【完結】cat typing ~猫と麦酒~第10回ドリーム小説大賞奨励賞

まみ夜

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番外編:秋

秋のお菓子/再び

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 定番のデザート、という高いハードルをお客様のアイディアに肩車されて乗り越えた僕は、更に険しい山に立ち向かっていた。
 喫茶タイムの「秋のお菓子」をどうするか、だ。
 もう、モンブラン・リターン(小盛)でもいいんじゃないか、と青果店に行ってみた。
 栗が安ければなー、という下心だ。
 残念ながら、栗は前回の取り引き(大量に栗が水に浮いた)で、取り扱いが終わってしまっていた。
 ガッカリしながらも、店主に旬で良さそうな果物を聞いたら、応えはシャインマスカットだった。
 試食させてくれる、というので、一粒を丸ごと頬張った。
 皮を噛み潰す、と果汁が溢れてくる。
 葡萄は飲み物です、といった感じで、喉に流れ込む果汁を抵抗せず飲み干したら、あっという間になくなってしまった。
「美味しい」
「だろう?」
 惜しむらくは、喉越しよく、すぐに果汁がなくなってしまうことだ。
 もっと、味わっていたい。
 ゼリーにする?
 いや、生の果実の方が、絶対に美味しい。
 では、どうするか?
 僕は一房、購入した。

 焼きあがったチョコチップ入りのパウンドケーキをオーブンから出し、まだ熱い庫内に成型したパイ皮を入れた。
 ちなみに、パイ皮は冷凍だ。
 試作がうまくいけば、自作するかもしれないが、とりあえずは文明の利器に頼る。

「試食しませんか?」
 喫茶タイムにパウンドケーキでギネスを呑む、菊池さんに声をかけた。
 このパウンドケーキは、レーズンとドライのラズベリー、クランベリー入りで、チェリーブランデーを染み込ませている。
 二つ返事で頷く彼女の前に、小皿を置いた。
「葡萄?」
「シャインマスカットです」
 小皿には、薄緑の葡萄が一粒、そしてその隣には、常温に冷えた小さなカップ型のパイから覗く、同じ葡萄。
「まずは、シャインマスカットだけ、食べてみてください」
 素直に口に含み、噛みしめて、ごぐごぐ喉を鳴らすのがわかった。
「葡萄は飲み物です!」
 感想が、僕と同じなのが、ちょっと嫌だ。
「次は、パイに入ってるのを、同じように一口で食べてください」
「これ、中に何が入っているの?」
 疑り深いな。
「シャインマスカットです」
 僕は、胸を張って答えた。
「だけ?」
「だけ」
 菊池さんは、納得がいかない顔で、それでも一口にして。
 驚きで目を見開いたまま、もぐもぐもぐもぐしていた。
 喜んでいてくれるのだろうけど、その目ちょっと怖い。
「すごい!パイがジュースを吸って、ずっと口の中が美味しいままなの。飲み込むのが勿体ない」
 よし、いい反応だ。
 これで、秋のお菓子は決定だ。
「でも」
 え?
 でも?
「葡萄は、葡萄だと思う」
 うん?
「葡萄の美味しい食べ方だと思う」
 例えば、グレープフルーツの苦い白い部分を取り除いて食べさせるような、食べ方の工夫であって、つまりお菓子にはなってない、と?
 かといって、これにクリームとかを加えても、美味しさを損なう。
 鮮度のいい美味しそうな魚を手に入れたら、まずお刺身で食べたいのと同じだ。
 意外に厳しい、そして正しい指摘に、僕はガックリ、と肩を落とした。
「ほら、秋は、他にも美味しい果物もあるし!」
 でも、本当に美味しい果物だったら、今回のシャインマスカットと同じで、お菓子にするより、そのままの方が美味しいかもしれない。
「例えば?」
 僕は、少々恨めしそうに、上目遣いで聞いた。
「か、かぼちゃ、とか?」
 カボチャは野菜です。

 僕は、喫茶タイムにコーヒーではなく、ギネスをカッ喰らう菊池さんを後目に、カボチャを切っていた。
 実は、いいカボチャが安く手に入ったので、今夜の日替わりのお料理をカボチャにする気だったのだ。
 シンプルに薄切りにしてオーブンで焼いただけのカボチャに塩胡椒しただけの「焼きカボチャ」。
 どうも、焼いたカボチャは、焼肉の添え物で出てきたカボチャが、黒焦げになってしまうせいか、いい印象がないようだ。
 だけど、煮て甘味をお湯に溶け出させてしまうより、焼いて水分を飛ばした方が、甘味が強くて美味しいのだ。
 塩胡椒が、その甘味を引き立てて、ホクホクで旨々なのだけど、飽きたら辛子マヨネーズもいいので、添えておこう。
 売れ残ったら、自分用に「いとこ煮」にリメイクするつもりだったけど、四分の一くらいをラップをして電子レンジにかけた。
 ボールに卵を割り入れ、砂糖、薄力粉、牛乳を加えては、その都度よく混ぜる。
 カボチャを電子レンジから取り出して、ボールと入れ替える。
 カボチャの皮を外して、裏漉しにして、ちょっと悩んでから、生クリームを足して混ぜる。
 ボールの方は、レンジしてかき混ぜて、またレンジを三回繰り返す。
 別のボールに、薄力粉と砂糖、半量の牛乳を入れて混ぜ、卵を割り入れて、残りの牛乳を加えて更に混ぜて、生地をつくる。
 これをフライパンで薄く丸く焼く。
 裏も焼いて、何枚か焼いたら、ラップをかけておく。
 それぞれが冷えるのを待つ間、焼き鏝の代わりになるものを探して結局、熱したフライパンでいいか、と思いついた。
 小さ目のクレープ皮に、カボチャクリームとカスタードクリームを絞って、一口大の円錐に巻く。
 クレープを逆さに持って、クリームがはみ出た部分に、バットのグラニュー糖をつける。
 その持ち方のまま、熱したフライパンに押し付けて、グラニュー糖をキャラメリゼする。

「試食しませんか?」
 焦げた砂糖の香をツマミにギネスを呑む、菊池さんに声をかけた。
 綿飴のような匂いが気になっていたのだろう。
 二つ返事で頷く彼女の前に、小皿を置いた。
「小さいクレープ?」
「一口で、どうぞ」
「これ、中に何が入っているの?」
 疑り深いな。
「カボチャクリームとカスタードクリームです」
 僕は、胸を張って答えた。
「だけ?」
「だけ」
 菊池さんは、納得がいかない顔で、それでも一口にして。
 驚きで目を見開いたまま、もぐもぐもぐもぐしていた。
 喜んでいてくれるのだろうけど、その目ちょっと怖い。
「すごい!香ばしくて、ちょっと苦いパリパリの中から、甘いカボチャとカスタードが飛び出してきて」
 キャラメリゼでフタをしたから、噛み潰す感じになるよね。
「ちょっと濃いかな、と思ったら、クレープの皮がちょうどいい感じにしてくれて。カボチャもカスタードもどっちも美味しくて、混ざっても美味しくて」
 カスタードクリームにカボチャを加えてしまおうか、とも思ったのだけど、別々のクリームにして成功のようだ。
「ずっと口の中が美味しいままなの。飲み込むのが勿体ない」
 よし、いい反応だ。
 これで、秋のお菓子は決定だ。
「でも」
 え?
 でも?
「コーヒーより、ビールが飲みたい」
 僕は、試食のお礼に、ギネスを奢った。


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番外編の解説(作者の気まぐれ自己満足と忘備録的な)

「秋の」とあったら(以下略)

はい、秋のお菓子再び、です。
(開き直った)

盛り放題モンブランは安定供給できなかったり、定番デザートはできたけど、「秋の」もないままに冬を迎えるか、と思われましたが、無事「秋のお菓子編」完結です。
(いつ、秋のお菓子編になったの?)
(ルリルリ三部作も三話目の予告で略)
(コーヒーよりビールに合うからダメなんじゃないの?)
(個人の感想であって、コーヒーにも合います)

当初は、シャインマスカット大福からのスタートだったのですが、餡の甘さいらないんじゃないか、大福も葡萄を噛み潰す感触に邪魔、とかになって、果汁を味わうためのパイinシャインマスカットになったのですが。
お菓子じゃなーい!と詰むところでした。

実は、第10回ドリーム小説大賞奨励賞を貰い、編集部から「グルメ描写が弱い」との指摘を受けまして。
いやいやいや小説なのだから、読者様が登場人物の「××で××な××で美味しい!」とかいうのを鵜呑みにして流すのではなくて、どんな料理か味か、想像して感じてもらいたい、と「余計なグルメ描写」は少な目だったのですが、じゃあ増やしたらどうか、と野心的な挑戦作です。
(パウンドケーキに、チョコクリームが焼き立ての熱で溶けて、染み込んでいく、みたいなので伝えようとするの、好きだよね)
(ちょっと捻った料理が多いから、でも食材は知っているものばかりだから、答えはこんな味です!ってしないで、読者様の経験と想像で、味の方程式をたててほしいんですよねえ)
(答えは、その人の心の中にあるんです、的な?)
(そうそう。小説の中の架空の料理なんだから、その架空の味を各々楽しんでほしいなあ)

というか、アドバイスに「いやそうじゃなくて」って反応は大丈夫か、って気もしますが。
まあ、そもそも続くかどうかがわからないのが、番外編の醍醐味ですよね?

また、機会がありましたら、このお店にお付き合いくださいませ。
(そういえば、珍しく店での話ばかりだね?)
(グルメ描写に反発したせいでしょ?)
(美味しい物を食べたら語るより、黙るよね?)
(TVでも漫画でも、小説でも食レポって余所行きの説明で、好きな味かどうかではないから、自分には響かないんですよね)
(まあ、食べた全員が絶賛するとか、現実ではありえないしね)
(美味しいけど、味濃いとか、もうちょっと甘い方が、とかね?)
(マツコの知らない世界、好きだよね?)
(あれは「好き」の槍投げみたいなもので、受け手は刺さるか逃げるかの二択だからね)

まみ夜
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