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大量焼死体遺棄事件:裏サイド

side:裏の裏

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 全ては、たった一柱の欲望から始まった。
 死したる妻を黄泉帰よみがえらせるために、黄泉の国へ渡った神。
 国の始祖に連なる者から始まった、愛する者を「死者の国」から逃れさせるため、ルール破りの物語。

 「写」本というのだから、写した本だ。
 つまりは、元がある。
 それが、全ての発端。
 しかし、偽書ではないから、といって、本当の目的を記した書物とは限らない。
 そして、一冊とも限らない。
 でも、手にした者は、「写」本であることを忘れて、唯一無二の持ち主だ、と思い込む。
 そう、自分だけが知っている秘密だ、と。
 そう、何もかも騙されている、というのに。

 「写」本の真の目的は、死したる妻の黄泉の国との縁を断ち切り、地上に居られるように魂を解放すること。
 それは、生と死のシステムを転用した再生。
 輪廻転生を悪用した産み直し。
 もう、世界に滲んでしまった「神」をかき集めて復活させ更に、その死でもって「死の神」の属性を断つ。
 「神」は不死ではない。
 しかし、不変には近く、その存在を変えることは難しい。
 死の神は、やはり黄泉の国の女王なのだ。
 しかし、時は、神を滲ませる。
 その存在を薄くしていく。
 少しづつ、少しづつ「死の神」としての属性を磨り減らして、「神」とだけになっていく。
 まるで、石仏が雨風で磨耗し単なる石となり、どんな存在だったかを忘れられていくように。
 「神」をおろし、そして殺すことで、「死の神」の座からおろし、黄泉の国から逃がすのが、「写」本の真の目的。
 だからこそ、儀式への適性者は、二人いたのだ。
 おろして殺される役と、対になるように。

 その真の目的は、「写」本には、記されていない。
 なぜなら、餌としては弱いからだ。
 真の目的を実行するには、長い年月、多数の人間の力が、想いが必要だ。
 そのために「死者が地上に留まれる」という餌が記された。
 そのために「神」の復活までが記された。
 「写」本であるからこそ、ブルー・ヘブンズ・ドアの創設者が、この計画に乗せられた始めての人物ではない。
 もっと歴史の奥深くの暗闇で、この計画は連綿、とこの国の人々へ欲望を囁いてきたのだ。
 妻を恋人を、子供を親を、友人を恩人を「死の国」に奪われないように、計画に携わった人々は、「黄泉帰り」を伝え続けていた。
 今現在では、「死者が黄泉帰る」という概念を知らない者はいない。
 更に、火葬を根付かせたので、土葬の国のゾンビのような、汚らしい復活のイメージも育たなかった。
 仏教などの宗教が伝わり天国と地獄、天使と悪魔という概念は、「黄泉の国」の存在を薄めていくのに一役かった。
 時は流れ、儀式への適性者が現れた。

 「神」を復活させるための適性者は表向き、儀式の中心となる人物なので、複数いても、不自然ではなかった。
 ブルー・ヘブンズ・ドアでも、適性者が常に二人いることを、予備がいて良い、くらいにしか考えていなかった。
 私は、二00七年一月十五日の夜、あの方の夢を見た。
 地平線の向こうから、巨大な人影がこちらを見ていた。
 そして、全てを教えてくれた。
 「写」本が、真の目的のための餌であること。
 儀式の適性者は必ず二人、必要なこと。
 そして、儀式の中心は、私であること。
 村下真奈美の死によって、私が「神」の魂に一番、近い器となったのだ。
 上飼京子は、「神」おろしの才能が高いだけで、器への適性とはまったく別のものなのだが、それを区別する術は、人には与えられていなかった。
 だから彼女は、自分がより適性が高く、低い私とは別物で、唯一の存在だ、と思っていたようだ。
 残念なことに、真実は、残酷だ。
 そうそう、中枢とか呼ばれて調子に乗って、村下真奈美を殺してしまった教授は、あの方の逆鱗に触れていて、後に術を邪魔されて、自滅したらしい。
 私の義兄にも、人を使ってちょっかいを出していたようなので、同情の欠片もなかった。

 翌朝、私は、BHDへ向かった。

 既に、私はWEBでの罠にひっかかり、BHDにマークされていたので、話は早かった。
 教授と呼ばれる男に適性を調べられ、二人目の適性者として、組織に収まった。
 そして、予備らしく、大人しくしていた。
 一年くらいして、義理の兄が、失踪扱いの私を探すために、BHDが張った「罠」に掛かったのには、驚いた。
 そういう、心温まる関係ではなかったはずなのだが。
 私は、血の繋がらない年上の彼に憧れてはいたが、彼にとっては、単に母親が再婚してできた法律上、義妹になった女の子でしかなかった、と思っていた。
 歳が離れ過ぎていたせいもあって、会っても共通の話題もなく、いつも素っ気ない態度だったことしか、覚えていなかった。
 しかも、あの方の力を宿した指輪を手に入れたのにも驚いた。
 なんというか、オカルトとは無縁な、現実社会に根を張った人な感じがしていたからだ。
 二00七年の夜、あの方に会ったとき、誰かが私の後を追ってきているような気がしていたのが、あれは義兄だったのだろうか?
 私を心配して、あんなところにまで、探しにきてくれた?
 一年以上の時差があるので、あの場所は、いろいろ捻れているのかもしれないし、勘違いなだけかもしれない。

 私がやったことは、ほんの僅かだ。
 一番は、ヤタガラスと名乗って義兄に接触していた八田に、上飼京子の儀式の場所が伝わるようにしたことか。
 あと、義兄に電話したこと。
 どうして、あんなことをしたのか、自分でもわからない。
 誰も知らない、真実の欠片を伝えたかったのかもしれない。
 まあ、ちょうどいい実験台として目の前で、その義兄を事故に見せかけて殺させては、自分でも説得力がない、とは思う。

 「神」をおろした上飼京子の死によって、儀式は完成した。
 全て、計画通りだ。
 ただ、予定と少し違っていたのが、僅かながら「死の属性」が残ってしまったこと。
 そう、餌として使った「死者が地上に留まれる」が、その通りに、実現しそうなのだ。
 それだけ、この計画に関わってしまった人々のそれへの想いが、強かった、ということだろうか。
 もちろん、その力は、ほんの僅かで、今はまだ、信者であっても留まらせることは難しい。
 でも、力の証拠を、彼らに示すことはできた。
 BHDの信者には、この力は予定通り、という顔をして、組織の「神」として収まった。
 信者が増えていけば、この国を死者の国にすることもできるかもしれない。
 飢えも病も死もない、永遠の英知ある者で統治する世界。
 失敗しても、ゲームのように、やり直しは効く。
 どうせ、こちらは不死なのだし、人も信者も勝手に増える。
 メメント・モリ。
 死を忘れることなかれ。
 しかしもう、私の側では、死を想い煩うことはないのだ。
 
 さて、夫は、どこにいるのだろうねえ、義兄さん?
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