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ぼうそうひつじ
ベビー・ストレイシープ
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装備が使えなくなって一週間。
未だに、倉庫の扉は開いていない。
龍鱗の剣を呼び出せないので、名称が確認できず、聖剣騒ぎも終わったのか、不明なままだ。
とはいえ、ファイター、ガンナーは、ほぼ失業中なので暇だ。
メイジであるミチルは、装備の補正がないとはいえ、魔法でモンスターを倒すことができるので、近場に出たモンスターに対応するため、緊急クエストで何度か呼ばれていた。
なので、彼女の肩を揉むくらいしか、やることがない。
「お勤め、ご苦労様です」
「もう、マッサージ上達しないわねー」
「いやー、申し訳ありません」
何この、定年退職したら熟年離婚まで秒読み開始な夫婦みたいな会話。
宿じゃなかったら、指でテーブルとか擦って、「埃が」とか言われていそうだ。
今のところ、メイジのみで対応できるモンスターしか出ていないから、なんとかなっている。
もし、そうでなくなったら、笑えない事態になる。
当然、代わりになる武器を探した。
例えば包丁とかだ。
結論からすれば、あったのはステーキ用のギコギコやるナイフだけだ。
刃のついた刃物は、なかった。
じゃあ、調理場での料理はどうしてるんだ、と思ったが、野菜も肉魚も、切られた状態で買うらしい。
その加工場は、転送で行くしかなく、転送石間の移動を装備のない素手では、歩きたくなかった。
他にあったのは、木の棒くらいだ。
ヘタしたら、十フィートの棒を武器に使うことになるかもしれない。
「そろそろ、ギルドに行ってみる?」
ミチルも鬼嫁ごっこに飽きたのか、聞いてきた。
いつ倉庫が戻るのかもわからないのに、アンダーを着て待っているのも退屈なので一日一回、ギルドへ出向き、直ったかの確認に行っているのだ。
まあ、宿に篭っていても暇なので、ほとんど暇つぶしの散歩なだけだが。
ちなみに、カムイは寝ている。
魔法が使えるミチルが安心して眠れるように、夜に寝ずの番をしているので、昼夜逆転な生活になっているのだ。
もちろん、そんな必要はない、と説得したのだが、魔力銃が使えない自分に、できることとしたい、と言われてしまえば、頷くしかなかった。
それで一層、俺の立場がないわけだが。
「きたぞ!危ない!」
そんな叫びで、我に返った。
街中とはいえ、ぼんやり歩きすぎだ。
モンスターか、と見たら、そこには小さな子羊がいた。
めぇー、と鳴いた。
確か、街の側に、羊を飼っているところがあったのを見た覚えがある。
そこから逃げてきたのだろうか?
「か、かわいー」
牧場とか動物園で見た羊は、薄汚れている印象があったが、これはフワフワモコモコだった。
子羊だからだろうか?
「やわらかー」
ミチルが、撫でまわしていた。
大人しいんだな、と近づいて上体を傾けた俺の鳩尾に、子羊の頭突きが決まった。
「ほぐぁ!」
全ての息が肺から絞り出されて、吸えない。
苦しさと痛さで、俺は転げまわった。
「またまたー、大げさなんだからー」
ミチルが笑っているが、それどころではない。
少し、息が吸えたので、四つん這いになり、必死に呼吸を整えているところに、今度は横腹に頭突きが決まった。
「がはっ!」
外はフワフワなのに、中身は岩でも食ってるのか、というくらい硬いし、一撃が重い。
再び、のた打ちまわる俺に、これはさすがにフザケテない、とわかったミチルが、子羊を止めよう、とする手を毛玉は擦り抜けた。
俺は、視界いっぱいの羊の額を最後に、気を失った。
俺には、「子羊狩られ」という不名誉なアダナがついた。
文字通りそのまま、子羊に狩られた、という意味だ。
ここ数日、羊が街に紛れ込み、悪さをするのが話題になっていたようだが、「狩られた」のは俺だけだ。
倉庫のせいで回復アイテムが使えないので、肉体的なダメージもあるが、精神的なものが大きい。
ミノタウロス、そしてアーマー・ドラゴンを倒したドラゴンスレイヤーの俺が、子羊に昏倒させられたのだ。
倉庫が使えず、クエストにもいけない俺は、無力感で打ちひしがれていた。
宿の一階、食堂に身の置き場がなくて、俺は外へ出た。
「子羊狩られ」な俺は、倉庫が使えなくて暇なジェネラルにとって、恰好のネタだった。
そのうち、尾ヒレどころか、胸ビレが進化して、歩きだしそうだ。
当然、そんな視線に晒されるのが愉快なはずはなく、酒でも呑めば、それこそ仲間だけ働かせて「子羊狩られ」のくせに、と非難の色は濃くなる。
なんとなく、ギルドで倉庫の具合でも聞くか、と思いながらも、そこでの「子羊狩られ」に向けられる好奇な目が脳裏に浮かび、俺の足に向かう先を変えさせた。
何も考えず、人が少ない方へ歩いていたら、街の外に出てしまった。
しかも、こちらは羊を飼っているらしき建物がある方角だ。
決して、羊が怖いわけではない。
ただ、装備を呼び出せない状態で、街から出て、モンスターに遭遇したくないだけだ。
どれほど、他人の目が不快でも、街中の方が安全なのだ。
俺は、街へ踵を返し、間違っていたことを悟った。
未だに、倉庫の扉は開いていない。
龍鱗の剣を呼び出せないので、名称が確認できず、聖剣騒ぎも終わったのか、不明なままだ。
とはいえ、ファイター、ガンナーは、ほぼ失業中なので暇だ。
メイジであるミチルは、装備の補正がないとはいえ、魔法でモンスターを倒すことができるので、近場に出たモンスターに対応するため、緊急クエストで何度か呼ばれていた。
なので、彼女の肩を揉むくらいしか、やることがない。
「お勤め、ご苦労様です」
「もう、マッサージ上達しないわねー」
「いやー、申し訳ありません」
何この、定年退職したら熟年離婚まで秒読み開始な夫婦みたいな会話。
宿じゃなかったら、指でテーブルとか擦って、「埃が」とか言われていそうだ。
今のところ、メイジのみで対応できるモンスターしか出ていないから、なんとかなっている。
もし、そうでなくなったら、笑えない事態になる。
当然、代わりになる武器を探した。
例えば包丁とかだ。
結論からすれば、あったのはステーキ用のギコギコやるナイフだけだ。
刃のついた刃物は、なかった。
じゃあ、調理場での料理はどうしてるんだ、と思ったが、野菜も肉魚も、切られた状態で買うらしい。
その加工場は、転送で行くしかなく、転送石間の移動を装備のない素手では、歩きたくなかった。
他にあったのは、木の棒くらいだ。
ヘタしたら、十フィートの棒を武器に使うことになるかもしれない。
「そろそろ、ギルドに行ってみる?」
ミチルも鬼嫁ごっこに飽きたのか、聞いてきた。
いつ倉庫が戻るのかもわからないのに、アンダーを着て待っているのも退屈なので一日一回、ギルドへ出向き、直ったかの確認に行っているのだ。
まあ、宿に篭っていても暇なので、ほとんど暇つぶしの散歩なだけだが。
ちなみに、カムイは寝ている。
魔法が使えるミチルが安心して眠れるように、夜に寝ずの番をしているので、昼夜逆転な生活になっているのだ。
もちろん、そんな必要はない、と説得したのだが、魔力銃が使えない自分に、できることとしたい、と言われてしまえば、頷くしかなかった。
それで一層、俺の立場がないわけだが。
「きたぞ!危ない!」
そんな叫びで、我に返った。
街中とはいえ、ぼんやり歩きすぎだ。
モンスターか、と見たら、そこには小さな子羊がいた。
めぇー、と鳴いた。
確か、街の側に、羊を飼っているところがあったのを見た覚えがある。
そこから逃げてきたのだろうか?
「か、かわいー」
牧場とか動物園で見た羊は、薄汚れている印象があったが、これはフワフワモコモコだった。
子羊だからだろうか?
「やわらかー」
ミチルが、撫でまわしていた。
大人しいんだな、と近づいて上体を傾けた俺の鳩尾に、子羊の頭突きが決まった。
「ほぐぁ!」
全ての息が肺から絞り出されて、吸えない。
苦しさと痛さで、俺は転げまわった。
「またまたー、大げさなんだからー」
ミチルが笑っているが、それどころではない。
少し、息が吸えたので、四つん這いになり、必死に呼吸を整えているところに、今度は横腹に頭突きが決まった。
「がはっ!」
外はフワフワなのに、中身は岩でも食ってるのか、というくらい硬いし、一撃が重い。
再び、のた打ちまわる俺に、これはさすがにフザケテない、とわかったミチルが、子羊を止めよう、とする手を毛玉は擦り抜けた。
俺は、視界いっぱいの羊の額を最後に、気を失った。
俺には、「子羊狩られ」という不名誉なアダナがついた。
文字通りそのまま、子羊に狩られた、という意味だ。
ここ数日、羊が街に紛れ込み、悪さをするのが話題になっていたようだが、「狩られた」のは俺だけだ。
倉庫のせいで回復アイテムが使えないので、肉体的なダメージもあるが、精神的なものが大きい。
ミノタウロス、そしてアーマー・ドラゴンを倒したドラゴンスレイヤーの俺が、子羊に昏倒させられたのだ。
倉庫が使えず、クエストにもいけない俺は、無力感で打ちひしがれていた。
宿の一階、食堂に身の置き場がなくて、俺は外へ出た。
「子羊狩られ」な俺は、倉庫が使えなくて暇なジェネラルにとって、恰好のネタだった。
そのうち、尾ヒレどころか、胸ビレが進化して、歩きだしそうだ。
当然、そんな視線に晒されるのが愉快なはずはなく、酒でも呑めば、それこそ仲間だけ働かせて「子羊狩られ」のくせに、と非難の色は濃くなる。
なんとなく、ギルドで倉庫の具合でも聞くか、と思いながらも、そこでの「子羊狩られ」に向けられる好奇な目が脳裏に浮かび、俺の足に向かう先を変えさせた。
何も考えず、人が少ない方へ歩いていたら、街の外に出てしまった。
しかも、こちらは羊を飼っているらしき建物がある方角だ。
決して、羊が怖いわけではない。
ただ、装備を呼び出せない状態で、街から出て、モンスターに遭遇したくないだけだ。
どれほど、他人の目が不快でも、街中の方が安全なのだ。
俺は、街へ踵を返し、間違っていたことを悟った。
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