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大量焼死体遺棄事件:裏サイド

side:兄弟子

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本名:坂上昭三
享年:五十二歳
死因:呪殺

 人生での最盛期を言うのであれば、助教授に成れたころ、だろうか。
 才能のある後輩も何人か入り、自分の地位が危ういこと以外は、教室としての未来は明るかった。
 すぐに後輩に道を譲ることになっても、数年は教授をやりたい、くらいが分相応の望みだ、と思っていた。
 しかし、実はもう、あの時期には、未来が閉ざされるのは、決まっていたのだ。
 誰も知らなかったが、尊敬する教授が、BHDという環境保護を隠れ蓑にした団体に所属していたのだ。
 狂気の沙汰だと思うが、彼にも、理由があったのだろうか、と今更のように思う。
 人生を潰された側としては、どんな理由があっても許せないし、あの当時は、必死だった。

 そもそも、仕組まれていたのだ。
 新々興宗教にハマった学生を宗教団体から取り戻してくれ、と教授は泣きつかれたと言っていたが、嘘だった。
 いきなり、この学生が実家に帰ってきても、両親が警戒する。
 合理的に、その学生を実家に戻すこと、この件に助手の春日真奈美(いや当時はもう村下になっていたか)を関係させるのが目的だったのだ。
 その結果、ニュースにも出たように、両親を始めとして合計九人を殺害した。
 しかも、その裁判に村下真奈美が出廷するタイミングで、学生の宗教仲間が毒ガスを撒いた。
 これによって、村下真奈美は死んだ。
 そして、この事件によって、末法思想が世間に蔓延し、宗教団体への忌避を植え付けた。
 その中で、BHDは、環境保護団体として、着実にその勢力を広げていったのは、計画通りだった。

 教授が、村下真奈美を殺したかったのは、BHDの儀式に関して、適性があるのではないかと見込み、BHDの実態を明かしたからだ。
 そもそも、それで協力してもらえる、と思うこと自体が狂っている。
 当然、村下真奈美は拒否した。
 儀式に関して、かなり詳細に、月林檎のことまで話していたようだ。
 生かしておくわけにはいかない。
 そこで、いろいろな計画をうまく利用して、自分の手を汚さずに殺害したのだ。
 一番気にしていたのは、夫の昌二に、情報を漏らさないかだったようだが、村下真奈美も正気を疑われたくなかったのだろう、何も話していなかったようだ。
 それどころか、BHDの件は、教授の冗談とでもいったように振舞って、忘れたようにも見えたが、やはり放置はできなかったのだろう。
 教室は結果として、助手を毒ガス事件の巻き添えで亡くし、講師を犯罪者として失った。

 教室としての要、未来のための人材を失ったというのに、学内では、大きな問題にはならなかった。
 大学そのものが、BHDに取り込まれつつあったからだ。
 それでも、不審に思った自分に、教授が語ったのだ、BHDについて。
 生涯で、一番の衝撃だった。
 尊敬している教授が、後輩である村下真奈美を殺す算段をした。
 それによって、夫である村下昌二は実行犯への仇を討ち、犯罪者となって投獄された。
 そして、自分に決断を迫った。
 お前は、どうするのか、と。
 選択肢は三つ。
 逃げ出せば、全てのキャリアを失う。
 協力を断れば、命を失う。
 受け入れれば、誇りを失う。

 結果としては、教授に協力した。
 とはいえ、BHDの裏事情は、ほぼ明かされることなく、教授も表立って殺人に関わるような指示を出してはこなかった。
 裏では何をしているのかは、知りたくもなかったが。
 ちょうど村下が出所した頃くらいから、学生への勧誘が始まった。
 そして、村下とぶつかることが出てきた。
 教授は、村下を潰そうしたようだが、彼はマスコミを巧くつかって、生き延びた。
 テレビで心霊写真の解説をしている村下を見た時には、自分の正気を疑ったものだ。
 それでも、学生の勧誘は続けられ、優秀な学生が入ってきた場合には、時間をかけて、取り込んでいった。
 そう、村下真奈美のような失敗をしないようにだ。
 特に、上飼祥吾と、数年後に入学した京子の兄妹は、優秀な上、BHDの考えに賛同した。
 しかも、妹には、儀式への適性もあった。
 こうして、教授は人員を確保していきながら、BHDの中での地位を確立した。
 上飼祥吾は、この儀式に関しての理論構築のため、かなり高い機密を開示されていたようだ。
 京子は、儀式の適性を高めるための業を行っていた。
 自分は、また取り残されていた。

 だから、どうかしていたのだと思う。
 BHDについて、発表しようなどとしたのは。
 もちろん、そこまで直球ではない。
 かなりオブラートに包んで、ほんの一端を考察として、だったのだが。
 すぐに教授に呼び出された。
 しかし、叱責ではなかった。
 脅しでもなかった。
 単なる、通達だった。
 そう、「公開はされない」と一言。
 そして、自分が書いた暴露原稿を、手渡された。

 原稿を投げつけるでもなく、捨てるのでもなく、ただ手渡された瞬間に、何かが終わったのだと思う。
 教授に唯々諾々と従いながら、表向きの仕事をこなした。
 裏の仕事は、変わらず上飼兄妹に廻されていたからだ。
 その上で、更に兄妹は、表での論文発表を意欲的に行い、実績を積んでいった。
 その姿は、村下昌二、真奈美夫妻を連想させた。
 柄にもなく焦った自分も論文を書いたが、専門誌からはリジェクトされ続けた。
 採用を狙って尖った物を書けば書くほど、査読の担当者から白眼視され、教授にもクレームが入るようになってしまった。
 裏だけでなく、表の実績でも、上飼に敵わなくなったのだ。
 居場所はなくなり、大学を勇退という形で去った。
 
 とはいえ、BHDの裏を知っているので、開放されたわけではない。
 そうとはいえ、BHDから金を貰えるわけではない。
 大学を追われた三流学者が、どうやって食い扶持を稼ぐかなど、お粗末なものだ。
 三流のオカルト雑誌に書いたり、上飼などからのBHDの下請け仕事をしたりして、細々と糊口を凌いでいた。

 プライドもなく、底辺を歩む中、上飼祥吾が死んだ、と耳に入った。
 しかも、BHDに粛清されたという。
 そのうち、村下昌二も死んだ、と噂になり、テレビで水死と報道されたのを見て、笑ったものだ。
 誰が、そんな事故死みたいな死因を信じる、というのだろうか。
 彼が、BHDを追っているのを知って、匿名で警告したのだが、効果はなかったようだ。
 優秀な奴ほど、先に死ぬのは、皮肉なものだ。
 そうなる、と自分が死ねるのは、まだまだ先になりそうだ。

 突然、八神が訪ねてきた。
 金のための三流雑誌で知り合い、彼が村下と付き合いがあると知り、仕事や現場でカチ会うことがないように、兄弟子であったことを明かしていた。
 村下に自分の存在をバラさないでくれたのは助かったが、その分安く買い叩かれた気もする。
 八神が持ってきた村下のノートは、自分が知らない内容まで、書かれていた。
 どうやら、八神は勘違いしていた。
 BHDに敵対していた村下とは違い、自分が末端の末端とはいえBHDの関係者である、と知らないのだ。
 この男がBHDを調べていることを教授に教えたら、金が貰えるかもしれないな、と考えていたら、驚いた。
 その教授らしき学者が、死んだようだ。
 八神の目の前で。
 そうなのか、死んだか。
 楽しくなって、八神がちょっと考え事をしている隙に、ノートに八田の電話番号を走り書きした。
 下請け仕事で知った番号で、まだ番号も持ち主も生きているかは、分からないが。

 八神が帰った後、上飼のノートに書いてあった儀式について、死んだ教授の名前を使って「進捗確認」の調査をした。
 そのうち、教授は亡くなったはず、とバレてしまったが、お陰で死んだことも確認できた。
 心臓を使った呪具を喰う、という儀式に苦笑が漏れる。
 村下真奈美、上飼京子は、儀式に適性があるという話だった。
 彼女らは、心臓を喰う能力があったということか。
 特に、上飼京子は、そのための業もしていた。
 心臓を喰うための業とは、林檎でも齧っていたか、歯を磨いていたのだろうか。
 そうなる、と適正とは顎の強さと歯肉の健康さだったのかもしれない。
 教授らが真顔でやっているのを想像して、不謹慎にも、笑いの発作が止まらなかった。
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