらない顔面ではあるが、お金持ちの高位貴族で、一応絶世の美幼女(笑)に生まれ、今世は勝ち組だと高を括っていたのが悪かったのか。

この世界がマキちゃんのハマっていた、乙女ゲーム“貴方色に染められて”だと気付いたのは、この国の王族の姿絵を見せられた時であった。

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