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第一巻:春
利害×理解
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「先輩、明日の夜、時間ある?」
ちょっと緊張の面持ちで、あみに話かけられた。
「大丈夫ですけど、どうしたんです?」
珍しく、言い淀み、
「・・・ちょっと会ってほしい人がいて」
今度は、誰だ?
親きょうだいには会った?ので、親戚のおじさんとか?
「いいですけど、どなたに?」
「・・・マネージャーさん、私の」
目をふせ、
「今後のお仕事と、おつきあいのことで、先輩と折り入って・・・お話がしたいって」
あみが、言いにくそうにしていた理由がわかった。
もう、修羅場でしかないだろう、それ。
「・・・こんばんは」
「いらっしゃーい」
「あ、先輩、こっちこっち」
一周忌のときにも座ったカウンターの隅に引っ張られ、そこには、先客がいた。
勝手に俺と同年代ぐらいの男性を想像していたのだが、二十代半ばの女性が、黒髪ポニーテイル、黒のスラックススーツで座っていた。
その右隣に座らされ、俺の右側にあみが座った。
あみが所属するアイドルグループは、全員が同じ事務所に所属している、と詳しくない俺は思っていたが、それなりの容姿の女の子は、既にどこかしらの事務所に所属しているそうだ。
メンバーは、そこからオーディション等で集めているので、多数の事務所に所属した女の子らの寄せ集めなのだ。
ときに、どこの事務所にも所属しない合格者が出るそうだが、そのほとんどが話題づくりのために、無所属として演出しているだけらしく、その証拠に、そんな逸材なのに、争奪戦もなく事務所が決まるのだと。
アイドルには、マネージャーも、その事務所からつく。
あみの事務所から、グループに合格しているのは、彼女一人なので、専属でマネージャーがついている。
学園にあみを迎えにくることもあれば、そこで俺との同席を目撃することもある。
とくに最近、「あみが変わった」とマネージャーに指摘されることが増え、バレる前に伝えた方が良いと思ったらしいが、先に俺にも相談してほしかった。
黒縁眼鏡のキツめの顔が、こちらへ向く。
「先輩、こちらマネージャーの志方さん。志方さん、こちら・・・彼氏の沢田さん」
『彼氏』部分に表情を崩さず、内ポケットから名刺入れをとりだし、
「北乃あみのマネージャー、志方です」
名刺を両手で受け取り、
「ご丁寧にありがとうございます。今、出向中の学生の身分なので、名刺を持ち合わせず、申し訳ありません」
「いいえ。『肩書』は存じ上げておりますので」
肩書って、北乃あみの「彼氏」ってこと?
「今日の話し合いは、事務所への報告をどうするか、『彼氏』の沢田さんのお話を伺いたいと思っています」
つまり、まだ事務所へは、話していないのか。
「さっそく下世話で申し訳ありません。まず念のために確認したいのですが、どのような、おつきあいでしょう?」
一番、聞きたいのは、そこなのだろう。
「手、出してません」
「言い方よくない!」
あみにビシーッと指刺されて、注意される。
「結婚前提のお友達って言おうよ」
「・・・結婚、前提?」
また、いらん誤解が、誤解を生み公開処刑になるのだろうか。
「あみさんとは、友だ、」
俺が何を言おうとしているのか探る、頬に突き刺さるようなあみの鋭い視線。
友達友達言うのも、説明するのも少しだけ、面倒になり、
「・・・あみとつきあってますが、未成年に手を出すつもりはありません」
あみが、なぜか目をキラキラさせているのが、視界の隅に映る。
「それを信じろと?」
志方は、鼻で笑った。
「信じてもらえるとは思っていません。ただ、あみがアナタに話そうと決めた。だから、アナタを信用して、事情を語っています」
彼女が、事務所に報告すれば、それなりに圧がかかるだろう。
それが、仕事として干すことなのか、あみにプレッシャーを与える言葉なのか、とにかく、俺なんかの存在が、彼女に影響するのを避けたい。
「では、未成年でなくなったら、手を出すと?」
あみの口癖だが、言い方よくないと思う。
「出すとも出さないとも今、断言してみせても、信じもしないでしょう?志方さんも、あみがアイドルと彼氏、どちらをとるかはタイミング次第、と思っているのではないですか」
更に、ものすごい視線を頬に感じて、ちらっと横を見る、とあみが平坦な目で見つめてきていた。
何か、機嫌を損ねるようなこと言ったか?
「つきあっているけど「手を出さずに肉体関係がない」から「つきあっている定義に入らない」ので許せは都合がよすぎませんか?」
それを言われると痛いが、だからこその『友達』なのだ。
とはいえその『友達』の存在が公になれば、少なからず、アイドルあみに影響が出るのがわかっているからこそ、事務所にも世間にも、ひた隠しにしようとしているのだから。
どう、このマネージャを説得する?
いや、説得するべきは、『つきあっている』と主張するあみの方なのか?
悩む俺の脇から、あみが顔をだして、
「志方さん、沢田さんの。もう先輩でいいよね?先輩の言葉で、間違ってることあったよ」
「・・・どれです?」
心当たりがない。
「未成年じゃなくなる、なんて先のことはわからないけど今、先輩に会えなくなるなら、私アイドルやれなくてもいい」
志方も俺も絶句した。
「それは、引退ということですか?」
「ちょっと、あみ?」
いや、その結論にならないための話し合いをしているのだが。
「うん、先輩とアイドルなら、先輩をとる」
即答だった。
「・・・そんなに、そんなに簡単に言っていいことではないでしょう?」
「まってまって、アイドルやるのが、好きだって言ってたでしょう?」
なぜだか、志方と俺がタッグを組んで、あみを説得しようという体制になる。
「ううん。本当に一番大切なことなんだから、簡単に答えが出るんだよ。ちょっとだけ、おにいちゃんには、悪い気はするけど」
兄が自殺したのは自分がアイドルになったのが原因、と悩んでもアイドルを続けたあみ。
それ以上の事態だ、と本気度が伝わる。
「本気、なの?」
マネージャーに、にっこり頷くあみ。
「そんな、グラビア撮影でも見せたこともないくらい、いい笑顔で・・・」
がっくり、と顔を伏せた志方は、ぶつぶつと呟いた。
「・・・どうせ今、引退するなら、何年かひっぱって。オッサンとのスキャンダルもそのときはメリット?」
「言い方よくない!」
あみにビシーッと指刺されるが、聞いていていない様子だ。
「・・・ファンに媚を売らない塩対応だったのが最近、柔らかく笑うように変わったのは、恋したから?」
「い、言い方よくない」
媚びを売らないとか、塩対応とか、言い訳できないのか、口調が弱い。
志方が、顔を上げた。
「・・・理論武装は、できました」
すこし、表情が緩んでいた。
「どうせ、数年で卒業なんです。恋をして、前よりカワイくなって、付加価値が高くなった北乃あみを、事務所には内緒で、今のうちにバンバン売って、売り逃げしましょう!もし事務所か世間にバレたら、スキャンダルで最後に花火あげて、あとは結婚でも出産でもお好きにどうぞ!」
言い方よくないと思う、というか、そんなもんなの?
前にあみが、事務所は、アイドルの賞味期限が切れたら雇ってくれない、というようなことを言っていたが。
未成年というアイドルの価値、手を触れてはいけないという不可侵、価値が失われれば、禁忌も失せるのは、納得がいかない気がする。
俺が、彼女に手を出さないのは、彼女の商品価値を守るためなのか、そうじゃないだろう?
いや、そもそも手を出さないが。
首を捻る俺とは違い、マネージャーの言葉に納得しているのか、笑顔になったあみだが、気まずそうに、
「・・・志方さん、あのね。売ってくれるのは嬉しいけど。彼氏できたから、キスシーンとかそういうのはNGにしたいなって」
「もとから、未成年にさせる気ありません」
「え、じゃあ彼氏に恥ずかしいから水着もNGで」
ギラリ、と眼鏡が光った。
「写真集の撮影は覆りません。彼氏に見られて恥ずかしい腹なら、腹筋でもしてください」
「イチャイチャしやがって、くっそー」
志方マネージャーは、緑茶ハイのジョッキ片手に荒れていた。
「いい、飲みっぷりねえ」
酔っ払いの注文通りに、あみの母親はおかわりを出しているが、マズイだろう。
決してイチャイチャはしていないが、彼女にとって今夜はマネージャーとして一大決心だっただろうから、許そう。
俺としては、アイドルという存在とその価値、事務所の扱いに、納得がいかないものはあるのだが。
しかし、未成年アイドルに、つきあっている男がいる、と事務所に告げないという、あみの共犯者となったマネージャーのストレスは、これからも、ずっと続くのだ。
「どこがいいんです?こんなオッサンの?」
悩みの種の元凶は俺だ、この人にディスられるのは仕方ない。
「・・・うーん、わかんない」
しかし、仮にもつきあっているはずの彼女に、そう複雑な表情で言われるのは、俺の甲斐性がないだけなのだろうか。
告白のときも、理由を聞いたら、「どうしてかなんて、わかんない!」だったし。
「こんなに仕事がんばってるのに、男できないし!」
それは、グチというより八つ当たりだ。
あみが、「慰めろ」「フォローしろ」「今後のための信頼関係」と指示してくる。
「いやー、志方さんモテそうですけどね?」
眼鏡をギラリとさせて、
「モテそう、とモテるのは、決定的に違うんですよ!」
言葉の選択を間違えたらしい。
「さえないのに、モテた人に言われても、つらいだけですよ!」
「言い方よくない!」
あみにビシーッと指刺されて注意されるが、酔って聞いてなさそうだ。
志方とは、初対面なわけだが、まあ腹を割って話した、といえるのだろう。
本人は明日、覚えていたら、切腹したくなるだろうが。
「ところで。あの、あみさん?」
さっきから、あみが俺の右腕を抱きかかえて、離してくれない。
それが『イチャイチャしやがって』と志方を刺激しているだろうし、何より利き手なので箸が使えない。
そして、「あみさん」と呼びかけると、つーんとそっぽを向く。
「あのー、北乃あみさん?料理が食べられないのですけど?」
何度目かの訴えに、ようやくこちらを向き、
「・・・さっきは、呼び捨てだった」
「さっき?」
なんのことだ?
「志方さんと話してるときは、『あみ』って呼んでた」
「そうでしたっけ?」
「・・・思い出すまで絶対、手ぇ離さない」
左利きの練習を強いられた後、案の定『イチャイチャしやがって』と酔いつぶれて寝てしまった志方を、あみの実家へと俺が運ぶことになった。
まあ、ジムで鍛えているので、女性ひとりくらい軽いものだろう。
「ジムのバーベルより重っ!ナニ食べてるの、この人?」
「言い方よくない!」
ビシーッと指刺されて、注意された。
夜道を歩きながら、背負った志方が寝言を言っているので、耳をすませた。
「手ぇ、出したら刺す」
この業界、とりあえず刺すのがスタンダードなようです。
志方を、あみの部屋に泊めるというので、布団を敷く間、ドアの外で彼女を背負ったまま待たされ、布団に荷物を下す重労働の後、着替えさせるから、と即追い出された。
初のあみの部屋だったが、ほぼ中を見られていない。
そんなに興味があるわけではない、のだが壁の棚にジップロックらしきものがあったのが、目立って目に入って気にはなった。
ちなみに、「着せてもらったあみのパジャマの胸がきつくて誰かが胸に正座してる悪夢を見ました」という後日に聞いた志方の苦言には、「それパジャマの持ち主の担当アイドルには言わず墓場まで持っていった方が良いよ」とアドバイスした。
この家に泊まるのは、二度目とはいえ、緊張する。
終電後にタクシーで帰るのは、犯罪者らしい。
しかも今夜は更に、同じ屋根の下にマネージャーまでいる。
つまり、俺を刺す包丁二本は覚悟。
両手で握れば、四本なのだ。
いや、刺されるようなことは、しないが。
そういえば、志方を背負っていたせいで、玄関の遺影に、ちゃんと挨拶できなかったな、と思った。
とりあえず、おにいさんの部屋へ行くと前回、使った布団が畳まれ、シーツやスウェットがその上に置かれていた。
マネージャーとの話し合いが、長引くのが予想されていたのかもしれない。
結果は、幸いと言えるのか、グチと絡みの方が長かったわけだが。
着替えて、敷いた布団に寝転がっていると、あみから「おやすみ!」とLINEが来たので「おやすみ」と返信。
すると、直後にドアが開いて、あみが入ってきた。
「今回は、返事、しましたけど?」
「うん、だから起きてるのがわかって、来ちゃった」
「おやすみの意味、知らないで使ってます?」
抗議しているのも気にせず、俺の枕元に、ちょこんと正座する。
薄い黄色のパジャマ姿から目を逸らしながら、
「あみさん、聞いてます?」
つん、とそっぽを向いている。
「あみさん?」
そっぽアンド横ジト目。
「さっきは、ちゃんと、あみって呼んでくれてた」
「そうでしたっけ?」
「・・・さっきは、ちゃんと、あみって呼んでくれてた」
マネージャーとの真剣な話し合いとはいえ、意識せず呼び捨てにしてたのは、そういう願望が俺にあるからだろうか。
さん付と呼び捨てに、俺は違いを意識しすぎなんだろう。
「・・・あみ」
いや、違う、全然違う、恥ずかしいぞ、これ。
「うん。許してあげる」
にこーっと笑うと、彼女はするり、と横になった俺の腕の中に、背中向きで滑り込み、くっついてきた。
「だから、言ってるように、俺にも性欲が、」
「・・・わかってる。ごめんね。私が子供で」
それは、彼女の罪ではない。
ならば、彼女に自分を子供と言わせている、俺の罪なのか?
でも今、彼女が腕の中にいることは、喜んでしまっていいのだろうか。
今度は、眠れるのだろうか、なんて思いながら、でも眠れないなら、あみを抱えていることを、ずっと感じていられるとも思って、
「おやすみ、あみ」
「うん、おやすみなさい」
またも、案外すんなり眠りに落ちる間際に聞こえたのは、彼女の寝言だったのだろうか、意識しての言葉だったのだろうか、それとも夢か。
「でも、他の女の人に手ぇ出したら刺す」
翌朝のナマハゲタイムは、包丁七本だった。
ちょっと緊張の面持ちで、あみに話かけられた。
「大丈夫ですけど、どうしたんです?」
珍しく、言い淀み、
「・・・ちょっと会ってほしい人がいて」
今度は、誰だ?
親きょうだいには会った?ので、親戚のおじさんとか?
「いいですけど、どなたに?」
「・・・マネージャーさん、私の」
目をふせ、
「今後のお仕事と、おつきあいのことで、先輩と折り入って・・・お話がしたいって」
あみが、言いにくそうにしていた理由がわかった。
もう、修羅場でしかないだろう、それ。
「・・・こんばんは」
「いらっしゃーい」
「あ、先輩、こっちこっち」
一周忌のときにも座ったカウンターの隅に引っ張られ、そこには、先客がいた。
勝手に俺と同年代ぐらいの男性を想像していたのだが、二十代半ばの女性が、黒髪ポニーテイル、黒のスラックススーツで座っていた。
その右隣に座らされ、俺の右側にあみが座った。
あみが所属するアイドルグループは、全員が同じ事務所に所属している、と詳しくない俺は思っていたが、それなりの容姿の女の子は、既にどこかしらの事務所に所属しているそうだ。
メンバーは、そこからオーディション等で集めているので、多数の事務所に所属した女の子らの寄せ集めなのだ。
ときに、どこの事務所にも所属しない合格者が出るそうだが、そのほとんどが話題づくりのために、無所属として演出しているだけらしく、その証拠に、そんな逸材なのに、争奪戦もなく事務所が決まるのだと。
アイドルには、マネージャーも、その事務所からつく。
あみの事務所から、グループに合格しているのは、彼女一人なので、専属でマネージャーがついている。
学園にあみを迎えにくることもあれば、そこで俺との同席を目撃することもある。
とくに最近、「あみが変わった」とマネージャーに指摘されることが増え、バレる前に伝えた方が良いと思ったらしいが、先に俺にも相談してほしかった。
黒縁眼鏡のキツめの顔が、こちらへ向く。
「先輩、こちらマネージャーの志方さん。志方さん、こちら・・・彼氏の沢田さん」
『彼氏』部分に表情を崩さず、内ポケットから名刺入れをとりだし、
「北乃あみのマネージャー、志方です」
名刺を両手で受け取り、
「ご丁寧にありがとうございます。今、出向中の学生の身分なので、名刺を持ち合わせず、申し訳ありません」
「いいえ。『肩書』は存じ上げておりますので」
肩書って、北乃あみの「彼氏」ってこと?
「今日の話し合いは、事務所への報告をどうするか、『彼氏』の沢田さんのお話を伺いたいと思っています」
つまり、まだ事務所へは、話していないのか。
「さっそく下世話で申し訳ありません。まず念のために確認したいのですが、どのような、おつきあいでしょう?」
一番、聞きたいのは、そこなのだろう。
「手、出してません」
「言い方よくない!」
あみにビシーッと指刺されて、注意される。
「結婚前提のお友達って言おうよ」
「・・・結婚、前提?」
また、いらん誤解が、誤解を生み公開処刑になるのだろうか。
「あみさんとは、友だ、」
俺が何を言おうとしているのか探る、頬に突き刺さるようなあみの鋭い視線。
友達友達言うのも、説明するのも少しだけ、面倒になり、
「・・・あみとつきあってますが、未成年に手を出すつもりはありません」
あみが、なぜか目をキラキラさせているのが、視界の隅に映る。
「それを信じろと?」
志方は、鼻で笑った。
「信じてもらえるとは思っていません。ただ、あみがアナタに話そうと決めた。だから、アナタを信用して、事情を語っています」
彼女が、事務所に報告すれば、それなりに圧がかかるだろう。
それが、仕事として干すことなのか、あみにプレッシャーを与える言葉なのか、とにかく、俺なんかの存在が、彼女に影響するのを避けたい。
「では、未成年でなくなったら、手を出すと?」
あみの口癖だが、言い方よくないと思う。
「出すとも出さないとも今、断言してみせても、信じもしないでしょう?志方さんも、あみがアイドルと彼氏、どちらをとるかはタイミング次第、と思っているのではないですか」
更に、ものすごい視線を頬に感じて、ちらっと横を見る、とあみが平坦な目で見つめてきていた。
何か、機嫌を損ねるようなこと言ったか?
「つきあっているけど「手を出さずに肉体関係がない」から「つきあっている定義に入らない」ので許せは都合がよすぎませんか?」
それを言われると痛いが、だからこその『友達』なのだ。
とはいえその『友達』の存在が公になれば、少なからず、アイドルあみに影響が出るのがわかっているからこそ、事務所にも世間にも、ひた隠しにしようとしているのだから。
どう、このマネージャを説得する?
いや、説得するべきは、『つきあっている』と主張するあみの方なのか?
悩む俺の脇から、あみが顔をだして、
「志方さん、沢田さんの。もう先輩でいいよね?先輩の言葉で、間違ってることあったよ」
「・・・どれです?」
心当たりがない。
「未成年じゃなくなる、なんて先のことはわからないけど今、先輩に会えなくなるなら、私アイドルやれなくてもいい」
志方も俺も絶句した。
「それは、引退ということですか?」
「ちょっと、あみ?」
いや、その結論にならないための話し合いをしているのだが。
「うん、先輩とアイドルなら、先輩をとる」
即答だった。
「・・・そんなに、そんなに簡単に言っていいことではないでしょう?」
「まってまって、アイドルやるのが、好きだって言ってたでしょう?」
なぜだか、志方と俺がタッグを組んで、あみを説得しようという体制になる。
「ううん。本当に一番大切なことなんだから、簡単に答えが出るんだよ。ちょっとだけ、おにいちゃんには、悪い気はするけど」
兄が自殺したのは自分がアイドルになったのが原因、と悩んでもアイドルを続けたあみ。
それ以上の事態だ、と本気度が伝わる。
「本気、なの?」
マネージャーに、にっこり頷くあみ。
「そんな、グラビア撮影でも見せたこともないくらい、いい笑顔で・・・」
がっくり、と顔を伏せた志方は、ぶつぶつと呟いた。
「・・・どうせ今、引退するなら、何年かひっぱって。オッサンとのスキャンダルもそのときはメリット?」
「言い方よくない!」
あみにビシーッと指刺されるが、聞いていていない様子だ。
「・・・ファンに媚を売らない塩対応だったのが最近、柔らかく笑うように変わったのは、恋したから?」
「い、言い方よくない」
媚びを売らないとか、塩対応とか、言い訳できないのか、口調が弱い。
志方が、顔を上げた。
「・・・理論武装は、できました」
すこし、表情が緩んでいた。
「どうせ、数年で卒業なんです。恋をして、前よりカワイくなって、付加価値が高くなった北乃あみを、事務所には内緒で、今のうちにバンバン売って、売り逃げしましょう!もし事務所か世間にバレたら、スキャンダルで最後に花火あげて、あとは結婚でも出産でもお好きにどうぞ!」
言い方よくないと思う、というか、そんなもんなの?
前にあみが、事務所は、アイドルの賞味期限が切れたら雇ってくれない、というようなことを言っていたが。
未成年というアイドルの価値、手を触れてはいけないという不可侵、価値が失われれば、禁忌も失せるのは、納得がいかない気がする。
俺が、彼女に手を出さないのは、彼女の商品価値を守るためなのか、そうじゃないだろう?
いや、そもそも手を出さないが。
首を捻る俺とは違い、マネージャーの言葉に納得しているのか、笑顔になったあみだが、気まずそうに、
「・・・志方さん、あのね。売ってくれるのは嬉しいけど。彼氏できたから、キスシーンとかそういうのはNGにしたいなって」
「もとから、未成年にさせる気ありません」
「え、じゃあ彼氏に恥ずかしいから水着もNGで」
ギラリ、と眼鏡が光った。
「写真集の撮影は覆りません。彼氏に見られて恥ずかしい腹なら、腹筋でもしてください」
「イチャイチャしやがって、くっそー」
志方マネージャーは、緑茶ハイのジョッキ片手に荒れていた。
「いい、飲みっぷりねえ」
酔っ払いの注文通りに、あみの母親はおかわりを出しているが、マズイだろう。
決してイチャイチャはしていないが、彼女にとって今夜はマネージャーとして一大決心だっただろうから、許そう。
俺としては、アイドルという存在とその価値、事務所の扱いに、納得がいかないものはあるのだが。
しかし、未成年アイドルに、つきあっている男がいる、と事務所に告げないという、あみの共犯者となったマネージャーのストレスは、これからも、ずっと続くのだ。
「どこがいいんです?こんなオッサンの?」
悩みの種の元凶は俺だ、この人にディスられるのは仕方ない。
「・・・うーん、わかんない」
しかし、仮にもつきあっているはずの彼女に、そう複雑な表情で言われるのは、俺の甲斐性がないだけなのだろうか。
告白のときも、理由を聞いたら、「どうしてかなんて、わかんない!」だったし。
「こんなに仕事がんばってるのに、男できないし!」
それは、グチというより八つ当たりだ。
あみが、「慰めろ」「フォローしろ」「今後のための信頼関係」と指示してくる。
「いやー、志方さんモテそうですけどね?」
眼鏡をギラリとさせて、
「モテそう、とモテるのは、決定的に違うんですよ!」
言葉の選択を間違えたらしい。
「さえないのに、モテた人に言われても、つらいだけですよ!」
「言い方よくない!」
あみにビシーッと指刺されて注意されるが、酔って聞いてなさそうだ。
志方とは、初対面なわけだが、まあ腹を割って話した、といえるのだろう。
本人は明日、覚えていたら、切腹したくなるだろうが。
「ところで。あの、あみさん?」
さっきから、あみが俺の右腕を抱きかかえて、離してくれない。
それが『イチャイチャしやがって』と志方を刺激しているだろうし、何より利き手なので箸が使えない。
そして、「あみさん」と呼びかけると、つーんとそっぽを向く。
「あのー、北乃あみさん?料理が食べられないのですけど?」
何度目かの訴えに、ようやくこちらを向き、
「・・・さっきは、呼び捨てだった」
「さっき?」
なんのことだ?
「志方さんと話してるときは、『あみ』って呼んでた」
「そうでしたっけ?」
「・・・思い出すまで絶対、手ぇ離さない」
左利きの練習を強いられた後、案の定『イチャイチャしやがって』と酔いつぶれて寝てしまった志方を、あみの実家へと俺が運ぶことになった。
まあ、ジムで鍛えているので、女性ひとりくらい軽いものだろう。
「ジムのバーベルより重っ!ナニ食べてるの、この人?」
「言い方よくない!」
ビシーッと指刺されて、注意された。
夜道を歩きながら、背負った志方が寝言を言っているので、耳をすませた。
「手ぇ、出したら刺す」
この業界、とりあえず刺すのがスタンダードなようです。
志方を、あみの部屋に泊めるというので、布団を敷く間、ドアの外で彼女を背負ったまま待たされ、布団に荷物を下す重労働の後、着替えさせるから、と即追い出された。
初のあみの部屋だったが、ほぼ中を見られていない。
そんなに興味があるわけではない、のだが壁の棚にジップロックらしきものがあったのが、目立って目に入って気にはなった。
ちなみに、「着せてもらったあみのパジャマの胸がきつくて誰かが胸に正座してる悪夢を見ました」という後日に聞いた志方の苦言には、「それパジャマの持ち主の担当アイドルには言わず墓場まで持っていった方が良いよ」とアドバイスした。
この家に泊まるのは、二度目とはいえ、緊張する。
終電後にタクシーで帰るのは、犯罪者らしい。
しかも今夜は更に、同じ屋根の下にマネージャーまでいる。
つまり、俺を刺す包丁二本は覚悟。
両手で握れば、四本なのだ。
いや、刺されるようなことは、しないが。
そういえば、志方を背負っていたせいで、玄関の遺影に、ちゃんと挨拶できなかったな、と思った。
とりあえず、おにいさんの部屋へ行くと前回、使った布団が畳まれ、シーツやスウェットがその上に置かれていた。
マネージャーとの話し合いが、長引くのが予想されていたのかもしれない。
結果は、幸いと言えるのか、グチと絡みの方が長かったわけだが。
着替えて、敷いた布団に寝転がっていると、あみから「おやすみ!」とLINEが来たので「おやすみ」と返信。
すると、直後にドアが開いて、あみが入ってきた。
「今回は、返事、しましたけど?」
「うん、だから起きてるのがわかって、来ちゃった」
「おやすみの意味、知らないで使ってます?」
抗議しているのも気にせず、俺の枕元に、ちょこんと正座する。
薄い黄色のパジャマ姿から目を逸らしながら、
「あみさん、聞いてます?」
つん、とそっぽを向いている。
「あみさん?」
そっぽアンド横ジト目。
「さっきは、ちゃんと、あみって呼んでくれてた」
「そうでしたっけ?」
「・・・さっきは、ちゃんと、あみって呼んでくれてた」
マネージャーとの真剣な話し合いとはいえ、意識せず呼び捨てにしてたのは、そういう願望が俺にあるからだろうか。
さん付と呼び捨てに、俺は違いを意識しすぎなんだろう。
「・・・あみ」
いや、違う、全然違う、恥ずかしいぞ、これ。
「うん。許してあげる」
にこーっと笑うと、彼女はするり、と横になった俺の腕の中に、背中向きで滑り込み、くっついてきた。
「だから、言ってるように、俺にも性欲が、」
「・・・わかってる。ごめんね。私が子供で」
それは、彼女の罪ではない。
ならば、彼女に自分を子供と言わせている、俺の罪なのか?
でも今、彼女が腕の中にいることは、喜んでしまっていいのだろうか。
今度は、眠れるのだろうか、なんて思いながら、でも眠れないなら、あみを抱えていることを、ずっと感じていられるとも思って、
「おやすみ、あみ」
「うん、おやすみなさい」
またも、案外すんなり眠りに落ちる間際に聞こえたのは、彼女の寝言だったのだろうか、意識しての言葉だったのだろうか、それとも夢か。
「でも、他の女の人に手ぇ出したら刺す」
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ちなみに、工藤珠希は工藤太郎の事を好きなのだが、それは誰にも言えない秘密なのである。
この作品は「小説家になろう」「カクヨム」「ノベルアッププラス」「ノベルバ」「ノベルピア」にも掲載しております。
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