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魔王国滅亡編

街へむかいました

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「忘れ物ないか?」
「うん、パパ」
「大丈夫です、お父様」
 食器や鍋、予備の服などは、娘たちに分けて持たせ、俺はファング・ドッグの毛皮を大量に担いでいた。
 村とは逆方向の少し大きな街へ向かうので、現金を稼ぎたいのと、身分を傭兵兼商人と名乗るためだ。
 不思議だったのは、ヤトが石を削ってつくった石器ナイフで、毛皮を綺麗に剥いでいたことだ。
「え?パパやヨウコだと、これで切れないの?どうしてだろう?」
 魔素を操っていたのかもしれない、本人に自覚はなかったが。

 一日歩くと、魔物が弱い種類へと変わってきた。
 しかし、昆虫系が多くて、食べられないのが、目下の最大の問題だ。
 夜、野営をして、乏しい食料を分けあいながら、街についたら、おいしい料理を娘たちに食べさせてやりたいな、と考えていた。
 不思議だったのは、ヨウコが火を熾すのが得意だった。
「え?きっとコツを覚えたんだと思います。お父様の教え方がうまいんです」
 魔素を操っていたのかもしれない、本人に自覚はなかったが。

 翌日、半日ほど歩き、昆虫系の魔物も減ってきた矢先、
「・・・パパ、何かいる」
 緊張したヤトの声に、俺たちは足を止めた。
「初めての臭いで、昆虫系ではなく、獣っぽいとしかわかりません。ごめんなさい、お父様」
「気にするな、ヨウコ」
 刷り込まれた一般常識には、魔物の名前や特徴などもあるのだが、『人』の知識なので、どんな臭いかまでは、情報がないのだ。
 一度、姿を見て、名前がわかってしまえば、ヨウコが臭いを覚えてくれた。
「一頭だけど。大きい、パパ」
 どうやら初遭遇の獣系の魔物が一頭で、大きいらしい。
 これだけ情報があるだけでも、ありがたい。
「二人は、ここで待ってろ。片づけてくる」
 武器のない自分たちが足手まといなのはわかっているのだろう、不安な顔をしながらも、娘たちは頷いた。

 俺は、目を疑った。
 ヤトとのパス通信で、音の元へ誘導された先にいたのは、大型の熊のような外見の魔物。
 バーサーカー・ベアだった。
 小さな村なら、駐在する軍の分隊ごと全滅する、こんな街に近い場所にはいないはずの強力な魔物。
 手負いのようで、どこからか追われたのだろうか。

 俺のレベル的には問題ないかもしれないが、なんにせよ武器が心もとない。
 毛足の長い毛皮は、その下の脂肪も分厚く、一本しかない剣の切れ味をすぐに鈍くするだろうし、俺の膂力が上がっている分、力まかせに叩きつけ続けたら、折れてしまいそうだ。
 本当に、村で買い物できなかったのが、ここまで響いてくるとは。
『パパ。みつけられた?』
『お父様。魔物は何でしたか?』
 娘たちから、パス通信が入る。
 隠しても仕方ないだろう。
『バーサーカー・ベアだ』
 二人の息を飲む気配が伝わってくる。
 器用だな、パス通信。
『パパ、逃げて』
『お父様、無理する必要ありません』
 そうしたいところだが、
『匂いで気づかれたようだ。心配するな』
『パパ!』
『お父様!』

 二人の悲鳴を背景に、鼻をヒクつかせたバーサーカー・ベアが、俺の隠れていた木に突進し、腕の一振りで、ぶち折った。
 一撃をくらったら、危ないな。
 千切れた手足を魔素で治せるか、試す気はない。
 でも、大振りだ。
 間合いを詰め、足に切りつける。
 ゴムタイヤを叩いたような感触で、剣が弾き返される。
 ダメージを与えた様子はない。
 では、突きなら、どうだ。
 膝裏を狙って切っ先を突き込む。
 数センチ、沈むが、それ以上は、入らない。
 毛皮すら、貫通していなさそうだ。
 胴体部分にある、傷を狙うか。

『パパ!今、いくよ!』
『ダメです!ヤト!』
 ヤトの位置が、こちらへ近づいてくる。
 それを追って、ヨウコも移動してくる。
『来るな、二人とも!』
 娘たちの予想外の行動に気をとられている間に、逃げ遅れた。
 木をへし折った一撃が迫る。
 俺は、少しでもダメージを減らそうと後ろに飛びすざり、反撃を考えて剣を惜しんで、咄嗟に腕で受けた。
 叩きつけられた勢いで、背中から木に激突し、地面に落ちた。
 どれくらいのダメージだ?
 魔素で、治せるか?
 治せるにしても、時間はどれだけかかる?
 はやく、体勢を立て直さないと。

 しかし、なぜか、腕も、背骨も折れていなければ、そんなにダメージも受けていなかった。
 わずかな傷が塞がり、痛みが薄くなっていく。
 俺の身体の周りを、灰色の靄のようなものが、巡っている。
 これは、なんだ?

「パパ!」
 パス通信ではなく直接、ヤトの声が聞こえた。
「来るな!」
 ヤトが、木の枝を手にジャンプするのが、スローモーションで見えた。
 その枝に纏わりつく、灰色の靄のようなもの。
 ヤトは、バーサーカー・ベアの背後から、枝を左肩に叩きつけた。
 切り落とされた左腕が、地面を転がる。
「え?」
 一番、呆気にとられていたのは、ヤト本人だった。
 俺のために、勝算もなく、ただ一矢報いるためだけの一撃。
 それで左肩から、血しぶきを、咆哮を上げるバーサーカー・ベア。

 ヤトが、石器のような石のナイフで、皮を剥ぐのが上手かったのは、やはり魔素を操っていたからだ。
 俺の周りにある、灰色の靄のようなものも魔素なんだろう。
 拳法の達人が、気で身体を強化して、鉄の棒で叩かれてもダメージを受けない、というのを前世にテレビで見たことがある。
 さっき一撃で、俺が怪我なく生きているのも、魔素を操ったそれだろう。
 では、ヤトと同じように、武器に魔素を纏わせれば。

 ここまでが、ヤトの声がしてから数舜。
 バーサーカー・ベアが、自分を傷つけたヤトを見つけた。
 彼女は、自分が与えた予想外のダメージに驚いて、動けないでいる。
 俺は、転がっていた剣を掴むと、剣に力を注ぎ込むイメージをした。
 灰色の靄が、剣を包む。
 俺は、バーサーカー・ベアの右足を太ももから、切り飛ばした。
 バランスを崩し、俺の方へ倒れてくる首筋を狙い、頭を切り落とす。
 音を立てて、倒れるバーサーカー・ベア。

 俺は、ヤトに駆け寄った。
「大丈夫か、ヤト?」
 ヤトは、展開が意外すぎて、急すぎて、茫然としているようだ。
 でも、まあ、怪我なく終わった。
「だめー!」
 ヨウコの叫びが響き、炎の塊が、頭部を失ってなお、俺たちに向かって振りかぶっていたバーサーカー・ベアの右腕を粉砕した。
『レベルアップしました♪』
『レベルアップしました♪』
『レベルアップしました♪』

 この世界のすべての生物は、魔素を持ち、普通の野生動物も魔物だ。
 だから、ヤトもヨウコも、元魔物だが、火事から救出したときの無力感から、前世でいう普通の小動物・無力な兎と狐とだ思ってしまっていた。
 改めて、彼女らに、自分らが人の知識に擦り合わせたら何の魔物か、聞いたところ、
「ヤトは、ヴォーパル・バニー」
 大人になると、鋭い前歯で、革の鎧くらいなら、すっぱり斬る魔物だ。
 油断していると、指や手首を切り落とされることがあるらしい。
「ヨウコは、ファイア・フォックスです」
 大人になると炎を吐き、革の鎧くらいなら、数センチ大の穴をあける魔物だ。
 油断していると、目や指先を炭化させられることがあるらしい。

 『レベルアップ』で魔素を吸収して、増えた魔素を操つり、「切断」、「火炎」の特性を開花させたようだ。
 自分たちの魔素の特性を自覚すると、ヤトは素手でも物が斬れたし、ヨウコは焚火を使わなくても鍋でお湯を沸かせるようになった。
「石器ナイフなくても皮、剥げるよ。指の方が、やりやすいかも」
「薬草茶を淹れましたから、一息つきましょう。あ、暗くなる前に、焚火も点けないと」
 俺の魔素は安定していないが、部分的な防具や武器のような使い方ができそうだ。
 かなりの訓練が必要そうだが。

 『人』には使えないはずの『魔法』のような力。
 でもそれは、『人』の持つ魔素が少ないのが原因だ。
 つまり、魔素を吸収することのできる俺は、『人』ではないのだろうか。

 俺たちは、バーサーカー・ベアを倒した場所から、少し離れた場所で野営していた。
「足音とか、聴こえないよ。パパ」
「近くに魔物の臭いはしません。お父様」
 手負いのバーサーカー・ベアを恐れて、他の魔物は逃げ出していたようで、娘たちの聴覚・嗅覚に反応はなく、魔物の空白地帯となっていた。
 あんな外見の魔物なのに、バーサーカー・ベアの肉はおいしく食べられるので、食糧事情は一気に好転したし、毛皮も高値がつくだろう。
「本当に、うまいんだな。バーサーカー・ベア」
 前世でも、熊肉は、珍味で高価とか聞いたことあるしな。
「このお肉、おいしー!」
 ヤトが、木の棒を刺して焼いた塊肉にカブりついている。
「食べて、敵を討ちます。お父様を傷つけるなんて」
 ヨウコ、それって、肉をバクバク食べたい、言い訳に聞こえるぞ、カワイイが。

 それに、バーサーカー・ベア戦後、ヨウコに、ヤトも俺も、めちゃくちゃ怒られて泣かれたから、本気で敵討ちに食べているのかもしれない。
「ヤトは、言いつけ守らずに走っていっちゃうし!お父様は、まだ狙われてることに気がつかないし!」
「ごめんね。ヨウコ」
「すまん、ヨウコ」
「二人とも、大怪我しちゃうって思って!ヨウコ、ヨウコ必死で!ふえーん」
「ごめん、ごめんなさい。ヨウコ」
「ヨウコのおかげで二人とも無事だったんだ。ありがとう」

 戦いは、かなりのピンチだったが、魔素を操れるようになり結果は良しだろう。
 一番、切望していた食料と武器の両方が、一気に解決してしまったので、街へ行く必要もないかとも思ったが、娘たちに服を買ってあげたいし、おいしい料理も食べさせたい。
 ただ、彼女らの外見が、『人』ではないのが、バレないか心配だ。
 マントや帽子を手に入れて、隠せばいいのだが、不安は残る。
 成り行きとはいえ兵士を無力化した村から、俺の手配が街にまで届いていないかも心配だ。

 そして、『人型の魔物』、『魔王』。
 この世界には、いないはずの魔物に関する情報を、集めておきたい。
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