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番外編:梅雨時
梅雨時の婚約
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六月の花嫁はジューン・ブライドというが、婚約者は何というのだろう?
「お見合い!?」
お店の中に、菊池さんの絶叫が響いた。
「声が大きい!」
師匠の制止は、今更遅い。
既に、僕を含めて、お客様全てが耳になっていた。
「もう」
ちょっと諦めて、疲れた顔で、
「日本でお店を出すのに、保証人になってくれた兄弟子がいるんだけど、その人の紹介で、どうしてもって言われて仕方なく」
「仕方なくって何よソレ!?」
再びの絶叫は、驚きではなく、ドス黒さを纏っていた。
「お待たせしました。破れそうなソーセージです」
珍しく、師匠が二日連続で来ていた。
やはり、お見合いのことで、悩みがあるのだろうか。
「なあ、我が弟子よ」
「あ、はい」
そう呼ばれたら、座るしかない。
狙ってきたのだろう、まだ時間が早くて、他にお客様はいない。
「家族って、なんだ?」
いきなり哲学的なことを言い出して、思いだしたように自嘲の表情となった。
「すまん」
「いえ、その縁で、ここにいて、師匠にも会えたのですから」
僕が天涯孤独で、呼び方もわからない遠縁の親戚であるオジサンに、このビルを譲られたのは話していた。
「自分も親とは疎遠でね。この国で頼れるって言ったら、兄弟子くらいで。そんなのが見合いして結婚、家族っていうのもさ」
「でも、師匠にも、お店を通じてのお客様もいれば、僕みたいな弟子もいるじゃないですか。人との繋がりは、あると思いますよ」
家族と縁がない、とどうしても人間関係に疎外感を感じるのは、経験でわかる。
自分は家族を持っていいのだろうか、という疑問になって、実は家族のような人々に囲まれているのに気がつかなくなってしまう。
そう、以前の僕のように。
師匠は、大きく息を吐いて、
「弟子に、諭される、と立場がだな」
「よければ、ヴァージンロード、いっしょに歩きますよ?」
場を明るくしよう、との冗談に、はっ、と鼻で笑い。
「じゃあ、引き出物は、我が弟子のソーセジだな」
いやそれは、公開処刑でしょう。
「披露宴のメインデュッシュの方がいいか?」
参加者が酔っている分、マシかも。
いや、そんなことはない、むしろ惨状が視える。
製作者(僕)が、その場にいたとしたら、針の筵だ。
「どちらがいいか選べ、我が弟子よ」
師匠は、ふっきれたように、笑ってビールを飲み干した。
後日、聞いた顛末。
見合いの場所は、師匠の取引先であるレストランで、日中の開店前。
その席で、師匠は挨拶もそこそこに、厨房を借りて仕上げた自作ソーセージの皿をドンと置いた。
海上自衛隊勤務の見合い相手は、躊躇なくソーセージを口に入れ、師匠の目を見て「美味い」と言ったそうだ。
そして、師匠は、「この人と結婚する」と宣言した。
結婚とは、一方的に決められるものではないが、幸いにして、相手から断られることはなかった。
つまり、師匠の婚約が決まった。
お店では、祝福と怨嗟が吹き荒れることとなった。
僕は、嘆く男性陣を「師匠のファンってやっぱり多いよな」とか考えながら、引き出物とか、メインディッシュの話が蒸し返されないように、大人しくしていた。
--------------------------------------------------------------------
番外編の解説(作者の気まぐれ自己満足と忘備録的な)
「梅雨時の」とあったら(以下略)
「料理中の写真」で、明らかになった師匠の生い立ちですが、本編では、意外と軽く思いついて書いたのに、ずいぶん、と思い入れのある登場人物になったな、と感じます。
当初は、菊池さんの恋愛話を考えていのですが、どうしても思いつかず、例えば師匠だったら、と想像したら、あっさり婚約してしまった、という菊池さん推しとしては、残念な結果となってしまいました(他人事)。
番外編なのに、結婚とかネタ振りして、どうするんだ、って気もしますが。
まあ、そもそも続くかどうかがわからないのが、番外編の醍醐味ですよね?
また、機会がありましたら、このお店にお付き合いくださいませ。
(相手が海上自衛隊とか、調べる根性あるの?)
(NCIS視てるから大丈夫?)
(え?)
(え?)
まみ夜
「お見合い!?」
お店の中に、菊池さんの絶叫が響いた。
「声が大きい!」
師匠の制止は、今更遅い。
既に、僕を含めて、お客様全てが耳になっていた。
「もう」
ちょっと諦めて、疲れた顔で、
「日本でお店を出すのに、保証人になってくれた兄弟子がいるんだけど、その人の紹介で、どうしてもって言われて仕方なく」
「仕方なくって何よソレ!?」
再びの絶叫は、驚きではなく、ドス黒さを纏っていた。
「お待たせしました。破れそうなソーセージです」
珍しく、師匠が二日連続で来ていた。
やはり、お見合いのことで、悩みがあるのだろうか。
「なあ、我が弟子よ」
「あ、はい」
そう呼ばれたら、座るしかない。
狙ってきたのだろう、まだ時間が早くて、他にお客様はいない。
「家族って、なんだ?」
いきなり哲学的なことを言い出して、思いだしたように自嘲の表情となった。
「すまん」
「いえ、その縁で、ここにいて、師匠にも会えたのですから」
僕が天涯孤独で、呼び方もわからない遠縁の親戚であるオジサンに、このビルを譲られたのは話していた。
「自分も親とは疎遠でね。この国で頼れるって言ったら、兄弟子くらいで。そんなのが見合いして結婚、家族っていうのもさ」
「でも、師匠にも、お店を通じてのお客様もいれば、僕みたいな弟子もいるじゃないですか。人との繋がりは、あると思いますよ」
家族と縁がない、とどうしても人間関係に疎外感を感じるのは、経験でわかる。
自分は家族を持っていいのだろうか、という疑問になって、実は家族のような人々に囲まれているのに気がつかなくなってしまう。
そう、以前の僕のように。
師匠は、大きく息を吐いて、
「弟子に、諭される、と立場がだな」
「よければ、ヴァージンロード、いっしょに歩きますよ?」
場を明るくしよう、との冗談に、はっ、と鼻で笑い。
「じゃあ、引き出物は、我が弟子のソーセジだな」
いやそれは、公開処刑でしょう。
「披露宴のメインデュッシュの方がいいか?」
参加者が酔っている分、マシかも。
いや、そんなことはない、むしろ惨状が視える。
製作者(僕)が、その場にいたとしたら、針の筵だ。
「どちらがいいか選べ、我が弟子よ」
師匠は、ふっきれたように、笑ってビールを飲み干した。
後日、聞いた顛末。
見合いの場所は、師匠の取引先であるレストランで、日中の開店前。
その席で、師匠は挨拶もそこそこに、厨房を借りて仕上げた自作ソーセージの皿をドンと置いた。
海上自衛隊勤務の見合い相手は、躊躇なくソーセージを口に入れ、師匠の目を見て「美味い」と言ったそうだ。
そして、師匠は、「この人と結婚する」と宣言した。
結婚とは、一方的に決められるものではないが、幸いにして、相手から断られることはなかった。
つまり、師匠の婚約が決まった。
お店では、祝福と怨嗟が吹き荒れることとなった。
僕は、嘆く男性陣を「師匠のファンってやっぱり多いよな」とか考えながら、引き出物とか、メインディッシュの話が蒸し返されないように、大人しくしていた。
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番外編の解説(作者の気まぐれ自己満足と忘備録的な)
「梅雨時の」とあったら(以下略)
「料理中の写真」で、明らかになった師匠の生い立ちですが、本編では、意外と軽く思いついて書いたのに、ずいぶん、と思い入れのある登場人物になったな、と感じます。
当初は、菊池さんの恋愛話を考えていのですが、どうしても思いつかず、例えば師匠だったら、と想像したら、あっさり婚約してしまった、という菊池さん推しとしては、残念な結果となってしまいました(他人事)。
番外編なのに、結婚とかネタ振りして、どうするんだ、って気もしますが。
まあ、そもそも続くかどうかがわからないのが、番外編の醍醐味ですよね?
また、機会がありましたら、このお店にお付き合いくださいませ。
(相手が海上自衛隊とか、調べる根性あるの?)
(NCIS視てるから大丈夫?)
(え?)
(え?)
まみ夜
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