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番外編:春
春の大会
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僕は、駅前のスーパーに向かって、夜道を歩いていた。
平日なのにありがたいことに、お料理が売り切れてしまったので、少し早めにお店を閉じた。
そうなる、と僕の晩ご飯がない。
そこで、たまにはお弁当でも、しかもこの時間ならば割り引かれてるのでは、と出てきたのだ。
ふらふら、と歩く人影が近づき、上の階に住んでいる百田さんとわかった。
僕が向かっているスーパーも入っているビル最上階のスポーツジムのトレーナー兼店長にしては、頼りない足取りだ。
「こんばんは」
「お、ああ、こんばんは」
百田さんは、声をかけられて、初めて僕に気がついたようだ。
普段ジムでの、「お客様の動きは全部把握しています」的な感じとは、あまりに違う。
疲れてるのかな?
そんな疑問が、顔に出てしまっていたのだろう。
「来週、フィジークの大会でして。社内のですが」
「ふぃじーく?」
「どこの国のお料理ですか?」と聞きたくなるくらい、初めて聞く単語だ。
百田さんの説明による、とボディービルディングの一種で、上半身、特に肩などの筋肉を鍛えて、逆三角形の体形を競う競技。
そう言われて見れば、百田さんの腰回りや太腿は、鍛えているのに細く見える。
ブロレスラー体形と違って、カッコいいな、と思っていたのだが、そうなるように目指して身体づくりをしているのだから、すごい。
応援に行きたかったが、残念ながら、社内の大会のため、外部には非公開。
最終決勝戦は、広告用にネットでライブ配信されるらしいが、「残れなかったら恥ずかしいので」と日時は教えてくれなかった。
今は最終調整中で、体脂肪を削るために、かなりカロリーや塩分など、節制しているとのこと。
目標として口にした体脂肪率なんて、僕の三分の一以下だ。
「大会終わったら、遊びにいきます」
ご自宅に向かう百田さんの背を見送って、僕はスーパーに着いた。
色取り取りに照らされるお弁当、お惣菜、そして僕の腹。
試食や試飲で過酷なバーテンダー生活を支えるため、定期的にジムに通っているので、平均的な体形ではある。
でも、さっきの体脂肪率を聞いてしまう、と同じ人類に所属している身としては、考えてしまう。
僕は、ぐーと鳴ったお腹の説得を試みながら、野菜売り場へと向かった。
翌日、僕はジムで、筋トレのレッスンに参加していた。
一応、このレッスンには、毎週参加している、なるべく、できるかぎり、その気になれば。
グループでバーベルなどを使った短時間の筋トレで、少人数なので細かくフォームの指導をしてくれるし、マンツーマンほどの緊張感もなくて、ちょうどいいのだ。
身体が硬いので、ストレッチをしている、と背中側の入り口から、圧がスタジオに入ってきた。
正面の鏡に、その正体が映っている。
百田さんだ。
「急遽で申し訳ありませんが、百田が本日代行させていただきます。よろしくお願いします」
平日の午前中なので、参加者はご老人がほとんどだ。
いつもは、トレーナーに気やすくヤジを飛ばしている方々が、百田さんから漏れ出るオーラというか圧に、黙って拍手した。
レッスンは、例えばスクワットなら、フォームの説明があって、各自が自由な重量のバーバルを担いで九十秒、ペースも好きに動くのが基本だ。
音楽に合わせる必要はなくて、自分のペースで、自分で追い込む、という趣旨のトレーニングだ。
もちろん、軽い重量で、無理なくやる方も、この時間帯は多い。
だが、「音楽に合わせる必要ありません。ご自分のペースで、ですがラスト三十秒は、追い込んでいきましょう」、と笑顔で言いつつ、バーベルにそれ以上積めないだろう、という超重量でハイペースに見本をやられる、とつられてしまう。
ご常連の諸先輩方も青息吐息だ。
「鬼気迫るものがあったねー」
「大会がんばってねー」
などと、汗みどろでも、トレーナーと会話できる彼女らは、日ごろから、どれだけ鍛えているんだろう。
僕は、自分のお店では、シェイカーを振らないでいいことを、プルプル震える腕と脚を見ながら、本当に感謝していた。
「結果は四位でした」
と晴れやかに、よなよなエールを三杯飲み干して、百田さんは帰っていった。
いつもと匂いでも違うのか、雪さんはギャングボスの飼猫のように、百田さんの膝に乗り、雨くんは、三下のように回りをグルグルしていた。
乱れることなく、口では「酔っぱらったので」と、帰っていったのが実に、かっこよかった。
後日、同居している妹、千秋さんから、店から帰った後「壁に向かって体育座りして泣いてた」と聞いたが、聞かなかったふりができるくらいは、僕は大人だ。
ね、菊池さん!
僕は自分に、よなよなを注ごう、として視線を下に向けたら腹が見えたので、三秒悩んで我慢した。
--------------------------------------------------------------------
番外編の解説(作者の気まぐれ自己満足と忘備録的な)
「春の」と冠つければ誤魔化せるんじゃないか、と姑息な題名。
「春の」とあったら、エピローグから、2~3ケ月後までくらい、のお話です。
(番外編というより単なる続編疑惑発覚)
トレーナーの身体にあこがれるけど、近づけるのは難しいけど、モチベーションはあがるよね、っぽいお話。
Twitterに、体重絞り中のお写真が流れてくるのに触発されて、です。
自分は、リーンバルクで増量中なので、体脂肪率が上がってますよ、、、
また、機会がありましたら、このお店にお付き合いくださいませ。
まみ夜
平日なのにありがたいことに、お料理が売り切れてしまったので、少し早めにお店を閉じた。
そうなる、と僕の晩ご飯がない。
そこで、たまにはお弁当でも、しかもこの時間ならば割り引かれてるのでは、と出てきたのだ。
ふらふら、と歩く人影が近づき、上の階に住んでいる百田さんとわかった。
僕が向かっているスーパーも入っているビル最上階のスポーツジムのトレーナー兼店長にしては、頼りない足取りだ。
「こんばんは」
「お、ああ、こんばんは」
百田さんは、声をかけられて、初めて僕に気がついたようだ。
普段ジムでの、「お客様の動きは全部把握しています」的な感じとは、あまりに違う。
疲れてるのかな?
そんな疑問が、顔に出てしまっていたのだろう。
「来週、フィジークの大会でして。社内のですが」
「ふぃじーく?」
「どこの国のお料理ですか?」と聞きたくなるくらい、初めて聞く単語だ。
百田さんの説明による、とボディービルディングの一種で、上半身、特に肩などの筋肉を鍛えて、逆三角形の体形を競う競技。
そう言われて見れば、百田さんの腰回りや太腿は、鍛えているのに細く見える。
ブロレスラー体形と違って、カッコいいな、と思っていたのだが、そうなるように目指して身体づくりをしているのだから、すごい。
応援に行きたかったが、残念ながら、社内の大会のため、外部には非公開。
最終決勝戦は、広告用にネットでライブ配信されるらしいが、「残れなかったら恥ずかしいので」と日時は教えてくれなかった。
今は最終調整中で、体脂肪を削るために、かなりカロリーや塩分など、節制しているとのこと。
目標として口にした体脂肪率なんて、僕の三分の一以下だ。
「大会終わったら、遊びにいきます」
ご自宅に向かう百田さんの背を見送って、僕はスーパーに着いた。
色取り取りに照らされるお弁当、お惣菜、そして僕の腹。
試食や試飲で過酷なバーテンダー生活を支えるため、定期的にジムに通っているので、平均的な体形ではある。
でも、さっきの体脂肪率を聞いてしまう、と同じ人類に所属している身としては、考えてしまう。
僕は、ぐーと鳴ったお腹の説得を試みながら、野菜売り場へと向かった。
翌日、僕はジムで、筋トレのレッスンに参加していた。
一応、このレッスンには、毎週参加している、なるべく、できるかぎり、その気になれば。
グループでバーベルなどを使った短時間の筋トレで、少人数なので細かくフォームの指導をしてくれるし、マンツーマンほどの緊張感もなくて、ちょうどいいのだ。
身体が硬いので、ストレッチをしている、と背中側の入り口から、圧がスタジオに入ってきた。
正面の鏡に、その正体が映っている。
百田さんだ。
「急遽で申し訳ありませんが、百田が本日代行させていただきます。よろしくお願いします」
平日の午前中なので、参加者はご老人がほとんどだ。
いつもは、トレーナーに気やすくヤジを飛ばしている方々が、百田さんから漏れ出るオーラというか圧に、黙って拍手した。
レッスンは、例えばスクワットなら、フォームの説明があって、各自が自由な重量のバーバルを担いで九十秒、ペースも好きに動くのが基本だ。
音楽に合わせる必要はなくて、自分のペースで、自分で追い込む、という趣旨のトレーニングだ。
もちろん、軽い重量で、無理なくやる方も、この時間帯は多い。
だが、「音楽に合わせる必要ありません。ご自分のペースで、ですがラスト三十秒は、追い込んでいきましょう」、と笑顔で言いつつ、バーベルにそれ以上積めないだろう、という超重量でハイペースに見本をやられる、とつられてしまう。
ご常連の諸先輩方も青息吐息だ。
「鬼気迫るものがあったねー」
「大会がんばってねー」
などと、汗みどろでも、トレーナーと会話できる彼女らは、日ごろから、どれだけ鍛えているんだろう。
僕は、自分のお店では、シェイカーを振らないでいいことを、プルプル震える腕と脚を見ながら、本当に感謝していた。
「結果は四位でした」
と晴れやかに、よなよなエールを三杯飲み干して、百田さんは帰っていった。
いつもと匂いでも違うのか、雪さんはギャングボスの飼猫のように、百田さんの膝に乗り、雨くんは、三下のように回りをグルグルしていた。
乱れることなく、口では「酔っぱらったので」と、帰っていったのが実に、かっこよかった。
後日、同居している妹、千秋さんから、店から帰った後「壁に向かって体育座りして泣いてた」と聞いたが、聞かなかったふりができるくらいは、僕は大人だ。
ね、菊池さん!
僕は自分に、よなよなを注ごう、として視線を下に向けたら腹が見えたので、三秒悩んで我慢した。
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番外編の解説(作者の気まぐれ自己満足と忘備録的な)
「春の」と冠つければ誤魔化せるんじゃないか、と姑息な題名。
「春の」とあったら、エピローグから、2~3ケ月後までくらい、のお話です。
(番外編というより単なる続編疑惑発覚)
トレーナーの身体にあこがれるけど、近づけるのは難しいけど、モチベーションはあがるよね、っぽいお話。
Twitterに、体重絞り中のお写真が流れてくるのに触発されて、です。
自分は、リーンバルクで増量中なので、体脂肪率が上がってますよ、、、
また、機会がありましたら、このお店にお付き合いくださいませ。
まみ夜
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