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第一巻:春

学生=講師

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 俺は今年、五十歳になるサラリーマンだった。
 学校を卒業し、技術はあるが中規模の会社に研究職として就職。
 数年後、新規事業の立ち上げに伴って、その専門知識を使った営業技術として、営業部へ転属となった。
 新規事業とは、そのころ盛んだったバイオテクノロジー関連製品の販売で、大学や研究機関へ向けて、高額で特殊な研究用機材を売っていた。
 売るためには高度な専門的な知識が必要で、各地方の営業所や代理店の営業では、対応しきれない。
 そこで、営業技術である俺が出向き、専門知識をフル活用して、お客に買うと決心させる、そんな仕事をしていた。
 そのうち、会社は買収や合併吸収などで、いつのまにか国内では知らない者はいない大企業の一部となり、流されるように俺は、その超一流会社の一員となっていた。
 とはいえ、大企業での泳ぎ方というのは中小とは違い、独特でストレスを強いられ、ストレスはストレスを生み結果、仕事でやらかし、心を病み、離婚をした。
 簡単に言えば、それなりの専門知識はあるが、人生の敗者だ。
 更には、孤独癖があり、コミュ障気味だ。
 離婚を機に、軽度の拒食症になったり、ジムに通ったりしたせいで、人生の中で最も細マッチョな体型になったのは、わずかながら良かったことかもしれない。
 人生最大の挫折から、少し立ち直りかけていた矢先、出向を命じられた。
 会社への貢献があるからリストラはしないが、体のよい厄介払いで行先は、設立が決まったばかりの教育特区「鳳凰学園」だった。

 教育特区「鳳凰学園」は今年、開校した様々な分野の専門家、様々な年齢の者を集め、基礎から最先端の知識を学べる学校だ。
 その特徴のひとつに、学生が講師を務めるというのがある。
 学生は、それぞれが一芸をもっているので、それを互いに教えあうのだ。
 教える側と教わる側の垣根なく、それぞれの年齢も関係なく、等しくみなが同級生なのだ。
 四月入学という限定もないため、入学式もなければ卒業式も、学年もない。
 単位を取って二年間通えば、短期大学卒業の資格はもらえるようだが。
 広く人脈を築くのが、目的のひとつでもあるため教室はあるが、全授業はネット配信もされているので、学生以外も有料だが受講可能だ。
 ただし、講師への質問の権利は、教室にいる者にしかない。
 ある意味、講師役にとっては、注目度が如実に目の前の人数で見えるので、正直しんどい。
 俺は、「生物学」というおおざっぱな講座名で、分子生物学から生化学、スポーツ生理学にまで触れる内容で、週に一時間の講師を務めている。
 受験対策の授業ではない上、学生側の知識にも幅があるので、とりあえずは雑談的な話題も多く、トンデモ科学を掘り下げたり、当時の迷信が信じられたバックグラウンド、失敗談なども盛り込んで、それなりに人は集まってくれている。
 逆に、自分が聴講者になったとき、「現在の世界情勢で仲の悪い国がそうなった原因」を紐解いたり、「バレエの衰退と復活」など、更にはそれらは、別々の講師の講義だったが、歴史的に実は関連があったなど、今まで興味があるとは言えなかった分野の面白さを発見して、自分でもこの学園の理念に共感していた。
 そんな中でも、超人気を誇る講義が、現役アイドルが講師の「アイドル学」だ。
 アイドルの仕事もあるためか、講義は不定期に行われ、回数も少ないから、俺は参加したことがないが、予約数で決まる教室も大講堂で、ネット回線も接続過多でギリギリらしい。
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