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ちかめいきゅう
ミノタウロス
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「ねえ、ケイ、ケイったら!」
俺は、急に耳元で響いた大声で、我に返った。
「うわ、何だ?」
「もう、ケイったら、聞いてなかったんでしょ?」
ミチルが、俺の隣に座り、頬を膨らませていた。
星海の残影がチラつく。
「もう、ケイったら!」
俺は少しボーっ、としていたらしい。
『まあまあ、ミチル。ケイも初めての戦闘で、疲れたんだよ』
そう執成してくれるランドウは、もういない。
その隣で、頷いてくれたカムイも、今は席を外している。
俺たちは、元の街に戻ってきた。
あちらの街は、クエストが野良パーティー前提なので固定では、やり辛い上、野良に三人で入り込もうにも「死神カムイ」のアダナが、インパクトありすぎたのだ。
まあ、こちらの街でも、「死神」の名は知られていたけど、三人だけでやれるクエストをボチボチやる分には、戻った方がいいだろう、となったのだ。
もちろん、ランドウの思い出がある街は辛い。
だが、俺たちそれぞれが、乗り越える必要があるし、彼もそれを望むだろう。
二代目リーダーには、カムイがなった。
逃げ出した俺には資格がないし、それはミチルも同罪だった。
カムイは、無言で首が千切れるくらいに横に振りまくったが、最後には納得した。
俺たちを信じて待っていたカムイにしかできない、と。
そして、そんなリーダーの元だからこそ、また戦える、と。
彼女は今、ギルドにクエストを見に行っている。
俺たちも行くつもりだったが、もう「死神」でないことを示すためにも、一人で行きたいそうだ。
カムイの実力なら、難癖つけてきた方がボコられるだろう。
ギルド職員には、彼女の隠れファンもいるらしいので、逆に相手の方が心配だ。
「あ、ああ、ちょっと疲れたみたいで、悪い」
戻ってきたカムイ、と目が合った。
俺は、手を挙げて応えた。
「クエスト指名?」
カムイの言葉は、意外だった。
いや、それ自体は珍しいことではないが、いろいろ悪評があり、出戻ったばかりの俺たちに依頼してくるのは予想していなかった。
近場に、ミノタウロスが現れたのだ。
既に、討伐のクエストは発行され、パーティーが向かった。
しかし、その先には、ダンジョンができあがっていた。
当然、ミノタウロスは、その中に潜っていた。
初めてのケースだ、という。
急遽、増援が送られ、ダンジョン攻略が始まった。
心配されたような罠などはなかったが、とんでもない事態が起こった。
ダンジョンの中では、ガイドカーソルが不安定に、時々消えたのだ。
そのタイミングで不意を打たれたパーティーには、大損害が出て、逃げ戻った。
しかも、そのダンジョンは拡大していて、このままでは、街の地下にまで届いてしまう、とのこと。
そうなってしまえば、いつどこからミノタウロスが街へ現れるか、わからない状況になってしまう。
ところが、先発隊に大損害が出たことを知った他のパーティーは、尻込みをして、クエストを受けてくれない。
そこで、巡り巡って、俺たちにまで話が来たのだ。
「ランドウなら受ける、と思う・・・よね?」
最後が若干、弱気になってしまったが、カムイの言葉は、間違っていない。
ギルドの信頼を取り戻すチャンスでもある。
「やるか」
「「うん」」
俺たちは、新たな戦いへの一歩を踏み出した。
俺は、片目マンティコアのドロップアイテム、「十字の盾」を腕に装備した。
これは、手首から肘までが長辺の十字架の形をしている。
一見、盾としてはスカスカなようにも見えるが、透明なバリアが張られていて、スモールシールドを楕円にしたくらいの範囲をカバーしてくれる。
軽いのもいいが、なにより十字が伸ばせるのだ。
ランドウの大盾くらいのサイズに大型化できる。
バリアの維持も、サイズ変更にもヒットポイントは必要なく、魔力石で稼働なのが助かる。
しかも、手首部分から、刃も出せるので、龍鱗の剣を投げたときには、予備の武器にもなる。
三人パーティーで壁役のランドウを失った俺たちには、願ってもない装備だった。
そう、覚悟を決めて、龍鱗の剣を使うことにしたのだ。
俺のヒットポイントを盾で温存できれば、それだけ必殺技を使える可能性も出てくる。
まるで、ランドウの形見というか、見守ってくれているかのようだ。
なので、俺は密に「ランドウの盾」と呼んでいた。
ダンジョンへの階段を下った先で、今のところ、ガイドカーソルは、ちゃんと出ていた。
ダンジョンなので、その方向へは、直進できるとは限らないので結構、道に迷っている。
ギルドが頑張ってくれて、ステータスカードにマッピング機能をつけてくれたが、前任パーティーのときには間に合っていなかったので、白地図を歩いて描くしかない。
ガイドカーソルが消えての不意打ちもあり得るので、先頭が俺、真ん中がミチル、殿をマシンガン装備のカムイがついてきていた。
ボス戦用の大広間のようなところではなく、普通の通路でミノタウロス攻撃された、と聞いていたので、射線が通らないライフルには出番がないだろう、と持ってきていない。
その代わり、マシンガンの銃身に単発のランチャーを付けている。
ランチャー弾の攻撃力は、それほどでもないが、煙が出るらしいので、逃げるときには、便利かもしれない。
ガイドカーソルが、消えた。
俺たちは五メートルほど直線の続く通路の途中で、歩くのを止め、前後を警戒した。
下り階段は発見されていないので、より下層はないはずだ。
もっとも、ガイドカーソルは、ジャイアントワームのように、地中にいても、上下関係なく左右しか示さないので、わからないが。
ゆっくり、と先の別れ道まで、進む。
唐突に、赤いガイドカーソルが、右脇に再出現した。
移動が結構、早い?
しかも、赤だから、距離が近い。
俺は恐る恐る、十字路の右方向へ、通路から顔を覗かせた。
ミノタウロスと目が合う、なんてこともなかったので一息ついて、十字路に一歩踏み出した瞬間、ガイドカーソルが消えた。
カムイの後ろの横壁をブチ破って、ミノタウロスが現れる。
俺は、ダンジョンの壁を壊してきたことに、思わず叫んだ。
「お約束は、守れー!」
驚愕で固まっている二人の脇を駆け抜け、ミノタウロスの斧を大型化したランドウの盾で受け流す。
それでも、その衝撃で、俺のバーが削れる。
斧を持った、柄と手首が鎖で繋がれた腕に一撃。
ダメージは通っている。
ミノタウロスは、咆哮を上げる、と逆側の壁に突っ込んだ。
慌てて追うが、姿は見えなくなっていた。
「ワームかよ!」
ステータスカードのマッピングも、通路を越えたせいで、地図データが更新されていないカーナビみたいなことになっている。
相変わらず、ガイドカーソルは消えている。
どこから来る?
いや、どうやって俺たちの場所を把握している?
音?
臭い?
なんだ?
「これで居場所がわかるかも?」
一度見た敵を自動追尾する魔法、ファイアー・アローをミチルが放った。
数メートル先の通路の壁を焦がす。
数秒後、そこから、ミノタウロスが飛び出てきた。
振り上げていた斧が、近くに誰もいないことに驚いたように止まる。
カムイが、マシンガンで撃つ、と元の穴に戻って消えた。
「わかったぞ」
ミノタウロスが壁をブチ抜けて出た通路には、中央に、突き立つ龍鱗の剣だけだった。
ただし、少し離れたところにいる俺のヒットポイントを使ってジリジリ、と「燃えろ」が維持されている。
俺が、龍鱗の剣を「燃やす」のを二人は嫌がったが、この方法なら、と納得させた。
その熱に誘われたミノタウロスの足元から、ファイアー・ストームが吹き上がった。
正に「くるのがわかってれば、狙うのは簡単」だ。
更に、ミチルの前に立つカムイから、銃弾が浴びせられる。
彼女らへ向き、ミノタウロスが見せた背に、俺は出しておいたランドウの盾の刃を突き立てた。
俺は、龍鱗の剣を「燃や」して、二人の仲間を守り、生き残った。
なんとなく、ミノタウロスを倒せば、ダンジョンは消えるモノ、と思っていたのだが、しっかり残っていた。
正確には、広がっていった端の方から、僅かづつ倒壊しているようだが、中央部が落盤したりすることは、しばらくなさそうだ。
そこで問題になったのが、このダンジョンの所有者だ。
ギルドのルール的には、ドロップアイテムと同じに、倒したパーティーのものになるらしい。
つまり、俺たちだ。
正直、もらっても困る。
なので、ギルドに売ろう、とした。
そこで、ちょっとした過去の事情が持ち上がった。
ランドウの借金だ。
いや、ランドウが負ったパーティーの借金だ。
以前、龍鱗の呪いを解いた後、その「持ち主から離れると発熱する」性質で、三日間ギルド倉庫周辺をサウナ状態にした。
それ自体は、俺たちに責任はないが、温泉でノンビリしたりして、帰ってくるのに時間がかかった。
その間で、倉庫内部もかなりの高温になり、回復薬が使えなくなったり、変形してしまった装備もあったようだ。
その分の損害をランドウは、ギルドに請求されていたのに、俺たちには内緒にして返していたのだ。
その後、原因であった龍鱗を俺が持ち逃げ(というギルドの見解)して、彼への取り立ては保留されていたようだが、今回の表立った働きで、再燃したのだ。
ランドウ、いろいろ背負い過ぎだぞ。
交渉の末、ダンジョンは、使用権をギルドに売り、それで借金を帳消しにしてもらった。
本当は、所有権ごと売ってしまいたかったのだが、大金で急にはギルドが支払えない、とのことで、保留になった。
そのうち、分割ででも、売ることになるだろう。
なんというか、急に転がり込んできた大金が、突然の借金で消えてしまって、その緩急にダンジョンの売買は、ちょっと待ってもらえて、助かった感じだ。
とりあえず、借金完済の祝いをしたが、「ランドウは過保護すぎる」と故人の愚痴になってしまい、盛り上がらなかった。
ミノタウロスのドロップアイテムは、手首と斧の柄を結んでいた鎖「絆の鎖」と一対の角「ミノタウロスの源」だった。
「絆の鎖」は、見た目は単なる鎖だが、ゴムのように伸びる。
両端を引っ張れば、鎖は細くなりながら伸び、止まる。
衝撃を与える、とその強さによって、元に縮む早さが変わった。
そこで、龍鱗の剣の柄と手首を、革バンドで固定できるようにした絆の鎖を使って繋いだ。
これで、投げた龍鱗の剣を手元に戻すことができるようになった。
もっとも、戻ってきた剣が、自分に刺さりそうになったので、練習が必要だ。
残念ながら、鎖では繋がっているのに、剣を投げたら「手から離れた」状態にはなるようで、やはり「燃える」を使わない、とダメージをそれなりに与えるのは難しかった。
なので、鎖鎌のように振り回すにしても、「燃える」は必須になるので、コスパは悪いままだ。
「ミノタウロスの源」は、ヒットポイントと攻撃力の上昇、更にヘイト軽減の補正があった。
始めは、カムイ用に、と考えたが、彼女がヘイトを稼げないのは、ミチルが魔法を使った後など、困る状況も有り得る。
そこで、ミチルに装備させよう、としたら断固、拒否られた。
「可愛くない」からだそうだ。
いろいろ加工できるようだが、二本一対で身につける必要がある。
カムイは、自分が着ける場合は、両肩から角を尖らせるつもりだったらしいが、ミチルに却下されて落ち込んでいた。
俺も、ペンダント(がちゃがちゃ煩い)、ピアス(耳ちぎれる)などを提案したが即刻、全否定された。
ヘイト軽減さえなければ、俺が肩から生やしてもよかったのだが、って少し嫌か。
それでも、素材として売るには惜しい上、メイジのミチルには最適な補正なので、妥協案は、ヘッドフォンの耳当ての部分に角をつけたような形に加工、それを杖に着脱する、というものだ。
これもご本人的には、不評だったが一度、使ってみれば、その補正の強力さは理解できたので渋々、受け入れた。
しかし、転送しない近場の緊急クエストの後、トーテムポールのようになった角付きの杖を手にしたまま街を歩き、「鬼嫁だ」と囁かれたことは、ミチルには内緒だ。
ランドウでも、そうするはずだ。
俺は、急に耳元で響いた大声で、我に返った。
「うわ、何だ?」
「もう、ケイったら、聞いてなかったんでしょ?」
ミチルが、俺の隣に座り、頬を膨らませていた。
星海の残影がチラつく。
「もう、ケイったら!」
俺は少しボーっ、としていたらしい。
『まあまあ、ミチル。ケイも初めての戦闘で、疲れたんだよ』
そう執成してくれるランドウは、もういない。
その隣で、頷いてくれたカムイも、今は席を外している。
俺たちは、元の街に戻ってきた。
あちらの街は、クエストが野良パーティー前提なので固定では、やり辛い上、野良に三人で入り込もうにも「死神カムイ」のアダナが、インパクトありすぎたのだ。
まあ、こちらの街でも、「死神」の名は知られていたけど、三人だけでやれるクエストをボチボチやる分には、戻った方がいいだろう、となったのだ。
もちろん、ランドウの思い出がある街は辛い。
だが、俺たちそれぞれが、乗り越える必要があるし、彼もそれを望むだろう。
二代目リーダーには、カムイがなった。
逃げ出した俺には資格がないし、それはミチルも同罪だった。
カムイは、無言で首が千切れるくらいに横に振りまくったが、最後には納得した。
俺たちを信じて待っていたカムイにしかできない、と。
そして、そんなリーダーの元だからこそ、また戦える、と。
彼女は今、ギルドにクエストを見に行っている。
俺たちも行くつもりだったが、もう「死神」でないことを示すためにも、一人で行きたいそうだ。
カムイの実力なら、難癖つけてきた方がボコられるだろう。
ギルド職員には、彼女の隠れファンもいるらしいので、逆に相手の方が心配だ。
「あ、ああ、ちょっと疲れたみたいで、悪い」
戻ってきたカムイ、と目が合った。
俺は、手を挙げて応えた。
「クエスト指名?」
カムイの言葉は、意外だった。
いや、それ自体は珍しいことではないが、いろいろ悪評があり、出戻ったばかりの俺たちに依頼してくるのは予想していなかった。
近場に、ミノタウロスが現れたのだ。
既に、討伐のクエストは発行され、パーティーが向かった。
しかし、その先には、ダンジョンができあがっていた。
当然、ミノタウロスは、その中に潜っていた。
初めてのケースだ、という。
急遽、増援が送られ、ダンジョン攻略が始まった。
心配されたような罠などはなかったが、とんでもない事態が起こった。
ダンジョンの中では、ガイドカーソルが不安定に、時々消えたのだ。
そのタイミングで不意を打たれたパーティーには、大損害が出て、逃げ戻った。
しかも、そのダンジョンは拡大していて、このままでは、街の地下にまで届いてしまう、とのこと。
そうなってしまえば、いつどこからミノタウロスが街へ現れるか、わからない状況になってしまう。
ところが、先発隊に大損害が出たことを知った他のパーティーは、尻込みをして、クエストを受けてくれない。
そこで、巡り巡って、俺たちにまで話が来たのだ。
「ランドウなら受ける、と思う・・・よね?」
最後が若干、弱気になってしまったが、カムイの言葉は、間違っていない。
ギルドの信頼を取り戻すチャンスでもある。
「やるか」
「「うん」」
俺たちは、新たな戦いへの一歩を踏み出した。
俺は、片目マンティコアのドロップアイテム、「十字の盾」を腕に装備した。
これは、手首から肘までが長辺の十字架の形をしている。
一見、盾としてはスカスカなようにも見えるが、透明なバリアが張られていて、スモールシールドを楕円にしたくらいの範囲をカバーしてくれる。
軽いのもいいが、なにより十字が伸ばせるのだ。
ランドウの大盾くらいのサイズに大型化できる。
バリアの維持も、サイズ変更にもヒットポイントは必要なく、魔力石で稼働なのが助かる。
しかも、手首部分から、刃も出せるので、龍鱗の剣を投げたときには、予備の武器にもなる。
三人パーティーで壁役のランドウを失った俺たちには、願ってもない装備だった。
そう、覚悟を決めて、龍鱗の剣を使うことにしたのだ。
俺のヒットポイントを盾で温存できれば、それだけ必殺技を使える可能性も出てくる。
まるで、ランドウの形見というか、見守ってくれているかのようだ。
なので、俺は密に「ランドウの盾」と呼んでいた。
ダンジョンへの階段を下った先で、今のところ、ガイドカーソルは、ちゃんと出ていた。
ダンジョンなので、その方向へは、直進できるとは限らないので結構、道に迷っている。
ギルドが頑張ってくれて、ステータスカードにマッピング機能をつけてくれたが、前任パーティーのときには間に合っていなかったので、白地図を歩いて描くしかない。
ガイドカーソルが消えての不意打ちもあり得るので、先頭が俺、真ん中がミチル、殿をマシンガン装備のカムイがついてきていた。
ボス戦用の大広間のようなところではなく、普通の通路でミノタウロス攻撃された、と聞いていたので、射線が通らないライフルには出番がないだろう、と持ってきていない。
その代わり、マシンガンの銃身に単発のランチャーを付けている。
ランチャー弾の攻撃力は、それほどでもないが、煙が出るらしいので、逃げるときには、便利かもしれない。
ガイドカーソルが、消えた。
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下り階段は発見されていないので、より下層はないはずだ。
もっとも、ガイドカーソルは、ジャイアントワームのように、地中にいても、上下関係なく左右しか示さないので、わからないが。
ゆっくり、と先の別れ道まで、進む。
唐突に、赤いガイドカーソルが、右脇に再出現した。
移動が結構、早い?
しかも、赤だから、距離が近い。
俺は恐る恐る、十字路の右方向へ、通路から顔を覗かせた。
ミノタウロスと目が合う、なんてこともなかったので一息ついて、十字路に一歩踏み出した瞬間、ガイドカーソルが消えた。
カムイの後ろの横壁をブチ破って、ミノタウロスが現れる。
俺は、ダンジョンの壁を壊してきたことに、思わず叫んだ。
「お約束は、守れー!」
驚愕で固まっている二人の脇を駆け抜け、ミノタウロスの斧を大型化したランドウの盾で受け流す。
それでも、その衝撃で、俺のバーが削れる。
斧を持った、柄と手首が鎖で繋がれた腕に一撃。
ダメージは通っている。
ミノタウロスは、咆哮を上げる、と逆側の壁に突っ込んだ。
慌てて追うが、姿は見えなくなっていた。
「ワームかよ!」
ステータスカードのマッピングも、通路を越えたせいで、地図データが更新されていないカーナビみたいなことになっている。
相変わらず、ガイドカーソルは消えている。
どこから来る?
いや、どうやって俺たちの場所を把握している?
音?
臭い?
なんだ?
「これで居場所がわかるかも?」
一度見た敵を自動追尾する魔法、ファイアー・アローをミチルが放った。
数メートル先の通路の壁を焦がす。
数秒後、そこから、ミノタウロスが飛び出てきた。
振り上げていた斧が、近くに誰もいないことに驚いたように止まる。
カムイが、マシンガンで撃つ、と元の穴に戻って消えた。
「わかったぞ」
ミノタウロスが壁をブチ抜けて出た通路には、中央に、突き立つ龍鱗の剣だけだった。
ただし、少し離れたところにいる俺のヒットポイントを使ってジリジリ、と「燃えろ」が維持されている。
俺が、龍鱗の剣を「燃やす」のを二人は嫌がったが、この方法なら、と納得させた。
その熱に誘われたミノタウロスの足元から、ファイアー・ストームが吹き上がった。
正に「くるのがわかってれば、狙うのは簡単」だ。
更に、ミチルの前に立つカムイから、銃弾が浴びせられる。
彼女らへ向き、ミノタウロスが見せた背に、俺は出しておいたランドウの盾の刃を突き立てた。
俺は、龍鱗の剣を「燃や」して、二人の仲間を守り、生き残った。
なんとなく、ミノタウロスを倒せば、ダンジョンは消えるモノ、と思っていたのだが、しっかり残っていた。
正確には、広がっていった端の方から、僅かづつ倒壊しているようだが、中央部が落盤したりすることは、しばらくなさそうだ。
そこで問題になったのが、このダンジョンの所有者だ。
ギルドのルール的には、ドロップアイテムと同じに、倒したパーティーのものになるらしい。
つまり、俺たちだ。
正直、もらっても困る。
なので、ギルドに売ろう、とした。
そこで、ちょっとした過去の事情が持ち上がった。
ランドウの借金だ。
いや、ランドウが負ったパーティーの借金だ。
以前、龍鱗の呪いを解いた後、その「持ち主から離れると発熱する」性質で、三日間ギルド倉庫周辺をサウナ状態にした。
それ自体は、俺たちに責任はないが、温泉でノンビリしたりして、帰ってくるのに時間がかかった。
その間で、倉庫内部もかなりの高温になり、回復薬が使えなくなったり、変形してしまった装備もあったようだ。
その分の損害をランドウは、ギルドに請求されていたのに、俺たちには内緒にして返していたのだ。
その後、原因であった龍鱗を俺が持ち逃げ(というギルドの見解)して、彼への取り立ては保留されていたようだが、今回の表立った働きで、再燃したのだ。
ランドウ、いろいろ背負い過ぎだぞ。
交渉の末、ダンジョンは、使用権をギルドに売り、それで借金を帳消しにしてもらった。
本当は、所有権ごと売ってしまいたかったのだが、大金で急にはギルドが支払えない、とのことで、保留になった。
そのうち、分割ででも、売ることになるだろう。
なんというか、急に転がり込んできた大金が、突然の借金で消えてしまって、その緩急にダンジョンの売買は、ちょっと待ってもらえて、助かった感じだ。
とりあえず、借金完済の祝いをしたが、「ランドウは過保護すぎる」と故人の愚痴になってしまい、盛り上がらなかった。
ミノタウロスのドロップアイテムは、手首と斧の柄を結んでいた鎖「絆の鎖」と一対の角「ミノタウロスの源」だった。
「絆の鎖」は、見た目は単なる鎖だが、ゴムのように伸びる。
両端を引っ張れば、鎖は細くなりながら伸び、止まる。
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そこで、龍鱗の剣の柄と手首を、革バンドで固定できるようにした絆の鎖を使って繋いだ。
これで、投げた龍鱗の剣を手元に戻すことができるようになった。
もっとも、戻ってきた剣が、自分に刺さりそうになったので、練習が必要だ。
残念ながら、鎖では繋がっているのに、剣を投げたら「手から離れた」状態にはなるようで、やはり「燃える」を使わない、とダメージをそれなりに与えるのは難しかった。
なので、鎖鎌のように振り回すにしても、「燃える」は必須になるので、コスパは悪いままだ。
「ミノタウロスの源」は、ヒットポイントと攻撃力の上昇、更にヘイト軽減の補正があった。
始めは、カムイ用に、と考えたが、彼女がヘイトを稼げないのは、ミチルが魔法を使った後など、困る状況も有り得る。
そこで、ミチルに装備させよう、としたら断固、拒否られた。
「可愛くない」からだそうだ。
いろいろ加工できるようだが、二本一対で身につける必要がある。
カムイは、自分が着ける場合は、両肩から角を尖らせるつもりだったらしいが、ミチルに却下されて落ち込んでいた。
俺も、ペンダント(がちゃがちゃ煩い)、ピアス(耳ちぎれる)などを提案したが即刻、全否定された。
ヘイト軽減さえなければ、俺が肩から生やしてもよかったのだが、って少し嫌か。
それでも、素材として売るには惜しい上、メイジのミチルには最適な補正なので、妥協案は、ヘッドフォンの耳当ての部分に角をつけたような形に加工、それを杖に着脱する、というものだ。
これもご本人的には、不評だったが一度、使ってみれば、その補正の強力さは理解できたので渋々、受け入れた。
しかし、転送しない近場の緊急クエストの後、トーテムポールのようになった角付きの杖を手にしたまま街を歩き、「鬼嫁だ」と囁かれたことは、ミチルには内緒だ。
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参考文献
松井奈美子 一発合格! 毒物劇物取扱者試験テキスト&問題集
船山信次 史上最強カラー図解 毒の科学 毒と人間のかかわり
齋藤勝裕 毒の科学 身近にある毒から人間がつくりだした化学物質まで
鈴木勉 毒と薬 (大人のための図鑑)
特別展「毒」 公式図録
くられ、姫川たけお 毒物ずかん: キュートであぶない毒キャラの世界へ
ジェームス・M・ラッセル著 森 寛敏監修 118元素全百科
その他広辞苑、Wikipediaなど
【完結】幼馴染にフラれて異世界ハーレム風呂で優しく癒されてますが、好感度アップに未練タラタラなのが役立ってるとは気付かず、世界を救いました。
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【本編完結】⭐︎気分どん底スタート、あとはアガるだけの異世界純情ハーレム&バトルファンタジー⭐︎
長年思い続けた幼馴染にフラれたショックで目の前が全部真っ白になったと思ったら、これ異世界召喚ですか!?
しかも、フラれたばかりのダダ凹みなのに、まさかのハーレム展開。まったくそんな気分じゃないのに、それが『シキタリ』と言われては断りにくい。毎日混浴ですか。そうですか。赤面しますよ。
ただ、召喚されたお城は、落城寸前の風前の灯火。伝説の『マレビト』として召喚された俺、百海勇吾(18)は、城主代行を任されて、城に襲い掛かる謎のバケモノたちに立ち向かうことに。
といっても、発現するらしいチートは使えないし、お城に唯一いた呪術師の第4王女様は召喚の呪術の影響で、眠りっ放し。
とにかく、俺を取り囲んでる女子たちと、お城の皆さんの気持ちをまとめて闘うしかない!
フラれたばかりで、そんな気分じゃないんだけどなぁ!
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この作品は小説書き始めた初期の作品で内容と書き方をリメイクして再投稿を始めました。感想、応援よろしくお願いいたします。
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