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1806年/夏
≪備えよ≫
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持っていく食料をどうするか。
もちろん、軍隊の食料は、こちらの担当ではない。
ハンナを始めとしたヤパンの使徒たちのためのものだ。
実は、缶詰をつくりたかったのだけど、フタをどう閉めたらいいのかを知らなかった。
ローザ先生に相談したら、瓶詰めが、既にあるという。
しかし、コルクで栓して、蜜蝋で更に封をしているので、開けるのが面倒な上、割れるし、ダメになるのも多いらしい。
瓶詰なので、てっきり殺菌がわかっているものだと思っていたら、経験でであって、理屈が分かってやっているわけではないらしい。
そこで、ガラス工場を見学させてもらうことにした。
フランスで、ガラス製造に必要なソーダ灰の大量生産法が公開されたため、ガラス製造が盛んになってるのだ。
吹きガラスの手法で、瓶詰め用の広口瓶をつくっていた。
もし、取っ手をつけるとすると、俺が知っているように、溶けたガラスをくっつけるようだ。
瓶詰めかあ。
思い出すのは、ジャムくらいかなあ。
うん?
ジャムの瓶って、コルク栓じゃないよな。
「あのー?」
「なんです?」
ガラス職人の親方に、口の部分に、ネジをつけられるか聞いた。
「細くガラスを巻けばできますが、何のために?」
引率のローザ先生も、不思議そうな顔をしていた。
「金属のフタをつけたくって」
早速、数日後には、ネジ付瓶の試作品が届いたので、ハンナのとこの職人にお願いしていたフタと合わせる。
フタの方は、ネジのないままに被せて、軽く叩いてネジに合わせてヘコませた。
中々、具合がいい。
実際に、肉ジャガ(職人に大流行していて頻繁に食べられている。砂糖を使えるのがいいだけかもしれないが)を入れて沸騰させて、中身を殺菌して、こちらも熱湯に漬けて殺菌したフタをつけた。
一週間ほど放置したが、カビとか変色がなかったので、開けてみた。
腐敗臭はしない。
ハンナの肉ジャガを食べた職人より、恐る恐る口に入れたが、酸っぱくはなかった。
これで、再度フタができる瓶詰ができた。
綺麗に洗う余裕があれば、出先でも、瓶詰をつくり直すことができる。
ついでに、瓶詰を入れる缶もつくってみた。
フタの無い缶で、瓶がスッポリ入るサイズだ。
これで、破損しにくくなるし、箱詰めもしやすい。
更に、ガラス工場で、生石灰を手にいれていた。
水をかけると発熱する粉で、グラウンドに白いラインを引くのに使っているやつだっけ?
駅弁とかを温めるシステムといっしょだ。
生石灰を水筒用の皮袋で持ち歩き、缶に水と瓶詰を入れて加熱する。
雨で火を使えない時には、便利に食事できそうだ。
利己的と言われようが、ハンナには、生きて帰ってきてほしい。
そのためなら、なんでもする。
そのためには、食事が重要だ。
そのために、瓶詰イン缶詰も用意した。
非常食として、ボンボンを大量に作ってもらった。
ボンボンといっても、中身はなく、砂糖の塊のような菓子だ。
最悪、これだけ舐めてでも、生き延びてほしい。
ハンナに、食料として何を持って行きたいか、聞いた。
一番がラーメン、二番が豆腐、三番がクスクスだった。
うお、どれもハードル高いぞ。
ハンナの要望を適えるため、いろいろと相談しよう、と調理場へ行った。
休校になって、オバちゃんも少なくなっているが、誰かいるだろう。
一人だけいたのだけど、俺は回れ右をしようとしたら、呼び止められた。
俺は、仕方なく、近寄っていった。
「もしかして、ヤパンの使徒?」
「どうして分かったの!?」
そりゃあ、あれだけ調理の達人の中、ドジっ子すぎれば、潜入させられてるんだろうな、と予想がつく。
「こういうのをたくさん作ったり、戦地へ持っている食料の開発を手伝ってほしいんだ」
驚いた顔のマリアに、瓶詰を出して、お願いしたが、
「そういうの、得意じゃなくて」
と、断られてしまった。
「いやいや、マリアだけじゃなくて、他のオバちゃんにも手伝ってほしいんだよね」
「それなら、いいよ」
っていうか、ナニなら、得意なんだ?
っていうか、料理が苦手で、ここの配属になったのか?
大丈夫か、ヤパンの使徒?
「これは?」
「瓶に食べ物を入れて、腐らないようにしたヤツ。結構、加熱に時間がかかるから、たくさんつくるのに、いい方法ないかなと思って」
「あるよ」
え?
あるんだ?
「こっちこっち」
呼ばれてついて行く、とデカい金属の塔があった。
「ナニこれ?」
「圧力調理器」
調理器?
このデカいのがか?
「調理容器のフタをネジで止めて、蒸気を抜く安全弁の重りの位置を動かすことで、中の圧力を調整できる。ボイルの法則、シャルルの法則で、圧力が高くなれば、水でも百度以上になる。それで、短時間で調理できるよ」
えー?
ボイル=シャルルの法則って、物理で聞いたことあるぞ。
っていうか、このデカいのは、圧力鍋なの?
「百年くらい前のマールブルク大学のパパン教授が作ったの。あの、ボイル先生の助手もされていた方なのよ!」
マリアって、理系女子リケジョなの?
「これを使えば、短時間で、調理できちゃうわよ!」
なんだろう、マリアが自信ありげなのが、とっても不安だ。
他のオバちゃんにも助けてもらい、ハンナからの課題にとりかかった。
まあ、マリアもウロチョロしている。
まずは、第一位のラーメンからだ。
これは、調理の簡単さから、袋麺よりもカップ麺を目指したい。
なので、完成イメージ的なものを試作して、これの完成度を高めてもらう方法をとった。
広口瓶のサイズに合わせて、茹でた木灰ソバを揚げて、入れた。
その上から、アンチョビの塩漬けを≪乾け≫した粉などを加える。
これに、熱湯を入れて、三分といわず五分で食べられる、というのが完成目標だ。
ちなみに、試作品は、麺の戻り具合が均一ではなかったのが、問題だった。
そこで、テレビで視た、麺を揚げる時に、上から押さえつけるようにする、と上の方が密になり、下の方が疎になって、といった工夫があることもオバちゃんには伝えた。
このアドバイスのためか、麺の揚げ方は、短時間で完成した。
麺を揚げるための籠を、ハンナのとこの職人に、金属で作らせたのが、成功の鍵だったようだ。
昼飯のときに、妙にやつれた職人がいたので、どうしたのかと思っていたが、オバちゃんに仕事をネジ込まれたかららしい。
スープは、塩気は簡単だが、出汁というか旨みが薄かった。
これは、俺が煮つめて水分を飛ばすくらいしか、方法を知らなかったからだ。
オバちゃんは、味にも妥協を許さず、麺を打つ水、茹でる水を濃いスープにすることで、麺に出汁を入れる方法を考えついた。
更には、アンチョビの塩漬けは、出汁の素になるが、大量に使うとショッパくなる。
ならば、塩漬け前のアンチョビを≪乾け≫か干すかしよう、と考えたらしいが、実は漁村には、既に干したものがあったため、取り寄せて、粉にした。
まあ、煮干とか干物とか、誰かが保存方法としては、考えつくものだよな。
第二位の豆腐は、難問なので、後回しにして、先に第三位のクスクスだ。
蒸して乾燥しているのを、軽く茹でて食べている、これもお湯を入れるだけで、食べられるようにしたい。
蒸しと乾燥の具合を研究してもらおう。
ハンナにしてみれば、このクスクスのみが食べたいわけじゃない。
これを飯代わりにして食べるのだから、オカズが必要だ。
そのために、ビーフシチューやホワイトシチュー、トマトシチューなどを瓶詰で持っていく予定だ。
シチューばっかりだな。
瓶詰にしやすそうな、料理のネタを探して、調理場を歩いている、とガチャガチャした音がした。
そっちを見る、とマリアが、何かやらかしていた。
見ないふりして、と思ったら、信じられない匂いがした。
これ、あったの?
走っていく、とマリアが粉を溢していた。
「もう、高いんだよ。イギリスからの新製品なんだから」
オバちゃんに怒られて、ぺこぺこして涙目のマリア。
「とはいえ、どう料理に使うかは、これから研究しないとなんだけどね」
「その粉、もらった!」
「もらったって、何だかわかってるの?」
「知ってる、と思う」
オバちゃんに聞かれたので、零れた粉を、ちょっとだけ指先につけて、舐めた。
「やっぱり」
「イギリスの会社が売り出した最新の調味料なんだけど、さすがだね」
オバちゃんは、ヤパンの使徒ではないのか、俺が「知恵の担い手」であることは知らないらしく、情報通だと関心していた。
「どう料理に使うの?」
肉と野菜炒めでも、十分に伝わると思うが、
「それは?」
「ああ」
オバちゃんは、ちょっと照れ臭そうに、
「ハンナのとこの職人に、肉ジャガを教えてもらったから、試作だよ」
まあ、あんだけ何度も、うまいうまいって食べていれば、調理のプロとしては、気になるよな。
鍋では、鶏肉とジャガイモなどが、お湯に浸かっていた。
別に鶏肉じゃなくてもいいのだけど。
まあ、まずは教えてもらった基本に忠実に、なのかな。
「これ、分けてもらってもいい?」
オバちゃんは、ちょっとだけ悩み、
「いいよ、全部」
「ありがとう、お礼に、一番に食べさせるよ」
マリアが、自分も、と自分を指しているが知らん。
煮汁を味見する、とお湯ではなく、まあまあ塩味があった。
そこで、ハタと思った。
トロミってどうするだろう。
まあ、いっか。
少しづつ、鍋に粉を入れる。
ふわーっ、といい匂いが広がる。
おおー、とオバちゃんが集まってきた。
味見をしながら、慎重に粉を追加した。
塩が足りないので、足す。
うん、いい味だ。
火から離して、片栗粉を水で溶いて、入れた。
ゆっくりかき混ぜる、とトロミがついてきた。
ああ、懐かしい味だなあ。
はい、と鍋ごとオバちゃんに渡した。
スプーンや小皿が廻され、みなの口に入った。
くわっと目を見開き、一斉に、俺を睨む。
「これ、なんて料理だい?」
「カレー、シチュー、かな?」
さて、リクエスト第二位、豆腐をどうするか、だ。
冷蔵するにも、運搬が大変だ。
はっきり言って、大豆とニガリ持って行って、その場で豆腐つくった方が楽だ。
いっそ冷凍しても、解凍したら、豆腐じゃなくなる。
うーん、どうしよう。
豆腐料理を瓶詰にする?
圧力鍋で煮たら、崩れちゃいそうだ。
うーん、どうしよう。
豆腐のナニ料理を食べたいか、ちゃんと聞けばよかったなあ。
うん、降参!
豆乳を瓶詰にして持っていって、ニガリ入れるのが、一番可能性高い。
でも、現場でそんな暇があるか分からないし、豆腐つくれるメンバーが行くかもわからない。
ので、豆腐を冷凍にして、解凍したヤツを失敗の言い訳として、持って行こうとうした。
あれ?
これって、豆腐じゃないけど、アレじゃね?
「うあ、これ美味しい!!」
ハンナが、カップ麺ならぬ瓶麺をずるずる食べながら叫んだ。
麺が、口からタレてるぞ。
口からの麺を振り回すハンナを、ナンシー先生が見て、苦笑している。
ローザ先生は、忙しく口を動かしていた。
缶に生石灰を入れて、水を加えて、フタを緩めた瓶詰をセット。
缶から湯気があがるのを、三人が口を止めて見た。
器に、コップで測ったクスクスをざらざら入れて、同じ量のお湯をかけて、かき混ぜる。
ずるずると麺を食べながら見守る三人。
温まった瓶詰から、いい匂いがしてきた。
「あちち」
缶から瓶を出そうとして、慌てて皮手袋をした。
フタを開けて、クスクスに中身をかける。
カレーがクスクスの上で広がり、染みていく。
ごくり、と喉を鳴らす三人に、スプーンを渡す。
「うあ、これ美味しい!!」
ハンナが、クスクスを口から飛び散らせながら叫んだ。
口から粒を飛ばすハンナからの攻撃を避けながら、ナンシー先生は、顔をシカメて水を飲んだ。
辛いのが、苦手なのかな。
ローザ先生は、忙しく口を動かしていた。
「うあ、これ美味しい!!」
ハンナが、口をモグモグしながら叫んだ。
彼女が食べているのは、肉ジャガだ。
それに、偶然できた高野豆腐を突っ込んで味が染みたヤツを、豆腐より美味い、と食べているとこだ。
豆腐を冷凍して、解凍したら、できた。
まあ、実際にはそんなに簡単ではなくて、水気が抜けやすいように薄切りにしたり、何度か凍結と解凍を繰り返したり、と試行錯誤はあった。
もちろん、調理場のオバちゃん(マリア除く)に手伝ってもらった。
でも、それだけの価値はあった。
肉は、乾燥させると調理に時間がかかる。
ちゃんと乾燥させないと腐敗やカビで危険だ。
高野豆腐は、完全に乾燥させても汁物に入れれば、すぐに食べられるし、とても軽い。
ただ、嵩張るのがデメリットだが、粉にしてしまえば解消できる。
そうなれば、食感とかなくなるってしまうが、逆に非常食としては優秀だろう。
カップ麺の謎肉みたいに、味付けできたら、瓶麺に具ができるな。
ハンナからの課題、第二位は、豆腐ではなくて高野豆腐でクリアとなった。
こうして、短時間のうちに、ガトリング銃と銃弾、装甲馬車、瓶詰が量産されていった。
ついでに、ヤパンの使徒のための防弾服も。
金属部品については、リーダーズの職人だけでは手がたりないので、ヤパンの使徒を通じて、部品レベルの発注が付き合いのある職人に行われた。
正直、何の部品か分からないように発注しているので、受けた職人は、かなり困惑したようだ。
特に、瓶詰のフタと瓶詰カバーの缶を発注された職人は、フタは瓶詰用なので、缶の直径より小さいため、フタが小さすぎる、缶にハマらない、と何度も何度も確認と問い合わせがあったらしい。
これは、腕のいい職人であればあるだけ、そういう傾向があり、「何に使われるのか知らずにつくれるか!」と一喝されて断られることも多かったらしい。
マリアは、俺に存在を教えた手前、圧力鍋の担当となり、圧力鍋が稼動している間に隣で寝て、とキツイ生活を強いられている。
そんな中、ついに俺も戦場に出ることが決まった。
俺にしてみれば、ハンナを戦地に送って、自分が安全な場所にいるのは、嫌だったので、当然と思った。
もちろん、戦場の実感がないからかもしれないし、怖くないといえば嘘になる。
ナンシー先生、ハンナは、最後まで反対したようだ。
しかし、ローザ先生、ヤンデル先生が、「第二の言葉」のためには、俺が戦場に出る必要が、どうしてもある、と主張した。
そして、ローザ先生が自分も戦場へ同行し、どんなことをしてでも、俺を生かして帰す、と約束したことで、ついにナンシー先生もハンナも折れたようだ。
俺の戦場暮らしが、まもなく始まるのか。
「なんだこりゃ?」
戦場ならぬ、豪勢な部屋でピアノの音に迎えられ、俺は呟いていた。
もちろん、軍隊の食料は、こちらの担当ではない。
ハンナを始めとしたヤパンの使徒たちのためのものだ。
実は、缶詰をつくりたかったのだけど、フタをどう閉めたらいいのかを知らなかった。
ローザ先生に相談したら、瓶詰めが、既にあるという。
しかし、コルクで栓して、蜜蝋で更に封をしているので、開けるのが面倒な上、割れるし、ダメになるのも多いらしい。
瓶詰なので、てっきり殺菌がわかっているものだと思っていたら、経験でであって、理屈が分かってやっているわけではないらしい。
そこで、ガラス工場を見学させてもらうことにした。
フランスで、ガラス製造に必要なソーダ灰の大量生産法が公開されたため、ガラス製造が盛んになってるのだ。
吹きガラスの手法で、瓶詰め用の広口瓶をつくっていた。
もし、取っ手をつけるとすると、俺が知っているように、溶けたガラスをくっつけるようだ。
瓶詰めかあ。
思い出すのは、ジャムくらいかなあ。
うん?
ジャムの瓶って、コルク栓じゃないよな。
「あのー?」
「なんです?」
ガラス職人の親方に、口の部分に、ネジをつけられるか聞いた。
「細くガラスを巻けばできますが、何のために?」
引率のローザ先生も、不思議そうな顔をしていた。
「金属のフタをつけたくって」
早速、数日後には、ネジ付瓶の試作品が届いたので、ハンナのとこの職人にお願いしていたフタと合わせる。
フタの方は、ネジのないままに被せて、軽く叩いてネジに合わせてヘコませた。
中々、具合がいい。
実際に、肉ジャガ(職人に大流行していて頻繁に食べられている。砂糖を使えるのがいいだけかもしれないが)を入れて沸騰させて、中身を殺菌して、こちらも熱湯に漬けて殺菌したフタをつけた。
一週間ほど放置したが、カビとか変色がなかったので、開けてみた。
腐敗臭はしない。
ハンナの肉ジャガを食べた職人より、恐る恐る口に入れたが、酸っぱくはなかった。
これで、再度フタができる瓶詰ができた。
綺麗に洗う余裕があれば、出先でも、瓶詰をつくり直すことができる。
ついでに、瓶詰を入れる缶もつくってみた。
フタの無い缶で、瓶がスッポリ入るサイズだ。
これで、破損しにくくなるし、箱詰めもしやすい。
更に、ガラス工場で、生石灰を手にいれていた。
水をかけると発熱する粉で、グラウンドに白いラインを引くのに使っているやつだっけ?
駅弁とかを温めるシステムといっしょだ。
生石灰を水筒用の皮袋で持ち歩き、缶に水と瓶詰を入れて加熱する。
雨で火を使えない時には、便利に食事できそうだ。
利己的と言われようが、ハンナには、生きて帰ってきてほしい。
そのためなら、なんでもする。
そのためには、食事が重要だ。
そのために、瓶詰イン缶詰も用意した。
非常食として、ボンボンを大量に作ってもらった。
ボンボンといっても、中身はなく、砂糖の塊のような菓子だ。
最悪、これだけ舐めてでも、生き延びてほしい。
ハンナに、食料として何を持って行きたいか、聞いた。
一番がラーメン、二番が豆腐、三番がクスクスだった。
うお、どれもハードル高いぞ。
ハンナの要望を適えるため、いろいろと相談しよう、と調理場へ行った。
休校になって、オバちゃんも少なくなっているが、誰かいるだろう。
一人だけいたのだけど、俺は回れ右をしようとしたら、呼び止められた。
俺は、仕方なく、近寄っていった。
「もしかして、ヤパンの使徒?」
「どうして分かったの!?」
そりゃあ、あれだけ調理の達人の中、ドジっ子すぎれば、潜入させられてるんだろうな、と予想がつく。
「こういうのをたくさん作ったり、戦地へ持っている食料の開発を手伝ってほしいんだ」
驚いた顔のマリアに、瓶詰を出して、お願いしたが、
「そういうの、得意じゃなくて」
と、断られてしまった。
「いやいや、マリアだけじゃなくて、他のオバちゃんにも手伝ってほしいんだよね」
「それなら、いいよ」
っていうか、ナニなら、得意なんだ?
っていうか、料理が苦手で、ここの配属になったのか?
大丈夫か、ヤパンの使徒?
「これは?」
「瓶に食べ物を入れて、腐らないようにしたヤツ。結構、加熱に時間がかかるから、たくさんつくるのに、いい方法ないかなと思って」
「あるよ」
え?
あるんだ?
「こっちこっち」
呼ばれてついて行く、とデカい金属の塔があった。
「ナニこれ?」
「圧力調理器」
調理器?
このデカいのがか?
「調理容器のフタをネジで止めて、蒸気を抜く安全弁の重りの位置を動かすことで、中の圧力を調整できる。ボイルの法則、シャルルの法則で、圧力が高くなれば、水でも百度以上になる。それで、短時間で調理できるよ」
えー?
ボイル=シャルルの法則って、物理で聞いたことあるぞ。
っていうか、このデカいのは、圧力鍋なの?
「百年くらい前のマールブルク大学のパパン教授が作ったの。あの、ボイル先生の助手もされていた方なのよ!」
マリアって、理系女子リケジョなの?
「これを使えば、短時間で、調理できちゃうわよ!」
なんだろう、マリアが自信ありげなのが、とっても不安だ。
他のオバちゃんにも助けてもらい、ハンナからの課題にとりかかった。
まあ、マリアもウロチョロしている。
まずは、第一位のラーメンからだ。
これは、調理の簡単さから、袋麺よりもカップ麺を目指したい。
なので、完成イメージ的なものを試作して、これの完成度を高めてもらう方法をとった。
広口瓶のサイズに合わせて、茹でた木灰ソバを揚げて、入れた。
その上から、アンチョビの塩漬けを≪乾け≫した粉などを加える。
これに、熱湯を入れて、三分といわず五分で食べられる、というのが完成目標だ。
ちなみに、試作品は、麺の戻り具合が均一ではなかったのが、問題だった。
そこで、テレビで視た、麺を揚げる時に、上から押さえつけるようにする、と上の方が密になり、下の方が疎になって、といった工夫があることもオバちゃんには伝えた。
このアドバイスのためか、麺の揚げ方は、短時間で完成した。
麺を揚げるための籠を、ハンナのとこの職人に、金属で作らせたのが、成功の鍵だったようだ。
昼飯のときに、妙にやつれた職人がいたので、どうしたのかと思っていたが、オバちゃんに仕事をネジ込まれたかららしい。
スープは、塩気は簡単だが、出汁というか旨みが薄かった。
これは、俺が煮つめて水分を飛ばすくらいしか、方法を知らなかったからだ。
オバちゃんは、味にも妥協を許さず、麺を打つ水、茹でる水を濃いスープにすることで、麺に出汁を入れる方法を考えついた。
更には、アンチョビの塩漬けは、出汁の素になるが、大量に使うとショッパくなる。
ならば、塩漬け前のアンチョビを≪乾け≫か干すかしよう、と考えたらしいが、実は漁村には、既に干したものがあったため、取り寄せて、粉にした。
まあ、煮干とか干物とか、誰かが保存方法としては、考えつくものだよな。
第二位の豆腐は、難問なので、後回しにして、先に第三位のクスクスだ。
蒸して乾燥しているのを、軽く茹でて食べている、これもお湯を入れるだけで、食べられるようにしたい。
蒸しと乾燥の具合を研究してもらおう。
ハンナにしてみれば、このクスクスのみが食べたいわけじゃない。
これを飯代わりにして食べるのだから、オカズが必要だ。
そのために、ビーフシチューやホワイトシチュー、トマトシチューなどを瓶詰で持っていく予定だ。
シチューばっかりだな。
瓶詰にしやすそうな、料理のネタを探して、調理場を歩いている、とガチャガチャした音がした。
そっちを見る、とマリアが、何かやらかしていた。
見ないふりして、と思ったら、信じられない匂いがした。
これ、あったの?
走っていく、とマリアが粉を溢していた。
「もう、高いんだよ。イギリスからの新製品なんだから」
オバちゃんに怒られて、ぺこぺこして涙目のマリア。
「とはいえ、どう料理に使うかは、これから研究しないとなんだけどね」
「その粉、もらった!」
「もらったって、何だかわかってるの?」
「知ってる、と思う」
オバちゃんに聞かれたので、零れた粉を、ちょっとだけ指先につけて、舐めた。
「やっぱり」
「イギリスの会社が売り出した最新の調味料なんだけど、さすがだね」
オバちゃんは、ヤパンの使徒ではないのか、俺が「知恵の担い手」であることは知らないらしく、情報通だと関心していた。
「どう料理に使うの?」
肉と野菜炒めでも、十分に伝わると思うが、
「それは?」
「ああ」
オバちゃんは、ちょっと照れ臭そうに、
「ハンナのとこの職人に、肉ジャガを教えてもらったから、試作だよ」
まあ、あんだけ何度も、うまいうまいって食べていれば、調理のプロとしては、気になるよな。
鍋では、鶏肉とジャガイモなどが、お湯に浸かっていた。
別に鶏肉じゃなくてもいいのだけど。
まあ、まずは教えてもらった基本に忠実に、なのかな。
「これ、分けてもらってもいい?」
オバちゃんは、ちょっとだけ悩み、
「いいよ、全部」
「ありがとう、お礼に、一番に食べさせるよ」
マリアが、自分も、と自分を指しているが知らん。
煮汁を味見する、とお湯ではなく、まあまあ塩味があった。
そこで、ハタと思った。
トロミってどうするだろう。
まあ、いっか。
少しづつ、鍋に粉を入れる。
ふわーっ、といい匂いが広がる。
おおー、とオバちゃんが集まってきた。
味見をしながら、慎重に粉を追加した。
塩が足りないので、足す。
うん、いい味だ。
火から離して、片栗粉を水で溶いて、入れた。
ゆっくりかき混ぜる、とトロミがついてきた。
ああ、懐かしい味だなあ。
はい、と鍋ごとオバちゃんに渡した。
スプーンや小皿が廻され、みなの口に入った。
くわっと目を見開き、一斉に、俺を睨む。
「これ、なんて料理だい?」
「カレー、シチュー、かな?」
さて、リクエスト第二位、豆腐をどうするか、だ。
冷蔵するにも、運搬が大変だ。
はっきり言って、大豆とニガリ持って行って、その場で豆腐つくった方が楽だ。
いっそ冷凍しても、解凍したら、豆腐じゃなくなる。
うーん、どうしよう。
豆腐料理を瓶詰にする?
圧力鍋で煮たら、崩れちゃいそうだ。
うーん、どうしよう。
豆腐のナニ料理を食べたいか、ちゃんと聞けばよかったなあ。
うん、降参!
豆乳を瓶詰にして持っていって、ニガリ入れるのが、一番可能性高い。
でも、現場でそんな暇があるか分からないし、豆腐つくれるメンバーが行くかもわからない。
ので、豆腐を冷凍にして、解凍したヤツを失敗の言い訳として、持って行こうとうした。
あれ?
これって、豆腐じゃないけど、アレじゃね?
「うあ、これ美味しい!!」
ハンナが、カップ麺ならぬ瓶麺をずるずる食べながら叫んだ。
麺が、口からタレてるぞ。
口からの麺を振り回すハンナを、ナンシー先生が見て、苦笑している。
ローザ先生は、忙しく口を動かしていた。
缶に生石灰を入れて、水を加えて、フタを緩めた瓶詰をセット。
缶から湯気があがるのを、三人が口を止めて見た。
器に、コップで測ったクスクスをざらざら入れて、同じ量のお湯をかけて、かき混ぜる。
ずるずると麺を食べながら見守る三人。
温まった瓶詰から、いい匂いがしてきた。
「あちち」
缶から瓶を出そうとして、慌てて皮手袋をした。
フタを開けて、クスクスに中身をかける。
カレーがクスクスの上で広がり、染みていく。
ごくり、と喉を鳴らす三人に、スプーンを渡す。
「うあ、これ美味しい!!」
ハンナが、クスクスを口から飛び散らせながら叫んだ。
口から粒を飛ばすハンナからの攻撃を避けながら、ナンシー先生は、顔をシカメて水を飲んだ。
辛いのが、苦手なのかな。
ローザ先生は、忙しく口を動かしていた。
「うあ、これ美味しい!!」
ハンナが、口をモグモグしながら叫んだ。
彼女が食べているのは、肉ジャガだ。
それに、偶然できた高野豆腐を突っ込んで味が染みたヤツを、豆腐より美味い、と食べているとこだ。
豆腐を冷凍して、解凍したら、できた。
まあ、実際にはそんなに簡単ではなくて、水気が抜けやすいように薄切りにしたり、何度か凍結と解凍を繰り返したり、と試行錯誤はあった。
もちろん、調理場のオバちゃん(マリア除く)に手伝ってもらった。
でも、それだけの価値はあった。
肉は、乾燥させると調理に時間がかかる。
ちゃんと乾燥させないと腐敗やカビで危険だ。
高野豆腐は、完全に乾燥させても汁物に入れれば、すぐに食べられるし、とても軽い。
ただ、嵩張るのがデメリットだが、粉にしてしまえば解消できる。
そうなれば、食感とかなくなるってしまうが、逆に非常食としては優秀だろう。
カップ麺の謎肉みたいに、味付けできたら、瓶麺に具ができるな。
ハンナからの課題、第二位は、豆腐ではなくて高野豆腐でクリアとなった。
こうして、短時間のうちに、ガトリング銃と銃弾、装甲馬車、瓶詰が量産されていった。
ついでに、ヤパンの使徒のための防弾服も。
金属部品については、リーダーズの職人だけでは手がたりないので、ヤパンの使徒を通じて、部品レベルの発注が付き合いのある職人に行われた。
正直、何の部品か分からないように発注しているので、受けた職人は、かなり困惑したようだ。
特に、瓶詰のフタと瓶詰カバーの缶を発注された職人は、フタは瓶詰用なので、缶の直径より小さいため、フタが小さすぎる、缶にハマらない、と何度も何度も確認と問い合わせがあったらしい。
これは、腕のいい職人であればあるだけ、そういう傾向があり、「何に使われるのか知らずにつくれるか!」と一喝されて断られることも多かったらしい。
マリアは、俺に存在を教えた手前、圧力鍋の担当となり、圧力鍋が稼動している間に隣で寝て、とキツイ生活を強いられている。
そんな中、ついに俺も戦場に出ることが決まった。
俺にしてみれば、ハンナを戦地に送って、自分が安全な場所にいるのは、嫌だったので、当然と思った。
もちろん、戦場の実感がないからかもしれないし、怖くないといえば嘘になる。
ナンシー先生、ハンナは、最後まで反対したようだ。
しかし、ローザ先生、ヤンデル先生が、「第二の言葉」のためには、俺が戦場に出る必要が、どうしてもある、と主張した。
そして、ローザ先生が自分も戦場へ同行し、どんなことをしてでも、俺を生かして帰す、と約束したことで、ついにナンシー先生もハンナも折れたようだ。
俺の戦場暮らしが、まもなく始まるのか。
「なんだこりゃ?」
戦場ならぬ、豪勢な部屋でピアノの音に迎えられ、俺は呟いていた。
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