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魔王国滅亡編

魔王国でした

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 魔王国といっても、俺たちの村と大差なかった。
 もちろん、もう少し広くて、町と呼んだ方がいい規模かもしれない。
 家々から煮炊きの煙があがり、朝食の準備中なのは、俺たちの村と変わらない。
 従えた魔物が支える前線から、まだ距離があるせいか、町に戦争の気配は薄い。
 ただただ、のどかな田舎で、世界の敵として『人』の憎悪を集めている場所とは思えない。
 しかし、それを言えば、俺たちの村だって同じで、いつ同じ立場になるか、わからない。

 ついさっきまで、急に俺が村から消えたのをパスで知った家族たちから、ものすごいパス通信が入ってきたが、『後で説明する』とだけ告げて、音量を下げている。
『パパ!パパ?』
『お父様!おひとりでは行かないでくださいって、お願いしていたはずです!』
『お父さん!シウンを置いていかないで!』
『主殿!万が一の捨て駒に、ハイロウだけはお連れくださると約束しておりましたぞ!』
『何、キラに内緒で、主様とそんな約束してるのよ、兄さま?』
『ご主人!御恩を返させてくださいませ!』
『ママ?どうしたの?村長さんは?』
 今は時間がないとはいえ、この後の言い訳タイムを思うと、こんな距離まで、パス通信が通じるんだなあ、と現実逃避してしまう。
 まあ、魔王国の戦況を考えるに、逃げたい者は、可能な限り俺たちの村へ逃がす、という基本方針は、既に家族たちと話し合い済なので、もう一人の魔王と、結論を出すだけなのだが。
 ただ、俺単身で、魔王国へ出向くのは、みなに止められても、決めていたことだ。

 俺は、町の中でも、小さめな家の前へ連れてこられた。
 シランが、ドアをノックした。
 どうやら、ここが魔王の住居、いわゆる魔王城のようだ。
「シランか。いつも通り、勝手に入れ」
「あの、魔王様。お客様がおります」
「客だあ?」
 ドアが開き、その少女、もう一人の異世界転生者、魔王と目が合った。
 やはり、あの夢?に出てきた少女だった。
 が、あれは一方通行だったらしい、少女は、いぶかし気な顔をし、寝起きらしいボサボサの髪で、不機嫌そうに言った。
「誰だ、こいつ?」

「私のことは、そうだな。・・・ナギコと呼べ。魔王同士で、『名づけ』合っても面倒だからな」
 本名を呼んだ場合、『名づけ』が発動しないための偽名か。
 ワー・ウルフ兄妹を偽名のジョンとジェシーでは、『名づけ』られなかったのだろうか?
 それとも、シランで試してみたのか?
「じゃあ、俺は。あー、カナタで」
「お互い、『名づけ』のセンスがイマイチだな」
 ほっとけ。
「それで、そちらは?」
 夢?で見て知ってはいるが、ナギコの側から離れない、護衛だろうイケメンぽいのに、髪が長めで顔がよく見えない青年に聞いてみた。
「・・・」
 ガン無視された。
 表情は見えないが、俺と口をきく気は、まったくなさそうだ。
「ああ、ライガは、無口なんだ。気にしないでくれ。ああ、元ファング・ドッグだ」
 まさに、忠犬というヤツだな。
 しかし、ネーミングセンスは、俺の方が上だと思う。

 ナギコたちにしてみれば、『人』ともっと平和に話が進むと想像していたらしい。
 魔王国側に理性があることを説明し、魔王のチート能力を「人の世界から魔物を遠ざけることが可能」と説得しようとした。
 確かに、人里から従わせた魔物を移動させるのは、ナギコのチート能力で可能だ。
 ただ、その動かした魔物たちを対『人』用の魔王国の戦力増強とみられるかどうかは、厳しいものもあるだろう。
 しかし、実際に、近隣の村から、魔物を離すと、好感触だったようだ。
 ある意味、魔物を排除する傭兵団のように認めてもらい、魔王国への非干渉を勝ちとれれば、ナギコたちにとって建国の目標達成だったのだ。
 だが、そうはいかなかった。

「あんなに、無体で無節操で、無意味に話が通じないとは、思わなかった」
「お互い、前世の知識にはあっても、日本人に実感はないしな」
 『人』の中にあって、ソレは、魔物の存在を許さなかった。
 いや、魔物の存在を許さないからこそ、ソレは存在できたのだろう。
 いわば、『人』の希望。
「前世の戦争の原因のほとんどが、アレだって、歴史で習って知ってはいたけど」
「まあ、アレがこの世界にあること自体、俺たちは知らなかったしな」
「遅かれ、アレって誰かが考えつくもんなんだね」
 グチを言っていても仕方がない。

「それで、ナギコは、どうしたいんだ?」
「魔王国は、店じまいだ。できれば、住人の全員を受け入れてくれるとありがたい。みんな、『人型の魔物』として、迫害された人ばかりだから、行き場がない」
「シランが運べるらしいから、そちらは問題ない。ナギコは、どうするんだ?」
 魔王として、責任を、とか言い出すんだろう、きっと。
「私か?私も逃げるよ」
 だが、意外とあっさりだった。
「死ぬために、異世界転生したわけじゃないし。言われただろう?簡単に死なれたら、「命」が消費されなくて困るって『白い部屋の管理者』に。意味わからないけど」
 それはそうだが、異世界転生者が『魔王』で、でも簡単に死なれたら『命』を消費しないで困る、というのが、既にわけがわからないし、矛盾しているような気もする。
「もちろん、そちらの村へ行けば、迷惑になるのはわかってるから、心配するな。さて、どこへ逃げるかなあ」
「魔王様?」
「・・・」
 意外なナギコの言葉に、シランが声を上げ、ライガも驚愕しているようだ。
「住民を受け入れてもらった上に、諸悪の根源の私までは、都合が良すぎるだろう?」
「悪いが、それはナシだ」
 ナギコが、『人』に迫害された人々を助け、その存在を隠せなくなったように、俺たちの村も、今回の件で人数が増えれば、同じ結果へと進むだろう。
 正直、どうしたらいいのか、結論は出ていない。
 だが、俺たちの村の人数を増やしたナギコには、その責任を負って、統率を手伝ってもらわないと困る。
「亡国の王を、こき使うとは、最悪だな。もう一人の魔王」
「住人を受け入れる代金が、それだよ」
「まあ、安いと言えるのかな、この対価なら」
「もれなく、元ドラゴンとファング・ドッグも引き受けるし、お得なはずだろう?」
「こいつらは、どちらからというとペナルティーかもしれないぞ?」
「・・・魔王様?」
「・・・」
 俺の言い回しは不満のようだが、ナギコが俺たちの村へ逃げることへ同意し、シランもライガも安心したようだ。

「魔王と魔王国民が逃げたとバレれば、追ってくるだろう。アレは、シツッコイので有名だからな」
「残念だけど、町を焼くのには、同意だ。元々、住人を逃がして、追手を妨害するためにも、脂の用意などはできている」
「火をつけるのは、俺に任せてくれ」
 なるべく感情を表さないようにしていたナギコが、少しだけ目を閉じた。
「いや、我がままだとは思うけど。国の最後は。この町に火をかけるのは、私にやらせてくれないか?」
 それは、小なりとはいえ、国を興した者の終わらせ方なのだろう。

『おお。壮観だな』
 丘の上から、魔王国を守る魔物を囲うように布陣した『人』の軍勢が見えていた。
 袋に入れて持ってきた、「強靭」化アーマー・ビートルの装甲でつくった黒い騎士鎧の姿だ。
 『人』陣営にしても、外見が普通の人である俺やナギコが普通の服で「あ、自分が魔王です」と言ってくるより、納得だろう。
 特に、アノ勢力にとっては。

 俺は、町から住民が逃げ出すための時間稼ぎの囮であり、戦争の落とし前だ。
 『人』の軍勢は、魔王を倒した、という戦果を持ち帰らないと、許されない。
 まして、逃げられたら、それこそ地の果てまで追ってきて、捜索の手が、いつかは俺たちの村にまで達するだろう。
 魔王国の住人を避難させれば、遠からず、『人』に、村の存在がバレるのは、わかっている。
 だが、少しでも時間稼ぎをするために、魔王は倒されて、魔王国は燃えて滅亡しました、と演出したいのだ。
 そのため、倒された「ふり」をする役の、黒騎士姿だ。

 魔王国との打ち合わせで、住人をほぼ逃がし終えたら、ナギコが従わせた魔物を『人』の軍勢に突撃させる。
 これは、俺と『名づけ』た家族とのパス通信のようなもので、離れていても命令が可能だそうだ。
「この場所から、合図代わりに、魔物を進軍させる。ここからだと敵軍が見えず、戦況がわからないから、がむしゃらな突撃だ。なすすべもなく、全滅するだろうな」
 かわいそうだが、魔王軍の魔物には、全滅してもらう。
 それもまた、滅亡を印象づけるためだ。
「亡国の王らしい判断だろう?」
 ナギコは、それを背負って生きていくのだろう。
 そして、魔王として俺の黒騎士姿が登場し、『人』の軍を相手に大立ち回りし、ナギコが町を大炎上させ、シランの特性で村へ逃げる。
 シランは、いっしょに一人しか運べないので、俺が先か、ナギコが先かは、タイミング次第だ。
 正直なことを言えば、ナギコが先だと、シランに裏切られて俺ひとり残される心配は、少ししている。

『迎え撃て!』
 『人』の軍勢から、怒号が、応戦のトキの声が響く。
 魔物が、進撃をはじめていた。
 魔王同士のパス通信は、『名づけ』た相手とのほど都合が良くないらしく、ナギコと会話できないので、これが住民が逃げ終えた合図だ。
 そうだとすると、あの夢?や、『助けて!』は、なんで通じたのだろう?
 まあ、今は置いておこう。
 さて、魔王・黒騎士登場の時間だ。

『諸君。我が魔王だ!』
 言ってて、恥ずかしいな。
 というか、家族には、見せたくない。

 なにより、俺が一人で、説明を後回しにして魔王国へ乗り込んだ後、魔王国の住人の受け入れをパス通信で頼んだとき、だれもがとても静かな声だったのが、怖かった。
『そうなんだ。パパ』
『食料は塊肉を解凍して、用意しておきます。お父様』
『子供はいるの?お父さん』
『早急に、テントを用意しないとですな。サクラ殿』
『今ある布すべてで、テントを仕立てます、ハイロウ様』
『糸を紡ぐのはキラがやるから、布を織るのをカエデちゃんとランちゃんでお願いね』
『みんな、今日はネット・クロウラーの繊維とりを多くして』
 自分から、『もうしません』と謝ったほどだ。
 俺、魔王なんだよな?
 今も『我が魔王だ!』ってやってるし。

 魔王・黒騎士は単身、最も魔物の被害が大きいところへ、歩いてきていた。
 つまり、そこには、アレがいるということだ。
 一際輝く鎧の軍勢から、金色の鎧をつけた男が、進み出てきた。
「我は、ヤヌス神の使徒。枢機卿マヌエルである!」
 そう、この世界には、存在していなかったはずの神。
 そしてその教えに従う信徒。
 ナギコたち魔王国の存在を真っ向から否定した連中だ。

 魔物の殲滅を願う想いが、いないはずの神を崇め、その教えが宗教として形を結び、皮肉にも「魔王」という敵によって、勢力を伸ばして、表舞台に立ったのだった。
 というか、ヤヌス神とやらが、実在するなら、姿見せてみろよ、最大の敵、魔王だぞ。
 これ以上に絶好の機会はないだろう?
「魔王よ!ヤヌス神の断罪を受けよ!」
 おおおお、という声が、地響きのように広がり、「ヤヌス神!」、「魔王を倒せ!」、「魔物を滅ぼせ!」と声が唱和される。
 だーかーらー、ヤヌス神が、姿を現せよ。
 マヌエルの握る剣が、光を発した。
 『人』に魔法は使えないのだから、宗教の権威を上げるための道具による演出だろう。
「滅せよ!魔王!」
 振り抜いた剣から伸びた光が、黒騎士の左腕を肩から斬り飛ばした。
『え?』
 『人』には、魔素が少なすぎて、使えないはずの魔法。
 頑丈なはずのアーマー・ビートルの装甲を更に「強靭」化した黒騎士鎧が、一撃で腕を飛ばされた。
『そんな馬鹿な!』
 傷口から魔素が溢れる。
 必死に、魔素で肩の切断面を保護する。

 いないはずの神、そしてその使徒とやらが、これほどやるとは思わなかった。
 ナギコたちから聞いていた、魔物との戦闘では使っていない攻撃だったから、使徒の切り札なのだろう。
 ならば、連射できない、といいな。
 しかし、俺が信者ではないせいか、願いは叶わず、連続して剣が振るわれるたびに、光が伸びてくる。
 しまった、アーマー・ビートルの強靭化装甲を過信しないで、盾を用意すれば良かった。
 しかも、どうやらこの光は、俺の灰色の魔素と相性が良くない。
 まるで、光が神聖、灰色の魔素が邪悪な属性のように。
 あまりに一方的だ。
 初撃の肩のダメージが大きい。
 こんな攻撃ができるなんて想定外すぎる。
 どんどん魔素が失われて、視界が狭くなっていく。
『ただで、やられるか!』
 家族の顔が脳裏に浮かぶ。
 突撃してくる黒騎士に、マヌエルがニタリと笑った。
「滅せよ、魔王!」
 光が、装甲を貫き、黒騎士は大爆発し、俺は意識を失った。

「うわっ!」
 俺は、地面から、跳ね起きた。
 俺の声に、ナギコがビクっとしていた。
「予定通りに負けたなら、そんな声出さないでよ」
 そう、想定通りではなかったが、予定通りだ。

 予定通りは、魔王・黒騎士が負けて大爆発するのも、俺が魔王国で目覚めるのもだ。
 黒騎士が爆発したのは、鎧に「爆裂」と「火炎」が各所に付与してあったからだ。
 あれだけの威力だ、勝利を確信していたマヌエルを巻き込んで、一泡吹かせられただろう。
 しかし、光魔法でこんな短時間でやられてしまうのは、想定外だった。

 黒騎士の鎧の中に、俺は入っていなかった。
 身体に魔素でつくった装甲を纏うのを応用して、人型にした魔素で、黒騎士を動かしていたのだ。
 その間、集中している俺は、無防備に魔王国でナギコの足元に転がっていたわけだ。
 今朝、娘たちが働いているのに、寝転がっていたのは、この練習のためだ。
 まだまだ練習中な魔素の使い方なので、できれば実際に黒騎士を着て倒されたふりして、シランの特性で、こっそり逃げ出せれば、とも考えていたのだけど、結果として、鎧を着なくてよかった。

 あのヤヌス神の使徒、マヌエル枢機卿の剣からの光。
 魔素が少なくて、『人』では使えないはずの『魔法』。
 まるで、信仰で人々から集めた魔素を操っているようだった。
 だとしたら、魔素を集められた側の信者は、どうなるのだろう?

 とりあえず、予定通りに、魔王・黒騎士は大爆発した。
 あとは、魔王国を焼くだけだ。
 家々には、脂や枯草が置かれ、「火炎」を付与したアラクネーの糸が張り巡らされ、ナギコの手に握られていた。
 これに、僅かな魔素を流せば、魔王国は燃える。
 魔王を倒し、魔王軍を全滅させ、その勢いで『人』の軍勢は、こちらへ迫ってきているだろう。
「・・・魔王様?」
 なかなか火をつけないため、シランの心配そうな呼びかけに、ナギコは鼻で笑った。
「魔王国は亡びた。もう、私は魔王ではないさ。だからこそ、最後は我が手で」
 アラクネーの糸が、ナギコの手から炎を発し、家々が、町が、魔王国が、燃え上がった。
「ナギコ、先に行け」
 俺は、無表情に涙を流す元魔王に言った。
「いや、私は」
「ナギコは、もう責任をとった。町が、綺麗だった姿を覚えておいてやれ。燃え尽きたかは、俺が責任をもって見ておいてやる」
 ナギコは、炎から目を背けるように閉じると、俺に頷くシランに抱きかかえられて、消えた。
 俺は、ほんの半日も滞在しなかった、小国が燃える様を見ながら、これが国を興すということか、『人』と対立することか、と今だけは、深く考えないように、感情を上滑りさせていた。

「・・・遅かったな」
 シランが戻ってきたのは、あらかた魔王国が燃え、『人』の軍勢の気配が聞こえてくるころだった。
「もう一人の魔王様を、ここへ置いていくのも一興かと」
「それをやれば、お前のナギコが、また魔王と呼ばれるだけだ」
「・・・だから、仕方なく、参りました」
 澄ましてはいるが、さっきはなかった、その顔の痣や角の汚れ。
 娘たちに、俺を最後にしたことで、やられたんだろうな。
 笑ってやろうとして俺は、数舜後には、我が身であることを思いだした。
 村へ戻れば、一人で魔王国へ来たことへの断罪が、家族会議で始まる。
「シラン、ちょっと待て。俺はナギコに、燃え『尽きる』まで見守ると約束をしたんだ」
「・・・魔王様、ご覚悟を。そして、噛まれろ」
 あー、噛まれたんだ、シラン。
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