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第二巻:夏-秋

水着+不思議×不思議

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「どうしても断れないのか?」
 俺は、車の助手席で、後ろに向かってゴネていた。
「断れるんだったら、私も車に乗ってないわよ」
 後部座席の社長も、ご機嫌斜めだ。
「茜は、ちょっとだけ楽しみですけど」
 運転席の茜は、妙にワクワクした顔をしている。
 俺たちは、超常現象番組の収録へ向かっていた。
 形山が世話になっていて、怪談番組の収録した動画が、ノイズだらけで使い物にならず、お蔵入りとなってしまったプロデューサーに泣きつかれたのだ。
 今度は、水着姿で超常現象を語るという、イカれた企画に、出演者がなかなか埋まらないというのだ。
 しかも、収録直前に、水着は番組から強制的に支給と明かされて、前回の件で俺に遠慮して形山が自分ひとりで出る予定だったのをドタキャンし、学園帰りに拉致して俺をブッキングした。
「俺、文化人枠じゃなかったっけ?」
「大丈夫。文化人として、人体発火とか、語ってくれればいいから」
 もう文化人じゃないから、それ。
 俺は、コメントふられたとき用に、講義で使ったトンデモ科学ネタに関して、ノートパソコンで確認しはじめた。
 でも、その作業に口は必要ないので、グチは止まらない。
「社長は、どんな水着も着こなすって豪語してたくせに、断ったのは、腹でも出」
「沢田先生、違うと思います」
 茜に、否定されて、遮られた。
「違う?社長の腹が出たのがか?」
「いいえ。沢田先生が口にしたのは、グチではなくて、『口にしてはいけない言葉』です」
 後部座席からの腕が、無言で俺の首を絞めあげる。
「茜、車止めろ。俺、降りる、今すぐ止めろ」
「すみません。自業自得で痛い目にあう沢田先生を見続けたいので、茜はアクセル緩めてますが、止めません」

 楽屋の畳の上で、俺は横になって、イヤホンでASMRのライブ配信を聴いていた。
 茜は、入口側の壁際にあるカウンターテーブル前の椅子でスマホを見ている。
 社長は、営業の挨拶まわり中だ。
 水着で超常現象番組の収録で、こんなコメントをしたい、と事前にプロデューサーと打ち合わせでき、あとはあまりすることもなく、時間までリラックスして待機しているのだ。
 耳元で、ガサゴソいう音が、響く。
『ボクまだ新人で、お店のベテランの方たちに比べたら下手くそで、ごめんなさい』
 途中から聴いたのだが、どうやらボクっ子の耳かき屋シチュエーションのようだ。
 今日は、いつもより音が途切れるのが多い気がする。
『反対側の耳をしますから、お膝の上で、ごろんしてください』
「なあに、耳かきしてほしいなら、私がしてあげるわよ?」
 イヤホンからではない声に目を開けると、形山が、いたずらっぽい目で、覗き込んできていた。
 そうではなくて、不規則な音を聞いていることで、脳を休ませ、癒されているのだ。
 この角度で見ると、その服、水着を嫌がったくせに、胸元が開きすぎてるぞ、社長。
『沢田先生の衣装、こちらになります!』
 俺たちはふざけるのを止め、仕事モードに切り替えた。
 用意された俺の水着は、ブーメランだった。

「これが、グリセリン結晶化が、ある日を境に可能となった謎の真相です」
「つまり、温度管理が、とても難しい条件だったということなんですね」
「はい。その通りです」
 これで、俺のパートは終了だ。
 はじめに用意された水着が、あまりにブーメランすぎて、モザイク処理が必要になりそうだったので、変更になったサーフパンツだが、どうにも蒸れて、座り続けの尻が痒くて、早く脱ぎたい。
 しかも、茜がマネージャーを兼任しているタレントの現場にトラブルがあって急遽、そちらへ行ってしまったので、帰りの車の運転が、社長なのが、憂鬱だ。
 というか、そもそも俺ひとりの出演者に、社長と茜の二人がついてくる必要なくないか?
 社長には、支給水着を断ってドタキャンした負い目があるとしてもだが。
 俺も結果的にブーメラン水着を断った形にはなったが、超常現象番組で、股間モザイクという爆笑案件を防ぐためだから、仕方がない。
 ちなみに、出演者が水着姿ということでか、筋肉タレントの大谷も出演していて、少し話をしたのだが、借金で風俗に落とされ、俺が指名して助けた立花が彼に肩代わりしてもらった借金を踏み倒して逃げ、それを慰めてくれてつきあった女性が宗教にハマって別れた、と聞いて、友達である俺には、『今度、飲みましょう』としか言いようがなかった。
 手書きのカンペが出た。
『沢田先生の体験談的なエピソード!』
 なんだと?
 プロデューサーが両手を合わせて拝んでおり、その隣で、社長がVサインしている。
 あれは、貸し二つという意味なのだろうが、なんとなく薄幸そうというか無能そうなプロデューサーから今後、貸しを徴収できるのか、大谷の女性関係以上に、不安だ。
「沢田先生は、何か不思議な体験は、ありますか?」
 だからMC、打ち合わせにないぞ、そんなの。
 ああ、台本とカンペの犬って自称してるんだっけ。
「ええと、高校生のときなのですが、恥ずかしい話、トイレで本を読む習慣がありました。ある日、トイレを出たら、母親に、手を洗ったか聞かれ、手にトイレで読んでいたはずの本をもっていないことに気がつきました。でも、戻ったトイレにも、なぜかなくて。不思議に思って、リビングにいくと、ソファーに座った弟が、その本を読んでいました。聞けば、兄である自分が、弟に、面白いから読めと勧めたそうです。母親も、台所からその会話は聞いていたようです。誰が、弟に、しかもそのタイミングでは、私がトイレで読んでいたはずの本を渡したのでしょうか?」
「ど、ドッペルゲンガーでしたっけ?」
 カンペ犬なだけあってアドリブに弱いMCが、うろたえたように言うが、
「本もトイレとリビング、同時に二冊あったわけですから、本にもドッペルゲンガーがあるのかもしれませんね」
 俺としては、ここで笑いをとるつもりだったのだが、
『あ!』
 2カメのカメラマンが、大声をあげた。
 ざわつくスタジオ。
 駆け寄ったプロデューサーとカメラマンの会話が聞こえてくる。
「どうしたのよ。山ちゃん?」
「すみません。セットに、ジャージかなんか着た、子供がいて」
「子供?どこ?」
「沢田先生の後ろあたりに」
 出演者スタッフのすべてが、俺の背後を見る。
 もちろん、俺も振り向いたが、誰もいそうにない。
 恐る恐る確認に行ったスタッフから、
「誰もいませーん!」
 と声があがり、とりあえず休憩となった。
 スタジオがざわつくなか、VTRの確認が行われる。
 モニターを見ていたが、人影?に見えなくもないものが動いた程度だ。
『あ!』
 その人影?が映ったとき、ひとりのスタッフが声をあげていた。
 でかいヘッドホンをつけていて、音声関係なのだろうか。
「声、きこえた」
「なになに、坂ちゃん?」
「声、はいってます」
 スタジオが静まり返る中、最大音量で再生されたのノイズ混じりのその謎の声は、音声のプロに言わせると『ふって』と聞こえたらしい。
 ふって?
 恋人をふる?
 旗をふる?
 なんのことだろう、と俺は思い、その後はトラブルなく、収録は終了した。

「沢田専務のエピソードって、なんだか盛ってる感じがなくて、引いちゃう」
 またもドン引きの社長に、車で部屋まで送ってもらった。
「・・・でも、ご家族の話、いいの?」
「まあ、昔の話だしな」
 全然、早い時間だったので、俺が電車で帰れば、社長は自宅に直接帰れるのだが、「社長自ら送迎なんて、お偉いわよね、沢田専務は」と口では言いながら、過去の家族の話をしたからか、電車で帰ることを絶対に許さなかった。
「おやすみ。気をつけて帰れよ、社長」
「こういうときは、彩芽って呼んで」
「おやすみ。気をつけて帰れよ。彩芽社長」
「・・・もう。おやすみ、沢田専務」
 鍵を開け、部屋に入る。
 明るいリビングで、
「・・・おかえりなさい、おにいちゃん」
「ただいま」
 夏月が、読んでいた科学雑誌から顔を上げ、
「・・・社長といっしょだった?」
「ああ、急に超常現象番組の仕事がはいったんだ」
 水着で、とは言う気になれない。
 プロデューサーから、俺の使用済みのサーフパンツとブーメランをもらった。
 どちらも使うことはなさそうだが、しまうにしろ、捨てるにしろ着用済みだから一度、洗濯しないと気持ち悪いが、部屋干しだろうが、干しているのもなんだか嫌だ。
「・・・おにいちゃん、ボクに耳かきしてほしい?」
 夏月の視線の先には、ローテブルの上の銀色の耳かき。
 志桜里に、寝室で耳かきされた後、どこにいったか、わからなくなっていたやつだ。
「いや、自分でできる、大丈夫だ」
「そう。ボクもう寝るね」
 また俺のスエットを勝手に借用して、だぶだぶの姿で立ち上がった夏月は、
「おやすみなさい、おにいちゃん」
 とリビングの照明を消し、自分の部屋に入っていった。
 真っ暗にしたのは、耳かきを断ったことへの抗議なのだろうか。
「おやすみ、夏月」
 俺は、自分の寝室の照明をつけた。
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