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第一巻:春-夏

(同級生+アイドル÷未成年)×オッサン≠いちゃらぶ?

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「え?風俗?」
 私は、ミホちゃんから出た、嫌な響きの言葉に、思わず眉をひそめてしまった。
「ほら、ボクがヘルプで先生してるダンス教室で、繁華街の奥の方にあるのが、あるでしょう?」
「うん、個性的な先生のレッスンのロケで行ったから覚えてる」
「個性的か、姫子先生は確かに。で、あそこの帰り、さわりんに似た人を見かけたんだけど、風俗のお店に入っていったんだ。けど、いつもの制服じゃなかったし一瞬、驚いたって、話」
 ミホちゃんは笑ったが、本当に笑える話なのかな。
 こんな日に限って、先輩は学園をお休みしている。
 仕事なんだろうけど、不安。
「あれ?あかりん?」
「こんにちは。沢田先生は、こちらではないですか?」
 茜ちゃんは、先輩のマネージャーだ。
 エッチな動画の女優さんをしていたことで、傷ついているから、仲良くしてやってくれと先輩に頼まれている。
 お話させてもらうと、とても優しいお姉さんで、ちょっとだけ秘密な大人の話を教えてくれて、ミホちゃんたちと、きゃきゃあ言って聞いている。
「先輩?今日、お休みみたいだけど、お仕事じゃないの?」
「いえ、今日はスケジュール空いてます。それで学園のお昼休みを狙ってきたのですが」
 先輩、お仕事じゃないのに休むなんて、初めてかも。
 風邪?
 とにかく、「風邪?大丈夫?」とLINE。
 いつも、返信が遅い人だけど、こういうときは、イラついてしまう。
「・・・電話、出ません」
 すぐに、先輩に電話した茜ちゃんに、ちょっと嫉妬してしまう。
 相手の都合を考えると、「電話していい?」ってLINEで聞いてからでないと、かけにくいから。
「ところで、あかりんは、どうして学園へ?」
「昨日、社長宛に沢田先生から電話があって、強引にいくつかの仕事を時間変更したり、キャンセルされたので、ちゃんと理由を聞いてこい、と言われました」
「さわりんが、キャンセル?レアすぎ」
 なんだろう。
 とても、嫌な感じがする。
「そういえば、風俗とか、話してませんでしたか?もう少し、小さな声でにした方がいいですよ」
「ああ、それは・・・」
 ミホちゃんが、笑い話として、今度は小声で話し直す。
「沢田先生も、男性ですからね。茜は、そのくらいは許します」
「いや、あかりん。似た人がいるね、って笑おうよ」
「でも、それなら茜に言ってくれればいいのに、沢田先生ったら」
 私にとって、茜ちゃんの、唯一苦手な部分は、彼女が『大人』として先輩が大好きなところだ。
 そう、私にはできない『大人』で、魅力的だ。
 私が、なんて言ったらいいか、困っていたら、ミホちゃんは腕時計を見て、
「ボク、そろそろ講師の準備しないと」
 そろそろお昼休みも終わっちゃう。
「・・・沢田先生のこと、わかりましたら、連絡しますね」
「お願い」
 二人と別れて、教室へ向かう。
 まだ、LINEに返信がない。
 先輩、どこにいるんだろう?

 教室の隅に、先輩が座っていた。
 いつものように、お気に入りの炭酸水を飲んでいる。
「先輩、午前中どうしたの?」
「ああ、寝坊した」
 と先輩が答えると同時に、LINEで「寝坊」とだけ届いた。
 ちょっとイラつく。
 けど、ミホちゃんと茜ちゃんに、先輩の無事を連絡する。
 二人の「よかった」通知は、先輩と違って早い。
「茜ちゃんが電話したんだよ?」
「ああ、トイレで、出られなかった」
 なんだろう、この落ち着いた態度に、とってもイライラする。
 チャイムが鳴ったので、私は前を向いて座った。
 背後から、大きなため息が聞こえて、せっかく先輩に会えたのに、またイラついてしまった。

 夕方からお仕事だったので、途中までしか先輩と帰れない。
 しかも、私は明日も一日中お仕事で、学園に行けない。
 アニメの主題歌を歌ったことで、お仕事が増えたのは嬉しい。
 けど、先輩に会えないのは寂しい。
 先輩との仲を邪魔してくる志桜里ちゃんも最近、人気が出てきて、私がお仕事の日に、先輩を独り占めすることが減って、ちょっとだけ安心。
 私、今ちょっとだけ嫌な女の子になってる。
『お仕事おわった!帰る!』
 先輩にLINEしたら、いつもより早く「おやすみ」と返信がきた。
 即座に「おやすみ!」と返事しながら返信の早さに、もしかして、また実家のお店に来てくれてるのかな、と期待して帰ったけど、先輩はいなかった。
 朝の「おはよう」のLINEはしない。
 学園に行けるときは直接、先輩にご挨拶したいし、お仕事のときは、朝早くて迷惑なこともあるし、今日は直接「おはよう」と言えないんだ、と実感しちゃうから。
 お仕事の合間にメッセージを送っても、お仕事の最中に返事がきたら、返信を待たせちゃうと思うと、できない。
 そんなに、すぐ返信してくれる人じゃないけど。
 だから、お仕事が終わるまで、我慢する。
 丸一日たって、ようやく「お仕事おわった!帰る!」って送れた。
 今夜も「おやすみ」の返事が早くて、ちょっとだけ嬉しい。

「先輩、おはよう」
「おはよう」
 一日ぶりのご挨拶。
 いつもみたいに先輩の前に座って、いつもみたいに後ろを振り向いて、
「先輩、今日は、お店にご飯食べにこない?ママも会いたがってた」
「ああ、すまない。今日は先約がある」
「そっか、残念」
 筋肉タレントの大谷さんとのトレーニングかな?
 それでも、お昼ご飯をいっしょに食べて、途中までいっしょに帰って、「おやすみ!」ってLINE。
 返事がくるのは、起きている証拠だから、たくさんメッセージ送って、「おやすみの意味、知ってるか?」と呆れられる。
 たった、そんなことだけで、幸せに眠れる。

 今日は、先輩は朝からお仕事で、学園をお休み。
 寂しいけど、ちゃんと茜ちゃんに裏をとっているから、安心。
 ただ、自分のこのネチっこい性格が、いつか先輩に嫌われるんじゃないかと、怖い。
 でも、これだから、先輩を見つけられて、つきあえたんだから、複雑。
 学食に行ったら、ミホちゃんと志桜里ちゃんが、いた。
 もう二人は食べ始めていたのが見えたので、私も食事を買いに並ぶ。
 先輩のマネをして、ナポリタンにハマってしまったのだ。
 カロリー高いのに。
「こんにちは。ミホちゃん、志桜里ちゃん」
 声をかけたら、食べながら話していた、二人が顔を上げた。
 その、驚いた様子に、ちょっと心が冷える。
「や、やほー。あみりん」
「こんにちは、あみさん」
「・・・何を話してたの?」
 私は、駆け引きなんてできないから、直球で聞いた。
「あの、そのね」
 気まずそうなミホちゃん。
「先輩が、一昨日の午前中、休んでいたとミホさんが」
 一昨日、私が一日お仕事で、お休みした日だ。
 ミホちゃんを平坦な目で見る。
「・・・さわりん、お仕事だよ、きっと」
「茜さんに、仕事でないのは、確認しました」
 志桜里ちゃんは、私と同じくらい先輩が大好きだから、彼のことで絶対に嘘をつかない。
 スマホを出したら、
「先生にLINEしましたが、まだ返事がありません」
 それを聞いて、私は、自分のルールを破って、先輩に電話した。
「・・・でない」
 今日はお仕事なんだから、楽屋にスマホ置きっぱなしで、電話に出られるはずがない。
 それでも諦められずに、マネージャーの茜さんに「先輩のお仕事終わったら私に連絡させて」とLINE。
 どうせ、先輩は、着信あっても、折り返してくれないから。
 本番中なのか、こちらも返事がない。
「お仕事中だもんね」
「・・・そうですね」
「うん、お仕事だよ」
 私たちには、先輩からの連絡を待つしかできなかった。
 夕方、志桜里ちゃんが、連絡あったか聞いてきたから、我慢できなくなって先輩に電話したけど、やっぱりつながらない。
 LINEをしたら、「用事」とだけ帰ってきた。
 また自分のルールを破って、茜ちゃんに電話。
「え?ちゃんと、あみさんに連絡するように言いましたのに。まだ、連絡してこないんですか、沢田先生?」
「あ、うん、LINEはあったんだけど。もう、いっしょにいないの?」
「はい。さっき、沢田先生のご自宅までお送りしました」
「そう。帰ったならいいの。ありがとう」
 電話を切ると、志桜里ちゃんが、
「先生、帰られたんですか?」
「うん、そうみたい」
 何か言いたそうだったけど、ちょうど形山社長が迎えにきたのが、見えた。
「志桜里、社長に相談します」
「うん、その方がいいのかも」
 一人で帰るのは、平気だった。
 お店のお手伝いしている間も平気だった。
 でも、「おやすみ!」って送って、「おやすみ」って返ってきて、もう我慢できなかった。
 私は、パジャマから着替えると家を飛び出て、電車に乗った。
 でも、終電で、先輩の家まで辿りつけなくて、スマホしか持ってこなかったから、タクシーに乗れるほど持ち合わせがなくて。
 困った私は、また茜ちゃんに電話してしまった。
 どうして、先輩に助けを求めないんだろう?
 こんな時間なのに、電話に出てくれた彼女は、私のお願いに、説明も聞かず「わかりました」と返事をしてくれた。
 そして、また自分のルールを破って、先輩の部屋の前にいる。
 先輩は、未成年の私が部屋に来ることを嫌っている。
 だから、一度しか来たことがない。
 嫌がることをしたくないから。
 でも、茜ちゃんに車で送ってもらってしまった。
 どんどん、自分のルールを破って、わがままで嫌な女の子になっていく。
「沢田先生に、怒られるのは、茜がしますから。あみさんは、隠れててください」
 笑顔で言うが、そんなことはさせられない。
 叱られる覚悟を決めて、自分でインターホンを押すが、返事がない。
 まさか、倒れてる?
 茜ちゃんが、見たことのない顔で、
「緊急時のために、社長から、鍵を預かっています」
 鞄から銀色の鍵を出すと、迷わず鍵をあけ、チェーンロックはされてなくて、ドアが開いた。
 中は、まっくらで、お誕生日をお祝いにきたのと同じ部屋なのに、冷たく素っ気ない感じだった。
 すばやく、室内を確認した茜ちゃんが、
「沢田先生、いらっしゃらないですね。靴がないので、出かけたのかもしれません」
「え?どこへ?」
「・・・帰りましょう」
 茜ちゃんは、有無を言わせず、私を部屋の外へ出し、鍵を閉めた。
 そして、車に押し込むと、私を実家へ連れ帰った。
 急に家を飛び出し、連絡もしない私を叱るママに、茜ちゃんが、言い訳してくれるのを、ぼんやり私は見ていた。
 先輩、どこにいるんだろう?

 翌朝、学園にいくと、また先輩はお休みだった。
 茜ちゃんには、先輩が家にいなかったことを、誰にも言わないでと約束してもらったけど、意味があるのかな。
 正しかったのかな。
 志桜里ちゃんが、いつもの先輩の席が空いているのを見て、ため息をついていた。
「先生に会ったら、社長が、夕方事務所へ来るように言っていたと伝えてください」
「・・・うん。あ」
 志桜里ちゃんが、別の教室へ行ってしまおうとしたので、つい声を出してしまった。
 立ち止まってくれたけど、何が言いたかったのか、自分でもわからない。
 志桜里ちゃんに内緒で、先輩の部屋に行ったこと、しかも深夜なのに先輩が部屋に居なかったことは言えない。
 それをごまかそうと、何か話そうと口を開いたら、勝手に言葉が出た。
「志桜里ちゃんは、先輩を信じてる?」
「・・・信じるしかないじゃないですか」
 彼女は、今までに見たことない、怒った目で、低く言った。
 ・・・うん、そうだよね。
 でも、私には、わかんないよ。
 先輩が、何処にいるのかも、何を考えているのかも。

 午後から、先輩は登校してきた。
「先輩、形山社長が事務所へ夕方来るようにって、志桜里ちゃんが言ってた」
「・・・ああ、そうか」
 アニメの主題歌が決まったよ、って言ったときくらいの返事。
 あのときは、もっと喜んでよ、と思ったけど、自分もお仕事増えたら先輩に会えなくなるのが複雑だったから、先輩もそうだと思った。
 今は、先輩が、どう感じて、どう考えているのか、わかんない。
 もう、どうして午前中がお休みだったか、聞けない。
 だって、どんな理由を聞いても、信じられないだろう自分が、嫌だし怖いから。
 話かけたら、いつもの先輩なのに、いつもの先輩じゃない。
 この人、誰なんだろう?
 私の大好きな先輩は、どこへ行ってしまったの?
 それとも、これが、本当の先輩?
 夕方、聴講が終わって、事務所へ向かう先輩と別れて帰った。
 でも、先輩は、社長に呼ばれていたのに事務所に来なかったと、志桜里ちゃん、茜ちゃんが教えてくれた。
 なのに、「おやすみ!」って送ったら、何もなかったように、ちゃんと「おやすみ」って返事がきて。
 翌日の土曜日も、次の日曜日も、こんな時に限ってお仕事は入ってなくて、先輩に連絡するのは怖くて、メソメソだけして過ごした。
 そんな私を見て、ママは、何も言わなかった。
『あみりん!さわりんが、また風俗店に入るの見た!』
 日曜日の夜、ミホちゃんからの電話に、私はまた家を飛び出した。

 うろ覚えだったダンス教室について、ミホちゃに電話。
 誘導してもらって、そのエッチなお店の近くで、合流した。
 ただ、周りには、見張れるところがなくて、少し離れたコンビニを出たり入ったりしてなんとか時間を潰していたミホちゃんも「まだ店内だろうって感じ」と自信なさそうだった。
 お店からの路地の出口に、二十四時間経営の居酒屋があるけど、子供の私たちだけじゃ、入れない。
 私はまた、茜ちゃんを呼び出してしまった。
「とりあえず三人で。あ、未成年には、お酒飲ませませんから大丈夫。その席、いいですか?」
 また、詳しい説明も聞かず、車で駆けつけて来てくれた彼女は、居酒屋の出入り口付近の窓際、風俗店がある路地の出口が見える場所を確保してくれた。
 本当に、茜ちゃんには、感謝しかない。
 でももし、先輩を譲れと言われてもダメだけど。
 ダメって、言えるよね、私?
 適当に、飲み物と食べ物を注文し、茜ちゃんは、「ちょっと偵察してきます」と、お店を出ていった。
 考えて、不公平な気がして、志桜里ちゃんにも連絡したけど、お仕事なのか寝ているのか、返事はなかった。
 ノンアルコールだけど、ドリンクを頼んだので出てきたつきだしが、ヒジキと切り干し大根を煮たので、修学旅行先でのことを思い出して、胸がズキっとした。
 先輩、私が選んだお料理の選択、褒めてくれたっけ。
「ヒジキって、何年ぶりだろう?」
 私は、なぜか目の前に座っている、ミホちゃんを平坦な目で見つめた。
「いえ、その。あみりんチで振舞われたのが、家庭料理でなくて、自分で焼くお好み焼きだった、への嫌味じゃないよ?」
 根に持ってるなあ。
 でも、手料理を食べさせたいのは先輩だけ、と思って手をぬいたのが、バレてるからなのかもしれない。
「そうじゃなくて。どうして、こんな時間に、ここにつき合ってくれてるの?」
 もし、好奇心だったら速攻、帰そうと思って聞いた。
「うーん。あみりんが心配なのと。友達だから?」
 最後が疑問形なのに、ちょっと笑ってしまった。
 芸事、お仕事への意識の違いで喧嘩したことからのお友達。
 波長が合うのか、合わないのか。
 でも、さすがは親友、と思ってしまった。
 でも、それは内緒。
 でも、小さく、
「・・・ありがとう」

「うーん」
 偵察から戻ってきた茜ちゃんは、車で来たからジンジャーエールを飲みながら、うなった。
「なに?」
「問題?」
 私たちの疑問に、
「店の業種がピンサ、・・・ええと。三十分程度で、店を出るはずなんです。それが、もう二時間近く出てこないのが、ちょっと」
「もう、お店には、いないの?」
「その可能性もあります」
 ミホちゃんが、あちゃーといった顔をする。
「ミホちゃんのせいじゃないから」
 それでも、ここにいるしか、私には、できない。
「・・・ボク、寝ててもおいてかないでよ」
 電車も終わるというころ、もうあきらめて、実は先輩がエッチなお店に入ったということそのものが、そもそも見間違い、と思い込もうとしていた矢先、先輩が、路地から出てきた。
「せ」
 そして、その隣には、二十代前半ぽい女性。
 私に似たセミロングの髪。
 あずき色のマニッシュなツービースは、先輩と映画に行ったときの服を思い出して、なにかゾッとした。
「座ってください」
 茜ちゃんが、気づかず立ち上がっていた私に言った。
「でも」
 店から出て、追おうとする私に、
「もう時間が時間です。茜が後をつけます」
 そんなのは、嫌だ。
 でも、茜ちゃんは、先輩の部屋の鍵を取り出したときと同じ顔で、
「これは、大人の仕事です」
 そう言って、店を出ていった。
 ミホちゃんが、厳しい顔で、私の腕をつかんで、離してくれなかったから、追えなかった。
 また、私は、待っているしかできない。
 しばらくして、帰ってきた茜ちゃんは、
「帰りましょう」
 と言った。
「二人は、ホテルに入りました。もう待つだけ時間の無駄です」
 思わず、何か叫ぼうとした私に、
「お二人には見せませんが、写真もとりました。帰りましょう」
「・・・お願い、見せて」
「見せない、と言いました」
 それから、彼女の運転で、家へ送られ。
 ママは何も言わず。
 なんだか、ふわふわした気持ちだった。
「先日の沢田先生がご自宅不在だった件。黙っていると約束しましたが、申し訳ありません。今回のことといっしょに、社長へ報告します」
 ただ、帰り際の茜ちゃんの言葉だけが、焼き付いていて、もう取返しがつかないことのように感じた。
 先輩、どこにいるんだろう?
 どこにいるのかは茜ちゃんに聞いて知っているくせに、二人でホテルに入った意味くらい知っているくせに、そう思った。

 教室に入る前に廊下で、志桜里ちゃんに呼び止められた。
 昨日の夜、先輩が、エッチなお店に入ったかもしれないことを連絡していたからだ。
 深夜に、彼女からLINEや着信があったけど、応えなかったからだ。
 私は昨日、見たことを、隠さずに話した。
 志桜里ちゃんなら、「それでも信じてますから」と言ってくれると思ったから。
 でも、彼女は、ぽろっと涙を流した。
「ねえ、泣かないでよ。先輩のこと、信じてるって言って」
 そうお願いしながら、私も涙が零れてきて。
「泣いてませんし、信じています」
 でも、志桜里ちゃんの涙は止まらなくて、ぎゅうって抱きしめたら、抱き返えされて。
 私たちは、走ってきたミホちゃんが、救護室へつれていってくれるまで、抱き合って泣いていた。

 結局、私たちは、聴講には行ける状態ではなくて、お昼前に、ママと形山社長が迎えにきた。
 ママは、何も言わなかったけど、形山社長は今朝、学園をお休みした先輩が、事務所に話しをしにきたみたいで、
「あんなやつ、クビよクビ」
 と言っていた。
 その目は、泣き腫らしたように真っ赤で、きっと何かショックな事を言われたのだろう。
 同じことを言われたら、私は倒れてしまうかもしれないと思った。
 実家のベッドで、メソメソしていたら、ミホちゃんが「午後、さわりんが学園に来た!」と連絡してくれたけど、「ありがとう」としか返せなかった。
 それでやっと、先輩に「おやすみ!」って昨日、送ってなかったって気がついた。
 先輩のLINEをゲットしてから、送るようになっていたけど、告白してから「おやすみ!」しなかったのは、昨日が初めてかもしれない。
 けど、今晩も送る勇気が、返事を受け止める覚悟が、なかった。
 そして、意外と心配性なのに、昨日『おやすみ!」って送ってこなかったことへ、先輩が無反応なのが、とても悲しかった。

「・・・先輩、おはよう」
「おはよう」
 もう、何日ぶりのご挨拶だろう。
 土日を挟んだので、ものすごく久しぶり。
 なのに、先輩は、いつもと変わらない。
 変わらなさすぎる。
 昨日の、学園での私と志桜里ちゃんの号泣騒ぎを知らないはずがない。
 あんなに信頼されていた社長を泣かせて。
 志桜里ちゃんを泣かせて。
 私も泣いて。
 いつもみたいに先輩の前に座って、いつもみたいに後ろを振り向くと、いつもみたいな先輩がいる。
 いつもみたいに、自動販売機でしか売ってない、お気に入りの炭酸水のペットボトルのキャップをねじって。
「どうした?」
 私は、今どんな顔をしているのだろう。
 きっと、わがままで、とっても嫌な女の子になっているんだろう。
「・・・なんでもない」
 そんな顔、先輩に見せていたくなくて、チャイムの音が鳴る前に、私は前を向いた。

 先輩をお昼ご飯に誘ったら、
「今日は、カップラーメンの気分だ」
 って、私を置いていってしまった。
 いっしょに買い物もしてくれない。
 ミホちゃんと、学食で食べたけど、つい頼んでしまったナポリタンを見て、またメソメソしてしまった。
 最近の私、いつもメソメソしてる。
 志桜里ちゃんは、先輩がカップラーメンを食べている中庭のベンチへ行ったみたいだけど。
 何を言ってもはぐらかされて、それは、いつもの先輩なんだけど、いつもと違って悲しかったって、彼女もメソメソしていた。
 ミホちゃんは、必死に元気づけてくれようとしていた。
 でも、ごめんね。
 先輩じゃないと、元気に、笑顔になれないよ。
 おにいちゃんのことで、泣かないって決めたら、ちゃんとできたのに。
 聴講が終わって、いつもの、先輩の部屋と私の実家への分かれ道で、いつものように別れた。
 先輩は、何も言わないで、いつもどおりだった。
 でも、また私はメソメソしてしまって、トボトボ歩いていた。
 その前に、きゅっと音をたてて、見慣れてしまった白い車が止まった。
「さあ、沢田先生の後をつけますよ!」

 車の中で、茜ちゃんが言うには、納得がいかないらしい。
「沢田先生なら、言うと思うんです。もし、ヌ・・・ええと、とにかく風俗店に行った。とか、好きな女性ができたとか」
 確かに、隠さない気もする。
 でも、先輩のこと、もうわからない。
「なのに、あの社長が泣くほどのこと、言ったんです。沢田先生なら、社長なんて簡単に言いくるめられるのに、らしくないでしょう?」
 素直に頷ければいいのに、私は疑いで汚れてしまっていて「信じたいな」とだけ思った。
「志桜里さんも誘ったんですが、『信じるって決めました』の一点張りでした」
 志桜里ちゃんは、強いな。
 私なんて、「信じたいな」で、「信じる」じゃないのに。
「・・・良からぬことを考えてますね?」
「え?」
 ウィンカーを出して、左折しながら、
「経験豊かな、茜には、その気持ち、わかるんです」
 自分で言っておいて、経験というのはその、と背中が丸まる。
 先輩に、彼女が「その経験」で傷ついているから仲良くしてくれと頼まれたのを思い出して、手を伸ばして、背中をさすった。
「・・・すみません」
 茜ちゃんは、背筋を伸ばして、
「先輩から茜の過去、聞いてますよね?正直に聞きます・・・あみさんは、茜のこと、汚い女って、思いませんか?」
 私も正直に聞いた。
「私も、先輩に、嘔吐癖があったのを告白して、汚い?って聞いた。茜ちゃんは、私をどう思う?」
『汚くない』
 二人でハモった。
 先輩も、そう言ってくれた。
 なんだろう、久しぶりに、ちょっとだけ笑えた。
「だからご本人に、現場を押さえて直接、聞いてみましょう。そうして、言ってやりましょうよ、『汚くない』って。だから、だから戻ってきてくださいって。だって、沢田先生がいてくれないと茜、沢田先生の優秀なマネージャーになれないですから!」
 私は、これ以上に何かを見てしまって、先輩に『汚くない』って言えるのか、本当は自信がなかった。
 でも、今も彼を大好きなのだけは、確かだった。

 先輩は、学園から自分の部屋に戻った後、制服から着替えて、出かけた。
 乗った電車の路線が、あのエッチなお店への方面だったので、車で先回りして、あの居酒屋で待ち伏せしていると、先輩が路地に消えた。
 まつこと、数時間。
 路地から出てきた先輩は、この前と同じ女の子をつれていた。
 違う女の子でないことに、少しだけの安心と、逆に強くなる不安に、胸の奥のどこかが冷たい。
 茜ちゃんとの打ち合わせでは、ホテルに入る直前で、声をかける予定だ。
 会計をして後を追ったら、先輩たちはタクシーを拾った。
 あわてて、駐車場まで走って、車で追う。
 ちょうど、終電直後のラッシュで、なんとか追いつけた。
 そして、タクシーは、いかがわしいホテルではなく、普通の一流ホテルの前へと入っていった。
 私たちも、近くに急いで車を止めたけど、先輩たちは、私たちの見ている前で、他の宿泊客とエレベーターに乗ってしまって、どの階のどの部屋に入ったかなんて、わからない。
 当然、フロントで聞いても答えてくれないだろう。
「朝まで、まちますか?」
 諦めたように、茜ちゃんが言った。
 私も、どうしようもない気持ちと、寂しさで、二日ぶりくらいに先輩にLINEした。
『ホテルの何号室?』
 返信なんて、期待していない。
 ただ、聞いてみたかっただけ。
 ただ、知ってるって伝えたかっただけ。
 無視されても、何か言い訳されても、それで、諦めがつく気もしていた。
 待たされても、それが、私のことで悩んでくれた証拠になる、と思った。
 なのに、即座に、返信。
『九〇三号室』
 どうして、教えてくれたんだろう。
 先輩は、何を言うつもりなんだろう。
 私は、先輩に会えて声が聞ける嬉しさもあったけど、悲しい予感で、またメソメソしながら、九〇三号室のインターホンを押した。
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