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神と魔王編

潜入です

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 ワシの名はカムリ。
 万が一にも、家族が名を口にしたとき、「人」に不信がられないように、「人」風の名だ。
 ドワーフの名は、捨てた。
 結局、そんな努力は無駄で、ヤヌス教団に捕まってしまったのだが。
 男のドワーフは、髭が濃く、ずんぐりむっくりで一目でわかるが、女は小柄な「人」の娘にも見える外見だ。
 まあ、顔や体型が「娘」の範疇かは、個人の努力次第ではある。
 魔素のお陰で怪力で頑丈だが、そのせいでか見た目が細身だとしても体重が劇的に重い。
 手先は器用で、手足の動きは意外に素早いのに、走るのが、めちゃくちゃに遅く苦手だ。
 「人」で言えば、石を詰めた樽を常時、背負っているようなものだ。
 妻と娘が「人」のフリをしての買い出しの途中で、娘がその体重で、壊れかけた橋から落ち、助けようとした妻も溺れかけて、ヤヌス教団に捕まってしまった。
 なかなか帰ってこない二人を心配して、隠れ家から出たところをワシも捕まった。
 娘を拷問にかける、と脅された妻が漏らしたのだが、ワシでも同じことをする。
 ただただ、娘だけは助けたい一心のワシらに、条件が示された。
「神を崇めよ」
 意味がわからなかったが、従うしかなかった。
 言われた通り、「ヤヌス神よ、お救いください」と唱え、額に何かを当てられると、『声』が聞こえ、幸福感で満たされた。
 それからは、人型の魔物の裏切り者として生きている。
 娘だけは、そのことを知らないし、祝福の儀式も受けていない。
 ただ、知り合った人型の魔物が、次々に消えていくため、薄々は気がついているのかもしれない。

 教団の指示通り夜、魔王国廃墟に忍び込むと、「ここは、立ち入り禁止ですよ」と、いきなり声がかかった。
 身構えていたというのに驚き、咄嗟にランタンを開けて向けると男が二人、立っていた。
 一人は、一見して「人」にしか見えず、もう一人は、頭に紫色の角があった。
 読めない呪言のような文字が書かれた見慣れない服装からしても、こちらが魔王だろう。
 こんなところにトップが来るとは限らず、もしかしたら配下かもしれないが、とりあえず遜っておけばいい。
 ワシは、つい握ってしまったナイフを隠しながら、哀れっぽい声で、叫んだ。
「魔王様!」

 どうやら角の方が、本当に魔王だっだ。
 その証拠に、ワシらをどこか別の場所へ運ぶ特殊な能力を持ち、お付きの角ナシに「魔王様」と呼ばれていた。
 何かある度に顔をしかめていたので、気難しい性格のようだ。
 ここが、魔王の隠された拠点だ。
 お付きに空き家へ案内され、食事や寝具の提供を受けた。
 彼と少し話をしたが、こういった受け入れには慣れているそうだ。
「やはり、魔王様が魔王国廃墟で再起を計っているという噂は、本当だったのですね」
 妻の言葉に、「もう、そんな噂が?」と男は呟いた。
「魔王様を頼って、逃げてきて、本当によかった」
 ワシは娘を抱きしめた。
 その様子を、手伝いにきていた子供二人が、微笑ましそうに見ていたので、心が痛んだ。
 その一人が、魔王と同じ紫の角をしていたが、魔王の身内が召使のようなことをするはずがなく、近い種族なだけだろう。
 しかし、魔王自らが姿を現し能力を発揮して、隠された拠点へ連れてくるなんて、「甘い」奴らだと嗤いながら、司祭様に『声』で潜入成功を報告した。

 翌早朝、住民が起き出す前に、周りを観察しようと起き出したら、朝食を持って、昨夜の角ナシ男が訪れた。
 あまりのタイミングの良さに、監視されているのか疑う。
「こんなに朝早く、どうしました?」
 鎌をかけてみるが、
「ああ、少し早すぎましたか?実は、徹夜でして」
 赤い目で答えられた。
 どうやら、ワシらの他にも廃墟に助けを求めてきた者たちがいて、その受け入れで、眠れなかったらしい。
「・・・それは、お疲れ様です」
「いえいえ、これも魔王『様』のご偉功ですから」
 そう笑うこの男は、この町の町長と改めて名乗った。
 昨夜もいっしょに廃墟まで来たのだから、魔王の側近なのだろう。
 それよりも、他の避難者も教団からの指示なのだろうか。
 教団にも派閥があり、一枚岩ではない。
 その場で『声』で司祭様に聞いてみたが、知らないとの返事だった。
 この『声』は、自分を祝福した方としか交わせないが神の御力だ。
 そして、司教様の『声』を聞く度に、幸福感に包まれる。
 町長は、目の前で交わされる『声』に気がつきもしなかった。

 ここまで来た経緯などを聞かれ、教団に捕まったことを正直に答え、隙を見て逃げ出したことにした。
 町長に同情され、教団のことを聞かれたので、『声』以外については真実を語った。
 信徒ではない設定なので、捉えられている最中に見聞きした程度の内容だったが、実はそれが自分が知る情報のほとんどで、逆にその程度しか知らないのにも関わらず教団へ心酔している自分に気がつき、驚いた。
 魔物を滅ぼせ、と唱えている神ではないか。
 人型の魔物ドワーフのワシがなぜ、脅されたとはいえ、こんなにも崇めている?
 町長から、しばらくは町へ慣れるために、特に何もしなくて良いこと。
 町を自由に歩いて良いが、住人は、元々避難民のため、避難時の恐怖を思い出すような言動は慎むこと。
 特に、男性恐怖症の方もいるので、ワシは一人では出歩かず、必ず家族の同伴を頼まれ、受け入れた。
 また昨夜の避難者がいる集会場も、女性のみな状態なので、男は近づくのを遠慮してほしいと言われた。
 もちろん、町の外には当然、魔物が出るので、一人では危険と釘を刺された。

 男性恐怖症と言われると、男性の象徴の塊のようなドワーフは、外に出づらい。
 しかし、男を怖がらない近所の住人が訪ねてきて、生活に足りない物がないか尋ね、分けてくれた。
 それをきっかけに、三人で閉じこもっているのも不自然だし、娘も退屈そうなので、二人は散歩に行かせた。
 その間に、司祭様と『声』で打ち合わせをする。
 状況を報告すると予想外に、最優先は魔王暗殺ではなく、町の位置特定だった。
 隠し持ってきた毒を井戸に入れ、住人が苦しんでいる隙に町を出て、位置を連絡しろ、が司祭様の指示だった。
 そう言われて、荷物を取り上げるどころか、武器を持っていないか、隠し持っているナイフへの身体検査もなかったことに気がついた。
 それどころか今朝、町長に魔物が出たときの用心に、得意な武器はあるか聞かれ、用意するとまで言われている。
 神への不自然な心酔に気がつく前とは違い、町長らを「甘い」と嗤えなかった。
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