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手紙、まで
アニキ
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「こちらは、雪さんに」
アニキは、手土産として、僕へのケーキの他に、雪さんに猫缶を持ってきていた。
さすが、如才ないなあ。
晩ご飯の時間には、ちょっと早いけど、缶詰を見て興奮する雪さんに高級品をあげた。
食いつきの良さに、ご飯あげてないんじゃないかと誤解されないか、若干不安になりながら、水出しコーヒーを温めて運ぶ。
この部屋には、本格的な背の高い水出しコーヒーの器具があったので、使っている。
なお、いつもはリビングには、テーブルを置いていないので、一階の六畳間から、ローテーブルを持ってきていた。
クッションを置いても、フローリングの床に座ってもらうのは、失礼だったかも。
「この高さからは、新鮮ですね」
オジサンの生前は、イスに座っていたようだから、喜んでもらってよかった。
食べ終わった雪さんは、アニキの匂いをひとしきり嗅ぎ、満足したのか、元ドーム型ベッドの上で箱になっていた。
「雪さん、ずいぶん慣れたみたいですね」
「どっちかというと、僕の方が、ここや一人でないことに慣れていないかもです」
確かに、引っ越しして半年もたっていない。
「でも、これなら、もう少し人を呼んでも大丈夫かな」
アニキは、オジサンの生前のように、ここで食事をしたいだろう。
とはいえ、一対一では、少々気まづい。
「あ、そうだ。アニキの家族で、」
「アニキ?」
しまった!
急にアニキと呼ばれて驚かない人はいない。
心の中でだけ呼んでいた愛称をつい、口に出してしまった。
「いえすみません雪さん飼うときに保証人になってもらってアニキがいたらこんなかなあって思ってすみません」
必死に言い訳する。
「いえ、気にしないで、そう呼んでください」
え?
いいの?
気持ち悪いとか、言われなかったのに安堵しながら、極力アニキ発言をスルーしようと、言葉を重ねる。
「ア、アニキの家族で、今度食事しにきませんか?」
「こちらで?」
うんうん、と頷く。
「ご迷惑では?」
いえいえ、と首を振る。
「では、引っ越しのお祝いということで、料理を持ち込ませていただいてよろしいですか?」
うん?と首をかしげる。
それこそ迷惑かけちゃうでしょ。
「実は妻が、一度拙宅にお呼びしろ、と煩くて。遠慮しろと宥めているのですが」
どうやら、奥さんもオジサンの食事会に何度も参加していて、先代の心情と僕の事情も知っていて、僕を一人にしておくな、早く家に呼べとアニキに迫っていたらしい。
「こちらに呼んでいただけると聞いたら喜ぶでしょうが、家に呼びもしない上に食事の用意をさせるな、と怒られてしまいます」
尻に敷かれてるのかな?
「じゃ、じゃあ、お昼ご飯にして、軽めにってことでは?」
「夜ですと、バーテンダーのお仕事がお休みの時でないといけませんから、むしろ昼食の方がご迷惑をかけないですね。料理で、食べたいもの、食べられないものはありますか?」
タブレットを取り出すアニキ。
「え? えーと、お料理はお任せで。食べられないのは、納豆くらい。あと、とろろとかのヌルヌルしたのは苦手。生のフルーツは、好んで食べないです」
「かしこまりました」
華麗に指が動くと、かすかに、メールが飛んでいく音が聞こえた、と思ったら、メール着信音。
「妻から、ご期待に添えるよう努力する、とのことです」
夫婦して、早っ!
「あ、じゃあ、お酒は用意させてください。何を飲まれます?」
「妻もビールが好きで、よく飲みます」
僕もビールが好きだから、望むところだ。
あ、あれを使うと喜んでくれるかな。
「お子さんは、ジュース?」
猫の保証人になってもらったときに、子どもアリ小学校高学年以上(小学生低学年以下の子供がいる家庭には、あの会は猫を引き取らせてくれない)とは聞いていた。
「娘のことは、お気になさらずに。少々引っ込み思案なところがありまして。もし来たがらなければご容赦ください」
「いえいえ、無理させないでください」
娘さんなのか。
食器やコップは、オジサン時代のがかなり残っているので、問題ない。
日取りを決め、アニキを玄関まで送る。
雪さんは、途中までついてきたが、廊下の途中で、座って見ている。
あまり、外には出たがったことがないけど、油断大敵。
「あ、そうだこれ受け取ってください」
靴箱の上に置いてあった予備の鍵をアニキに渡す。
「これは?」
「合鍵です。僕が寝込んだら、助けにきてください」
とおどけていったつもりが、アニキは、真剣な目で、鍵を見つめている。
アニキ発言と合わせて、気持ち悪かったかな。
突き返されるかも、と不安に思うくらいの間を開け、アニキは財布を出し、奥の方にしまい込んだ。
「鍵も、アニキと呼んでくださったことも、感謝しています」
一礼して、帰っていった。
なんとなく、こそばゆい気持ちで振り返ると、雪さんが化け猫のような顔で、大あくびしていた。
アニキは、手土産として、僕へのケーキの他に、雪さんに猫缶を持ってきていた。
さすが、如才ないなあ。
晩ご飯の時間には、ちょっと早いけど、缶詰を見て興奮する雪さんに高級品をあげた。
食いつきの良さに、ご飯あげてないんじゃないかと誤解されないか、若干不安になりながら、水出しコーヒーを温めて運ぶ。
この部屋には、本格的な背の高い水出しコーヒーの器具があったので、使っている。
なお、いつもはリビングには、テーブルを置いていないので、一階の六畳間から、ローテーブルを持ってきていた。
クッションを置いても、フローリングの床に座ってもらうのは、失礼だったかも。
「この高さからは、新鮮ですね」
オジサンの生前は、イスに座っていたようだから、喜んでもらってよかった。
食べ終わった雪さんは、アニキの匂いをひとしきり嗅ぎ、満足したのか、元ドーム型ベッドの上で箱になっていた。
「雪さん、ずいぶん慣れたみたいですね」
「どっちかというと、僕の方が、ここや一人でないことに慣れていないかもです」
確かに、引っ越しして半年もたっていない。
「でも、これなら、もう少し人を呼んでも大丈夫かな」
アニキは、オジサンの生前のように、ここで食事をしたいだろう。
とはいえ、一対一では、少々気まづい。
「あ、そうだ。アニキの家族で、」
「アニキ?」
しまった!
急にアニキと呼ばれて驚かない人はいない。
心の中でだけ呼んでいた愛称をつい、口に出してしまった。
「いえすみません雪さん飼うときに保証人になってもらってアニキがいたらこんなかなあって思ってすみません」
必死に言い訳する。
「いえ、気にしないで、そう呼んでください」
え?
いいの?
気持ち悪いとか、言われなかったのに安堵しながら、極力アニキ発言をスルーしようと、言葉を重ねる。
「ア、アニキの家族で、今度食事しにきませんか?」
「こちらで?」
うんうん、と頷く。
「ご迷惑では?」
いえいえ、と首を振る。
「では、引っ越しのお祝いということで、料理を持ち込ませていただいてよろしいですか?」
うん?と首をかしげる。
それこそ迷惑かけちゃうでしょ。
「実は妻が、一度拙宅にお呼びしろ、と煩くて。遠慮しろと宥めているのですが」
どうやら、奥さんもオジサンの食事会に何度も参加していて、先代の心情と僕の事情も知っていて、僕を一人にしておくな、早く家に呼べとアニキに迫っていたらしい。
「こちらに呼んでいただけると聞いたら喜ぶでしょうが、家に呼びもしない上に食事の用意をさせるな、と怒られてしまいます」
尻に敷かれてるのかな?
「じゃ、じゃあ、お昼ご飯にして、軽めにってことでは?」
「夜ですと、バーテンダーのお仕事がお休みの時でないといけませんから、むしろ昼食の方がご迷惑をかけないですね。料理で、食べたいもの、食べられないものはありますか?」
タブレットを取り出すアニキ。
「え? えーと、お料理はお任せで。食べられないのは、納豆くらい。あと、とろろとかのヌルヌルしたのは苦手。生のフルーツは、好んで食べないです」
「かしこまりました」
華麗に指が動くと、かすかに、メールが飛んでいく音が聞こえた、と思ったら、メール着信音。
「妻から、ご期待に添えるよう努力する、とのことです」
夫婦して、早っ!
「あ、じゃあ、お酒は用意させてください。何を飲まれます?」
「妻もビールが好きで、よく飲みます」
僕もビールが好きだから、望むところだ。
あ、あれを使うと喜んでくれるかな。
「お子さんは、ジュース?」
猫の保証人になってもらったときに、子どもアリ小学校高学年以上(小学生低学年以下の子供がいる家庭には、あの会は猫を引き取らせてくれない)とは聞いていた。
「娘のことは、お気になさらずに。少々引っ込み思案なところがありまして。もし来たがらなければご容赦ください」
「いえいえ、無理させないでください」
娘さんなのか。
食器やコップは、オジサン時代のがかなり残っているので、問題ない。
日取りを決め、アニキを玄関まで送る。
雪さんは、途中までついてきたが、廊下の途中で、座って見ている。
あまり、外には出たがったことがないけど、油断大敵。
「あ、そうだこれ受け取ってください」
靴箱の上に置いてあった予備の鍵をアニキに渡す。
「これは?」
「合鍵です。僕が寝込んだら、助けにきてください」
とおどけていったつもりが、アニキは、真剣な目で、鍵を見つめている。
アニキ発言と合わせて、気持ち悪かったかな。
突き返されるかも、と不安に思うくらいの間を開け、アニキは財布を出し、奥の方にしまい込んだ。
「鍵も、アニキと呼んでくださったことも、感謝しています」
一礼して、帰っていった。
なんとなく、こそばゆい気持ちで振り返ると、雪さんが化け猫のような顔で、大あくびしていた。
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