【完結】cat typing ~猫と麦酒~第10回ドリーム小説大賞奨励賞

まみ夜

文字の大きさ
上 下
88 / 120
番外編:春

春の大会

しおりを挟む
 僕は、駅前のスーパーに向かって、夜道を歩いていた。
 平日なのにありがたいことに、お料理が売り切れてしまったので、少し早めにお店を閉じた。
 そうなる、と僕の晩ご飯がない。
 そこで、たまにはお弁当でも、しかもこの時間ならば割り引かれてるのでは、と出てきたのだ。
 ふらふら、と歩く人影が近づき、上の階に住んでいる百田さんとわかった。
 僕が向かっているスーパーも入っているビル最上階のスポーツジムのトレーナー兼店長にしては、頼りない足取りだ。
「こんばんは」
「お、ああ、こんばんは」
 百田さんは、声をかけられて、初めて僕に気がついたようだ。
 普段ジムでの、「お客様の動きは全部把握しています」的な感じとは、あまりに違う。
 疲れてるのかな?
 そんな疑問が、顔に出てしまっていたのだろう。
「来週、フィジークの大会でして。社内のですが」
「ふぃじーく?」
 「どこの国のお料理ですか?」と聞きたくなるくらい、初めて聞く単語だ。
 百田さんの説明による、とボディービルディングの一種で、上半身、特に肩などの筋肉を鍛えて、逆三角形の体形を競う競技。
 そう言われて見れば、百田さんの腰回りや太腿は、鍛えているのに細く見える。
 ブロレスラー体形と違って、カッコいいな、と思っていたのだが、そうなるように目指して身体づくりをしているのだから、すごい。
 応援に行きたかったが、残念ながら、社内の大会のため、外部には非公開。
 最終決勝戦は、広告用にネットでライブ配信されるらしいが、「残れなかったら恥ずかしいので」と日時は教えてくれなかった。
 今は最終調整中で、体脂肪を削るために、かなりカロリーや塩分など、節制しているとのこと。
 目標として口にした体脂肪率なんて、僕の三分の一以下だ。
「大会終わったら、遊びにいきます」
 ご自宅に向かう百田さんの背を見送って、僕はスーパーに着いた。
 色取り取りに照らされるお弁当、お惣菜、そして僕の腹。
 試食や試飲で過酷なバーテンダー生活を支えるため、定期的にジムに通っているので、平均的な体形ではある。
 でも、さっきの体脂肪率を聞いてしまう、と同じ人類に所属している身としては、考えてしまう。
 僕は、ぐーと鳴ったお腹の説得を試みながら、野菜売り場へと向かった。

 翌日、僕はジムで、筋トレのレッスンに参加していた。
 一応、このレッスンには、毎週参加している、なるべく、できるかぎり、その気になれば。
 グループでバーベルなどを使った短時間の筋トレで、少人数なので細かくフォームの指導をしてくれるし、マンツーマンほどの緊張感もなくて、ちょうどいいのだ。
 身体が硬いので、ストレッチをしている、と背中側の入り口から、圧がスタジオに入ってきた。
 正面の鏡に、その正体が映っている。
 百田さんだ。
「急遽で申し訳ありませんが、百田が本日代行させていただきます。よろしくお願いします」
 平日の午前中なので、参加者はご老人がほとんどだ。
 いつもは、トレーナーに気やすくヤジを飛ばしている方々が、百田さんから漏れ出るオーラというか圧に、黙って拍手した。
 レッスンは、例えばスクワットなら、フォームの説明があって、各自が自由な重量のバーバルを担いで九十秒、ペースも好きに動くのが基本だ。
 音楽に合わせる必要はなくて、自分のペースで、自分で追い込む、という趣旨のトレーニングだ。
 もちろん、軽い重量で、無理なくやる方も、この時間帯は多い。
 だが、「音楽に合わせる必要ありません。ご自分のペースで、ですがラスト三十秒は、追い込んでいきましょう」、と笑顔で言いつつ、バーベルにそれ以上積めないだろう、という超重量でハイペースに見本をやられる、とつられてしまう。
 ご常連の諸先輩方も青息吐息だ。
「鬼気迫るものがあったねー」
「大会がんばってねー」
 などと、汗みどろでも、トレーナーと会話できる彼女らは、日ごろから、どれだけ鍛えているんだろう。
 僕は、自分のお店では、シェイカーを振らないでいいことを、プルプル震える腕と脚を見ながら、本当に感謝していた。

「結果は四位でした」
 と晴れやかに、よなよなエールを三杯飲み干して、百田さんは帰っていった。
 いつもと匂いでも違うのか、雪さんはギャングボスの飼猫のように、百田さんの膝に乗り、雨くんは、三下のように回りをグルグルしていた。
 乱れることなく、口では「酔っぱらったので」と、帰っていったのが実に、かっこよかった。

 後日、同居している妹、千秋さんから、店から帰った後「壁に向かって体育座りして泣いてた」と聞いたが、聞かなかったふりができるくらいは、僕は大人だ。
 ね、菊池さん!

 僕は自分に、よなよなを注ごう、として視線を下に向けたら腹が見えたので、三秒悩んで我慢した。

--------------------------------------------------------------------
番外編の解説(作者の気まぐれ自己満足と忘備録的な)

「春の」と冠つければ誤魔化せるんじゃないか、と姑息な題名。
「春の」とあったら、エピローグから、2~3ケ月後までくらい、のお話です。
(番外編というより単なる続編疑惑発覚)

トレーナーの身体にあこがれるけど、近づけるのは難しいけど、モチベーションはあがるよね、っぽいお話。
Twitterに、体重絞り中のお写真が流れてくるのに触発されて、です。
自分は、リーンバルクで増量中なので、体脂肪率が上がってますよ、、、

また、機会がありましたら、このお店にお付き合いくださいませ。

まみ夜
しおりを挟む
感想 2

あなたにおすすめの小説

あやかし猫の花嫁様

湊祥@書籍13冊発売中
キャラ文芸
アクセサリー作りが趣味の女子大生の茜(あかね)は、二十歳の誕生日にいきなり見知らぬ神秘的なイケメンに求婚される。 常盤(ときわ)と名乗る彼は、実は化け猫の総大将で、過去に婚約した茜が大人になったので迎えに来たのだという。 ――え⁉ 婚約って全く身に覚えがないんだけど! 無理! 全力で拒否する茜だったが、全く耳を貸さずに茜を愛でようとする常盤。 そして総大将の元へと頼りに来る化け猫たちの心の問題に、次々と巻き込まれていくことに。 あやかし×アクセサリー×猫 笑いあり涙あり恋愛ありの、ほっこりモフモフストーリー 第3回キャラ文芸大賞にエントリー中です!

真夜中の仕出し屋さん~料理上手な狛犬様と暮らすことになりました~

椿蛍
キャラ文芸
「結婚するか、化け物屋敷を管理するか」 仕事を辞めた私に、父は二つの選択肢を迫った。 料亭『吉浪』に働いて六年。 挫折し、料理を作れなくなってしまった―― 結婚を断り、私が選んだのは、化け物屋敷と父が呼ぶ、亡くなった祖父の家へ行くことだった。 祖父が亡くなって、店は閉まっているはずだったけれど、なぜか店は開いていて―― 初出:2024.5.10~ ※他サイト様に投稿したものを大幅改稿しております。

鬼の御宿の嫁入り狐

梅野小吹
キャラ文芸
▼2025.2月 書籍 第2巻発売中! 【第6回キャラ文芸大賞/あやかし賞 受賞作】  鬼の一族が棲まう隠れ里には、三つの尾を持つ妖狐の少女が暮らしている。  彼女──縁(より)は、腹部に火傷を負った状態で倒れているところを旅籠屋の次男・琥珀(こはく)によって助けられ、彼が縁を「自分の嫁にする」と宣言したことがきっかけで、羅刹と呼ばれる鬼の一家と共に暮らすようになった。  優しい一家に愛されてすくすくと大きくなった彼女は、天真爛漫な愛らしい乙女へと成長したものの、年頃になるにつれて共に育った琥珀や家族との種族差に疎外感を覚えるようになっていく。 「私だけ、どうして、鬼じゃないんだろう……」  劣等感を抱き、自分が鬼の家族にとって本当に必要な存在なのかと不安を覚える縁。  そんな憂いを抱える中、彼女の元に現れたのは、縁を〝花嫁〟と呼ぶ美しい妖狐の青年で……?  育ててくれた鬼の家族。  自分と同じ妖狐の一族。  腹部に残る火傷痕。  人々が語る『狐の嫁入り』──。  空の隙間から雨が降る時、小さな体に傷を宿して、鬼に嫁入りした少女の話。

ナマズの器

螢宮よう
キャラ文芸
時は、多種多様な文化が溶け合いはじめた時代の赤い髪の少女の物語。 不遇な赤い髪の女の子が過去、神様、因縁に巻き込まれながらも前向きに頑張り大好きな人たちを守ろうと奔走する和風ファンタジー。

鬼の閻火とおんぼろ喫茶

碧野葉菜
キャラ文芸
ほっこりじんわり大賞にて奨励賞を受賞しました!ありがとうございます♪ 高校を卒業してすぐ、急逝した祖母の喫茶店を継いだ萌香(もか)。 気合いだけは十分だったが現実はそう甘くない。 奮闘すれど客足は遠のくばかりで毎日が空回り。 そんなある日突然現れた閻魔大王の閻火(えんび)に結婚を迫られる。 嘘をつけない鬼のさだめを利用し、萌香はある提案を持ちかける。 「おいしいと言わせることができたらこの話はなかったことに」 激辛採点の閻火に揉まれ、幼なじみの藍之介(あいのすけ)に癒され、周囲を巻き込みつつおばあちゃんが言い残した「大切なこと」を探す。 果たして萌香は約束の期限までに閻火に「おいしい」と言わせ喫茶店を守ることができるのだろうか? ヒューマンドラマ要素強めのほっこりファンタジー風味なラブコメグルメ奮闘記。

【完結】油揚げの動画配信サービス始めます。妖怪はwebの海を行く。

鏑木 うりこ
キャラ文芸
私、宮崎カナは金曜日の夜、残業を終え、ふらふらで帰ってきた。途中、闇に紛れて放置されたゴミ袋につまづいて転んでしまう。 ううっ最悪だーー。  最悪のまま、家に帰り寝てしまう。朝起きると最悪が増えている。 カビの生えた油揚げが私の大事な鞄に張り付いていたのだ。 うわーーーーー!  こ、この油揚げ!喋るぞ!  2022年のキャラ文芸にも(2021年にも出してます……)エントリしておます……。 完結まで書くための心意気として!!かなり長い間放置されていたので、色々と食い違いが出てしまいそうですが、なんとかつなげていきたいと思います。完結、5万字以上更新を目指しておりますが……( ゚Д゚)ガンバル。

一緒に異世界転生した飼い猫のもらったチートがやばすぎた。もしかして、メインは猫の方ですか、女神様!?

たまご
ファンタジー
 アラサーの相田つかさは事故により命を落とす。  最期の瞬間に頭に浮かんだのが「猫達のごはん、これからどうしよう……」だったせいか、飼っていた8匹の猫と共に異世界転生をしてしまう。  だが、つかさが目を覚ます前に女神様からとんでもチートを授かった猫達は新しい世界へと自由に飛び出して行ってしまう。  女神様に泣きつかれ、つかさは猫達を回収するために旅に出た。  猫達が、世界を滅ぼしてしまう前に!! 「私はスローライフ希望なんですけど……」  この作品は「小説家になろう」さん、「エブリスタ」さんで完結済みです。  表紙の写真は、モデルになったうちの猫様です。

あやかし雑草カフェ社員寮 ~社長、離婚してくださいっ!~

菱沼あゆ
キャラ文芸
 令和のはじめ。  めでたいはずの10連休を目前に仕事をクビになった、のどか。  同期と呑んだくれていたのだが、目を覚ますと、そこは見知らぬ会社のロビーで。  酔った弾みで、イケメンだが、ちょっと苦手な取引先の社長、成瀬貴弘とうっかり婚姻届を出してしまっていた。  休み明けまでは正式に受理されないと聞いたのどかは、10連休中になんとか婚姻届を撤回してもらおうと頑張る。  職だけでなく、住む場所も失っていたのどかに、貴弘は住まいを提供してくれるが、そこは草ぼうぼうの庭がある一軒家で。  おまけにイケメンのあやかしまで住んでいた。  庭にあふれる雑草を使い、雑草カフェをやろうと思うのどかだったが――。

処理中です...