70 / 90
1806年/夏
≪備えよ≫
しおりを挟む
持っていく食料をどうするか。
もちろん、軍隊の食料は、こちらの担当ではない。
ハンナを始めとしたヤパンの使徒たちのためのものだ。
実は、缶詰をつくりたかったのだけど、フタをどう閉めたらいいのかを知らなかった。
ローザ先生に相談したら、瓶詰めが、既にあるという。
しかし、コルクで栓して、蜜蝋で更に封をしているので、開けるのが面倒な上、割れるし、ダメになるのも多いらしい。
瓶詰なので、てっきり殺菌がわかっているものだと思っていたら、経験でであって、理屈が分かってやっているわけではないらしい。
そこで、ガラス工場を見学させてもらうことにした。
フランスで、ガラス製造に必要なソーダ灰の大量生産法が公開されたため、ガラス製造が盛んになってるのだ。
吹きガラスの手法で、瓶詰め用の広口瓶をつくっていた。
もし、取っ手をつけるとすると、俺が知っているように、溶けたガラスをくっつけるようだ。
瓶詰めかあ。
思い出すのは、ジャムくらいかなあ。
うん?
ジャムの瓶って、コルク栓じゃないよな。
「あのー?」
「なんです?」
ガラス職人の親方に、口の部分に、ネジをつけられるか聞いた。
「細くガラスを巻けばできますが、何のために?」
引率のローザ先生も、不思議そうな顔をしていた。
「金属のフタをつけたくって」
早速、数日後には、ネジ付瓶の試作品が届いたので、ハンナのとこの職人にお願いしていたフタと合わせる。
フタの方は、ネジのないままに被せて、軽く叩いてネジに合わせてヘコませた。
中々、具合がいい。
実際に、肉ジャガ(職人に大流行していて頻繁に食べられている。砂糖を使えるのがいいだけかもしれないが)を入れて沸騰させて、中身を殺菌して、こちらも熱湯に漬けて殺菌したフタをつけた。
一週間ほど放置したが、カビとか変色がなかったので、開けてみた。
腐敗臭はしない。
ハンナの肉ジャガを食べた職人より、恐る恐る口に入れたが、酸っぱくはなかった。
これで、再度フタができる瓶詰ができた。
綺麗に洗う余裕があれば、出先でも、瓶詰をつくり直すことができる。
ついでに、瓶詰を入れる缶もつくってみた。
フタの無い缶で、瓶がスッポリ入るサイズだ。
これで、破損しにくくなるし、箱詰めもしやすい。
更に、ガラス工場で、生石灰を手にいれていた。
水をかけると発熱する粉で、グラウンドに白いラインを引くのに使っているやつだっけ?
駅弁とかを温めるシステムといっしょだ。
生石灰を水筒用の皮袋で持ち歩き、缶に水と瓶詰を入れて加熱する。
雨で火を使えない時には、便利に食事できそうだ。
利己的と言われようが、ハンナには、生きて帰ってきてほしい。
そのためなら、なんでもする。
そのためには、食事が重要だ。
そのために、瓶詰イン缶詰も用意した。
非常食として、ボンボンを大量に作ってもらった。
ボンボンといっても、中身はなく、砂糖の塊のような菓子だ。
最悪、これだけ舐めてでも、生き延びてほしい。
ハンナに、食料として何を持って行きたいか、聞いた。
一番がラーメン、二番が豆腐、三番がクスクスだった。
うお、どれもハードル高いぞ。
ハンナの要望を適えるため、いろいろと相談しよう、と調理場へ行った。
休校になって、オバちゃんも少なくなっているが、誰かいるだろう。
一人だけいたのだけど、俺は回れ右をしようとしたら、呼び止められた。
俺は、仕方なく、近寄っていった。
「もしかして、ヤパンの使徒?」
「どうして分かったの!?」
そりゃあ、あれだけ調理の達人の中、ドジっ子すぎれば、潜入させられてるんだろうな、と予想がつく。
「こういうのをたくさん作ったり、戦地へ持っている食料の開発を手伝ってほしいんだ」
驚いた顔のマリアに、瓶詰を出して、お願いしたが、
「そういうの、得意じゃなくて」
と、断られてしまった。
「いやいや、マリアだけじゃなくて、他のオバちゃんにも手伝ってほしいんだよね」
「それなら、いいよ」
っていうか、ナニなら、得意なんだ?
っていうか、料理が苦手で、ここの配属になったのか?
大丈夫か、ヤパンの使徒?
「これは?」
「瓶に食べ物を入れて、腐らないようにしたヤツ。結構、加熱に時間がかかるから、たくさんつくるのに、いい方法ないかなと思って」
「あるよ」
え?
あるんだ?
「こっちこっち」
呼ばれてついて行く、とデカい金属の塔があった。
「ナニこれ?」
「圧力調理器」
調理器?
このデカいのがか?
「調理容器のフタをネジで止めて、蒸気を抜く安全弁の重りの位置を動かすことで、中の圧力を調整できる。ボイルの法則、シャルルの法則で、圧力が高くなれば、水でも百度以上になる。それで、短時間で調理できるよ」
えー?
ボイル=シャルルの法則って、物理で聞いたことあるぞ。
っていうか、このデカいのは、圧力鍋なの?
「百年くらい前のマールブルク大学のパパン教授が作ったの。あの、ボイル先生の助手もされていた方なのよ!」
マリアって、理系女子リケジョなの?
「これを使えば、短時間で、調理できちゃうわよ!」
なんだろう、マリアが自信ありげなのが、とっても不安だ。
他のオバちゃんにも助けてもらい、ハンナからの課題にとりかかった。
まあ、マリアもウロチョロしている。
まずは、第一位のラーメンからだ。
これは、調理の簡単さから、袋麺よりもカップ麺を目指したい。
なので、完成イメージ的なものを試作して、これの完成度を高めてもらう方法をとった。
広口瓶のサイズに合わせて、茹でた木灰ソバを揚げて、入れた。
その上から、アンチョビの塩漬けを≪乾け≫した粉などを加える。
これに、熱湯を入れて、三分といわず五分で食べられる、というのが完成目標だ。
ちなみに、試作品は、麺の戻り具合が均一ではなかったのが、問題だった。
そこで、テレビで視た、麺を揚げる時に、上から押さえつけるようにする、と上の方が密になり、下の方が疎になって、といった工夫があることもオバちゃんには伝えた。
このアドバイスのためか、麺の揚げ方は、短時間で完成した。
麺を揚げるための籠を、ハンナのとこの職人に、金属で作らせたのが、成功の鍵だったようだ。
昼飯のときに、妙にやつれた職人がいたので、どうしたのかと思っていたが、オバちゃんに仕事をネジ込まれたかららしい。
スープは、塩気は簡単だが、出汁というか旨みが薄かった。
これは、俺が煮つめて水分を飛ばすくらいしか、方法を知らなかったからだ。
オバちゃんは、味にも妥協を許さず、麺を打つ水、茹でる水を濃いスープにすることで、麺に出汁を入れる方法を考えついた。
更には、アンチョビの塩漬けは、出汁の素になるが、大量に使うとショッパくなる。
ならば、塩漬け前のアンチョビを≪乾け≫か干すかしよう、と考えたらしいが、実は漁村には、既に干したものがあったため、取り寄せて、粉にした。
まあ、煮干とか干物とか、誰かが保存方法としては、考えつくものだよな。
第二位の豆腐は、難問なので、後回しにして、先に第三位のクスクスだ。
蒸して乾燥しているのを、軽く茹でて食べている、これもお湯を入れるだけで、食べられるようにしたい。
蒸しと乾燥の具合を研究してもらおう。
ハンナにしてみれば、このクスクスのみが食べたいわけじゃない。
これを飯代わりにして食べるのだから、オカズが必要だ。
そのために、ビーフシチューやホワイトシチュー、トマトシチューなどを瓶詰で持っていく予定だ。
シチューばっかりだな。
瓶詰にしやすそうな、料理のネタを探して、調理場を歩いている、とガチャガチャした音がした。
そっちを見る、とマリアが、何かやらかしていた。
見ないふりして、と思ったら、信じられない匂いがした。
これ、あったの?
走っていく、とマリアが粉を溢していた。
「もう、高いんだよ。イギリスからの新製品なんだから」
オバちゃんに怒られて、ぺこぺこして涙目のマリア。
「とはいえ、どう料理に使うかは、これから研究しないとなんだけどね」
「その粉、もらった!」
「もらったって、何だかわかってるの?」
「知ってる、と思う」
オバちゃんに聞かれたので、零れた粉を、ちょっとだけ指先につけて、舐めた。
「やっぱり」
「イギリスの会社が売り出した最新の調味料なんだけど、さすがだね」
オバちゃんは、ヤパンの使徒ではないのか、俺が「知恵の担い手」であることは知らないらしく、情報通だと関心していた。
「どう料理に使うの?」
肉と野菜炒めでも、十分に伝わると思うが、
「それは?」
「ああ」
オバちゃんは、ちょっと照れ臭そうに、
「ハンナのとこの職人に、肉ジャガを教えてもらったから、試作だよ」
まあ、あんだけ何度も、うまいうまいって食べていれば、調理のプロとしては、気になるよな。
鍋では、鶏肉とジャガイモなどが、お湯に浸かっていた。
別に鶏肉じゃなくてもいいのだけど。
まあ、まずは教えてもらった基本に忠実に、なのかな。
「これ、分けてもらってもいい?」
オバちゃんは、ちょっとだけ悩み、
「いいよ、全部」
「ありがとう、お礼に、一番に食べさせるよ」
マリアが、自分も、と自分を指しているが知らん。
煮汁を味見する、とお湯ではなく、まあまあ塩味があった。
そこで、ハタと思った。
トロミってどうするだろう。
まあ、いっか。
少しづつ、鍋に粉を入れる。
ふわーっ、といい匂いが広がる。
おおー、とオバちゃんが集まってきた。
味見をしながら、慎重に粉を追加した。
塩が足りないので、足す。
うん、いい味だ。
火から離して、片栗粉を水で溶いて、入れた。
ゆっくりかき混ぜる、とトロミがついてきた。
ああ、懐かしい味だなあ。
はい、と鍋ごとオバちゃんに渡した。
スプーンや小皿が廻され、みなの口に入った。
くわっと目を見開き、一斉に、俺を睨む。
「これ、なんて料理だい?」
「カレー、シチュー、かな?」
さて、リクエスト第二位、豆腐をどうするか、だ。
冷蔵するにも、運搬が大変だ。
はっきり言って、大豆とニガリ持って行って、その場で豆腐つくった方が楽だ。
いっそ冷凍しても、解凍したら、豆腐じゃなくなる。
うーん、どうしよう。
豆腐料理を瓶詰にする?
圧力鍋で煮たら、崩れちゃいそうだ。
うーん、どうしよう。
豆腐のナニ料理を食べたいか、ちゃんと聞けばよかったなあ。
うん、降参!
豆乳を瓶詰にして持っていって、ニガリ入れるのが、一番可能性高い。
でも、現場でそんな暇があるか分からないし、豆腐つくれるメンバーが行くかもわからない。
ので、豆腐を冷凍にして、解凍したヤツを失敗の言い訳として、持って行こうとうした。
あれ?
これって、豆腐じゃないけど、アレじゃね?
「うあ、これ美味しい!!」
ハンナが、カップ麺ならぬ瓶麺をずるずる食べながら叫んだ。
麺が、口からタレてるぞ。
口からの麺を振り回すハンナを、ナンシー先生が見て、苦笑している。
ローザ先生は、忙しく口を動かしていた。
缶に生石灰を入れて、水を加えて、フタを緩めた瓶詰をセット。
缶から湯気があがるのを、三人が口を止めて見た。
器に、コップで測ったクスクスをざらざら入れて、同じ量のお湯をかけて、かき混ぜる。
ずるずると麺を食べながら見守る三人。
温まった瓶詰から、いい匂いがしてきた。
「あちち」
缶から瓶を出そうとして、慌てて皮手袋をした。
フタを開けて、クスクスに中身をかける。
カレーがクスクスの上で広がり、染みていく。
ごくり、と喉を鳴らす三人に、スプーンを渡す。
「うあ、これ美味しい!!」
ハンナが、クスクスを口から飛び散らせながら叫んだ。
口から粒を飛ばすハンナからの攻撃を避けながら、ナンシー先生は、顔をシカメて水を飲んだ。
辛いのが、苦手なのかな。
ローザ先生は、忙しく口を動かしていた。
「うあ、これ美味しい!!」
ハンナが、口をモグモグしながら叫んだ。
彼女が食べているのは、肉ジャガだ。
それに、偶然できた高野豆腐を突っ込んで味が染みたヤツを、豆腐より美味い、と食べているとこだ。
豆腐を冷凍して、解凍したら、できた。
まあ、実際にはそんなに簡単ではなくて、水気が抜けやすいように薄切りにしたり、何度か凍結と解凍を繰り返したり、と試行錯誤はあった。
もちろん、調理場のオバちゃん(マリア除く)に手伝ってもらった。
でも、それだけの価値はあった。
肉は、乾燥させると調理に時間がかかる。
ちゃんと乾燥させないと腐敗やカビで危険だ。
高野豆腐は、完全に乾燥させても汁物に入れれば、すぐに食べられるし、とても軽い。
ただ、嵩張るのがデメリットだが、粉にしてしまえば解消できる。
そうなれば、食感とかなくなるってしまうが、逆に非常食としては優秀だろう。
カップ麺の謎肉みたいに、味付けできたら、瓶麺に具ができるな。
ハンナからの課題、第二位は、豆腐ではなくて高野豆腐でクリアとなった。
こうして、短時間のうちに、ガトリング銃と銃弾、装甲馬車、瓶詰が量産されていった。
ついでに、ヤパンの使徒のための防弾服も。
金属部品については、リーダーズの職人だけでは手がたりないので、ヤパンの使徒を通じて、部品レベルの発注が付き合いのある職人に行われた。
正直、何の部品か分からないように発注しているので、受けた職人は、かなり困惑したようだ。
特に、瓶詰のフタと瓶詰カバーの缶を発注された職人は、フタは瓶詰用なので、缶の直径より小さいため、フタが小さすぎる、缶にハマらない、と何度も何度も確認と問い合わせがあったらしい。
これは、腕のいい職人であればあるだけ、そういう傾向があり、「何に使われるのか知らずにつくれるか!」と一喝されて断られることも多かったらしい。
マリアは、俺に存在を教えた手前、圧力鍋の担当となり、圧力鍋が稼動している間に隣で寝て、とキツイ生活を強いられている。
そんな中、ついに俺も戦場に出ることが決まった。
俺にしてみれば、ハンナを戦地に送って、自分が安全な場所にいるのは、嫌だったので、当然と思った。
もちろん、戦場の実感がないからかもしれないし、怖くないといえば嘘になる。
ナンシー先生、ハンナは、最後まで反対したようだ。
しかし、ローザ先生、ヤンデル先生が、「第二の言葉」のためには、俺が戦場に出る必要が、どうしてもある、と主張した。
そして、ローザ先生が自分も戦場へ同行し、どんなことをしてでも、俺を生かして帰す、と約束したことで、ついにナンシー先生もハンナも折れたようだ。
俺の戦場暮らしが、まもなく始まるのか。
「なんだこりゃ?」
戦場ならぬ、豪勢な部屋でピアノの音に迎えられ、俺は呟いていた。
もちろん、軍隊の食料は、こちらの担当ではない。
ハンナを始めとしたヤパンの使徒たちのためのものだ。
実は、缶詰をつくりたかったのだけど、フタをどう閉めたらいいのかを知らなかった。
ローザ先生に相談したら、瓶詰めが、既にあるという。
しかし、コルクで栓して、蜜蝋で更に封をしているので、開けるのが面倒な上、割れるし、ダメになるのも多いらしい。
瓶詰なので、てっきり殺菌がわかっているものだと思っていたら、経験でであって、理屈が分かってやっているわけではないらしい。
そこで、ガラス工場を見学させてもらうことにした。
フランスで、ガラス製造に必要なソーダ灰の大量生産法が公開されたため、ガラス製造が盛んになってるのだ。
吹きガラスの手法で、瓶詰め用の広口瓶をつくっていた。
もし、取っ手をつけるとすると、俺が知っているように、溶けたガラスをくっつけるようだ。
瓶詰めかあ。
思い出すのは、ジャムくらいかなあ。
うん?
ジャムの瓶って、コルク栓じゃないよな。
「あのー?」
「なんです?」
ガラス職人の親方に、口の部分に、ネジをつけられるか聞いた。
「細くガラスを巻けばできますが、何のために?」
引率のローザ先生も、不思議そうな顔をしていた。
「金属のフタをつけたくって」
早速、数日後には、ネジ付瓶の試作品が届いたので、ハンナのとこの職人にお願いしていたフタと合わせる。
フタの方は、ネジのないままに被せて、軽く叩いてネジに合わせてヘコませた。
中々、具合がいい。
実際に、肉ジャガ(職人に大流行していて頻繁に食べられている。砂糖を使えるのがいいだけかもしれないが)を入れて沸騰させて、中身を殺菌して、こちらも熱湯に漬けて殺菌したフタをつけた。
一週間ほど放置したが、カビとか変色がなかったので、開けてみた。
腐敗臭はしない。
ハンナの肉ジャガを食べた職人より、恐る恐る口に入れたが、酸っぱくはなかった。
これで、再度フタができる瓶詰ができた。
綺麗に洗う余裕があれば、出先でも、瓶詰をつくり直すことができる。
ついでに、瓶詰を入れる缶もつくってみた。
フタの無い缶で、瓶がスッポリ入るサイズだ。
これで、破損しにくくなるし、箱詰めもしやすい。
更に、ガラス工場で、生石灰を手にいれていた。
水をかけると発熱する粉で、グラウンドに白いラインを引くのに使っているやつだっけ?
駅弁とかを温めるシステムといっしょだ。
生石灰を水筒用の皮袋で持ち歩き、缶に水と瓶詰を入れて加熱する。
雨で火を使えない時には、便利に食事できそうだ。
利己的と言われようが、ハンナには、生きて帰ってきてほしい。
そのためなら、なんでもする。
そのためには、食事が重要だ。
そのために、瓶詰イン缶詰も用意した。
非常食として、ボンボンを大量に作ってもらった。
ボンボンといっても、中身はなく、砂糖の塊のような菓子だ。
最悪、これだけ舐めてでも、生き延びてほしい。
ハンナに、食料として何を持って行きたいか、聞いた。
一番がラーメン、二番が豆腐、三番がクスクスだった。
うお、どれもハードル高いぞ。
ハンナの要望を適えるため、いろいろと相談しよう、と調理場へ行った。
休校になって、オバちゃんも少なくなっているが、誰かいるだろう。
一人だけいたのだけど、俺は回れ右をしようとしたら、呼び止められた。
俺は、仕方なく、近寄っていった。
「もしかして、ヤパンの使徒?」
「どうして分かったの!?」
そりゃあ、あれだけ調理の達人の中、ドジっ子すぎれば、潜入させられてるんだろうな、と予想がつく。
「こういうのをたくさん作ったり、戦地へ持っている食料の開発を手伝ってほしいんだ」
驚いた顔のマリアに、瓶詰を出して、お願いしたが、
「そういうの、得意じゃなくて」
と、断られてしまった。
「いやいや、マリアだけじゃなくて、他のオバちゃんにも手伝ってほしいんだよね」
「それなら、いいよ」
っていうか、ナニなら、得意なんだ?
っていうか、料理が苦手で、ここの配属になったのか?
大丈夫か、ヤパンの使徒?
「これは?」
「瓶に食べ物を入れて、腐らないようにしたヤツ。結構、加熱に時間がかかるから、たくさんつくるのに、いい方法ないかなと思って」
「あるよ」
え?
あるんだ?
「こっちこっち」
呼ばれてついて行く、とデカい金属の塔があった。
「ナニこれ?」
「圧力調理器」
調理器?
このデカいのがか?
「調理容器のフタをネジで止めて、蒸気を抜く安全弁の重りの位置を動かすことで、中の圧力を調整できる。ボイルの法則、シャルルの法則で、圧力が高くなれば、水でも百度以上になる。それで、短時間で調理できるよ」
えー?
ボイル=シャルルの法則って、物理で聞いたことあるぞ。
っていうか、このデカいのは、圧力鍋なの?
「百年くらい前のマールブルク大学のパパン教授が作ったの。あの、ボイル先生の助手もされていた方なのよ!」
マリアって、理系女子リケジョなの?
「これを使えば、短時間で、調理できちゃうわよ!」
なんだろう、マリアが自信ありげなのが、とっても不安だ。
他のオバちゃんにも助けてもらい、ハンナからの課題にとりかかった。
まあ、マリアもウロチョロしている。
まずは、第一位のラーメンからだ。
これは、調理の簡単さから、袋麺よりもカップ麺を目指したい。
なので、完成イメージ的なものを試作して、これの完成度を高めてもらう方法をとった。
広口瓶のサイズに合わせて、茹でた木灰ソバを揚げて、入れた。
その上から、アンチョビの塩漬けを≪乾け≫した粉などを加える。
これに、熱湯を入れて、三分といわず五分で食べられる、というのが完成目標だ。
ちなみに、試作品は、麺の戻り具合が均一ではなかったのが、問題だった。
そこで、テレビで視た、麺を揚げる時に、上から押さえつけるようにする、と上の方が密になり、下の方が疎になって、といった工夫があることもオバちゃんには伝えた。
このアドバイスのためか、麺の揚げ方は、短時間で完成した。
麺を揚げるための籠を、ハンナのとこの職人に、金属で作らせたのが、成功の鍵だったようだ。
昼飯のときに、妙にやつれた職人がいたので、どうしたのかと思っていたが、オバちゃんに仕事をネジ込まれたかららしい。
スープは、塩気は簡単だが、出汁というか旨みが薄かった。
これは、俺が煮つめて水分を飛ばすくらいしか、方法を知らなかったからだ。
オバちゃんは、味にも妥協を許さず、麺を打つ水、茹でる水を濃いスープにすることで、麺に出汁を入れる方法を考えついた。
更には、アンチョビの塩漬けは、出汁の素になるが、大量に使うとショッパくなる。
ならば、塩漬け前のアンチョビを≪乾け≫か干すかしよう、と考えたらしいが、実は漁村には、既に干したものがあったため、取り寄せて、粉にした。
まあ、煮干とか干物とか、誰かが保存方法としては、考えつくものだよな。
第二位の豆腐は、難問なので、後回しにして、先に第三位のクスクスだ。
蒸して乾燥しているのを、軽く茹でて食べている、これもお湯を入れるだけで、食べられるようにしたい。
蒸しと乾燥の具合を研究してもらおう。
ハンナにしてみれば、このクスクスのみが食べたいわけじゃない。
これを飯代わりにして食べるのだから、オカズが必要だ。
そのために、ビーフシチューやホワイトシチュー、トマトシチューなどを瓶詰で持っていく予定だ。
シチューばっかりだな。
瓶詰にしやすそうな、料理のネタを探して、調理場を歩いている、とガチャガチャした音がした。
そっちを見る、とマリアが、何かやらかしていた。
見ないふりして、と思ったら、信じられない匂いがした。
これ、あったの?
走っていく、とマリアが粉を溢していた。
「もう、高いんだよ。イギリスからの新製品なんだから」
オバちゃんに怒られて、ぺこぺこして涙目のマリア。
「とはいえ、どう料理に使うかは、これから研究しないとなんだけどね」
「その粉、もらった!」
「もらったって、何だかわかってるの?」
「知ってる、と思う」
オバちゃんに聞かれたので、零れた粉を、ちょっとだけ指先につけて、舐めた。
「やっぱり」
「イギリスの会社が売り出した最新の調味料なんだけど、さすがだね」
オバちゃんは、ヤパンの使徒ではないのか、俺が「知恵の担い手」であることは知らないらしく、情報通だと関心していた。
「どう料理に使うの?」
肉と野菜炒めでも、十分に伝わると思うが、
「それは?」
「ああ」
オバちゃんは、ちょっと照れ臭そうに、
「ハンナのとこの職人に、肉ジャガを教えてもらったから、試作だよ」
まあ、あんだけ何度も、うまいうまいって食べていれば、調理のプロとしては、気になるよな。
鍋では、鶏肉とジャガイモなどが、お湯に浸かっていた。
別に鶏肉じゃなくてもいいのだけど。
まあ、まずは教えてもらった基本に忠実に、なのかな。
「これ、分けてもらってもいい?」
オバちゃんは、ちょっとだけ悩み、
「いいよ、全部」
「ありがとう、お礼に、一番に食べさせるよ」
マリアが、自分も、と自分を指しているが知らん。
煮汁を味見する、とお湯ではなく、まあまあ塩味があった。
そこで、ハタと思った。
トロミってどうするだろう。
まあ、いっか。
少しづつ、鍋に粉を入れる。
ふわーっ、といい匂いが広がる。
おおー、とオバちゃんが集まってきた。
味見をしながら、慎重に粉を追加した。
塩が足りないので、足す。
うん、いい味だ。
火から離して、片栗粉を水で溶いて、入れた。
ゆっくりかき混ぜる、とトロミがついてきた。
ああ、懐かしい味だなあ。
はい、と鍋ごとオバちゃんに渡した。
スプーンや小皿が廻され、みなの口に入った。
くわっと目を見開き、一斉に、俺を睨む。
「これ、なんて料理だい?」
「カレー、シチュー、かな?」
さて、リクエスト第二位、豆腐をどうするか、だ。
冷蔵するにも、運搬が大変だ。
はっきり言って、大豆とニガリ持って行って、その場で豆腐つくった方が楽だ。
いっそ冷凍しても、解凍したら、豆腐じゃなくなる。
うーん、どうしよう。
豆腐料理を瓶詰にする?
圧力鍋で煮たら、崩れちゃいそうだ。
うーん、どうしよう。
豆腐のナニ料理を食べたいか、ちゃんと聞けばよかったなあ。
うん、降参!
豆乳を瓶詰にして持っていって、ニガリ入れるのが、一番可能性高い。
でも、現場でそんな暇があるか分からないし、豆腐つくれるメンバーが行くかもわからない。
ので、豆腐を冷凍にして、解凍したヤツを失敗の言い訳として、持って行こうとうした。
あれ?
これって、豆腐じゃないけど、アレじゃね?
「うあ、これ美味しい!!」
ハンナが、カップ麺ならぬ瓶麺をずるずる食べながら叫んだ。
麺が、口からタレてるぞ。
口からの麺を振り回すハンナを、ナンシー先生が見て、苦笑している。
ローザ先生は、忙しく口を動かしていた。
缶に生石灰を入れて、水を加えて、フタを緩めた瓶詰をセット。
缶から湯気があがるのを、三人が口を止めて見た。
器に、コップで測ったクスクスをざらざら入れて、同じ量のお湯をかけて、かき混ぜる。
ずるずると麺を食べながら見守る三人。
温まった瓶詰から、いい匂いがしてきた。
「あちち」
缶から瓶を出そうとして、慌てて皮手袋をした。
フタを開けて、クスクスに中身をかける。
カレーがクスクスの上で広がり、染みていく。
ごくり、と喉を鳴らす三人に、スプーンを渡す。
「うあ、これ美味しい!!」
ハンナが、クスクスを口から飛び散らせながら叫んだ。
口から粒を飛ばすハンナからの攻撃を避けながら、ナンシー先生は、顔をシカメて水を飲んだ。
辛いのが、苦手なのかな。
ローザ先生は、忙しく口を動かしていた。
「うあ、これ美味しい!!」
ハンナが、口をモグモグしながら叫んだ。
彼女が食べているのは、肉ジャガだ。
それに、偶然できた高野豆腐を突っ込んで味が染みたヤツを、豆腐より美味い、と食べているとこだ。
豆腐を冷凍して、解凍したら、できた。
まあ、実際にはそんなに簡単ではなくて、水気が抜けやすいように薄切りにしたり、何度か凍結と解凍を繰り返したり、と試行錯誤はあった。
もちろん、調理場のオバちゃん(マリア除く)に手伝ってもらった。
でも、それだけの価値はあった。
肉は、乾燥させると調理に時間がかかる。
ちゃんと乾燥させないと腐敗やカビで危険だ。
高野豆腐は、完全に乾燥させても汁物に入れれば、すぐに食べられるし、とても軽い。
ただ、嵩張るのがデメリットだが、粉にしてしまえば解消できる。
そうなれば、食感とかなくなるってしまうが、逆に非常食としては優秀だろう。
カップ麺の謎肉みたいに、味付けできたら、瓶麺に具ができるな。
ハンナからの課題、第二位は、豆腐ではなくて高野豆腐でクリアとなった。
こうして、短時間のうちに、ガトリング銃と銃弾、装甲馬車、瓶詰が量産されていった。
ついでに、ヤパンの使徒のための防弾服も。
金属部品については、リーダーズの職人だけでは手がたりないので、ヤパンの使徒を通じて、部品レベルの発注が付き合いのある職人に行われた。
正直、何の部品か分からないように発注しているので、受けた職人は、かなり困惑したようだ。
特に、瓶詰のフタと瓶詰カバーの缶を発注された職人は、フタは瓶詰用なので、缶の直径より小さいため、フタが小さすぎる、缶にハマらない、と何度も何度も確認と問い合わせがあったらしい。
これは、腕のいい職人であればあるだけ、そういう傾向があり、「何に使われるのか知らずにつくれるか!」と一喝されて断られることも多かったらしい。
マリアは、俺に存在を教えた手前、圧力鍋の担当となり、圧力鍋が稼動している間に隣で寝て、とキツイ生活を強いられている。
そんな中、ついに俺も戦場に出ることが決まった。
俺にしてみれば、ハンナを戦地に送って、自分が安全な場所にいるのは、嫌だったので、当然と思った。
もちろん、戦場の実感がないからかもしれないし、怖くないといえば嘘になる。
ナンシー先生、ハンナは、最後まで反対したようだ。
しかし、ローザ先生、ヤンデル先生が、「第二の言葉」のためには、俺が戦場に出る必要が、どうしてもある、と主張した。
そして、ローザ先生が自分も戦場へ同行し、どんなことをしてでも、俺を生かして帰す、と約束したことで、ついにナンシー先生もハンナも折れたようだ。
俺の戦場暮らしが、まもなく始まるのか。
「なんだこりゃ?」
戦場ならぬ、豪勢な部屋でピアノの音に迎えられ、俺は呟いていた。
0
お気に入りに追加
235
あなたにおすすめの小説
小さなことから〜露出〜えみ〜
サイコロ
恋愛
私の露出…
毎日更新していこうと思います
よろしくおねがいします
感想等お待ちしております
取り入れて欲しい内容なども
書いてくださいね
よりみなさんにお近く
考えやすく
病気になって芸能界から消えたアイドル。退院し、復学先の高校には昔の仕事仲間が居たけれど、彼女は俺だと気付かない
月島日向
ライト文芸
俺、日生遼、本名、竹中祐は2年前に病に倒れた。
人気絶頂だった『Cherry’s』のリーダーをやめた。
2年間の闘病生活に一区切りし、久しぶりに高校に通うことになった。けど、誰も俺の事を元アイドルだとは思わない。薬で細くなった手足。そんな細身の体にアンバランスなムーンフェイス(薬の副作用で顔だけが大きくなる事)
。
誰も俺に気付いてはくれない。そう。
2年間、連絡をくれ続け、俺が無視してきた彼女さえも。
もう、全部どうでもよく感じた。
特殊装甲隊 ダグフェロン 『廃帝と永遠の世紀末』 第三部 『暗黒大陸』
橋本 直
SF
遼州司法局も法術特捜の発足とともに実働部隊、機動隊、法術特捜の三部体制が確立することとなった。
それまで東和陸軍教導隊を兼務していた小さな隊長、クバルカ・ラン中佐が実働部隊副隊長として本異動になることが決まった。
彼女の本拠地である東和陸軍教導隊を訪ねた神前誠に法術兵器の実験に任務が課せられた。それは広域にわたり兵士の意識を奪ってしまうという新しい発想の非破壊兵器だった。
実験は成功するがチャージの時間等、運用の難しい兵器と判明する。
一方実働部隊部隊長嵯峨惟基は自分が領邦領主を務めている貴族制国家甲武国へ飛んだ。そこでは彼の両方を西園寺かなめの妹、日野かえでに継がせることに関する会議が行われる予定だった。
一方、南の『魔窟』と呼ばれる大陸ベルルカンの大国、バルキスタンにて総選挙が予定されており、実働部隊も支援部隊を派遣していた。だが選挙に不満を持つ政府軍、反政府軍の駆け引きが続いていた。
嵯峨は万が一の両軍衝突の際アメリカの介入を要請しようとする兄である西園寺義基のシンパである甲武軍部穏健派を牽制しつつ貴族の群れる会議へと向かった。
そしてそんな中、バルキスタンで反政府軍が機動兵器を手に入れ政府軍との全面衝突が発生する。
誠は試験が済んだばかりの非破壊兵器を手に戦線の拡大を防ぐべく出撃するのだった。
特殊部隊の俺が転生すると、目の前で絶世の美人母娘が犯されそうで助けたら、とんでもないヤンデレ貴族だった
なるとし
ファンタジー
鷹取晴翔(たかとりはると)は陸上自衛隊のとある特殊部隊に所属している。だが、ある日、訓練の途中、不慮の事故に遭い、異世界に転生することとなる。
特殊部隊で使っていた武器や防具などを召喚できる特殊能力を謎の存在から授かり、目を開けたら、絶世の美女とも呼ばれる母娘が男たちによって犯されそうになっていた。
武装状態の鷹取晴翔は、持ち前の優秀な身体能力と武器を使い、その母娘と敷地にいる使用人たちを救う。
だけど、その母と娘二人は、
とおおおおんでもないヤンデレだった……
第3回次世代ファンタジーカップに出すために一部を修正して投稿したものです。
織田信長IF… 天下統一再び!!
華瑠羅
歴史・時代
日本の歴史上最も有名な『本能寺の変』の当日から物語は足早に流れて行く展開です。
この作品は「もし」という概念で物語が進行していきます。
主人公【織田信長】が死んで、若返って蘇り再び活躍するという作品です。
※この物語はフィクションです。
クラスメイトの美少女と無人島に流された件
桜井正宗
青春
修学旅行で離島へ向かう最中――悪天候に見舞われ、台風が直撃。船が沈没した。
高校二年の早坂 啓(はやさか てつ)は、気づくと砂浜で寝ていた。周囲を見渡すとクラスメイトで美少女の天音 愛(あまね まな)が隣に倒れていた。
どうやら、漂流して流されていたようだった。
帰ろうにも島は『無人島』。
しばらくは島で生きていくしかなくなった。天音と共に無人島サバイバルをしていくのだが……クラスの女子が次々に見つかり、やがてハーレムに。
男一人と女子十五人で……取り合いに発展!?
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
この争いの絶えない世界で ~魔王になって平和の為に戦いますR
ばたっちゅ
ファンタジー
相和義輝(あいわよしき)は新たな魔王として現代から召喚される。
だがその世界は、世界の殆どを支配した人類が、僅かに残る魔族を滅ぼす戦いを始めていた。
無為に死に逝く人間達、荒廃する自然……こんな無駄な争いは止めなければいけない。だが人類にもまた、戦うべき理由と、戦いを止められない事情があった。
人類を会話のテーブルまで引っ張り出すには、結局戦争に勝利するしかない。
だが魔王として用意された力は、死を予感する力と全ての文字と言葉を理解する力のみ。
自分一人の力で戦う事は出来ないが、強力な魔人や個性豊かな魔族たちの力を借りて戦う事を決意する。
殺戮の果てに、互いが共存する未来があると信じて。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる