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空からきました

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「・・・パパ!空から、何か来る!」
 ちょうど、ワー・ウルフ兄妹の小屋で、昼ご飯を食べている最中だった。
 いつもは、畑の側で食べることも多いのだが、今日は日差しが強かったからだ。
 休憩用の東屋が畑の側にほしいな、と話していた矢先だ。
 放牧地から、羊たちの悲鳴が聞こえた。
 真っ先に、ヤトが小屋から、無言で裸足で飛び出した。
「待て、ヤト!」
「だめ!お姉様!」
「お嬢!」
「ヤトちゃん!」
 口々に叫び、俺たちも外へ。
 羊たちの鳴き声は、もう聞こえてこない。
「何の臭いでしょう?」
「兄さま?」
「わからん!」
 ヨウコもワー・ウルフ兄妹も知らない臭い。

 しばらく走った俺の目に入ったのは、何かの大きな塊だった。
「え、うそ?」
「ま、まさか」
 俺より目が良いワー・ウルフ兄妹が、絶句したように、足を止めた。
 正体のわからないまま、俺は走る。
 うずくまる羊たちの前に両手を広げて立ち、守るヤト。
「ヤトたちの大事な羊なんだから、食べちゃダメ!」
『ヤト、大声を出すな!すぐ行く!』
『パパ!』
 そして、それに対峙する、小山のような紫色のドラゴン。
『ヨウコ、そこにいろ!』
『でも、お父様!』
『そこにいろ!』
 ヨウコが足を止め、ドラゴンが、すぐにも襲い掛かる体勢でないことを確認し、俺も速度を緩めた。

 ドラゴンは、犬がチンチンをするような恰好で、後ろ足で座り、両手は胸の前、長い首は、少しだけ、傾けられ、その目には、知性があるように見えた。
 まるで、ヤトに言われた「羊を食べちゃダメ!」を吟味しているようにも思える。
『ヤト、動くな。声も出すなよ』
『パパ』
 俺は、ドラゴンを刺激しないように、ゆっくりと歩き、ヤトの前、ドラゴンとの間に立った。
 頭頂まで、五メートル以上か。
 当然、攻撃の間合いに入っているし、炎でも吐かれたら、逃げるのも無理だ。
 しまった、ヨウコもワー・ウルフ兄妹も射線上だ。
 魔素の盾で、防げるだろうか。
 できても、長持ちはしない気がする。
 そうなれば、勝機は、俺の魔素の剣で、ドラゴンの首を刎ねられるかどうかだけだ。

 俺は、深呼吸をして、声を出した。
「俺の言葉は、わかりますか?」
 知性のある目が、俺を見つめた。
 ゆっくりと、口が開く。
 そこから出るのは、どんな言葉か、もしくは炎?
 どんな反応も見逃さないように、聞き逃さないように集中する。
 ぎゅるるるるるるるうううううううっ!
 緊張する俺の耳に、ドラゴンの腹の音が届いた。

『アリガトゴザマス。アリガトゴザマス』
 ドラゴンは、俺たちが提供した塊肉をがっついていた。
 口の形状からか、発音はぎこちないが、言葉で意志の疎通はできた。
『ホント、ズット食ベテナクテ。アリガトゴザマス』
 この様子だと、冷蔵庫の肉は、全滅しそうだな。

 ヤトは、大量の肉が喰らわれていくのを、ヨダレを垂らして、ヨウコは、警戒の解けない目で見ていた。
 ワー・ウルフ兄妹は、ドラゴンの姿を見て、怖気づいてしまったことに、激しく落ち込んでいた。
 ずっと、パス通信で「すみません。すみません」言ってくるので、音量を下げている。
 リアルで尻尾を巻く姿は、見ていて痛々しいので、狼耳と尻尾を消した姿になってほしい、とは言えない。

『開ケタトコデ、ゴ飯見エタンデ、スミマセンデシタ』
 どうやら、その巨体から、森に下りるのは避けたいようで、開けた場所で、食べられるものを探していたようだ。
 同然、そんな目立つ場所は、狩る方も狩られる側も魔物は避ける訳で。
 ドラゴンって、長寿で知性が高いんだよな?

『イエ、去年産マレタバカリ』
 卵から産まれ、一年たつと、親ドラゴンに巣から、縄張りから追い出されるらしい。
 ひとり彷徨って、ここにたどり着いた、と。
 どうやら、村あたりで聞いた、どこかの街の上を旋回したドラゴンは、こいつらしい。
 もしかしたら今、最も年若いドラゴンなのかもしれない。

 生後一年とはいえ、最強の魔物であるドラゴンとの戦いが避けられたのは、よかった。
 しかし、それでは済まない。
 もし、こいつに居座られたら、『人』がくる。
 その前に、この食べっぷりでは、森の獲物では養えない現実的な問題もある。
 事情を聴いてしまった分、言いにくいが、満腹になったら、出ていってもらおう。

 そんな気配を察したのか、ドラゴンの食が、急に遅くなる。
 この塊肉を食べ終えてしまったら、何を言われるか、予想したのだろう。
 ドラゴンなのだから、その力でもって、従わせる、という発想はないのだろうか。
 いや、そんなことされても、困るが。
 さっきとは打って変わって、もそもそと肉を齧るドラゴンに、
「パパ、かわいそう」
「お父様」
 娘たちが、俺の服の裾を引っ張った。

 気持ちはわかるが、捨て犬を拾うような、簡単な話ではない。
 そもそも、『名づけ』るが、よくわかっていない。
 レベルアップの副作用なのか、誤作動なのか、想定された機能なのか。
 『名づけ』た後、俺が気絶するのは、魔物を人型にするため、レベルアップの感染、一般常識の刷り込みなどに、魔素を注いでいるからだろう。
 通信や居場所がわかるパスは、その副産物だと思う。
 『名づけ』られる魔物に、何か条件があるのか。
 もし、そうでない魔物を『名づけ』ようとしたペナルティは?
 『名づけ』ることで、ネームドモンスター化ではなく「眷族化だ」と前に思った。
 その時もだが、考えてみたら眷族化、というか眷族って何だ?
 『魔王』の眷族『魔族』、ふとそんな言葉が、頭に浮かんだ。

「パパ?」
「お父様?」
 娘たちに、服を引っ張られて、考えから我に返った。
 顔を上げると、塊肉を食べ終わったドラゴンが、捨て犬のような目で、俺を見ていた。
 俺はまだ、何を言うべきか、迷っていた。
 言葉が決まる前に、
『ソノ姿ニナル方法教エテホシイ』
 ドラゴンが、ぽつっと呟いた。
『ミンナ匂イ人ヂャナイノニ、姿ガ人。方法教エテ?』
 娘たちが、俺の服をギュっと握っている。

 童話やラノベなどでは、ドラゴンなどの強力な魔物どころか、獣が、人型になるシーンがあるが、この世界では、そんな都合の良い『魔法』はない。
 ただ一つの方法は、俺が『名づけ』ることだ。
 俺は、ため息をつき、
「どうして、人型になりたい?」
『どらごん大キイ迷惑。こっそり生キタイ。デモ』
 器用に、ため息をついてみせた。
『ヒトリダケ、サビシイ』
 どうやら、街の上など、開けたところを飛んだのは、狭い場所だと着地しづらいだけでなく、見ていたかったのだろう、自分以外が生活している姿を。
「人型になる方法はある。でも、失敗するかもしれないし、二度と、ドラゴンの姿には、なれないかもしれない」
 ヤトとヨウコは、兎と狐には、なれないのだろうか、ならないのだろうか、聞いていなかったな。
 もちろん、娘たちができたとしても、ドラゴンにできるとは限らないが。
 ドラゴンは、首を曲げ、頭を俺の目の前まで下げた。
『サビシイ、モウ嫌。コノ姿、モウ嫌。ソノ姿ニナッタラ、ココニイテモイイ?』
 近くで見ると、瞳の色が、鱗と同じ紫色なのだな、と思った。
『羊、食ベタリシナイカラ』
 このドラゴンに、出ていけと言えば、きっと俺が後悔するだろう。
「名前を教えてくれ」
『しうん』
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