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04:マット、どうする?
Bパート
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「じゃあ、下半身以外での有酸素筋トレしましょうか」
何事もなかったかのように言う百目鬼君を無視して、パンダっぽい着ぐるみを脱いでいる山崎さんに聞いた。
「それも私物?」
「はい、もちろん。以前からの私物」
うん、似合ってたけど、似合って可愛かったけど私物って、しかも前回と違う着ぐるみって、どういうこと?
「今日は、基本中の基本、バックエクステンションをやってみましょう。お尻を使って、足を上げる方法もありますが、今回は、背中に集中しましょう」
戸惑う私の方がおかしい、とばかりに話を進める百目鬼君。
「喜んでください。バックエクステンションは背中の大きな筋肉を使うので、消費が大きいですよ。その上、猫背にも効きます」
着ぐるみを畳み終わった山崎さんを見本に、説明しだす。
「ポイントは三点。首は反らさない、肩甲骨を寄せる、腰を反らしすぎない、です」
今回は、本当に三点っぽい。
言われるまま大人しく、山崎さんが、マットの上にアルファベットのYの字のように両手を伸ばしてうつ伏せになり、バックエクステンションをしてみせた。
「これを四・四カウント。四つ数えながら上げて、四つで下げます。呼吸は上げるときに吐いて、下げるときに吸います」
山崎さんが、呼吸を合わせて、四カウントづつでバックエクステンションした。
山崎さんは、簡単そうにやっていたし、スクワットに比べたら楽そうだ。
百目鬼君も山崎さんも鬼じゃない、と私は思った。
顔の当たる辺りにタオルを敷いたマットに、Yの字でうつ伏せにされた。
なんだか、カッコ悪い。
あ、山崎さんの匂いがする。
わざとらしい行き倒れみたいに、タオルに顔を埋めてうつ伏せている。
今回は、鏡張りの部室でやる意味はなさそうだ。
「じゃあ、肩甲骨を背中の真ん中に寄せて胸を開くように、伸ばした腕を身体に引き寄せながら、胸を上げてください。腰を反らすのではなく、胸です。はい、胸を持ち上げるー」
胸じゃなくて、足が上がってしまった。
え?
難しい。
山崎さん、サクサクやってたのに。
「足が上がってしまう場合は、これ」
じゃじゃん、という口効果音と共に、山崎さんが太腿裏の上に乗り、お尻を手で押さえた。
彼女、着ぐるみを着た後から、ノリがいつもと違う気がする。
「背中ではなくて、下半身の力で上げようとするからダメ。はい香恋さん、胸上げて」
言われるまま、胸を上げようとしたら、お尻をギュっと掴まれた。
「お尻に力が入ってる。ここに力入れないで」
確かに、腰を反らそう、とお尻を使っているのがわかった。
「無理に上体を上げよう上げよう、として下半身を使ってしまうより、固定してしまった方が、正しいフォームを覚えられます」
そうなんだ。
「筋トレは、正しいフォームが大事。さん、はい」
え?
繰り返せってこと?
若干、山崎さんのノリについていけない。
「さん、はい!」
「き、筋トレは、正しいフォームが、大事」
ぱちぱち、と拍手してくれる二人。
もう早く帰りたい。
「じゃあ、もう一度やってみましょう。はい、胸を上げるー」
太腿に山崎さんが乗っているので、さっきよりは、胸を上げられる。
「もう少し、肘を引いて、肩甲骨を引き寄せてー」
ぎゃー、きついー!
「下げてー、ツー、ワン。胸つけて休まないー」
休むとこないんですけど?
「上げてー、早い早い、四カウント。下げてー」
力を抜いて下げれば、「もっとゆっくり、コントロール」と指摘され、胸をついて休憩する前に、上げさせられる。
しかも途中で、山崎さんが、太腿裏の上から退いてしまった。
「はい、横の鏡みて、フォームの確認ー」
ぎゃー、横を向く前に、正面の鏡で汗だくでグチャグチャ顔な自分と目が合ってしまった。
「はい、八回」
私は、床の上で背中を反らせて、荒い息で喘いでいた。
「だめだめ、上に乗って、お願い!」
「綺麗ですよ。せめてあと一回」
「もうダメ、無理ー!」
私は、顔を床に押し付けて、悲鳴を上げた。
「そこから、香恋さん!」
「できる、ショージさんなら、できますよ!」
応援してくれる割には、「肩甲骨寄せて」と厳しい。
なんとか、ゆっくり胸をマットに下した。
「はい、十回!終了です!」
「すごい!香恋さん!」
マットにつっぶした私に、山崎さんが、汗を拭いてくれたり、水のペットボトルを差し出してくれたり、と優しい。
「ナイストレーニングですよ、ショジーさん!初日から十回なんて!」
百目鬼君も、満面の笑みで、褒めてくれた。
荒い息の中、少しだけ思った。
ちょっとだけいいかも。
サッキーが、ショージさんから顔を背けて、「チョロッ!」と呟いたが、僕は聞こえなかったふりをした。
翌日、私は筋肉痛でギクシャク、と出社した。
昨日は、二人に褒められて、「ちょっとだけいいかも」なんて一瞬、思ったけど、筋肉痛が、それを吹き飛ばした。
もう、嫌だ。
絶対に、辞めよう。
綺麗になるには、もっと他の楽な方法もある、はずだ。
「東海林さん、おはよう」
「あ、おはようございます。佐伯さん」
今朝も佐伯さんは、素敵だ。
少しだけ、筋肉痛が和らいだ気がする。
「あれ?」
「はい?」
佐伯さんが、不思議そうな顔をして、笑顔になった。
今朝の笑顔も素敵だ。
「そうか、モデルみたいに姿勢が良い、と思ったら昨日、部活だったんだね?」
「え、ええ、はい!」
背中を鍛えた効果だろうか。
モデルみたい?
姿勢が良い!
褒められた!
「どう、続けられそう?」
心配そうに問う佐伯さんに、私は即答した。
「はい、もちろん!」
うん、もうだけ少し続けてみよう。
百目鬼先輩が、香恋さんから顔を背けて、「チョロッ!」と呟いたが、あたしは聞こえなかったふりをした。
何事もなかったかのように言う百目鬼君を無視して、パンダっぽい着ぐるみを脱いでいる山崎さんに聞いた。
「それも私物?」
「はい、もちろん。以前からの私物」
うん、似合ってたけど、似合って可愛かったけど私物って、しかも前回と違う着ぐるみって、どういうこと?
「今日は、基本中の基本、バックエクステンションをやってみましょう。お尻を使って、足を上げる方法もありますが、今回は、背中に集中しましょう」
戸惑う私の方がおかしい、とばかりに話を進める百目鬼君。
「喜んでください。バックエクステンションは背中の大きな筋肉を使うので、消費が大きいですよ。その上、猫背にも効きます」
着ぐるみを畳み終わった山崎さんを見本に、説明しだす。
「ポイントは三点。首は反らさない、肩甲骨を寄せる、腰を反らしすぎない、です」
今回は、本当に三点っぽい。
言われるまま大人しく、山崎さんが、マットの上にアルファベットのYの字のように両手を伸ばしてうつ伏せになり、バックエクステンションをしてみせた。
「これを四・四カウント。四つ数えながら上げて、四つで下げます。呼吸は上げるときに吐いて、下げるときに吸います」
山崎さんが、呼吸を合わせて、四カウントづつでバックエクステンションした。
山崎さんは、簡単そうにやっていたし、スクワットに比べたら楽そうだ。
百目鬼君も山崎さんも鬼じゃない、と私は思った。
顔の当たる辺りにタオルを敷いたマットに、Yの字でうつ伏せにされた。
なんだか、カッコ悪い。
あ、山崎さんの匂いがする。
わざとらしい行き倒れみたいに、タオルに顔を埋めてうつ伏せている。
今回は、鏡張りの部室でやる意味はなさそうだ。
「じゃあ、肩甲骨を背中の真ん中に寄せて胸を開くように、伸ばした腕を身体に引き寄せながら、胸を上げてください。腰を反らすのではなく、胸です。はい、胸を持ち上げるー」
胸じゃなくて、足が上がってしまった。
え?
難しい。
山崎さん、サクサクやってたのに。
「足が上がってしまう場合は、これ」
じゃじゃん、という口効果音と共に、山崎さんが太腿裏の上に乗り、お尻を手で押さえた。
彼女、着ぐるみを着た後から、ノリがいつもと違う気がする。
「背中ではなくて、下半身の力で上げようとするからダメ。はい香恋さん、胸上げて」
言われるまま、胸を上げようとしたら、お尻をギュっと掴まれた。
「お尻に力が入ってる。ここに力入れないで」
確かに、腰を反らそう、とお尻を使っているのがわかった。
「無理に上体を上げよう上げよう、として下半身を使ってしまうより、固定してしまった方が、正しいフォームを覚えられます」
そうなんだ。
「筋トレは、正しいフォームが大事。さん、はい」
え?
繰り返せってこと?
若干、山崎さんのノリについていけない。
「さん、はい!」
「き、筋トレは、正しいフォームが、大事」
ぱちぱち、と拍手してくれる二人。
もう早く帰りたい。
「じゃあ、もう一度やってみましょう。はい、胸を上げるー」
太腿に山崎さんが乗っているので、さっきよりは、胸を上げられる。
「もう少し、肘を引いて、肩甲骨を引き寄せてー」
ぎゃー、きついー!
「下げてー、ツー、ワン。胸つけて休まないー」
休むとこないんですけど?
「上げてー、早い早い、四カウント。下げてー」
力を抜いて下げれば、「もっとゆっくり、コントロール」と指摘され、胸をついて休憩する前に、上げさせられる。
しかも途中で、山崎さんが、太腿裏の上から退いてしまった。
「はい、横の鏡みて、フォームの確認ー」
ぎゃー、横を向く前に、正面の鏡で汗だくでグチャグチャ顔な自分と目が合ってしまった。
「はい、八回」
私は、床の上で背中を反らせて、荒い息で喘いでいた。
「だめだめ、上に乗って、お願い!」
「綺麗ですよ。せめてあと一回」
「もうダメ、無理ー!」
私は、顔を床に押し付けて、悲鳴を上げた。
「そこから、香恋さん!」
「できる、ショージさんなら、できますよ!」
応援してくれる割には、「肩甲骨寄せて」と厳しい。
なんとか、ゆっくり胸をマットに下した。
「はい、十回!終了です!」
「すごい!香恋さん!」
マットにつっぶした私に、山崎さんが、汗を拭いてくれたり、水のペットボトルを差し出してくれたり、と優しい。
「ナイストレーニングですよ、ショジーさん!初日から十回なんて!」
百目鬼君も、満面の笑みで、褒めてくれた。
荒い息の中、少しだけ思った。
ちょっとだけいいかも。
サッキーが、ショージさんから顔を背けて、「チョロッ!」と呟いたが、僕は聞こえなかったふりをした。
翌日、私は筋肉痛でギクシャク、と出社した。
昨日は、二人に褒められて、「ちょっとだけいいかも」なんて一瞬、思ったけど、筋肉痛が、それを吹き飛ばした。
もう、嫌だ。
絶対に、辞めよう。
綺麗になるには、もっと他の楽な方法もある、はずだ。
「東海林さん、おはよう」
「あ、おはようございます。佐伯さん」
今朝も佐伯さんは、素敵だ。
少しだけ、筋肉痛が和らいだ気がする。
「あれ?」
「はい?」
佐伯さんが、不思議そうな顔をして、笑顔になった。
今朝の笑顔も素敵だ。
「そうか、モデルみたいに姿勢が良い、と思ったら昨日、部活だったんだね?」
「え、ええ、はい!」
背中を鍛えた効果だろうか。
モデルみたい?
姿勢が良い!
褒められた!
「どう、続けられそう?」
心配そうに問う佐伯さんに、私は即答した。
「はい、もちろん!」
うん、もうだけ少し続けてみよう。
百目鬼先輩が、香恋さんから顔を背けて、「チョロッ!」と呟いたが、あたしは聞こえなかったふりをした。
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