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親離、まで

里子

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「・・・カレンダー、五百円になります」
 譲渡会の日がきた。
 僕は、カスミちゃん(アニキ付)と手伝いに来ていた。
 猫オバチャンは、遅れてくると事前に聞いていたので、彼女の旦那さんと待ち合わせた。
 会場は公園の一角を借りた、野外だ。
 そこに、キャンプ用のテーブルなどを並べ、ケージを上に置く。
 ケージは、毛布などで包まれ、目隠し兼、防寒になっている。
 ケージの中には、お湯を入れたペットボトルを入れ、小まめに温度が管理されていた。
 この会場での譲渡会は、毎月のことなので、誰の指示がなくても団体の人が、作業をしていくので、とりあえず力仕事を率先してやった。
 カスミちゃん(とアニキ)は、ケージに中の猫の写真と特長を書いたカードを取り付けていく。
 里親希望者は、自由にケージを見て歩き、カードを読み、気になる猫がいたら、団体の人を呼び、譲渡条件など、細かい説明を聞く。
 僕は、そういう説明はできないので、ペットボトルに入れるお湯を沸かすための、水を運んだりした。
 カスミちゃん(とアニキ)は、物販コーナーで、カレンダーなどを売っている。
 この収益は、そのまま団体で活用されるので、僕も買っていた。
 ちなみに、カレンダーは、様々な人の協力で、ほぼ原材料費くらいの納入価らしい。
 協力と言えば、雪さんを連れて行った病院の中年坊主頭の獣医師が、ボランティアに来ていた。
 近隣の獣医師が持ち回りで、猫の健康管理に来ているらしく、今回たまたま彼の番だったようだ。
 病院、(もちろん病気の動物がいないに越したことはないけど)混むといいね。

「勉強しにきました」
「わざわざ、ありがとうございます」
 ジムのコーチ、百田さんがいっしょに住んでいる妹さんを連れて、見学にきた。
 妹さんは、カスミちゃんに似た雰囲気で、大学生だ。
 そして兄に、「猫飼いたい」と繰り返し訴えていた。
 これを聞きつけ、カスミちゃんもアニキに再び「猫飼いたい」と哀願しだす。
 二人は、団体の人に、「飼いたい」ではなく、「飼えるのか」を本当に考えてあげてほしい、と諭されていた。
 諦めた女子二人は意気投合し仲良くなり、保護者二人は疲れきった笑みを交わしていた。

「おつかれさまー」
 お昼近くになり、猫オバチャンが現れた。
 今回は、店の関係で、早くからこられない分、昼食係を買って出たらしい。
 猫たちも疲れるので、あと一時間くらいで、終了だ。
 黒ブチ子の一匹は、譲渡会の前に、サトミさんの家に引き取られていた。
 もう一匹は、先ほど、三匹目を探しにきた、というベテラン(この団体の知り合いでもある)に引き取られることが、決まった。
 残りの一匹は、問い合わせはあるものの、里親の条件を満たした家族には、まだ出会えていなかった。
「・・・のこっちゃうのかな」
「でもまあ、来週もあるしねー」
 カスミちゃんの呟きに、自分で差し入れたオニギリを囓りながら、猫オバチャンが答えた。
 え?
 来週?
 ここでの譲渡会は、月一回では?
「ここでは、ねー。別の場所ー、全部で四会場で、毎週やってるのよー」
 それは、初耳だ。
 それならば、もう一匹の行き先が決まるまで、お手伝いをしよう。
「ほらー、言うと、そういう顔するでしょー?」
 僕に、カスミちゃんの方を見ろ、と顔を向ける。
 そこではカスミちゃんが、来週も手伝いたい、とアニキに訴えていた。
「何のために、今日手伝ったのー? 義務感ー?」
 それもあるけど、それだけではない。
「三匹とも里親が決まったら、もう終了ー?」
 それは・・・
「ごめんねー。責めてるんじゃないのー。感謝してるのよー」
 でも、と続ける。
「猫に幸せになってほしいのかー、自分が納得したいだけなのか、よーく考えてみてー」

 今日、最後の子猫は、里親が決まらなかった。
 条件を満たさない家では、猫が不幸になるのは、わかっているが、複雑な気持ちだ。
 これでは、自分が納得したいだけ、と言われても仕方ない。
 カスミちゃんは、猫オバチャンを始め、団体の人らと話し合い、来週の会場がアニキの家に近いこともあって、手伝うことに決まった。

 後片付けも終わったので、カスミちゃん(とアニキ)を部屋に誘ったが、断られた。
「・・・勉強する」
 今日、そして来週も譲渡会を手伝う分、やることをやるために、帰るという。
 そうか、やること、やらないと、だよね。
「おつかれさまー」
 帰り際、猫オバチャンに、来週どうする、と聞かれた僕は、来週は仕事をする、と答えた。

 一人寂しく帰った僕は、学習していなかった。
 確かに、猫には触れていない。
 しかし、ケージを持ったり、たくさんの猫の側にいたのだ。
 雪さんは、僕を汚いもののように、側で砂をかく仕草を止めなかった。

 僕は、ポスターに四会場の場所、第何週に行うかを追記して四枚、印刷した。
 二枚は店の表と裏、一枚はビルの塀、もう一枚は、ジムに持参して、厚かましくも百田さんにお願いした。
 塀のポスターを見た保育士の菊池さんが、保育園に。
 ジムのポスターを見た、ジムが入っている商業ビルの偉い人が、半年間限定で掲示板に貼ってくれることとなった。
 前回に比べて、二枚だけどポスターが増えた。

 店で仕込みをしている、とスマホにアニキから着信。
 いつもなら、メールで通話可能かのやりとりがあってから電話なので、意外に思いながら出た。
「もしもし?」
「・・・もしもし、こんにちは」
 アニキのスマホから、カスミちゃんだ。
 アニキにトラブルか?
 何があった?
「どうしたの!?」
「・・・茶トラの子猫、里親決まりました」
 ああ、決まったんだ。
 なんとなく、今日は無理だろう、と思いこんでいたのだ。
「よかった。お疲れ様」
「・・・お父さんに代わります」
 え?
 もう僕との会話終了?
 アニキ報告によると、会場近くの老夫婦が引き取ってくれるらしい。
 高齢なのが問題になったが、同居の息子兄弟が呼び出されて同意したことで、話がほぼ決まった。
 カスミちゃんは、(今日の譲渡会会場が)家の近所のこともあって、老夫婦と仲良くなり、遊びに来てもいいと言われているそうだ。
「あの引っ込み思案の子が・・・。なんだか子育てが一段落した気分です」
 鼻声のアニキに礼を言って、僕は電話を切った。.
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