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1806年/夏

≪備えよ≫

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 持っていく食料をどうするか。
 もちろん、軍隊の食料は、こちらの担当ではない。
 ハンナを始めとしたヤパンの使徒たちのためのものだ。
 実は、缶詰をつくりたかったのだけど、フタをどう閉めたらいいのかを知らなかった。
 ローザ先生に相談したら、瓶詰めが、既にあるという。
 しかし、コルクで栓して、蜜蝋で更に封をしているので、開けるのが面倒な上、割れるし、ダメになるのも多いらしい。
 瓶詰なので、てっきり殺菌がわかっているものだと思っていたら、経験でであって、理屈が分かってやっているわけではないらしい。
 そこで、ガラス工場を見学させてもらうことにした。
 フランスで、ガラス製造に必要なソーダ灰の大量生産法が公開されたため、ガラス製造が盛んになってるのだ。
 吹きガラスの手法で、瓶詰め用の広口瓶をつくっていた。
 もし、取っ手をつけるとすると、俺が知っているように、溶けたガラスをくっつけるようだ。
 瓶詰めかあ。
 思い出すのは、ジャムくらいかなあ。
 うん?
 ジャムの瓶って、コルク栓じゃないよな。
「あのー?」
「なんです?」
 ガラス職人の親方に、口の部分に、ネジをつけられるか聞いた。
「細くガラスを巻けばできますが、何のために?」
 引率のローザ先生も、不思議そうな顔をしていた。
「金属のフタをつけたくって」

 早速、数日後には、ネジ付瓶の試作品が届いたので、ハンナのとこの職人にお願いしていたフタと合わせる。
 フタの方は、ネジのないままに被せて、軽く叩いてネジに合わせてヘコませた。
 中々、具合がいい。
 実際に、肉ジャガ(職人に大流行していて頻繁に食べられている。砂糖を使えるのがいいだけかもしれないが)を入れて沸騰させて、中身を殺菌して、こちらも熱湯に漬けて殺菌したフタをつけた。
 一週間ほど放置したが、カビとか変色がなかったので、開けてみた。
 腐敗臭はしない。
 ハンナの肉ジャガを食べた職人より、恐る恐る口に入れたが、酸っぱくはなかった。
 これで、再度フタができる瓶詰ができた。
 綺麗に洗う余裕があれば、出先でも、瓶詰をつくり直すことができる。
 ついでに、瓶詰を入れる缶もつくってみた。
 フタの無い缶で、瓶がスッポリ入るサイズだ。
 これで、破損しにくくなるし、箱詰めもしやすい。
 更に、ガラス工場で、生石灰を手にいれていた。
 水をかけると発熱する粉で、グラウンドに白いラインを引くのに使っているやつだっけ?
 駅弁とかを温めるシステムといっしょだ。
 生石灰を水筒用の皮袋で持ち歩き、缶に水と瓶詰を入れて加熱する。
 雨で火を使えない時には、便利に食事できそうだ。

 利己的と言われようが、ハンナには、生きて帰ってきてほしい。
 そのためなら、なんでもする。
 そのためには、食事が重要だ。
 そのために、瓶詰イン缶詰も用意した。

 非常食として、ボンボンを大量に作ってもらった。
 ボンボンといっても、中身はなく、砂糖の塊のような菓子だ。
 最悪、これだけ舐めてでも、生き延びてほしい。

 ハンナに、食料として何を持って行きたいか、聞いた。
 一番がラーメン、二番が豆腐、三番がクスクスだった。
 うお、どれもハードル高いぞ。

 ハンナの要望を適えるため、いろいろと相談しよう、と調理場へ行った。
 休校になって、オバちゃんも少なくなっているが、誰かいるだろう。
 一人だけいたのだけど、俺は回れ右をしようとしたら、呼び止められた。
 俺は、仕方なく、近寄っていった。
「もしかして、ヤパンの使徒?」
「どうして分かったの!?」
 そりゃあ、あれだけ調理の達人の中、ドジっ子すぎれば、潜入させられてるんだろうな、と予想がつく。
「こういうのをたくさん作ったり、戦地へ持っている食料の開発を手伝ってほしいんだ」
 驚いた顔のマリアに、瓶詰を出して、お願いしたが、
「そういうの、得意じゃなくて」
 と、断られてしまった。
「いやいや、マリアだけじゃなくて、他のオバちゃんにも手伝ってほしいんだよね」
「それなら、いいよ」
 っていうか、ナニなら、得意なんだ?
 っていうか、料理が苦手で、ここの配属になったのか?
 大丈夫か、ヤパンの使徒?
「これは?」
「瓶に食べ物を入れて、腐らないようにしたヤツ。結構、加熱に時間がかかるから、たくさんつくるのに、いい方法ないかなと思って」
「あるよ」
 え?
 あるんだ?
「こっちこっち」
 呼ばれてついて行く、とデカい金属の塔があった。
「ナニこれ?」
「圧力調理器」
 調理器?
 このデカいのがか?
「調理容器のフタをネジで止めて、蒸気を抜く安全弁の重りの位置を動かすことで、中の圧力を調整できる。ボイルの法則、シャルルの法則で、圧力が高くなれば、水でも百度以上になる。それで、短時間で調理できるよ」
 えー?
 ボイル=シャルルの法則って、物理で聞いたことあるぞ。
 っていうか、このデカいのは、圧力鍋なの?
「百年くらい前のマールブルク大学のパパン教授が作ったの。あの、ボイル先生の助手もされていた方なのよ!」
 マリアって、理系女子リケジョなの?
「これを使えば、短時間で、調理できちゃうわよ!」
 なんだろう、マリアが自信ありげなのが、とっても不安だ。

 他のオバちゃんにも助けてもらい、ハンナからの課題にとりかかった。
 まあ、マリアもウロチョロしている。
 まずは、第一位のラーメンからだ。
 これは、調理の簡単さから、袋麺よりもカップ麺を目指したい。
 なので、完成イメージ的なものを試作して、これの完成度を高めてもらう方法をとった。
 広口瓶のサイズに合わせて、茹でた木灰ソバを揚げて、入れた。
 その上から、アンチョビの塩漬けを≪乾け≫した粉などを加える。
 これに、熱湯を入れて、三分といわず五分で食べられる、というのが完成目標だ。
 ちなみに、試作品は、麺の戻り具合が均一ではなかったのが、問題だった。
 そこで、テレビで視た、麺を揚げる時に、上から押さえつけるようにする、と上の方が密になり、下の方が疎になって、といった工夫があることもオバちゃんには伝えた。
 このアドバイスのためか、麺の揚げ方は、短時間で完成した。
 麺を揚げるための籠を、ハンナのとこの職人に、金属で作らせたのが、成功の鍵だったようだ。
 昼飯のときに、妙にやつれた職人がいたので、どうしたのかと思っていたが、オバちゃんに仕事をネジ込まれたかららしい。
 スープは、塩気は簡単だが、出汁というか旨みが薄かった。
 これは、俺が煮つめて水分を飛ばすくらいしか、方法を知らなかったからだ。
 オバちゃんは、味にも妥協を許さず、麺を打つ水、茹でる水を濃いスープにすることで、麺に出汁を入れる方法を考えついた。
 更には、アンチョビの塩漬けは、出汁の素になるが、大量に使うとショッパくなる。
 ならば、塩漬け前のアンチョビを≪乾け≫か干すかしよう、と考えたらしいが、実は漁村には、既に干したものがあったため、取り寄せて、粉にした。
 まあ、煮干とか干物とか、誰かが保存方法としては、考えつくものだよな。

 第二位の豆腐は、難問なので、後回しにして、先に第三位のクスクスだ。
 蒸して乾燥しているのを、軽く茹でて食べている、これもお湯を入れるだけで、食べられるようにしたい。
 蒸しと乾燥の具合を研究してもらおう。
 ハンナにしてみれば、このクスクスのみが食べたいわけじゃない。
 これを飯代わりにして食べるのだから、オカズが必要だ。
 そのために、ビーフシチューやホワイトシチュー、トマトシチューなどを瓶詰で持っていく予定だ。
 シチューばっかりだな。
 瓶詰にしやすそうな、料理のネタを探して、調理場を歩いている、とガチャガチャした音がした。
 そっちを見る、とマリアが、何かやらかしていた。
 見ないふりして、と思ったら、信じられない匂いがした。
 これ、あったの?
 走っていく、とマリアが粉を溢していた。
「もう、高いんだよ。イギリスからの新製品なんだから」
 オバちゃんに怒られて、ぺこぺこして涙目のマリア。
「とはいえ、どう料理に使うかは、これから研究しないとなんだけどね」
「その粉、もらった!」

「もらったって、何だかわかってるの?」
「知ってる、と思う」
 オバちゃんに聞かれたので、零れた粉を、ちょっとだけ指先につけて、舐めた。
「やっぱり」
「イギリスの会社が売り出した最新の調味料なんだけど、さすがだね」
 オバちゃんは、ヤパンの使徒ではないのか、俺が「知恵の担い手」であることは知らないらしく、情報通だと関心していた。
「どう料理に使うの?」
 肉と野菜炒めでも、十分に伝わると思うが、
「それは?」
「ああ」
 オバちゃんは、ちょっと照れ臭そうに、
「ハンナのとこの職人に、肉ジャガを教えてもらったから、試作だよ」
 まあ、あんだけ何度も、うまいうまいって食べていれば、調理のプロとしては、気になるよな。
 鍋では、鶏肉とジャガイモなどが、お湯に浸かっていた。
 別に鶏肉じゃなくてもいいのだけど。
 まあ、まずは教えてもらった基本に忠実に、なのかな。
「これ、分けてもらってもいい?」
 オバちゃんは、ちょっとだけ悩み、
「いいよ、全部」
「ありがとう、お礼に、一番に食べさせるよ」
 マリアが、自分も、と自分を指しているが知らん。
 煮汁を味見する、とお湯ではなく、まあまあ塩味があった。
 そこで、ハタと思った。
 トロミってどうするだろう。
 まあ、いっか。
 少しづつ、鍋に粉を入れる。
 ふわーっ、といい匂いが広がる。
 おおー、とオバちゃんが集まってきた。
 味見をしながら、慎重に粉を追加した。
 塩が足りないので、足す。
 うん、いい味だ。
 火から離して、片栗粉を水で溶いて、入れた。
 ゆっくりかき混ぜる、とトロミがついてきた。
 ああ、懐かしい味だなあ。
 はい、と鍋ごとオバちゃんに渡した。
 スプーンや小皿が廻され、みなの口に入った。
 くわっと目を見開き、一斉に、俺を睨む。
「これ、なんて料理だい?」
「カレー、シチュー、かな?」

 さて、リクエスト第二位、豆腐をどうするか、だ。
 冷蔵するにも、運搬が大変だ。
 はっきり言って、大豆とニガリ持って行って、その場で豆腐つくった方が楽だ。
 いっそ冷凍しても、解凍したら、豆腐じゃなくなる。
 うーん、どうしよう。
 豆腐料理を瓶詰にする?
 圧力鍋で煮たら、崩れちゃいそうだ。
 うーん、どうしよう。
 豆腐のナニ料理を食べたいか、ちゃんと聞けばよかったなあ。
 うん、降参!
 豆乳を瓶詰にして持っていって、ニガリ入れるのが、一番可能性高い。
 でも、現場でそんな暇があるか分からないし、豆腐つくれるメンバーが行くかもわからない。
 ので、豆腐を冷凍にして、解凍したヤツを失敗の言い訳として、持って行こうとうした。
 あれ?
 これって、豆腐じゃないけど、アレじゃね?

「うあ、これ美味しい!!」
 ハンナが、カップ麺ならぬ瓶麺をずるずる食べながら叫んだ。
 麺が、口からタレてるぞ。
 口からの麺を振り回すハンナを、ナンシー先生が見て、苦笑している。
 ローザ先生は、忙しく口を動かしていた。
 缶に生石灰を入れて、水を加えて、フタを緩めた瓶詰をセット。
 缶から湯気があがるのを、三人が口を止めて見た。
 器に、コップで測ったクスクスをざらざら入れて、同じ量のお湯をかけて、かき混ぜる。
 ずるずると麺を食べながら見守る三人。
 温まった瓶詰から、いい匂いがしてきた。
「あちち」
 缶から瓶を出そうとして、慌てて皮手袋をした。
 フタを開けて、クスクスに中身をかける。
 カレーがクスクスの上で広がり、染みていく。
 ごくり、と喉を鳴らす三人に、スプーンを渡す。
「うあ、これ美味しい!!」
 ハンナが、クスクスを口から飛び散らせながら叫んだ。
 口から粒を飛ばすハンナからの攻撃を避けながら、ナンシー先生は、顔をシカメて水を飲んだ。
 辛いのが、苦手なのかな。
 ローザ先生は、忙しく口を動かしていた。

「うあ、これ美味しい!!」
 ハンナが、口をモグモグしながら叫んだ。
 彼女が食べているのは、肉ジャガだ。
 それに、偶然できた高野豆腐を突っ込んで味が染みたヤツを、豆腐より美味い、と食べているとこだ。
 豆腐を冷凍して、解凍したら、できた。
 まあ、実際にはそんなに簡単ではなくて、水気が抜けやすいように薄切りにしたり、何度か凍結と解凍を繰り返したり、と試行錯誤はあった。
 もちろん、調理場のオバちゃん(マリア除く)に手伝ってもらった。
 でも、それだけの価値はあった。
 肉は、乾燥させると調理に時間がかかる。
 ちゃんと乾燥させないと腐敗やカビで危険だ。
 高野豆腐は、完全に乾燥させても汁物に入れれば、すぐに食べられるし、とても軽い。
 ただ、嵩張るのがデメリットだが、粉にしてしまえば解消できる。
 そうなれば、食感とかなくなるってしまうが、逆に非常食としては優秀だろう。
 カップ麺の謎肉みたいに、味付けできたら、瓶麺に具ができるな。
 ハンナからの課題、第二位は、豆腐ではなくて高野豆腐でクリアとなった。

 こうして、短時間のうちに、ガトリング銃と銃弾、装甲馬車、瓶詰が量産されていった。
 ついでに、ヤパンの使徒のための防弾服も。
 金属部品については、リーダーズの職人だけでは手がたりないので、ヤパンの使徒を通じて、部品レベルの発注が付き合いのある職人に行われた。
 正直、何の部品か分からないように発注しているので、受けた職人は、かなり困惑したようだ。
 特に、瓶詰のフタと瓶詰カバーの缶を発注された職人は、フタは瓶詰用なので、缶の直径より小さいため、フタが小さすぎる、缶にハマらない、と何度も何度も確認と問い合わせがあったらしい。
 これは、腕のいい職人であればあるだけ、そういう傾向があり、「何に使われるのか知らずにつくれるか!」と一喝されて断られることも多かったらしい。
 マリアは、俺に存在を教えた手前、圧力鍋の担当となり、圧力鍋が稼動している間に隣で寝て、とキツイ生活を強いられている。

 そんな中、ついに俺も戦場に出ることが決まった。
 俺にしてみれば、ハンナを戦地に送って、自分が安全な場所にいるのは、嫌だったので、当然と思った。
 もちろん、戦場の実感がないからかもしれないし、怖くないといえば嘘になる。
 ナンシー先生、ハンナは、最後まで反対したようだ。
 しかし、ローザ先生、ヤンデル先生が、「第二の言葉」のためには、俺が戦場に出る必要が、どうしてもある、と主張した。
 そして、ローザ先生が自分も戦場へ同行し、どんなことをしてでも、俺を生かして帰す、と約束したことで、ついにナンシー先生もハンナも折れたようだ。
 俺の戦場暮らしが、まもなく始まるのか。

「なんだこりゃ?」
 戦場ならぬ、豪勢な部屋でピアノの音に迎えられ、俺は呟いていた。
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