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番外編:春
春の試験
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オヤジに、「忍が試験だから、手伝ってくれ」と連絡があった。
僕のような人格者でない、とあのオヤジの元で続くバーテンダーが足りないのだろう。
まあ、僕がいたころから、バイトも長続きしなかったしね。
珍しく、「今日即来い」とかではなく、一週間前に知らせてきたので、自分のお店のお客様にお休みを告知して、手伝うことにした。
「お、」
お久しぶりです、の「お」で止まった。
なぜなら、カウンターの奥から、忍さんが睨んできたから。
とりあえず、スマホを見て、日付が間違っていないのを確認した。
「来たか、じゃあ、忍の試験、始めるぞ」
調理スペースから出てきたオヤジが宣言した。
『忍が試験だから、手伝ってくれ』
僕は、「忍(さん)が(大学の)試験(で店のバイトができない)だから、(店を)手伝ってくれ」だと勘違いしていた。
久しぶりに、シェイカー振る気まんまんだったのだ。
しかし、「忍(さん)が(フロア担当からバーテンダー昇格の)試験だから、(試験を)手伝ってくれ」だったのだ。
それは、「落としたら、ぶっ殺す」って目で睨んでくるよね、っていつもと変わらないか。
「こんばんはー」
着替え終えたら、近所の「イタリアンが食べられる保護猫カフェ」のオーナー、猫オバチャンが来た。
彼女は、この店の前で産気づいた野良猫が切っ掛けで知り合った、保護猫活動団体の長でもある。
その時の子猫を里子に出すことで関係するようになった僕を、今では四つの団体が相互支援しあう連合の総長(だっけ?)に祭り上げた人だ。
「ちょっとー、遅く、なっちゃったー」
「いや、ちょうどいいタイミングだ。こっちに座ってくれ」
カウンダ―ではなく、テーブルに座らせるオヤジ。
「好きなものを頼んでくれ。言っていたように、御馳走する」
どうやら、試験官としてではなく、お客様役として呼んだようだ。
「じゃー、お言葉に、甘えてー」
というか、僕には、何も説明ナシ?
そもそも僕の時には、こんな試験がなくって、一か月後くらいにはバーテンダーやらされてたよ?
「カールスバーグ、ハーフパイントと唐揚げ、ファースト」
忍さんが、ビールをハーフパイントグラスに注ぎ始めたので、僕は調理スペースに、唐揚げを揚げに行った。
「カールスバーグ、ファースト」
とちょっと裏返った忍さんの声に、オヤジがグラスを受取り、猫オバチャンのテーブルに運ぶ。
「カウンター正面に、マティーニをシェイクでとジントニック」
ロールプレイングですな。
忍さんが、バーマットにジントニックのタンブラー、シェイカーのボディ、冷凍庫からゴードンの瓶を置く。
両方にメジャーカップで測ったジンを注ぎ、シェイカーにベルモットを加え、両方に氷を入れた。
おっと、減点。
次に、グラスにライムを絞ってから入れようとして、氷が邪魔なのに気がつく忍さん。
とりあえず、氷の上に乗せた。
シェイカーを組立て、シェイク。
グラスにトニックを注いで、バースプーンでステアしながら、うまくライムを氷の下に落としたのは合格。
コースターを置こうとして、もう置いてあることに気がつく。
うん、ファーストドリンクじゃないから、無理して同時に出さなくてもよかったよね。
ジントニック、冷凍庫から出したカクテルグラスをコースターに置き、シェイカーからマティーニを注ぎ、ピンに刺したオリーブを飾り、レモンピールを振る。
「ジントニック、とマティーニのシェイク、お待たせいたしました」
オヤジが、カウンターに寄り、マティーニを味見している、と猫オバチャンが手を挙げた。
「カルバドスー、ちょうだいー」
ちょうど揚がった唐揚げのお皿を手に向い、
「唐揚げ、お待たせしました。カルバドスの飲み方は、お水で割るなど、どうなさいますか?」
「お勧めはー?」
これじゃあ、僕の試験になっちゃうな。
「当店のカルバドスは、ポム・プリゾニエール。瓶に林檎を丸ごと漬け込んだものですので、ストレートが香を楽しめてお勧めです」
「じゃー、ストレートー」
「かしこまりました」
会話を聞いていたであろう忍さんを振り返る、と瓶の在処を探していた。
リキュールの辺りじゃなくて、もっと調理スペース寄りなんだけどな。
僕の方が近いので、ブランデーグラスにワンショット注いでトレイに置き、忍さんを見る。
彼女は、「ぶっ殺す」の目で僕を見ていたが、「あ」と漏らし、グラスに氷、水を入れて、差し出した。
僕は受け取らず、
「ストレートだから、水だけ」
と囁いた。
慌てて、新しいグラスに水を注ぐ、忍さん。
トレイに、カルバドスの瓶も載せて、
「お待たせしました。カルバドスです」
ビールのグラスを下げ、コースターを追加して、カルバドスとチェイサーのグラスを置く。
「こちらが、ポム・プリゾニエール、閉じ込められた林檎です」
林檎が丸ごと漬かった瓶を置く。
「これ、どうやって瓶に入れたの?」
答えたら、僕の試験になってしまう。
いや、ちゃんと知ってはいますよ。
僕が振り返るのと、オヤジが忍さんに顎で「行け」とやるのが、同時だった。
「林檎がとても小さいうちに、瓶に入れて、そのまま瓶の中で林檎を大きく育ててます」
「へー」
猫オバチャンの口調がユッタリなせいか、説明が早口に聞こえてしまったのは、かわいそうだな。
僕は、忍さんを置いて、オヤジの方に向かう。
ジントニックを顎で示したので、飲む。
よかった。
マティーニ、しかもシェイクの味見は遠慮したかったし、僕も緊張していたのか喉が渇いていて、ジントニックもきちんとできていた。
もっとも、雑談を終え、カルバドスの瓶を回収してカウンターに戻ってきた忍さんには、彼女作を飲む僕に、「ぶっ殺す」の目を向けられたけど。
オヤジが、カウンターにコースーターを二枚置き、
「こちらに、スプモーニと甘いロング」
両方ロングカクテルの注文なので、とりあえずタンブラーを二つバーマットに置く忍さん。
片方にカンパリを入れ、少し考えてから、もう一方には、ディタ。
両方に、グレープフルーツジュース、氷、トニックウォーターを注いで、軽くステア。
「スプモーニとライチのリキュール、ディタを使ったディタスプモーニです。お待たせしました」
それを聞いて、猫オバチャンが、
「ライチのー、リキュール、ほしいー」
と手を挙げた。
オヤジが指示を出し、忍さんが来たので、僕は道を譲った。
すれ違うタイミングで「ぶっ殺す」と睨まれるのは、既にデフォルトだ。
「飲み方はどうなさいますか?ソーダで割るのがお勧めです」
「炭酸ー、苦手ー」
僕も、忍さんも、「え?」となった。
彼女の来店一杯目は、いつもビールだ。
「あとー、干し柿バター追加ー」
ああ、そういうことか。
僕は、干し柿バターの下に敷く、クラッシュドアイスを作り始めた。
氷を砕く、ゴリゴリいう音が店内に響く。
オヤジが、舌打ちした。
お客様(役)に、聞こえてますよ、それ?
忍さんも気がつき、
「それでしたら、細かい氷を入れたロックはいかがでしょうか。ジュースで割るより、ライチの味を楽しめます」
「じゃー、それでー」
プリンを載せるような足つきの器に、細かく砕いた氷を敷き、アルミホイルを被せ、干し柿バターを盛る。
脇を通る忍さんに、クラッシュドアイスの残った器を渡す。
もちろん、目つきは(以下略)。
ロックグラスにディタを注ぎ、アイスをバースプーンですくったので、つい「あ」と声が漏れた。
舌打ちするオヤジ。
忍さんは、アイスとグラスを交互に見て、バースプーンを置いた。
アイスの器に、ストレーナーをあてて、溶けた水をよく切ってから、グラスにアイスを入れた。
受け取らないでいる、と短いストローを刺してくれたので、干し柿バターといっしょに、テーブルへ運ぶ。
なぜだろう、ストローを突き立てるのを見ていたら、胸に針を刺されるような痛みを感じた。
「ディタのクラッシュドアイスでのロック、干し柿バターお待たせしました。ストローで混ぜて、味の調節をなさってください」
「このバター、何カロリー?」
意地悪く聞くので、僕は、にこやかに、
「高カロリーです」
と答えたが、誰も笑ってくれなかった。
その後すぐに、本当のお客様が入ってきたが、もちろん試験は続く。
それに合わせて、猫オバチャンは、
「忍ちゃんにー、謝って、おいてー」
とオヤジが渡していたらしい注文指示のメモを僕に渡して、帰っていった。
どうりで、ヒネった注文だったわけだ。
スプモーニと甘いロングカクテル注文で、ディタスプモーニつくるって、読んでたわけか。
まあ、僕でもそうするだろうけど。
休憩や、オヤジ指名のお客様、わざわざ来てくださって僕指名でカクテルを注文してくれた高知さんらなど、交代はあったけど、忍さんは無難にこなしていった。
ロックグラスに氷、水を入れてステア、グラスが冷えたら水を捨てて、タンカレー、ベルモット、透明なブルベリーリキュールをステア。
ブルーキュラソーを沈めて、ピンに刺したパールオニオンを飾る。
「当店のオリジナルカクテル、MOONlight Nightです」
閉店した後、お店の名を冠したカクテルを忍さんに、オヤジが三杯注文していた。
促されて、グラスを持つ忍さんと、僕。
「忍、合格だ。乾杯」
忍さんが目を見開くが、僕は驚いていなかった。
このカクテルをつくっていいのは、オヤジが認めたバーテンダーだけだからだ。
だから、オヤジが注文した時点で、合格はわかっていた。
ただ、オヤジ以外の、このカクテルの作り手が、世界で僕一人ではなくなってしまったのが、ちょっと寂しいだけだ。
オヤジと僕以外がつくった店名と同じ名のカクテルを口にする。
「お前は、試験官失格で、バイト代ナシな」
僕は、忍さんが初めてつくったMOONlight Nightを、辛うじて吹き出さずに、飲み込めた。
--------------------------------------------------------------------
番外編の解説(作者の気まぐれ自己満足と忘備録的な)
「春の」とあったら(以下略)。
当初は、忍さんの大学の試験期間中に手伝いに行って、昔つくったオリジナルカクテルの失敗話とか、忍さんに嫉妬されるとか、な構想でしたが、オチで忍さんとオリジナルカクテル対決をさせたい、となると、彼女がフロア係からバーテンダーに昇格してないとイマイチ、としてできたお話です。
カクテル対決の話?
まあ、そもそも続くかどうかがわからないのが、番外編の醍醐味ですよね?
メニューの「ドリンク/定番お料理/喫茶タイム」に干し柿バターを追加して、他にも少しだけ追記。
また、機会がありましたら、このお店にお付き合いくださいませ。
まみ夜
僕のような人格者でない、とあのオヤジの元で続くバーテンダーが足りないのだろう。
まあ、僕がいたころから、バイトも長続きしなかったしね。
珍しく、「今日即来い」とかではなく、一週間前に知らせてきたので、自分のお店のお客様にお休みを告知して、手伝うことにした。
「お、」
お久しぶりです、の「お」で止まった。
なぜなら、カウンターの奥から、忍さんが睨んできたから。
とりあえず、スマホを見て、日付が間違っていないのを確認した。
「来たか、じゃあ、忍の試験、始めるぞ」
調理スペースから出てきたオヤジが宣言した。
『忍が試験だから、手伝ってくれ』
僕は、「忍(さん)が(大学の)試験(で店のバイトができない)だから、(店を)手伝ってくれ」だと勘違いしていた。
久しぶりに、シェイカー振る気まんまんだったのだ。
しかし、「忍(さん)が(フロア担当からバーテンダー昇格の)試験だから、(試験を)手伝ってくれ」だったのだ。
それは、「落としたら、ぶっ殺す」って目で睨んでくるよね、っていつもと変わらないか。
「こんばんはー」
着替え終えたら、近所の「イタリアンが食べられる保護猫カフェ」のオーナー、猫オバチャンが来た。
彼女は、この店の前で産気づいた野良猫が切っ掛けで知り合った、保護猫活動団体の長でもある。
その時の子猫を里子に出すことで関係するようになった僕を、今では四つの団体が相互支援しあう連合の総長(だっけ?)に祭り上げた人だ。
「ちょっとー、遅く、なっちゃったー」
「いや、ちょうどいいタイミングだ。こっちに座ってくれ」
カウンダ―ではなく、テーブルに座らせるオヤジ。
「好きなものを頼んでくれ。言っていたように、御馳走する」
どうやら、試験官としてではなく、お客様役として呼んだようだ。
「じゃー、お言葉に、甘えてー」
というか、僕には、何も説明ナシ?
そもそも僕の時には、こんな試験がなくって、一か月後くらいにはバーテンダーやらされてたよ?
「カールスバーグ、ハーフパイントと唐揚げ、ファースト」
忍さんが、ビールをハーフパイントグラスに注ぎ始めたので、僕は調理スペースに、唐揚げを揚げに行った。
「カールスバーグ、ファースト」
とちょっと裏返った忍さんの声に、オヤジがグラスを受取り、猫オバチャンのテーブルに運ぶ。
「カウンター正面に、マティーニをシェイクでとジントニック」
ロールプレイングですな。
忍さんが、バーマットにジントニックのタンブラー、シェイカーのボディ、冷凍庫からゴードンの瓶を置く。
両方にメジャーカップで測ったジンを注ぎ、シェイカーにベルモットを加え、両方に氷を入れた。
おっと、減点。
次に、グラスにライムを絞ってから入れようとして、氷が邪魔なのに気がつく忍さん。
とりあえず、氷の上に乗せた。
シェイカーを組立て、シェイク。
グラスにトニックを注いで、バースプーンでステアしながら、うまくライムを氷の下に落としたのは合格。
コースターを置こうとして、もう置いてあることに気がつく。
うん、ファーストドリンクじゃないから、無理して同時に出さなくてもよかったよね。
ジントニック、冷凍庫から出したカクテルグラスをコースターに置き、シェイカーからマティーニを注ぎ、ピンに刺したオリーブを飾り、レモンピールを振る。
「ジントニック、とマティーニのシェイク、お待たせいたしました」
オヤジが、カウンターに寄り、マティーニを味見している、と猫オバチャンが手を挙げた。
「カルバドスー、ちょうだいー」
ちょうど揚がった唐揚げのお皿を手に向い、
「唐揚げ、お待たせしました。カルバドスの飲み方は、お水で割るなど、どうなさいますか?」
「お勧めはー?」
これじゃあ、僕の試験になっちゃうな。
「当店のカルバドスは、ポム・プリゾニエール。瓶に林檎を丸ごと漬け込んだものですので、ストレートが香を楽しめてお勧めです」
「じゃー、ストレートー」
「かしこまりました」
会話を聞いていたであろう忍さんを振り返る、と瓶の在処を探していた。
リキュールの辺りじゃなくて、もっと調理スペース寄りなんだけどな。
僕の方が近いので、ブランデーグラスにワンショット注いでトレイに置き、忍さんを見る。
彼女は、「ぶっ殺す」の目で僕を見ていたが、「あ」と漏らし、グラスに氷、水を入れて、差し出した。
僕は受け取らず、
「ストレートだから、水だけ」
と囁いた。
慌てて、新しいグラスに水を注ぐ、忍さん。
トレイに、カルバドスの瓶も載せて、
「お待たせしました。カルバドスです」
ビールのグラスを下げ、コースターを追加して、カルバドスとチェイサーのグラスを置く。
「こちらが、ポム・プリゾニエール、閉じ込められた林檎です」
林檎が丸ごと漬かった瓶を置く。
「これ、どうやって瓶に入れたの?」
答えたら、僕の試験になってしまう。
いや、ちゃんと知ってはいますよ。
僕が振り返るのと、オヤジが忍さんに顎で「行け」とやるのが、同時だった。
「林檎がとても小さいうちに、瓶に入れて、そのまま瓶の中で林檎を大きく育ててます」
「へー」
猫オバチャンの口調がユッタリなせいか、説明が早口に聞こえてしまったのは、かわいそうだな。
僕は、忍さんを置いて、オヤジの方に向かう。
ジントニックを顎で示したので、飲む。
よかった。
マティーニ、しかもシェイクの味見は遠慮したかったし、僕も緊張していたのか喉が渇いていて、ジントニックもきちんとできていた。
もっとも、雑談を終え、カルバドスの瓶を回収してカウンターに戻ってきた忍さんには、彼女作を飲む僕に、「ぶっ殺す」の目を向けられたけど。
オヤジが、カウンターにコースーターを二枚置き、
「こちらに、スプモーニと甘いロング」
両方ロングカクテルの注文なので、とりあえずタンブラーを二つバーマットに置く忍さん。
片方にカンパリを入れ、少し考えてから、もう一方には、ディタ。
両方に、グレープフルーツジュース、氷、トニックウォーターを注いで、軽くステア。
「スプモーニとライチのリキュール、ディタを使ったディタスプモーニです。お待たせしました」
それを聞いて、猫オバチャンが、
「ライチのー、リキュール、ほしいー」
と手を挙げた。
オヤジが指示を出し、忍さんが来たので、僕は道を譲った。
すれ違うタイミングで「ぶっ殺す」と睨まれるのは、既にデフォルトだ。
「飲み方はどうなさいますか?ソーダで割るのがお勧めです」
「炭酸ー、苦手ー」
僕も、忍さんも、「え?」となった。
彼女の来店一杯目は、いつもビールだ。
「あとー、干し柿バター追加ー」
ああ、そういうことか。
僕は、干し柿バターの下に敷く、クラッシュドアイスを作り始めた。
氷を砕く、ゴリゴリいう音が店内に響く。
オヤジが、舌打ちした。
お客様(役)に、聞こえてますよ、それ?
忍さんも気がつき、
「それでしたら、細かい氷を入れたロックはいかがでしょうか。ジュースで割るより、ライチの味を楽しめます」
「じゃー、それでー」
プリンを載せるような足つきの器に、細かく砕いた氷を敷き、アルミホイルを被せ、干し柿バターを盛る。
脇を通る忍さんに、クラッシュドアイスの残った器を渡す。
もちろん、目つきは(以下略)。
ロックグラスにディタを注ぎ、アイスをバースプーンですくったので、つい「あ」と声が漏れた。
舌打ちするオヤジ。
忍さんは、アイスとグラスを交互に見て、バースプーンを置いた。
アイスの器に、ストレーナーをあてて、溶けた水をよく切ってから、グラスにアイスを入れた。
受け取らないでいる、と短いストローを刺してくれたので、干し柿バターといっしょに、テーブルへ運ぶ。
なぜだろう、ストローを突き立てるのを見ていたら、胸に針を刺されるような痛みを感じた。
「ディタのクラッシュドアイスでのロック、干し柿バターお待たせしました。ストローで混ぜて、味の調節をなさってください」
「このバター、何カロリー?」
意地悪く聞くので、僕は、にこやかに、
「高カロリーです」
と答えたが、誰も笑ってくれなかった。
その後すぐに、本当のお客様が入ってきたが、もちろん試験は続く。
それに合わせて、猫オバチャンは、
「忍ちゃんにー、謝って、おいてー」
とオヤジが渡していたらしい注文指示のメモを僕に渡して、帰っていった。
どうりで、ヒネった注文だったわけだ。
スプモーニと甘いロングカクテル注文で、ディタスプモーニつくるって、読んでたわけか。
まあ、僕でもそうするだろうけど。
休憩や、オヤジ指名のお客様、わざわざ来てくださって僕指名でカクテルを注文してくれた高知さんらなど、交代はあったけど、忍さんは無難にこなしていった。
ロックグラスに氷、水を入れてステア、グラスが冷えたら水を捨てて、タンカレー、ベルモット、透明なブルベリーリキュールをステア。
ブルーキュラソーを沈めて、ピンに刺したパールオニオンを飾る。
「当店のオリジナルカクテル、MOONlight Nightです」
閉店した後、お店の名を冠したカクテルを忍さんに、オヤジが三杯注文していた。
促されて、グラスを持つ忍さんと、僕。
「忍、合格だ。乾杯」
忍さんが目を見開くが、僕は驚いていなかった。
このカクテルをつくっていいのは、オヤジが認めたバーテンダーだけだからだ。
だから、オヤジが注文した時点で、合格はわかっていた。
ただ、オヤジ以外の、このカクテルの作り手が、世界で僕一人ではなくなってしまったのが、ちょっと寂しいだけだ。
オヤジと僕以外がつくった店名と同じ名のカクテルを口にする。
「お前は、試験官失格で、バイト代ナシな」
僕は、忍さんが初めてつくったMOONlight Nightを、辛うじて吹き出さずに、飲み込めた。
--------------------------------------------------------------------
番外編の解説(作者の気まぐれ自己満足と忘備録的な)
「春の」とあったら(以下略)。
当初は、忍さんの大学の試験期間中に手伝いに行って、昔つくったオリジナルカクテルの失敗話とか、忍さんに嫉妬されるとか、な構想でしたが、オチで忍さんとオリジナルカクテル対決をさせたい、となると、彼女がフロア係からバーテンダーに昇格してないとイマイチ、としてできたお話です。
カクテル対決の話?
まあ、そもそも続くかどうかがわからないのが、番外編の醍醐味ですよね?
メニューの「ドリンク/定番お料理/喫茶タイム」に干し柿バターを追加して、他にも少しだけ追記。
また、機会がありましたら、このお店にお付き合いくださいませ。
まみ夜
応援ありがとうございます!
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