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貢物、まで

住人

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 仕事に行こう、と地下階の玄関を出て階段を上がる、とビルの玄関から出てきたショートカットの女性に会った。
 会釈をして行こう、とすると、不審者のような目で僕を見ていた女性は、
「あー! もしかして、家主さん?」
 僕を指差して叫んだ。
 面くらいながらも、成り行きとはいえ、このビルは僕の所有になったのは確かなので、「はい」と頷く。
「やっぱり! 家賃下げてくれて、ありがとう!」
 家賃収入が僕の懐に入るのは、正直嬉しくなかったが、固定資産税を払うためには、仕方がない。
 でも、固定資産税が払えればいいので、賃貸料を下げたのだ。
「あ、ごめんなさい。保育園の保育士やってるんで、つい大声になっちゃって」
「いえいえ」
 大変そうな職場だなあ。
 駅前のスーパーに買い物に行く、というので、駅まで行く僕もいっしょに歩くことになった。
 えーと、話題話題。
「地下で、お店やるの?」
 思っていない方向からの口撃に、歩くのが止まる。
「え? なんで?」
「前の家主さん、地下で会員制のレストランやってたんでしょ?」
 オジサンの食事会を、彼女は、そう解釈していたらしい。
 歩き出しながら、誤解を解く。
「そっかー、残念。お店になったら、行きたかったのに」
 保育園の園児の親に遭遇すると気まづいので、お店に行くのにも気を使うらしい。
「気が変わってお店やったら、教えてね!」
 スーパーに入る彼女を見送って、僕は駅に向かった。
 でも、教えるとしても、どうやって?
 玄関で待ち伏せするか、保育士で住人を調べて、ドアを叩きにいけばいいのだろうか?
 そういえば、誰が借りているのか、全然知らないなあ、と思った。
 まさか、全員が保育士ってことないよね?

 ビルの住人に(仕事で昼~夕方に仕事にでかけて、夜~深夜に帰ってくるので)初遭遇したことで、どんな人が借りているのか、気になった。
 アニキに聞く、とメールでいいのに、資料を持ってきてくれた。
 玄関で出迎え、リビングへのドアを開けると、素早くベビーゲート前に座り込み、鳴き始める雪さん。
 明らかにアニキをからかっているので、抱き上げて、リビングのドアを閉める。
 ちっもうちょっと遊ばせなさいよ玄関いけなくなったのは確かなんだから悔しいじゃない、といった顔で、僕の腕から抜け出し、触ったあたりをワザとらしく舐める雪さん。
 それを複雑な顔で見ていたアニキは、おや? という顔をした。
「雪さんは、首輪していないんですね」
 首輪って、犬じゃなくて?
「確かに、絶対に必要ではないですけど、迷子札のように、連絡先を書いた首輪をつけておくと、まだマイクロチップを入れていないので、安心ですよ」
 まあ、アニキがくれたベビーゲートのおかげで、脱走の危険は、かなり少なくなってはいるけど、万が一を考えると必要かもしれない。
 さすがアニキ!
「雪さんは、余計なこと言うな、って顔してますけど」
 ・・・確かに。

 雪さんの視線に、居心地の悪くなったアニキが足早に帰った後、ビルの借り手の資料を見た。
 保育士は一人だけで、菊池さんと言うらしい。
 法人名での契約もあった。
 住んでいる人だけではなく、仕事場としている人もいるみたいだ。
 僕が通っているジムも一部屋借りていた。
 休憩室にでも使っているのかな。
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